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2.覚醒編
9逃げるな、と臆病者は言った 前編
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「うらァァァ! 待てこらァァァァ!」
朝ののどかな住宅街に、女子中生とは思えない乱暴な叫びが響き渡る。
どんなに追いかけても、クロはすごいスピードで逃げる、逃げる。
「私の数学のノート返せー! 今日提出だって言ってんだろーが! この泥棒猫!」
どすの利いた声で叫ぶも、大学ノートを手にして逃走を続けるクロは、「ケケケ」と笑うばかり。
「なに笑ってんだよ!」
「イタダキ、イタダキ」
「んだと!? じゃあその分の平常点よこせ! ただでさえ普段寝てて授業態度点ひかれてんだよ!」
「……自業自得っちゃろ」
ジョギング程度に後を追う雷奈がぼそっとつぶやいた。氷架璃にはその小声は聞こえていないようで、雄たけびを上げながら、クロを捕獲しようと奮闘する。
最近はもっぱら猫の姿で登校することが多いアワも、雷奈や芽華実と同じペースでちょこちょこと走りながら、
「しょうがないなぁ、前にもこんなことあったけど……。慈愛の旅人、浅沓の……」
「――跳ねろ、水砲!」
巨大な水の球が、氷架璃の脇を抜けて追い越していった。そして、それは見事にクロにあたり、数メートル飛ばした後、地面にのびさせた。
駆け寄った氷架璃はノートを奪還するも、徹夜の成果は遠慮のない水砲を浴びて水浸しである。氷架璃は絶望的な顔でアワを振り返った。
「ノ、ノートが……。アワ、時と場合を考えてよ……」
「ボ、ボクじゃないよ!」
「嘘つけ! 水ってことはあんたでしょ! フーは風猫なんだから!」
「だから、そうじゃなくて……」
「私だ」
声は、氷架璃の、そして雷奈たちよりも後ろから聞こえた。
今まで聞いたことのないアルト声に振り向くと、もうお馴染みとなった黒衣、執行着を身にまとった少女がゆっくりと歩いて来るところだった。
漆黒の髪はショートヘア……かと思いきや、後ろだけセミロングになったウルフヘア。長い前髪は分けて、左側をピンクの髪留めでとめているが、分けきれないひと房が顔にかかっている。伏せたまぶたを上げれば、海原のような澄んだ青がのぞき、無機質に雷奈たちを見つめた。
「あなたは……」
「彼女は河道流知。二番隊の隊長だよ。ちなみにボクたちと同い年」
「えっ……」
「この子が……!」
氷架璃も思わず言葉を漏らすが、それは先に声を上げた雷奈とは違った理由による。かねてから聞いていた人物にばったり出会ったことよりもむしろ、氷架璃が衝撃的だったのは、
(小っさ……!)
ルシルの身長は、氷架璃のあごほどまでしかない。雷奈より少しだけ高いくらいなので、一四二センチくらいといったところか。
(これで同い年!? これで隊長!? こんな小っこい体で刀振るの!? ありえねー……)
そんなことを考えている氷架璃を、ルシルは青い視線で射抜くように見つめる。そして、
「アワ」
「なんだい、ルシル?」
「お前のパートナーが今とても失礼なことを考えていたぞ」
「え!? 氷架璃がそんなこと……」
「なんでわかったの!?」
「あ、考えてたんだ……」
正直すぎる氷架璃に、ルシルは忌々しげに嘆息。ふとその視界の端に、先ほどのしたクロがうごめくのをとらえた。ルシルは冷めた目でそれを見下ろすと、
「往生際の悪いヤツだ。穿て、流丸」
矛の形にした左手をクロに向け、その先から銃弾のごとき水の弾を大量に発射した。それらを身に受けたクロは、空いた風穴から黒い霧を噴出させ、溶けるように消えていった。
ルシルはそれを確認すると、この場に興味を失ったように立ち去ろうとした。そんな彼女に、氷架璃が声をかける。
「あ、待って。一応、礼は言っとく。クロを倒してくれてありがとう。けど、今度から気を付けてよね。ノートがこんなになっちゃったんだから」
氷架璃は少しおどけたように、濡れそぼったノートを掲げてみせた。それを、ルシルは無感動な瞳で見つめて、
「知ったことか」
「は?」
「私の仕事はあれらを駆逐すること。それ以外のことなど頓着するに及ばない」
そう冷たく言い放ち、氷架璃に背を向ける。
(もしかして……小さいとか思ったから? まあ、視線があからさまだったからバレても仕方ないけど……)
雷奈が気にしているように、ルシルも身長はコンプレックスなのかもしれない。そう思うと、初対面での態度としては礼を欠いていた。氷架璃はそう考え、素直に訂正にかかる。
「わ、悪かったよ。謝る。いきなり無礼だったよな。だからちゃんと話そ……」
駆け寄った氷架璃の体が、直後、ぴたりと動きを止めた。それは、氷架璃が意図したというより、彼女の体が危険を察して無理やり制止をかけたに近い。彼女の胸の真ん中には、そろえて伸ばされた人差し指と中指が突き付けられていた。
「それ以上近寄るな」
瑠璃色の目が、キンと音が聞こえそうなほどに鋭い眼光を放つ。静かな声は、尖っているわけでも激しいわけでもなく、ただただ重い。
「慣れあうつもりはない。そこの正統後継者やほかの者と同一視するな。私は――人間が嫌いだ」
刀印をゆっくりと引いたと思ったら、次の瞬間には彼女の姿はかき消えていた。弾趾を使ったのだろう。
時間が止まったように、誰も動けなかった。
凍り付いた沈黙を破ったのは、アワの嘆息だ。
「あー……やっぱこうなっちゃったか……」
「えっ、どういうこと?」
伝播した緊張感で、まだ動きのぎこちない芽華実が問う。
「会った時から、人間に関してはああなんだよね、ルシルって。だから本当に人間に会ったら険悪になるんじゃないかとは思ってたけど……案の定」
もう一度、ため息。
フーも口元に手を当てて首をかしげる。
「私たちと会うたびに人間について聞いてくるから、てっきり人間好きなんだと思ってたのよ。でも、逆だったのよね。敵情視察だったみたい」
「会うたびって……よく会うの?」
「正統後継者の仕事の一環として希兵隊舎に行くときもあるし、彼女がパトロールの時にばったり会うこともあるわ。隊舎が要ってこともあって、一番隊や二番隊はあまり遠征にはいかないのよね」
「なして? もしかして、数字が若いほうが優秀とか?」
「ああ、知らなかったかい? ボクたちがいないときに希兵隊に接触したって言ってたから、てっきりその辺も聞いているかと思った。希兵隊執行部は、一番隊が最も強くて、二番隊、三番隊と続いていくんだ。唯一、十番隊は優劣関係ない救護班でね」
「つまり、九番隊が一番ヘタレってことったいね?」
「肯定しにくい言い方をするなー……」
アワは苦笑いすると、氷架璃の下へと歩み寄った。
「だから、別に君が悪いわけじゃないよ、氷架璃。世の中、合わない人っているものさ」
「うん……」
煮え切らない返事をする氷架璃を、アワは心配そうに見上げる。
「やっぱり、気にしてる? 確かに言い方はきつかったけどさ……」
「いや、そうじゃなくて」
その先を言おうとして、氷架璃は逡巡した。それは重箱の隅をつつくような疑問だ。詮無いことをいぶかしんでも仕方ない。
「……やっぱりいいよ。それより、早く学校行こ」
濡れたノートは手に持ったまま、氷架璃は歩き出した。雷奈たちも顔を見合わせて、あとをついていく。
――そんな一連のやり取りを、屋根の上から眺めていた影があった。
彼は人間たちが去っていくのを見届けると、片目をつぶって、
「なるほどなー……」
ゆっくりとしっぽを揺らし、小さく嘆息した。
***
結局、徹夜でこなした宿題のノートは、水濡れを指摘されて提出が認められなかった。泣く泣く、宿題の部分を一から書き直すことになったのだが、馬鹿正直にもう一度問題を解く氷架璃ではない。解答編を見ながら、いい塩梅に間違った答案にしつつ、ノートを作っていく。今夜も徹夜になりそうだ。
「大丈夫、私の最高記録は八月二十七日から始業式までの五日連続夜なべ! あの時は死ぬかと思ったけど、それに比べりゃー……」
意気込んだところで、ぐー、とお腹が鳴った。そろそろ夕飯の時間である。
(ジジイが勝手に部屋に侵入して知らせに来る前に、一階に降りておこう)
キリのいいところでシャーペンを置き、肩を鳴らす。時計を見れば、三時間もこうしているようだ。期末テストで出題される範囲がすべて宿題なのだから、骨が折れる。
こんな苦労を強いられるのも、ルシルの無思慮な水術によるものだ。アワは以前、氷架璃の鞄を取り返す際に水術を使ったが、鞄を濡らすことなくクロを倒して見せた。希兵隊員なら、それくらいの芸当、造作もないはずだ。
「そこは謝ってくれたっていいのになー」
やや憤然としながら階段を降り、一階へやってくると、テーブルにはすでにみそ汁や切り干し大根が並んでいた。
「お、今日は和食か」
「はい、氷架璃さん。今魚を焼いております」
「ご苦労なこった」
見慣れた通いの家政婦は、慣れた手つきで使い終わった調理器具を洗っている。彼女は平日、昼の十二時から夜の七時まで水晶家で働いている。昼食づくりに始まり、掃除洗濯、その他諸々をこなし、夕食を作って帰るのがルーティーンだ。
「いつも悪いねえ、お茶でも飲んでいっておくれ」
「どうぞお構いなく、奥様。お仕事ですから」
金を出して雇っている若い家政婦にまで気を遣う祖母に、氷架璃は敬意を抱いた。ソファにだらしなく身を預けて新聞を読んでいるふりして雑誌のグラビアページを眺めてニヤついている祖父とは永遠に釣り合わない。
締まりのない祖父に怒りを覚え、祖母の肩でも揉ませてやろうと口を開きかけた、その時。
インターホンが、柔らかい電子音を奏でた。
「おや、誰かしら。氷架璃、頼めるかい」
「ああ、うん」
受話器を取ると、相手は宅配便のようだ。
(そういえば、おばあちゃんが先週何か頼んでたな……)
氷架璃は玄関へ向かうと、念のためドアスコープをのぞき、宅配便の青年の帽子に大手宅配会社のロゴを認めてから、扉を開けた。
「ご苦労さんっす。ほい、印鑑、っと」
「ありがとうございます。……それと、あの」
氷架璃に荷物を渡した後、青年は視線を斜め下にやってそわそわし始めた。
「どうしました?」
「いや、これ……どうします?」
あごをしゃくって指した先を見て、氷架璃は瞠目した。学校から帰ってきたときにはいなかったのか、はたまた気づかなかったのか。玄関を出て右手に、白い猫がぐったりと倒れていた。
(え……普通の猫? それとも、フィライン・エデンの……?)
なんにせよ、寝ている風ではない。ケガか病気で弱っている可能性がある。
反射的に容態を確認しようと走り寄りかけた氷架璃。しかし、それよりも先に青年が猫へと近づいて、笑い交じりに言った。
「迷惑ですよね、人の家の近くで死なれたら。邪魔だからこっちへいけ……っての」
そこに悪意はなかったのだろう。死体かもしれないそれを触るのに抵抗があったとも、病気を持っていた場合のことを考えていたともとれる。
しかし、青年が苦笑を浮かべながら、その猫を足でどかしたのを見て、氷架璃の中でドクンと何かが跳ねた。
「な、に……」
「はい?」
「何やってんだよッ!?」
頭がカッとなって、氷架璃は宵の口の静けさもはばからずに怒鳴った。青年はびくりと肩を震わせる。
「それが弱った命に対する仕打ちか!? 大人が見てあきれるわ!」
氷架璃は、自分がそこまで崇高な理念の持ち主だとは思っていない。所詮、フィライン・エデンにかかわり続けたが故の猫に対する贔屓目があることを自覚している。それでも、憤慨せずにはいられなかった。
荷物を玄関の中に適当に置くと、猫の元へ戻ってその体を抱き上げる。青年には「もう帰れ!」と一喝し、氷架璃は家の中に引っ込んだ。口をぽかんと開けて固まる青年を置いて、ドアはバタリと音を立てて閉まった。
氷架璃は荷物もそっちのけで、猫を抱いたまま階段を駆け上がった。
「おばあちゃん、ごめん、私ご飯あとにするわ!」
「おや、そうかい? あとでちゃんと食べるんだよ」
深追いせずに気遣いだけしてくれる祖母に感謝しながら、彼女は自室に飛び込む。カーペットの上に猫を横たえると、ようやく落ち着いてその体躯を観察した。
白い毛並みは、先ほど青年に足蹴にされたところを除いて汚れ一つない。腹ばいの体をひっくり返して腹部を見ても同じだ。
(ケガじゃない……病気か、それとも腹減ってる?)
白猫は、青い首輪をしていた。前に家に帰した犬のように、首輪に名前が書かれていないかと確認したが、何も彫られていなければ飾りもない、実にシンプルなものだった。
首輪をしているということは、飼い猫だ。餌に困ることは、虐待の可能性を除けば考えにくい。
もっと考えにくいのは、フィライン・エデンの住人だった場合だ。
フィライン・エデンに貧富の差があるのかどうかは定かでない。もし差が激しければ、食いはぐれるものも無理はないが、氷架璃はこの猫に限ってそれはないと思っていた。なにせ、首輪をしているのだ。これまでの経験上、首輪をつけたフィライン・エデンの猫は希兵隊員と相場が決まっている。公務員様が食べ物にありつけないなど、まずありえない。
氷架璃は腕組みしてしばらく考えた後、とりあえず様子を見ることに決めた。動物病院に連れて行ったところで、もしフィライン・エデンの猫だった場合、まずいことになるからだ。意識が戻ってから、普通の猫か否かを見極めてからでもよいだろうと判断した。
とりあえず手近なタオルケットをかけて、氷架璃は食事に向かった。メニューを思い返し、「魚だけ持って上がるか」とつぶやきながら。
***
結局、猫は夜が更けても起きては来ず、部屋に持ち帰った魚も、皿の上で乾燥していく一方だった。息はあるものの目を開けない猫のことが気にかかってはいたが、氷架璃にはもう一つ懸案事項がある。ノートの再作成が途中だったのだ。
猫を看病していたという言い訳は通用しないだろうなと一人で苦笑し、氷架璃は机に向かった。目を離していても、起きたらそばに置いてある魚くらい食べてくれるだろう。氷架璃はそう考えながら、シャープペンシルをとった。
このまま徹夜で終わらせるつもりだったのだが――それはかなわなかった。睡魔とはいつ襲ってきたかも感じさせないうちに意識を闇へ落とすもの。時計の針が一時を指すころには、ダイイングメッセージを書き終わったかのような体勢で、椅子に座ったままつっぷす氷架璃が出来上がっていた。
そんな彼女の家の、屋根の上にて。
「…………」
一人の少女が、膝を抱えて座っていた。執行着の袂が夜風をはらんで翻る。瑠璃色の目は、どこか憂を含んだように伏せ気味だ。黙ったままそうしていた彼女は、やがて、彼女は小さく息を吐きだした。
「……で、いつまでそこにいるつもりだ?」
振り返ることなく、背後の気配に問う。音もたてずに近づいたはずの彼は、あっけらかんと笑った。
「あれー、やっぱしバレてた?」
「私は希兵隊員だぞ。気づかないわけがないだろう」
「さすがだね」
「なぜここにいるんだ。――アワ」
猫姿のアワは、笑顔を崩さずひょうひょうと尾を振った。
「それはこっちのセリフかな。ルシルこそ、どうしてまだこんなところに?」
「……」
ルシルはそれには答えず、ただ闇に包まれた町並みを眺めた。無視されたことに気を悪くする風でもなく、アワは屋根の上をちょこちょこと歩く。
「最後に会ったのは先月だっけ。その時はボクに人間界の情勢について聞いてたよね。その前はボクがフーと一緒にお邪魔した時。その時は、人間がボクたちみたいな進化を遂げる可能性について尋ねてた」
「……何が言いたい」
「いや、さ」
ひたりと足を止め、アワはルシルに挑戦的な笑みを向けた。振り返った青い双眸を恐れることなく見つめ返す。
「本当に人間嫌いなのかなー、ってさ」
ルシルは口を結んだままだ。しかし、目線をそらさないところ、聞く意思はあるのだろうとアワは察した。へらっとした笑顔を消し、まじめな顔でアワは言う。
「そろそろ向き合いなよ」
「……」
「ルシル。君は人間が嫌いなんじゃあない。君は――」
***
あくる日。
授業時間中、教師の声が氷架璃を指名するも、なしのつぶてだった。
「おーい、水晶。水晶ー」
「……」
「水晶!」
「へあ!」
ついに頭をはたかれた氷架璃は、ようやく我に返った。睡眠不足と、もう一つの件のせいで、ろくに集中できない。
「何ボーッとしてるんだ。教科書は上下逆だわ、頭にシャーペン刺さってるわ、どういう授業態度だ?」
「さーせんっ」
ちょうどチャイムが鳴り、運よく氷架璃は釈放された。六限終わりのホームルームもつつがなく終了し、帰路につく。
「まったく、氷架璃ったら、上の空にもほどがあるったい」
「いやー、失態、失態。お見苦しいところを」
「先生は気づいとらんかったけど、教科書上下逆、シャーペン頭に刺さっとるだけじゃなくて」
「うん?」
「消しゴム、耳ん中に入っとったよ。っていうか今も」
「はよ言えや。どうりで右だけ聞こえが悪いと思ったわ」
右耳から消しゴムを引き抜き、氷架璃は大きく息を吐いた。それを見て、芽華実が心配そうに言う。
「睡眠不足もそうだけど、猫の件も心配ね。朝起きたらいなくなってたなんて」
「そうなんだよなー……」
氷架璃が保護した猫は、氷架璃が目を覚ました午前六時には、忽然と姿を消していた。皿の上の魚もなくなっていたので、食べたものと思われるが、それで回復したかどうかは怪しい。
「窓開けてたから、そこから出て行ったかなー」
「白猫で、青い首輪をつけていたのよね?」
「うん。フー、心当たりある?」
「仮にフィライン・エデンの猫だとすると、私の知っている限りでは希兵隊しか思いつかないわね」
「首輪って、希兵隊の専売特許なのか?」
「義務ではあるけど、専売特許ではないわ。一般市民もアクセサリーとしてつけてるひとはいる。でも、知り合いの一般市民には青い首輪の子はいないのよ」
「一般市民には?」
雷奈の強調した問いに、フーはうなずいた。アワがあごに手を当てて、
「白猫、青い首輪。もしかしたら、その猫……」
――言いかけて、遠くを見つめたまま足を止め、固まった。
「アワ?」
雷奈がアワの眼前で手を振る。アワは驚いたように目を見開き、声も出せずにいる。
「ちょっ、雷奈、あれっ」
アワの視線の先に気付いた氷架璃が声を上げた。彼女の指さすほうを見て、雷奈もハッと体をこわばらせる。
進行方向左寄り、かなり離れてはいるが、ゆらゆらと昇る黒煙が見えた。
「ま、まさか、火事!?」
「消防車の音なんて聞こえんよ!? 誰も通報しとらんと!?」
氷架璃はとっさにアワに目配せした。彼も氷架璃の意図を汲んで、うなずく。
「もしそうなら、消防が来るまでボクがなんとかする。急ごう」
すぐに走り出した雷奈たちは、その道がつい先月たどったのと同じルートであることに気付いた。公園を通り過ぎ、歩道のない道路を走って交差点へ。それは、リーフとさくらの意地合戦の時に通った道筋だった。方向と距離からして、どうやら煙は、あの時最後に行き着いた、雑草だらけの空き地から出ているようだ。
「雑草なんてほっとくから火が上がるんだぞ! たぶんタバコか何か捨てられたな!」
「ご、ごめん、その雑草を増やしちゃったの、私です」
芽華実が後ろめたそうに言った時、ちょうど先頭の雷奈が、角を曲がるところだった。
「っ!?」
「おわっと、急に止まるなよ、どうした、雷……」
言いかけた氷架璃も、曲がった先の道を見て瞠目した。
歩行者は一人もいなかった。かわりに、意識不明者が五、六人転がっていた。
「な、なにこれ……?」
「テロかよ……!?」
これ以上足を踏み出すのもためらわれる気味の悪さ。進んだが最後、自分たちも同じように地を舐めることになるのではないかという不安にかられる。しかし、その数十メートル先に迫る空地から流れてくる焦げ臭いにおいが、彼女らを急き立てた。
「どうりで誰も通報せんかったとね……!」
「も、もしかして、有毒ガスか何かが出てるんじゃ……?」
芽華実が慌てて鼻と口を覆う。
「いや、でも、草が燃えるにおいしかしないな……。もちろん無臭の毒ガスなんかもあるだろうけど。フー、どうだい?」
アワが鼻をひくつかせて言った。フーは一番近くに倒れていた女性のもとに膝をつき、その手をかざすと、首をかしげる。
「そうね……変だわ。何の異常もないように感じる。最も適切な表現をするとしたら、ただ寝ているかのよう」
「催眠ガスっちゃか?」
「それこそテロでも起きない限りあり得ないわ。もっと可能性の高いものが考えられるでしょう」
「……まさか、クロかダーク?」
恐る恐る尋ねた芽華実に、フーは重くうなずいた。
「そんな能力まであるのかよ!?」
「念という猫種があってね。相手を眠らせることができるんだ。例えばこの前病院で会ったアイさんや、妹のユウがそう。念のクロかダークの仕業だとしたら、あの空き地で煙が上がっているのも関係するかもしれない。例えば、車に乗っている人が突然眠ってしまったら?」
アワが示唆した可能性に、三人は背筋が凍った。
「あんた、車が空地に突っ込んで炎上してるとでもいうの!?」
「想定は最悪のほうがいい。現状を確かめてから、消防と一緒に救急も呼ぶとしよう。さあ、行くよ!」
切羽詰まったアワの声に、雷奈たちもはやる鼓動をなだめながら空地へと飛び込み――。
「……」
「……」
「……なんだこれ」
想像を絶する光景に、一同は言葉を失った――というより、目が点になった。
空地の中央で、めらめらと炎が立ち上っていた。芽華実が成長させ、撫子が枯らせた雑草がよく燃える。黒煙はこの炎が元だったようだ。その周りを、いまだかつて見たことのない数のクロが取り囲み、和気あいあいと手をつないで回っていた。
「モエロ」
「モエロヨ」
「モエロヨ、モエロ」
もはやキャンプファイヤーの域を超えた火力で燃え盛る炎の周りでちょこちょこと踊るクロたちは、不気味ながらも可愛げがあり、微笑ましく――。
「ハッ。やってることがあまりにも攻撃性から遠すぎて、危機感を失ってたけど、燃えてる以上やばいよね!?」
我に返ったアワが両手を突き出した。彼の言動に、雷奈たちも正気を取り戻す。
「何だ、今の! 緊張感がまるでなかった!」
「遊んでいるふりをしてこちらの敵意を削いだのね!」
「恐るべきクロったい……!」
口々に言いながら、彼女らはアワの消火の邪魔にならないよう少し離れた。アワが言霊とともに水を噴射すると、クロたちは抗議するように騒ぎ出す。すると、炎の勢いが水と拮抗し始めた。
「ちょっと、消してるそばから火力追加しないでよ!?」
「っていうか、アワ! 車が突っ込んでるわけでもなんでもなく、クロたちがキャンプファイヤーしてるだけじゃんか! 脅かすなよ!」
「……ちょっと待って」
雷奈が言葉をこぼした。その顔には焦りが浮かんでいる。
「燃やしとるってことは、このクロたち、猫種は炎っちゃろ? じゃあ……道の人たちば眠らせたんは、誰ね?」
その言葉が意味するところに気付いた氷架璃たちは、体を硬直させた。そんな彼女らの背中に、影がかかる。せまる危険に真っ先に応じたのは、フーだ。
「っ、危ない!」
突如として吹いた突風に飛ばされ、雷奈たちは空地の中を転がった。とっさに雷奈たちを風術で逃がした後、フーは素早く自らも飛び退り、背後からの闖入者との距離をとった。
「やっぱり……」
現れたダークをにらみつけるフー。雷奈が危惧したのは、これだ。
「あのクロたちは炎術で炎を起こした。こっちのダークが念術で人々を眠らせた。最初から犯人を同一に絞っちゃいけなかったってわけね」
「ケケ、ケ」
ダークはクロよりもくぐもった、低い声で笑った。フーが鋭く指示を飛ばす。
「逃げるわよ、みんな! アワも、消火は諦めて! ダークを相手取るのは不利だわ! 撤退を――」
その瞬間、ダークの目が怪しく光った。かと思えば、消火中の炎が生き物のように動き出し、入ってきたフェンスの切れ目まで這って行く。そして、あっという間に、入り口をふさぐように燃え盛った。一瞬で退路をふさがれ、フーの指示は儚くも実行不可能となる。
「炎を、動かした……!?」
「念術のやっかいなところだよ、まずいな……」
元からあった炎、退路をふさいだ炎、そして這った跡に新たに生まれる炎。空地は最初とは比べ物にならない惨事になっていた。それでもなお、多数のクロたちが火の粉を散らし、新たな火の手を生もうとしている。そんな中で対峙するダーク。たちどころに絶体絶命の窮地に立たされた。
入ってきた場所以外はすべてフェンスで囲まれており、よじのぼったとしてもその向こうは壁、そして家屋だ。百歩譲って緊急事態だからと家屋に浸入したとして、ダークが後を追ってきたら他の人間に甚大な被害が出る。そもそも、ここが燃え続ければ周辺の家も危ない。
ここで食い止める以外は、すべて最悪のシナリオだ。
(ボクの力で消火して、フーの力でダークを足止め、その間に三人を逃がす……。出来るのか……!?)
アワの頬を嫌な汗が伝った、その時だ。
「巡れ、渦波!」
道路に面した空地の入り口。その一面をふさいでいた炎の壁が、一部霧と化して消えた。雷奈たちはもちろん、ダークもクロも、何事かと注意を向ける。
白く立ち上る蒸気の向こう、小柄な影が歩み寄ってくる。新たな闖入者は、瑠璃色の目をした希兵隊員だった。
朝ののどかな住宅街に、女子中生とは思えない乱暴な叫びが響き渡る。
どんなに追いかけても、クロはすごいスピードで逃げる、逃げる。
「私の数学のノート返せー! 今日提出だって言ってんだろーが! この泥棒猫!」
どすの利いた声で叫ぶも、大学ノートを手にして逃走を続けるクロは、「ケケケ」と笑うばかり。
「なに笑ってんだよ!」
「イタダキ、イタダキ」
「んだと!? じゃあその分の平常点よこせ! ただでさえ普段寝てて授業態度点ひかれてんだよ!」
「……自業自得っちゃろ」
ジョギング程度に後を追う雷奈がぼそっとつぶやいた。氷架璃にはその小声は聞こえていないようで、雄たけびを上げながら、クロを捕獲しようと奮闘する。
最近はもっぱら猫の姿で登校することが多いアワも、雷奈や芽華実と同じペースでちょこちょこと走りながら、
「しょうがないなぁ、前にもこんなことあったけど……。慈愛の旅人、浅沓の……」
「――跳ねろ、水砲!」
巨大な水の球が、氷架璃の脇を抜けて追い越していった。そして、それは見事にクロにあたり、数メートル飛ばした後、地面にのびさせた。
駆け寄った氷架璃はノートを奪還するも、徹夜の成果は遠慮のない水砲を浴びて水浸しである。氷架璃は絶望的な顔でアワを振り返った。
「ノ、ノートが……。アワ、時と場合を考えてよ……」
「ボ、ボクじゃないよ!」
「嘘つけ! 水ってことはあんたでしょ! フーは風猫なんだから!」
「だから、そうじゃなくて……」
「私だ」
声は、氷架璃の、そして雷奈たちよりも後ろから聞こえた。
今まで聞いたことのないアルト声に振り向くと、もうお馴染みとなった黒衣、執行着を身にまとった少女がゆっくりと歩いて来るところだった。
漆黒の髪はショートヘア……かと思いきや、後ろだけセミロングになったウルフヘア。長い前髪は分けて、左側をピンクの髪留めでとめているが、分けきれないひと房が顔にかかっている。伏せたまぶたを上げれば、海原のような澄んだ青がのぞき、無機質に雷奈たちを見つめた。
「あなたは……」
「彼女は河道流知。二番隊の隊長だよ。ちなみにボクたちと同い年」
「えっ……」
「この子が……!」
氷架璃も思わず言葉を漏らすが、それは先に声を上げた雷奈とは違った理由による。かねてから聞いていた人物にばったり出会ったことよりもむしろ、氷架璃が衝撃的だったのは、
(小っさ……!)
ルシルの身長は、氷架璃のあごほどまでしかない。雷奈より少しだけ高いくらいなので、一四二センチくらいといったところか。
(これで同い年!? これで隊長!? こんな小っこい体で刀振るの!? ありえねー……)
そんなことを考えている氷架璃を、ルシルは青い視線で射抜くように見つめる。そして、
「アワ」
「なんだい、ルシル?」
「お前のパートナーが今とても失礼なことを考えていたぞ」
「え!? 氷架璃がそんなこと……」
「なんでわかったの!?」
「あ、考えてたんだ……」
正直すぎる氷架璃に、ルシルは忌々しげに嘆息。ふとその視界の端に、先ほどのしたクロがうごめくのをとらえた。ルシルは冷めた目でそれを見下ろすと、
「往生際の悪いヤツだ。穿て、流丸」
矛の形にした左手をクロに向け、その先から銃弾のごとき水の弾を大量に発射した。それらを身に受けたクロは、空いた風穴から黒い霧を噴出させ、溶けるように消えていった。
ルシルはそれを確認すると、この場に興味を失ったように立ち去ろうとした。そんな彼女に、氷架璃が声をかける。
「あ、待って。一応、礼は言っとく。クロを倒してくれてありがとう。けど、今度から気を付けてよね。ノートがこんなになっちゃったんだから」
氷架璃は少しおどけたように、濡れそぼったノートを掲げてみせた。それを、ルシルは無感動な瞳で見つめて、
「知ったことか」
「は?」
「私の仕事はあれらを駆逐すること。それ以外のことなど頓着するに及ばない」
そう冷たく言い放ち、氷架璃に背を向ける。
(もしかして……小さいとか思ったから? まあ、視線があからさまだったからバレても仕方ないけど……)
雷奈が気にしているように、ルシルも身長はコンプレックスなのかもしれない。そう思うと、初対面での態度としては礼を欠いていた。氷架璃はそう考え、素直に訂正にかかる。
「わ、悪かったよ。謝る。いきなり無礼だったよな。だからちゃんと話そ……」
駆け寄った氷架璃の体が、直後、ぴたりと動きを止めた。それは、氷架璃が意図したというより、彼女の体が危険を察して無理やり制止をかけたに近い。彼女の胸の真ん中には、そろえて伸ばされた人差し指と中指が突き付けられていた。
「それ以上近寄るな」
瑠璃色の目が、キンと音が聞こえそうなほどに鋭い眼光を放つ。静かな声は、尖っているわけでも激しいわけでもなく、ただただ重い。
「慣れあうつもりはない。そこの正統後継者やほかの者と同一視するな。私は――人間が嫌いだ」
刀印をゆっくりと引いたと思ったら、次の瞬間には彼女の姿はかき消えていた。弾趾を使ったのだろう。
時間が止まったように、誰も動けなかった。
凍り付いた沈黙を破ったのは、アワの嘆息だ。
「あー……やっぱこうなっちゃったか……」
「えっ、どういうこと?」
伝播した緊張感で、まだ動きのぎこちない芽華実が問う。
「会った時から、人間に関してはああなんだよね、ルシルって。だから本当に人間に会ったら険悪になるんじゃないかとは思ってたけど……案の定」
もう一度、ため息。
フーも口元に手を当てて首をかしげる。
「私たちと会うたびに人間について聞いてくるから、てっきり人間好きなんだと思ってたのよ。でも、逆だったのよね。敵情視察だったみたい」
「会うたびって……よく会うの?」
「正統後継者の仕事の一環として希兵隊舎に行くときもあるし、彼女がパトロールの時にばったり会うこともあるわ。隊舎が要ってこともあって、一番隊や二番隊はあまり遠征にはいかないのよね」
「なして? もしかして、数字が若いほうが優秀とか?」
「ああ、知らなかったかい? ボクたちがいないときに希兵隊に接触したって言ってたから、てっきりその辺も聞いているかと思った。希兵隊執行部は、一番隊が最も強くて、二番隊、三番隊と続いていくんだ。唯一、十番隊は優劣関係ない救護班でね」
「つまり、九番隊が一番ヘタレってことったいね?」
「肯定しにくい言い方をするなー……」
アワは苦笑いすると、氷架璃の下へと歩み寄った。
「だから、別に君が悪いわけじゃないよ、氷架璃。世の中、合わない人っているものさ」
「うん……」
煮え切らない返事をする氷架璃を、アワは心配そうに見上げる。
「やっぱり、気にしてる? 確かに言い方はきつかったけどさ……」
「いや、そうじゃなくて」
その先を言おうとして、氷架璃は逡巡した。それは重箱の隅をつつくような疑問だ。詮無いことをいぶかしんでも仕方ない。
「……やっぱりいいよ。それより、早く学校行こ」
濡れたノートは手に持ったまま、氷架璃は歩き出した。雷奈たちも顔を見合わせて、あとをついていく。
――そんな一連のやり取りを、屋根の上から眺めていた影があった。
彼は人間たちが去っていくのを見届けると、片目をつぶって、
「なるほどなー……」
ゆっくりとしっぽを揺らし、小さく嘆息した。
***
結局、徹夜でこなした宿題のノートは、水濡れを指摘されて提出が認められなかった。泣く泣く、宿題の部分を一から書き直すことになったのだが、馬鹿正直にもう一度問題を解く氷架璃ではない。解答編を見ながら、いい塩梅に間違った答案にしつつ、ノートを作っていく。今夜も徹夜になりそうだ。
「大丈夫、私の最高記録は八月二十七日から始業式までの五日連続夜なべ! あの時は死ぬかと思ったけど、それに比べりゃー……」
意気込んだところで、ぐー、とお腹が鳴った。そろそろ夕飯の時間である。
(ジジイが勝手に部屋に侵入して知らせに来る前に、一階に降りておこう)
キリのいいところでシャーペンを置き、肩を鳴らす。時計を見れば、三時間もこうしているようだ。期末テストで出題される範囲がすべて宿題なのだから、骨が折れる。
こんな苦労を強いられるのも、ルシルの無思慮な水術によるものだ。アワは以前、氷架璃の鞄を取り返す際に水術を使ったが、鞄を濡らすことなくクロを倒して見せた。希兵隊員なら、それくらいの芸当、造作もないはずだ。
「そこは謝ってくれたっていいのになー」
やや憤然としながら階段を降り、一階へやってくると、テーブルにはすでにみそ汁や切り干し大根が並んでいた。
「お、今日は和食か」
「はい、氷架璃さん。今魚を焼いております」
「ご苦労なこった」
見慣れた通いの家政婦は、慣れた手つきで使い終わった調理器具を洗っている。彼女は平日、昼の十二時から夜の七時まで水晶家で働いている。昼食づくりに始まり、掃除洗濯、その他諸々をこなし、夕食を作って帰るのがルーティーンだ。
「いつも悪いねえ、お茶でも飲んでいっておくれ」
「どうぞお構いなく、奥様。お仕事ですから」
金を出して雇っている若い家政婦にまで気を遣う祖母に、氷架璃は敬意を抱いた。ソファにだらしなく身を預けて新聞を読んでいるふりして雑誌のグラビアページを眺めてニヤついている祖父とは永遠に釣り合わない。
締まりのない祖父に怒りを覚え、祖母の肩でも揉ませてやろうと口を開きかけた、その時。
インターホンが、柔らかい電子音を奏でた。
「おや、誰かしら。氷架璃、頼めるかい」
「ああ、うん」
受話器を取ると、相手は宅配便のようだ。
(そういえば、おばあちゃんが先週何か頼んでたな……)
氷架璃は玄関へ向かうと、念のためドアスコープをのぞき、宅配便の青年の帽子に大手宅配会社のロゴを認めてから、扉を開けた。
「ご苦労さんっす。ほい、印鑑、っと」
「ありがとうございます。……それと、あの」
氷架璃に荷物を渡した後、青年は視線を斜め下にやってそわそわし始めた。
「どうしました?」
「いや、これ……どうします?」
あごをしゃくって指した先を見て、氷架璃は瞠目した。学校から帰ってきたときにはいなかったのか、はたまた気づかなかったのか。玄関を出て右手に、白い猫がぐったりと倒れていた。
(え……普通の猫? それとも、フィライン・エデンの……?)
なんにせよ、寝ている風ではない。ケガか病気で弱っている可能性がある。
反射的に容態を確認しようと走り寄りかけた氷架璃。しかし、それよりも先に青年が猫へと近づいて、笑い交じりに言った。
「迷惑ですよね、人の家の近くで死なれたら。邪魔だからこっちへいけ……っての」
そこに悪意はなかったのだろう。死体かもしれないそれを触るのに抵抗があったとも、病気を持っていた場合のことを考えていたともとれる。
しかし、青年が苦笑を浮かべながら、その猫を足でどかしたのを見て、氷架璃の中でドクンと何かが跳ねた。
「な、に……」
「はい?」
「何やってんだよッ!?」
頭がカッとなって、氷架璃は宵の口の静けさもはばからずに怒鳴った。青年はびくりと肩を震わせる。
「それが弱った命に対する仕打ちか!? 大人が見てあきれるわ!」
氷架璃は、自分がそこまで崇高な理念の持ち主だとは思っていない。所詮、フィライン・エデンにかかわり続けたが故の猫に対する贔屓目があることを自覚している。それでも、憤慨せずにはいられなかった。
荷物を玄関の中に適当に置くと、猫の元へ戻ってその体を抱き上げる。青年には「もう帰れ!」と一喝し、氷架璃は家の中に引っ込んだ。口をぽかんと開けて固まる青年を置いて、ドアはバタリと音を立てて閉まった。
氷架璃は荷物もそっちのけで、猫を抱いたまま階段を駆け上がった。
「おばあちゃん、ごめん、私ご飯あとにするわ!」
「おや、そうかい? あとでちゃんと食べるんだよ」
深追いせずに気遣いだけしてくれる祖母に感謝しながら、彼女は自室に飛び込む。カーペットの上に猫を横たえると、ようやく落ち着いてその体躯を観察した。
白い毛並みは、先ほど青年に足蹴にされたところを除いて汚れ一つない。腹ばいの体をひっくり返して腹部を見ても同じだ。
(ケガじゃない……病気か、それとも腹減ってる?)
白猫は、青い首輪をしていた。前に家に帰した犬のように、首輪に名前が書かれていないかと確認したが、何も彫られていなければ飾りもない、実にシンプルなものだった。
首輪をしているということは、飼い猫だ。餌に困ることは、虐待の可能性を除けば考えにくい。
もっと考えにくいのは、フィライン・エデンの住人だった場合だ。
フィライン・エデンに貧富の差があるのかどうかは定かでない。もし差が激しければ、食いはぐれるものも無理はないが、氷架璃はこの猫に限ってそれはないと思っていた。なにせ、首輪をしているのだ。これまでの経験上、首輪をつけたフィライン・エデンの猫は希兵隊員と相場が決まっている。公務員様が食べ物にありつけないなど、まずありえない。
氷架璃は腕組みしてしばらく考えた後、とりあえず様子を見ることに決めた。動物病院に連れて行ったところで、もしフィライン・エデンの猫だった場合、まずいことになるからだ。意識が戻ってから、普通の猫か否かを見極めてからでもよいだろうと判断した。
とりあえず手近なタオルケットをかけて、氷架璃は食事に向かった。メニューを思い返し、「魚だけ持って上がるか」とつぶやきながら。
***
結局、猫は夜が更けても起きては来ず、部屋に持ち帰った魚も、皿の上で乾燥していく一方だった。息はあるものの目を開けない猫のことが気にかかってはいたが、氷架璃にはもう一つ懸案事項がある。ノートの再作成が途中だったのだ。
猫を看病していたという言い訳は通用しないだろうなと一人で苦笑し、氷架璃は机に向かった。目を離していても、起きたらそばに置いてある魚くらい食べてくれるだろう。氷架璃はそう考えながら、シャープペンシルをとった。
このまま徹夜で終わらせるつもりだったのだが――それはかなわなかった。睡魔とはいつ襲ってきたかも感じさせないうちに意識を闇へ落とすもの。時計の針が一時を指すころには、ダイイングメッセージを書き終わったかのような体勢で、椅子に座ったままつっぷす氷架璃が出来上がっていた。
そんな彼女の家の、屋根の上にて。
「…………」
一人の少女が、膝を抱えて座っていた。執行着の袂が夜風をはらんで翻る。瑠璃色の目は、どこか憂を含んだように伏せ気味だ。黙ったままそうしていた彼女は、やがて、彼女は小さく息を吐きだした。
「……で、いつまでそこにいるつもりだ?」
振り返ることなく、背後の気配に問う。音もたてずに近づいたはずの彼は、あっけらかんと笑った。
「あれー、やっぱしバレてた?」
「私は希兵隊員だぞ。気づかないわけがないだろう」
「さすがだね」
「なぜここにいるんだ。――アワ」
猫姿のアワは、笑顔を崩さずひょうひょうと尾を振った。
「それはこっちのセリフかな。ルシルこそ、どうしてまだこんなところに?」
「……」
ルシルはそれには答えず、ただ闇に包まれた町並みを眺めた。無視されたことに気を悪くする風でもなく、アワは屋根の上をちょこちょこと歩く。
「最後に会ったのは先月だっけ。その時はボクに人間界の情勢について聞いてたよね。その前はボクがフーと一緒にお邪魔した時。その時は、人間がボクたちみたいな進化を遂げる可能性について尋ねてた」
「……何が言いたい」
「いや、さ」
ひたりと足を止め、アワはルシルに挑戦的な笑みを向けた。振り返った青い双眸を恐れることなく見つめ返す。
「本当に人間嫌いなのかなー、ってさ」
ルシルは口を結んだままだ。しかし、目線をそらさないところ、聞く意思はあるのだろうとアワは察した。へらっとした笑顔を消し、まじめな顔でアワは言う。
「そろそろ向き合いなよ」
「……」
「ルシル。君は人間が嫌いなんじゃあない。君は――」
***
あくる日。
授業時間中、教師の声が氷架璃を指名するも、なしのつぶてだった。
「おーい、水晶。水晶ー」
「……」
「水晶!」
「へあ!」
ついに頭をはたかれた氷架璃は、ようやく我に返った。睡眠不足と、もう一つの件のせいで、ろくに集中できない。
「何ボーッとしてるんだ。教科書は上下逆だわ、頭にシャーペン刺さってるわ、どういう授業態度だ?」
「さーせんっ」
ちょうどチャイムが鳴り、運よく氷架璃は釈放された。六限終わりのホームルームもつつがなく終了し、帰路につく。
「まったく、氷架璃ったら、上の空にもほどがあるったい」
「いやー、失態、失態。お見苦しいところを」
「先生は気づいとらんかったけど、教科書上下逆、シャーペン頭に刺さっとるだけじゃなくて」
「うん?」
「消しゴム、耳ん中に入っとったよ。っていうか今も」
「はよ言えや。どうりで右だけ聞こえが悪いと思ったわ」
右耳から消しゴムを引き抜き、氷架璃は大きく息を吐いた。それを見て、芽華実が心配そうに言う。
「睡眠不足もそうだけど、猫の件も心配ね。朝起きたらいなくなってたなんて」
「そうなんだよなー……」
氷架璃が保護した猫は、氷架璃が目を覚ました午前六時には、忽然と姿を消していた。皿の上の魚もなくなっていたので、食べたものと思われるが、それで回復したかどうかは怪しい。
「窓開けてたから、そこから出て行ったかなー」
「白猫で、青い首輪をつけていたのよね?」
「うん。フー、心当たりある?」
「仮にフィライン・エデンの猫だとすると、私の知っている限りでは希兵隊しか思いつかないわね」
「首輪って、希兵隊の専売特許なのか?」
「義務ではあるけど、専売特許ではないわ。一般市民もアクセサリーとしてつけてるひとはいる。でも、知り合いの一般市民には青い首輪の子はいないのよ」
「一般市民には?」
雷奈の強調した問いに、フーはうなずいた。アワがあごに手を当てて、
「白猫、青い首輪。もしかしたら、その猫……」
――言いかけて、遠くを見つめたまま足を止め、固まった。
「アワ?」
雷奈がアワの眼前で手を振る。アワは驚いたように目を見開き、声も出せずにいる。
「ちょっ、雷奈、あれっ」
アワの視線の先に気付いた氷架璃が声を上げた。彼女の指さすほうを見て、雷奈もハッと体をこわばらせる。
進行方向左寄り、かなり離れてはいるが、ゆらゆらと昇る黒煙が見えた。
「ま、まさか、火事!?」
「消防車の音なんて聞こえんよ!? 誰も通報しとらんと!?」
氷架璃はとっさにアワに目配せした。彼も氷架璃の意図を汲んで、うなずく。
「もしそうなら、消防が来るまでボクがなんとかする。急ごう」
すぐに走り出した雷奈たちは、その道がつい先月たどったのと同じルートであることに気付いた。公園を通り過ぎ、歩道のない道路を走って交差点へ。それは、リーフとさくらの意地合戦の時に通った道筋だった。方向と距離からして、どうやら煙は、あの時最後に行き着いた、雑草だらけの空き地から出ているようだ。
「雑草なんてほっとくから火が上がるんだぞ! たぶんタバコか何か捨てられたな!」
「ご、ごめん、その雑草を増やしちゃったの、私です」
芽華実が後ろめたそうに言った時、ちょうど先頭の雷奈が、角を曲がるところだった。
「っ!?」
「おわっと、急に止まるなよ、どうした、雷……」
言いかけた氷架璃も、曲がった先の道を見て瞠目した。
歩行者は一人もいなかった。かわりに、意識不明者が五、六人転がっていた。
「な、なにこれ……?」
「テロかよ……!?」
これ以上足を踏み出すのもためらわれる気味の悪さ。進んだが最後、自分たちも同じように地を舐めることになるのではないかという不安にかられる。しかし、その数十メートル先に迫る空地から流れてくる焦げ臭いにおいが、彼女らを急き立てた。
「どうりで誰も通報せんかったとね……!」
「も、もしかして、有毒ガスか何かが出てるんじゃ……?」
芽華実が慌てて鼻と口を覆う。
「いや、でも、草が燃えるにおいしかしないな……。もちろん無臭の毒ガスなんかもあるだろうけど。フー、どうだい?」
アワが鼻をひくつかせて言った。フーは一番近くに倒れていた女性のもとに膝をつき、その手をかざすと、首をかしげる。
「そうね……変だわ。何の異常もないように感じる。最も適切な表現をするとしたら、ただ寝ているかのよう」
「催眠ガスっちゃか?」
「それこそテロでも起きない限りあり得ないわ。もっと可能性の高いものが考えられるでしょう」
「……まさか、クロかダーク?」
恐る恐る尋ねた芽華実に、フーは重くうなずいた。
「そんな能力まであるのかよ!?」
「念という猫種があってね。相手を眠らせることができるんだ。例えばこの前病院で会ったアイさんや、妹のユウがそう。念のクロかダークの仕業だとしたら、あの空き地で煙が上がっているのも関係するかもしれない。例えば、車に乗っている人が突然眠ってしまったら?」
アワが示唆した可能性に、三人は背筋が凍った。
「あんた、車が空地に突っ込んで炎上してるとでもいうの!?」
「想定は最悪のほうがいい。現状を確かめてから、消防と一緒に救急も呼ぶとしよう。さあ、行くよ!」
切羽詰まったアワの声に、雷奈たちもはやる鼓動をなだめながら空地へと飛び込み――。
「……」
「……」
「……なんだこれ」
想像を絶する光景に、一同は言葉を失った――というより、目が点になった。
空地の中央で、めらめらと炎が立ち上っていた。芽華実が成長させ、撫子が枯らせた雑草がよく燃える。黒煙はこの炎が元だったようだ。その周りを、いまだかつて見たことのない数のクロが取り囲み、和気あいあいと手をつないで回っていた。
「モエロ」
「モエロヨ」
「モエロヨ、モエロ」
もはやキャンプファイヤーの域を超えた火力で燃え盛る炎の周りでちょこちょこと踊るクロたちは、不気味ながらも可愛げがあり、微笑ましく――。
「ハッ。やってることがあまりにも攻撃性から遠すぎて、危機感を失ってたけど、燃えてる以上やばいよね!?」
我に返ったアワが両手を突き出した。彼の言動に、雷奈たちも正気を取り戻す。
「何だ、今の! 緊張感がまるでなかった!」
「遊んでいるふりをしてこちらの敵意を削いだのね!」
「恐るべきクロったい……!」
口々に言いながら、彼女らはアワの消火の邪魔にならないよう少し離れた。アワが言霊とともに水を噴射すると、クロたちは抗議するように騒ぎ出す。すると、炎の勢いが水と拮抗し始めた。
「ちょっと、消してるそばから火力追加しないでよ!?」
「っていうか、アワ! 車が突っ込んでるわけでもなんでもなく、クロたちがキャンプファイヤーしてるだけじゃんか! 脅かすなよ!」
「……ちょっと待って」
雷奈が言葉をこぼした。その顔には焦りが浮かんでいる。
「燃やしとるってことは、このクロたち、猫種は炎っちゃろ? じゃあ……道の人たちば眠らせたんは、誰ね?」
その言葉が意味するところに気付いた氷架璃たちは、体を硬直させた。そんな彼女らの背中に、影がかかる。せまる危険に真っ先に応じたのは、フーだ。
「っ、危ない!」
突如として吹いた突風に飛ばされ、雷奈たちは空地の中を転がった。とっさに雷奈たちを風術で逃がした後、フーは素早く自らも飛び退り、背後からの闖入者との距離をとった。
「やっぱり……」
現れたダークをにらみつけるフー。雷奈が危惧したのは、これだ。
「あのクロたちは炎術で炎を起こした。こっちのダークが念術で人々を眠らせた。最初から犯人を同一に絞っちゃいけなかったってわけね」
「ケケ、ケ」
ダークはクロよりもくぐもった、低い声で笑った。フーが鋭く指示を飛ばす。
「逃げるわよ、みんな! アワも、消火は諦めて! ダークを相手取るのは不利だわ! 撤退を――」
その瞬間、ダークの目が怪しく光った。かと思えば、消火中の炎が生き物のように動き出し、入ってきたフェンスの切れ目まで這って行く。そして、あっという間に、入り口をふさぐように燃え盛った。一瞬で退路をふさがれ、フーの指示は儚くも実行不可能となる。
「炎を、動かした……!?」
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元からあった炎、退路をふさいだ炎、そして這った跡に新たに生まれる炎。空地は最初とは比べ物にならない惨事になっていた。それでもなお、多数のクロたちが火の粉を散らし、新たな火の手を生もうとしている。そんな中で対峙するダーク。たちどころに絶体絶命の窮地に立たされた。
入ってきた場所以外はすべてフェンスで囲まれており、よじのぼったとしてもその向こうは壁、そして家屋だ。百歩譲って緊急事態だからと家屋に浸入したとして、ダークが後を追ってきたら他の人間に甚大な被害が出る。そもそも、ここが燃え続ければ周辺の家も危ない。
ここで食い止める以外は、すべて最悪のシナリオだ。
(ボクの力で消火して、フーの力でダークを足止め、その間に三人を逃がす……。出来るのか……!?)
アワの頬を嫌な汗が伝った、その時だ。
「巡れ、渦波!」
道路に面した空地の入り口。その一面をふさいでいた炎の壁が、一部霧と化して消えた。雷奈たちはもちろん、ダークもクロも、何事かと注意を向ける。
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