最低ルーミー

皐月なおみ

文字の大きさ
19 / 20
変化

和臣の密告

しおりを挟む
 外はビュービューと木枯らしが吹いている。
 少し強い風が吹いて古い窓枠がガタガタと鳴っていた。旧校舎にある写真部の部室では、蒼がパソコンをいじるカチカチという音だけが響いている。
 いつものように写真の整理をしているが、まったく集中できていない。それはすぐ後ろに座って蒼の腰に腕を回し蒼の肩に顎を乗せ、パソコンの画面を見ている仁のせいだ。こんなにべったりとくっつかれている状況で作業に集中できるはずがない。自分を包む体温と少しスパイシーな香りに蒼の頬が熱くなる。

「あ、俺、その写真好き。トンボのやつ。俺、はじめて見たときマジで泣きそうになったもん」

 蒼の心を乱しておきながら、当の本人は呑気にそんなことを言っている。低い声が蒼の耳をくすぐった。

「これ待ち受けにするからくれよ。転送して」

 一方的に言って自分のポケットからスマホを出している。後ろから蒼を覗き込んで、不思議そうに首を傾げた。

「蒼? お前顔赤くない? 体調悪いのか?」

 大きな手が蒼の額に当てられる。

「熱はないみたいだけど」
「そうじゃなくて。……先輩、なんでここにいるんですか? 昼寝しなくていいんですか」

 暗に仁がそばにいるからだと告げると、仁がにっと笑った。

「なにお前恥ずかしいの? 今更このくらい」
「いっ……今更とか言わないでくださいよ」

 ますます真っ赤になって蒼は声をあげる。
 ふたりはすでにキスまでいった仲、確かにすでにそこまでいっているならばこれくらいは普通かもしれないが、慣れるということはないと思う。

「昼寝、しなくていいんですか?」
「あそこ寒ぃんだよ。蒼の身体あったかくて気持ちいい。これからは俺こうやって昼寝する。蒼は好きにしてていいぜ」

 蒼の腰に回した腕に力を込めて仁が蒼の肩に頬をすりすりとする。柔らかい髪が蒼の頬をくすぐった。仕草は可愛いけれど横暴なヒョウか何かになつかれたような気分だった。
 こんな姿勢じゃなにもできない。

「こんなんじゃ、俺冬中、作業進まないですよ」
「なんでだよ、嫌?」
「嫌じゃないけど……」

 蒼がそう言った時。
 がらりとドアが開く音がして、びくっと肩をふるわせた。
 開いたドアの向こうには上級生が立っている。ネクタイの色からして二年生ということはわかるが蒼は知らない顔だった。くっついているふたりを見て汚らわしいというように眉を寄せた。

「仁、お前正気か?」

 上級生が仁を見下ろしてそう言った。仁が蒼にべったりとくっついていることを言っているのだろう。蒼は知らない顔だが、ふたりは顔見知りのようだ。

「ノックくらいしろよ、和臣。のぞきに来たのか変態」

 仁が答えた。
 和臣という名前には蒼にも聞き覚えがある。学園に所属するもうひとりの筧家の人間、筧和臣だ。たしか、仁のいとこに当たる人物だったような……。
 けれど蒼はこれ以上の情報を知らなかった。
 和臣の方は学園ではそれほど有名な人物ではないからだ。

「お前がおじいさまの呼び出しを無視しているからだろう。俺になんとしても連れてこいと指示されたんだよ。俺だってお前なんかと話したくないのに」

 仁が祖父からの呼び出しを無視しているという言葉に、蒼は目を見開いた。
 振り返り仁を見ると言われたことに特に驚いた様子はない。まるでこうなることは予想していたかのようだった。
 そういえば少し前の昼休みに、仁のスマホが鳴っていた時のことを思い出す。彼はあの時、折り返すと言っていたが……。
 でもなぜ?
 はじめて話をした時、彼は祖父には誰も逆らえないと言っていた。だからこそ本意ではない入寮を命じられても従ったのだろうし、その後も呼び出しには素直に応じていた。
 ここへきて、従兄弟に直接言いに来させるくらい無視しているのが不可解だ。
 和臣が汚らわしいというような目で蒼を見た。

「呼び出しの理由はわかっているだろう」

 その視線に蒼はドキッとする。彼が自分を見るということは、まさか自分がに関係することだろうか。
 仁には確信があるようだった。

「ルームメイトと仲良くすることをじいさんは喜んでたはずだけど」
「だけど、気持ち悪い内容なら話は別だろう」

 その言葉に、仁の目つきが変わる。この場の空気がビリッとした。押し殺した声をだした。

「……ただの冗談をお前が大げさに報告したんだろ? 俺の情報を流すくらいしかじいさんに取り入る手段がない卑怯者」

 仁からの辛辣な言葉に、和臣が頬を歪める。
 そのやり取りに、親戚同士とはいえふたりの仲が険悪だということが蒼にもわかった。
 と同時に血の気が引いていく。
 やはり呼び出しの理由は、蒼と仁がまるで付き合っているかのように学園で噂されていることについてだ。当初はわざと流した冗談のような噂だが、今はそうではない。

「大袈裟、本当にそうか?」

 和臣がギリッと奥歯を噛み締めて、呟いた。
 そして自分のスマホを出して画面を開いてこちらへ見せる。画面に映し出された写真に、蒼は目を見開いた。蒼と仁が裏庭でキスをしている写真だ。
 この間、結城に勉強を教えた日の写真だろう。撮られていたなんてまったく気がつかなかった。
 仁が一段低い声を出した。

「隠し撮りなんていい趣味してるじゃんお前。でも人が楽しんでるところをこそこそ撮るのは犯罪だぜ。そんなんだからお前はじいさんに見放されるんだ」
「うるさい! 俺は筧家にとって不名誉なことが許せないだけだ。どんな小さなことでも報告するのが一族の義務だろう」

 顔を真っ赤にして和臣が怒鳴る。
 仁が、心底軽蔑したような視線を送った。

「一族の義務ね……。それでじいさんはその褒美にお前を跡取りにするって約束してくれた? ならよかったじゃん。おめでとう」

 その言葉に和臣がぎりりと奥歯を噛みしめた。

「とにかく、週明けには屋敷へ帰れ! じゃないとお前が大事にしてるそいつもただでは済まないからな」

 そう言ってばたばたと部屋を出ていった。
 仁がため息をついて立ち上がり開いたままになっているドアを閉めて戻ってくる。
 その彼に、蒼は真っ青になって呼びがかけた。

「せ、先輩……。おじいさんにバレたならまずいんじゃ」

 彼は名家の御曹司なのだから、まずいということは考えなくてもわかる。
 仁が蒼の肩に手を置いて低い声で答えた。

「大丈夫だ、蒼。お前に手出しはさせねえから」
「俺のことを心配しているわけじゃありません! そうじゃなくて! 先輩が……」

 あんなに疲れながらも過剰に自分を演じていた。仁がそこまで追い詰められていたのは、筧家という名家に生まれたからだろう。彼の理解者が家にいないということくらいは蒼にもわかる。
 この後、彼が家でどんな扱いを受けるのかそれがわからなくて不安だった。

「俺のせいで……」
「蒼のせいじゃねえよ。好きだって言い出したのは俺だろ?」
「でも、それを皆の前で言う必要があったのは俺のためじゃないですか。俺の過去の噂をうやむやにするために……」

 あそこまで言いふらさなければ、たとえこうなっていてもこんなに早く周りに知られることはなかったはずだ。
 この先どうなって行くのか不安でたまらない蒼とは対称的に仁は落ち着いている。
 蒼の頭をぐしゃっとなでた。

「落ち着けって蒼。予想より早かったけど全部想定内だから」
「想定内?」
「ああ、俺のいる世界はくそなんだ。いつかはこうなるのはわかっていた。だから覚悟はしていた」

 こうなることはすでにわかっていたという仁に蒼は驚きを隠せなかった。改めて彼の育った環境は蒼とはまったく比べものにならない別世界なのだと思い知る。

「仁先輩……」

 仁が身を屈め蒼の肩に手を置き、蒼を見つめた。

「俺は蒼のカメラの中の俺の写真を見た時に、覚悟を決めていた」
「あの時に……?」
「ああ、蒼も俺を想ってくれてるのかもって気がついた時に。蒼と一緒にいたければ俺はこのままではダメなんだ。俺がいるクソみたいな世界と蒼の撮る綺麗な世界の壁をぶっ壊して、どこででもお前を守ってやれるようにならないと」

 揺るぎない決意を口にする彼の目が、強い光を湛えている。
 笑顔の仮面をかぶっている王子さまの顔でもなく、蒼の前でだけ見せる少し危うい優しい彼でもないはじめての顔だった。
 こんなに綺麗な目をした人を見たことがないと蒼は思う。
 仁が蒼を強く抱きしめた。
 耳元で低い声が囁いた。

「……蒼、お前何年待てる?」

 その声が少し震えているのに気がついて、蒼は彼がしようとしていることに思いあたる。
 詳細はわからなくとも彼にとって荊の道、その間ふたりは……。
 胸がなにかに刺されたように痛かった。強大な権力にたったひとりで立ち向かう彼の力になれないのがつらかった。

「先輩」

 世界の壁をぶっ壊すという言葉の意味を理解できないままに、蒼は彼に問いかける。

「先輩、俺にできることはありますか?」

 ただの高校生でしかない自分にできることなどないだろう。けれど聞かずにはいられなかった。
 蒼を抱く仁の腕に力がこもる。

「そのままでいてくれ、蒼。お前は変わらずに……俺を……」

 懇願するようなその声に蒼の胸は熱くなった。大きなものに立ち向かうために彼は変わろうとしている。その彼と生きていきたいというならば、自分も強くならなくては。
 背中に回した手でギュッと彼のシャツを握りしめた。彼の肩に顔を埋めて宣言する。

「何年でも待ちます! 俺は絶対に変わらないから」

 仁の腕が緩み、少し身を離して至近距離から蒼を見る。大好きなその目を、蒼は睨んだ。

「てか、何年とか聞かないでくださいよ。俺を見くびらないでください。今だけじゃないって言ったでしょう? 俺の愛は世界一重いんです。いつまででも先輩を想い続けます。もうやめてくれって言われてもやめません!」
「蒼」

 仁の瞳が一瞬揺れる。

「世界一じゃねえ、二番目だ。……絶対俺の方が重いから」

 蒼は、泣き出しそうになるとを唇を噛んでぐっと堪えた。

「先輩、力になれなくてごめんなさい。俺のせいで家と揉めることになってごめんなさい。でも俺、それでも先輩と一緒にいたい。ずっと待っていますから、必ず帰ってきてください」

 彼の負担になるならば、身を引くべきかもしれないが、もうそれはできなかった。ふたりは強く硬い絆で結ばれてしまっている。

「先輩こそ、約束してください。なにがあっても俺のところ帰ってきてくれるって」

 挑むようにそう言うと、仁が目元を緩めてふっと笑う。その笑みはもういつもの彼だった。そして大きな手で、蒼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「あたりまえだ。絶対に帰ってくるから、お前死んでも浮気すんなよ」
 


 次の週、筧仁が退学したというニュースが学園中に駆け巡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

可愛いがすぎる

たかさき
BL
会長×会計(平凡)。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

極度の怖がりな俺、ド派手な先輩とルームシェアが決まる

雪 いつき
BL
幽霊が怖い極度の怖がりな由井 明良(ゆい あきら)は、上京した翌日に、契約した部屋が事故物件だと知る。 隣人である鴫野 聖凪(しぎの せな)からそれを聞き、震えながら途方に暮れていると、聖凪からルームシェアを提案される。 あれよあれよと引っ越しまで進み、始まった新生活。聖凪との暮らしは、予想外に居心地のいいものだった。 《大学3年生×大学1年生》 《見た目ド派手な世話焼きバンドマン攻×怖がりピュアな受》

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...