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朔太郎参る!

のぶの生い立ち

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 のぶの生まれは、八丁堀亀島町である。八丁堀と言えば奉行所の役人の町だが、町人が住む界隈もある。亀島町もそのひとつで、のぶはそこで八丁堀の役人宅の下男下女をしていた両親のもと一人娘として生を受けた。
 贅沢はできなくとも暮らし向きに困ることはなかったが、のぶが十になる年に二人とも流行り病で亡くなった。
 引き取ってくれる親類縁者がいなかったため、のぶは一旦差配に預けられ、程なくして同じ八丁堀で隠密廻同心を勤めている安居倉之助の家に奉公にあがることになった。
 倉之助の母きよが寝ついていて看病する者を探していたのである。
 のぶの真面目な気質と両親を看病した経験、それからその両親が長年八丁堀の役人宅で真面目に勤めていたことが幸いして、話はすぐにまとまった。
 きよは優しい人で、両親を亡くしたのぶをたいそう可愛がってくれた。のぶも心を込めて世話をした。

 三年ののちきよが亡くなると看病はいらなくなったが、のぶはそのまま女中として安居家に留まった。両親亡きあとも生きるための仕事をさせてくれただけでなく、その後の面倒もみてもらえた安居家にのぶは忠義を誓っている。

 晃之進は、安居家の次男で、のぶが奉公に上がった時すでに二十歳、本来ならば他家へ養子に出る身だが、まだ実家にいた。
 頭が切れると評判で、体躯が良く刀の腕も確かな晃之進を欲しいという家はいくらでもあったのだが、歳の離れた兄、倉之助は他所へやるのを渋っていたからだ。

 これには、やや込み入った事情があった。

 倉之助が務める隠密廻同心という役目は、江戸の町の事件解決に奔走する花形の役目である。だが南北奉行所それぞれ二名ずつしか配置されておらず激務でもある。手先を何人も抱えているのが常であった。
 だが手先の中には脛に傷のある者も多く、倉之助は彼らを本当に信頼できなかった。

 そこで彼が目をつけたのが、出来の良い弟である。

 出来がいいだけでなく、鷹揚な性格の晃之進は、人の心にするりと入り込むところがあった。朝早く馴染みの女の部屋から出てきたと思ったら、昼間は裏店の井戸端会議に参加して、日が暮れる頃には湯屋の二階で博打に興じていると具合に、どこにも顔がきく。情報を集めてくるにはもってこいだ。

 ひとつふたつと手伝わせているうちに、いつのまにか倉太郎の右腕となっていった。他家の養子になればそれができなくなってしまう。これが、倉之助が養子の話を渋っていた理由だ。

 また晃之進の方もいたって呑気にかまえていて、兄の役に立つことを喜んでいたのである。
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