【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

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【第一章】「腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。」

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放課後、生徒会の雑務を終えた俺は、ため息をつきながら寮の廊下を歩いていた。

新しい部屋番号が書かれた紙を、何度も見返しては、ため息を吐く。
番号は……風紀委員長の部屋。
つまり、もうそこが俺の部屋になるってことだ。

一応、自室に戻って私物をまとめてきた。
といっても、俺の生活用品なんて段ボール一箱ぶん程度。

委員長の部屋に“間借り”する形になることは、誰の目にも明らかだった。

 

——コンコン。

部屋のドアを軽くノックすると、すぐに「どうぞ」という声が返ってきた。

開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、やたら整った部屋だった。
ベッドメイキングは完璧。本棚の背表紙は色順に並び、引き出しの取っ手にさえホコリがない。

なにこのモデルルーム。写真撮影の直後かよ。

そして、部屋の中央。
真新しい布団が、床に敷かれていた。

……え?

 

「いらっしゃい、根津くん」

 

笑顔のまま、風紀委員長——晴人が、俺を出迎える。

「ベッドは、君が使って。僕は床でいいから」
「え、いや、ちょっと、それは……!?」

慌てて否定しかけたけど、晴人は笑顔を崩さない。

「君、眠り浅いでしょ? 寝言も言うって聞いたし、硬いベッドのほうが逆に落ち着くかもしれないしね」

どこ情報!? と思いつつ、突っ込むタイミングを見失った俺は、結局——

「……すみません」

と、頭を下げてしまった。

 

カバンを降ろして、ベッドの端に座る。
自分の存在だけが、この部屋の整然とした空気を壊しているようで、妙に落ち着かない。



「……なんか、ごめんなさい。迷惑、かけてますよね」

 

そう言うと、晴人は少し首を傾げた。

「なんで謝るの?」
「だって……俺たち、あくまで“偽装”ですし。
風紀委員長は、他にもっと気の合う人とか……」
「根津くんじゃなきゃ、だめなんだよ」

 
言葉の切れ味が、一瞬鋭すぎて、思わず言葉を飲んだ。

「……どうして、ですか?」
「君って、余計なこと言わないし。騒がないし。……裏切らないでしょ?」

笑顔のまま、淡々と告げられる。

まるで条件に当てはまった“理想の道具”を選んだかのような言い方だったけど——
それでも不思議と、嫌な気はしなかった。

むしろ、必要とされてることが、少しだけ嬉しかった。


「でも、俺、そんな……」
「僕、誰かと寝食を共にするの、初めてなんだ。
だから、少し不安だった。でも君が相手なら、大丈夫な気がしてる」


“共にする”なんて言い回しが、やけに重たく聞こえる。

けどそのくせ、晴人の笑顔は変わらず柔らかくて——
たとえば「好きだよ」って言われたとしても、まったく不自然じゃないくらい綺麗だった。

……ん? 前のルームメイトのことは……?

美咲は一瞬、晴人の言葉に違和感を感じたが、
(酷い目にあった人に加害者の話するとかナシだよな)と、すぐ頭の中から消し去った。

 

***

 

夜。
シャワーを交代で浴びて、ライトを消すと、部屋はしんと静まり返った。

自分の髪から風紀委員長と同じ良い香りがして、落ち着かない。
美しいくらいに整った空間に、俺の寝息と、晴人の呼吸だけが響いている。

壁際、床の上に眠るはずの晴人の布団からは、物音ひとつ聞こえない。

(……寝たのかな)

なんとなく目を閉じて、布団を引き寄せる。
そのとき——

 
「根津くん」


唐突に、名を呼ばれて、心臓が跳ねた。


「……起きてますけど?」
「よかった」

 
暗闇の中、晴人の声は静かで穏やかだった。
だけど、なぜか——壁を越えて近づいてくるような、静かな圧を帯びていた。


「ねえ、根津くん。……僕のこと、怖い?」

「え?」

「最初に、偽装交際を提案したとき。君、すこし怯えてた気がしたから」

 
そんな顔、してたっけ……?

 
「……怖くはないです。ただ、俺なんかでいいのかなって思っただけで」


沈黙が落ちる。
数秒の間を置いて、晴人が囁いた。

 
「……君じゃなきゃ、だめなんだよ」


どこか、呪文のような響きだった。
それが優しさか、依存か、執着か、判断できなかった。

けど——

 

(なんか、俺……この人から離れられない気がする)

 

そんな予感が、背中にじんわりと染み込んでいく。

 

——その夜、俺は深く眠れなかった。




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