【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

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【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」

11—完—

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昼食時の食堂は、いつもと同じざわめきに包まれていた。
食器がぶつかる音、笑い声、パンを落とした一年生の慌てる声。
——なのに、俺の耳に届くのは、ほんの一部だけだった。

人の目に触れないように窓際のいつもの席に座り、鏡の反射越しに″彼″を見る。

″根津美咲。″

白い皿の上にはサラダとパン、そして彩りのいいオムレツ。
それを左隣の天瀬晴人が丁寧に切り分け、美咲の皿へと運んでやっていた。



「……子供の世話かよ……」

自然と、呟きが漏れる。
それは突き刺すような侮蔑でも、からかいでもない。
自分でも気づかないほど微細な焦りと、嫉妬の混ざった警告だった。

(——騙されてることなんて、いい加減わかるでしょ…?)

あの男は王子様なんかじゃない。
優しくなんか、ない。
一度でも″標的″として視界に入ったら、もう二度と自由には戻れない。



美咲の横では、生徒会長の護堂要が凪と並んで食事をしていた。
相変わらず、誰よりも姿勢が良く、食事もきちんとしている。
——けれど、その隣で凪が無邪気に笑うたび、耳の先がほんのり赤くなっているのが見えた。


あの王子とあの会長が、同じテーブルで“笑っている”。
こんなバランスのとれた構図の中に、自分が立ち入る余地はどこにもない。

——いや、それでも。


「……俺は……」

声にならない声が、喉を震わせた。
美咲の視線が、一瞬だけこちらに向きかけたような気がして、俺はわずかに気を取られた。


その瞬間——
背後からぬるりと伸びてきた白い指が、俺の口の中へと突っ込まれた。


「んっ——!?」

思わず仰け反る俺の舌を、濡れた指先が器用に挟み込む。
湿り気を含んだ指が、口蓋を撫で、舌を弄ぶ。

(っ、澪……!?)

見なくてもわかる。
この背後からの無遠慮な接触は、あいつにしかできない。


「…熱心に。まだ″ファン活動″かよ。まさか、あいつに声かけようとしたのか?」
「…、ぁ″え……っ″…」

耳元で囁く声が、酷く冷たくて、優しかった。
俺の舌を挟んだまま、澪は小さく笑った。


「次にあいつに関わったら、どうなるか……分かってるよな?」

口を閉じることも、振り返ることもできない。

喉側に指が伸びると苦しくて反射的に喘いでしまう。ダラリと口端に涎が溢れて、それを拭くことも許されない。
ただ、席に座ったまま、俺は指をくわえ込まされていた。

——今は、手は、自由なのに。
抵抗出来ない。澪の目を、見るのが怖い。
また、あの熱が籠った目で見られると、身体の奥底まで無理矢理暴かれる感じがして……。


(人に、見られる……)

すぐそこに、俺の“かつての生活”があるのに。

今の俺が口の中を陵辱されているこの姿を、誰かが見たらと思うと、呼吸が止まりそうになる。



「……いい加減、“要らない心配事”ばかり増やすその頭、矯正してやろうか」

にこりと、笑う気配が背中越しに伝わる。
背筋が凍る。


澪は、“守るため”と言いながら、俺のすべてを管理している。
晴人から俺を守る“盾”なんかじゃない。
ただ、晴人と同じ種類の支配者にすぎない。

指が抜かれたあと、舌の先に残った澪の体温と、粘り気が、いつまでも消えなかった。


俺はもう、どこにも戻れない。

自分の身体が、自分のものじゃなくなっていく感覚を噛みしめながら、
鏡に映った“笑い合う幸福なテーブル”を、ただ、ただ、見つめていた。

——あの檻の中の幸福は、
手を伸ばした瞬間、地獄に引きずり込まれる。

俺はもう、それを知ってしまったから。







***






昼休みの食堂。
窓際のいつもの席には、晴人が少し猫背気味に身体を傾けて、美咲の皿の上にスプーンを差し出していた。


「はい、あーん」
「いや……普通に食えるから」

そう言いながらも、美咲はそれを断りきれず、大人しく口を開ける。


(——またこの“甘ったるい演技”だ…)

でも、知ってる。
この“あざとい王子様”が、実はかなり計算高くて、強かで、俺にしか見せない顔をいっぱい持ってるってこと。

そして何より、今このとき、誰よりも俺を必要としてくれていることを。
……気がつけば、胸の中の不安は消えていた。


「美咲くん、今日は午後、実技の授業だったよね? 着替えのタオルは入れておいたよ」
「う、うん。……っていうか、晴人いつのまに荷物触った?」
「朝のうちに。君が二度寝してる間にね」

微笑む晴人の手は、ナプキンで美咲の指を拭っている。
過剰なほどの世話焼き。
でもそれが、いまの美咲には“心地いい”。



(……俺、もう完全にダメになってるかもしんない)

この後に起きる学園を揺るがす問題発言などまだ知らない俺は、ただ晴人から与えられる″幸せの重さ″に笑いそうになって、それも、悪くない気がしていた。






***




食堂の隅、いつもの長テーブル。
美咲と晴人が肩を並べて穏やかに談笑している横で凪と要は、空気となって腰掛けていた。


「……なんか、あのふたり……やけに甘くない?」

ご飯を口に運びながら、凪がぽつりと呟く。
視線の先には、美咲の髪をさりげなく整えてやる晴人の姿。


「甘やかすのも甘えるのも、もはや日常って感じ。……ねえ、要。あれさ、どっちが主導権握ってると思う?」
「……晴人以外いないだろ」

要は箸を止めて、短く答える。
そして、少しだけ目を細めた。 


「……順調そうに見えるけどな。……あいつの“本質”を知ってれば、逆に気になる」
「うん。僕も……ちょっと思った。まあ、美咲くんが良いなら、僕はいいんだけど。」 

凪が小さく息をつく。


「自分の中の不安とか疑問とか、抱えたまま“幸せ”に順応しちゃってる。……ああやって、晴人の手の中で生きる覚悟、決めちゃったんだね」
「……お前、たまに怖いな」
「褒め言葉と受け取るね」 

にっこり笑って茶をすすった凪は、ちらりと晴人に視線を送って——ふと眉を寄せた。


「ていうかさ、なにあれ。甘えん坊キャラ、似合ってなさすぎ」
「やめとけ、藪をつつくな。絶対面倒になる」

その忠告も遅かった。

晴人は、まるで聞き耳を立てていたかのように視線を凪に向け、微笑んだ。


「……へえ。凪が言えること? 僕と同じ手口で要を落としたくせに」

その瞬間、周囲にいた生徒たちの動きが止まった。

ざわ……っ。


「……!? い、今なんて……」
「『手口』って……えっ、え、ええ!? どういうこと!?!?」

要の箸がカタリと落ちた。


「てめえ……っ、晴人……ッッ!!!」
「なに、驚いてるの? 要がそっち側なのなんて、周知の事実じゃないの?」
「周知じゃねえよ!!!」

凪はくすくすと笑いながら口を拭った。 


「いやー、晴人に言われると説得力あるね。でもさ、僕は無理やりとかしないから。あくまで“自然な流れ”ってやつ?」
「どこがだ……! てかお前ら口を慎め!!!」

要が赤面しながら声を上げた瞬間、まるでそれを合図にしたかのように——

\\会長が……会長が受け……!??//
\\そっち側って!!?え、まさか…//

食堂全体がざわめきに包まれる。
要は頭を抱えた。


「……もう嫌だこの学園……」
「だいじょうぶだよー。生徒会長でしょ?しっかりしなきゃ」
「そうそう、ほら、俺風紀委員長として力になるよ?」

凪と晴人がさらりとそう言った瞬間、また一斉に視線が要に集中する。

\\会長照れて真っ赤じゃん!!//
\\完全に凪くんが攻めだ……!!!//

「——お前らが!!!騒ぎの!!!原因を作ってるんだよ!!!」


要の叫びが食堂にこだまし、晴人はくすくすと微笑みながら、美咲の皿にサラダを追加していた。








***





食後、廊下を歩きながら、美咲はふと尋ねた。

「なあ、晴人。……澪のこと、改めて聞いてもいい?」

晴人は小さく目を細めて、柔らかな笑みのまま答えた。


「彼は、協力者だよ」
「…朝もそう言ってたよな」
「うん。君に何かあったとき、君の“弱点”を狙う相手を見張る役割。君を守る盾」 

そのとき、ちょうど曲がり角の先に、澪の姿が見えた。
彼の隣には……垣根孝。
無言で、ぴたりと背後に寄り添うように歩く姿は、まるで“飼われている”みたいだった。



(……やっぱり、なんか……おかしい?)

違和感はあった。影が薄いのをわざと自負するアイツがあんな目立つ男といること自体不自然だし…。

けれど、美咲はその場で立ち止まることはしなかった。
晴人が、自分の横にいる。その事実だけで、自然と歩き出せた。

そのまま、そっと息をつくと、晴人がちらりとこちらを見て微笑んでいた。



「ねえ、美咲くん」
「ん?」
「今なら、ご家族に挨拶したいって言っても……嫌じゃない?」

……その言葉に、思わず足が止まった。
  

「……は?」
「僕、あのとき言われたから。家族にまで踏み込まれるのが“怖かった”って」

晴人の表情は、いつもより少しだけ弱々しくて——
それは、たぶん、わざとだって分かってるのに。
この顔には、どうしても弱い。


(ほんっと、ずるい……)


「……いいよ」
「え?」
「妹がちょっと、いやかなり煩くなりそうだけど……晴人のこと、ちゃんと説明する」

晴人の目が、ほんの一瞬だけ見開かれた。



「……ありがとう、美咲くん」

心から嬉しそうに微笑んだその顔を見て、
やっぱり俺は、この人から離れられないんだと、あらためて思った。





穏やかな陽射しに照らされる晴人の笑顔は、やっぱりどうしても可愛くて。
もう同人のネタにすることも出来ないほど、俺にとって特別なもので。

———いいよ、晴人なら。きっと俺の家族のことも、尊重してくれるから。

なにより、俺はもう、晴人がいないと生きれないくらい。

天瀬晴人に惚れてしまったから。








—【完】—





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