31 / 48
【第五章】ヴァン×ルーシィ編
3
12歳の時の話だ。
その頃からヴァンはまだ幼いながらも女を知っていた。
″魔眼″や″精霊の祝福″と呼ばれる魔力が作用した瞳をしていた彼は無意識の内に周りに魅了魔法をかけてしまい、力の制御も出来ない幼い内から女たちがヴァンに跨った。
環境が災いし、次第にヴァンにとっての女は、気持ち悪くて、気持ちのいい行為ができる都合の良い捨て駒。御しやすく、思い通りに事を運べる便利な道具。そういうものだと認識されていった。
だから、初めてだった。
″そうではない″女に会ったのは。
ヴァンとルーシィの婚約の席、両家の代表が揃い子同士の顔合わせをする場でルーシィは無愛想な態度で押し黙るのに対しヴァンは社交的に接しながら笑顔の裏で冷や汗をかいていた。
先日のこと、どこかの誰かの誕生パーティーでいつものように女を引っ掛け使用人の部屋だろう適当な空き部屋を使っていた。
そこに彼女が居合わせた。
まさか”アレ”が婚約者との初対面だったなんて、あの時のヴァンは思いもしていなかった。
分厚い紙束を持って扉を開けた少女に、ヴァンに跨っていた女が小さな悲鳴をあげる。
見れば扉を開けてしまったのはまだ幼い令嬢だ、悲鳴を上げられる前に口封じをしなくてはとヴァンは黒い瞳で少女を見た。
目を合わせた少女は悲鳴を上げなかった。
しかし、ヴァンの下に歩み寄ろうともしなかった。
性行為をするには明らかに若い少年と、
まだ幼い少年の上に跨がるいい歳をした女。
2人を睨みつけるようにじろりと見て、
「気色の悪い猿ね」
そう言い残し、部屋を後にした。
その少女が、ルーシィ・フェルマーだった。
「やあ!こんにちはルーシィ嬢、おや、また痩せた?ご飯はちゃんと食べているのかい?」
「…興味がないわ」
「クマも酷い、ちゃんと寝れてないんじゃないかな?腕の良い調香師を紹介しようか?」
「…興味がない。放っておいて頂戴」
「手厳しいな、僕は君が心配なのだけれどね」
「………白々しい。」
婚約を結んでからヴァンは足繁くフェルマー家を訪れた。
その度ルーシィは部屋から引っ張り出されヴァンの案内をしなくてはいけない。興味もない庭園を歩き、テラスで茶を飲むつまらない時間。
母は妙にヴァンに惹かれている様子だ。ヴァンの婚約者に選ばれてからというもの、これまで散々放置されてきたとはいえ、妙な敵意を感じるようになった。
父はただ、何の価値もなかった偏屈な娘が金になることが嬉しいようだった。
「あなたの趣味をどうこう言うつもりはないわ。誰かに言う価値もない。だからもうここに来ないでくれないかしら」
「……なんの話しかな、ちょっと僕には」
「口止めのためにご機嫌取りをしてるんでしょ?ご丁寧なものね。」
「…………」
散々ヴァンと視線を合わさないようにしてきたルーシィの視線が茶から離れ、ヴァンを映す。
キッと釣り上がった目が彼女の気の強さを反映している気がした。
「あなたの趣味も、交友関係も、どうでも良いの。婚約者なんてただの契約でしょう?居ても居なくてもいいものなんだから、だから私のことは放っておいて頂戴」
それは本心からの言葉に見えた。
婚約の席でも挨拶以降ろくに話しをしなかったルーシィ・フェルマーがようやく話した本心。
彼女にとってヴァンの評価はあの日呟いた″気色の悪い猿″から変わることはないのだろう。
明らかな拒絶にヴァンは呆然とし、ルーシィが茶を飲み席を離れようとした瞬間慌てて彼女の薄い手を握りその場に留めた。
「…まだ、何か用?」
「ぁ……」
「用がないなら離して頂戴」
…何故だろう、侮蔑する彼女の瞳だけが唯一自分を見てくれた気がした。
咄嗟の行動で言葉が紡げず立ちすくむヴァンをルーシィは怪訝な顔をして睨んでいた。
魔眼を見てもなお態度を変えなかったこの子はきっと、僕を好きにならない。
それが虚しくて、…嬉しかった。
ーーーーーーー
ルーシィとヴァンの婚約関係は歪だった。
社交界で共にいることはなく、会って話をするのはヴァンがフェルマー家を訪問した時だけ。
痩せぎすで目つきも悪い、無愛想なルーシィと
濡烏のような髪をした、いかにも好青年な美丈夫ヴァン。
どこからか婚約話を聞きつけた人々も”アレ”では流石に釣り合わないだろうと鼻を鳴らした。
噂にもならなかった婚約関係は誰にも語られることがなくひっそりと2人を縛り付けている。
ヴァンはルーシィの研究を邪魔することはなかった。
ルーシィが研究に打ち込むときはただ穏やかに少し離れた椅子に座り、流行りの菓子や、質のいい茶葉を差し入れ彼女を見守っていた。
ルーシィの家庭環境に気がついてからは、家族から離れて彼女の好きなことが出来るように屋敷の離れに専用の研究室を用意してあげた。
歪な2人の関係はいつも”ヴァン”がルーシィに気を回すことで繋がれていた。
ルーシィがもっと研究したいというから出資した。
場所を与え、時間を与え、自由を与えた。
ルーシィが婚約関係を周りに知られたくないというから何も言わなかった。
ルーシィが馴れ馴れしいことはしないでというから距離を保った。
ルーシィが他の女とでも遊んだらと言うからそうした。
それはヴァンにとっても生きやすかった。
適当な女を抱けば欲は発散できるし、金も引っ張れる。
ルーシィの所へ通っていても詮索されず、婚約関係を隠すにはうってつけ。
我儘を言わない、従順で便利な手駒は幾らあってもいい。
邪魔になったら捨ててしまえばいい。
彼女たちと違う”ルーシィ”は捨てずに大事にしてあげる。
我儘をきいて、幾らだって叶えてあげる。
君にとって、従順で便利な手駒は僕だけだろうからね。
沢山甘やかしてあげるよ。
沢山愛してあげるよ。
なんだって君の言う通りにしてあげるよ。
どろどろの砂糖液のような環境は、失いがたいだろう?
ーーーーーーー
なんで、なんで今更?
なんで、なんでアイツは私に手を出したの?
思い出しただけで身が震える、地獄のような時間。
鮮明に植え付けられた度を過ぎた快感は、苦痛でしかなかった。
教会から言われた話ではヴァンは”聖女リラ”に惚れるはずだった。
実際、預言の通りに”聖女リラ”は現れ”攻略対象”たちと交流していた。ヴァンとの距離感も近く学内の他の令嬢たちから敵視される程だったと記憶している。なのに、
『私は君を愛している、君は、私を愛しているかい?』
あの地獄のような行為の最中、ヴァンはそう言っていた。
私は、教会から言い渡された決め事に反してしまった。
”婚約者から愛されてはいけない”
聖女は攻略対象からの寵愛を受けて幸せにならなければいけないから。
預言通り動くはずだった運命が、どこでかけ違ったのか道を外れている。もしもルーシィが模範的な令嬢だったのなら、国の繁栄が遠ざかっていることに胸を痛め教会に口助けを貰いにいっただろう。
しかし今、ルーシィの心を埋め尽くすのは劣等感、敗北感、言いようのない苛立ち。
ようやく満足に息が出来る生活になったと思っていたのに、それが全て”アイツ”から与えられていたことへの嫌悪感。それに今さら気がついたことに対する屈辱感。
逃げないと。
”アイツ”に管理されるのは嫌。
見せかけだけの自由なんて要らない。
愛情なんて気色の悪いものに縛り付けられるのは絶対に嫌。
逃げるには、金が要る。
研究資金を得るのでは駄目だ。
金が入ったことに気付かれると対策されるかもしれない。
こっそりと、金を集めないといけない。
集まったらその時は髪の色を変えて、服を変えて、名前を捨てて、ここを離れる。
失踪しよう。見た目を変えたら誰にも見つからない。
男のふりをするのが丁度いいかもしれない、痩せぎすでどうせ女らしい肉付きのない身体だ。
テーブルの上には試作段階の薬瓶があった。
聖女の神聖力を科学的に作れないかと試行錯誤していた物だ。
女神の祝福と呼ばれるその力を再現出来たなら、都から離れた地でも神聖力の恩恵を受けることが出来るだろう。
しかし出来上がったものは酩酊作用と強い媚薬効果をもつ催淫剤、なんの価値もないとテーブルに粗雑に投げ出していたそれを手に持つ。
これを”恋薬”として売ってはどうだろう。
闇市なら互いの事情に首を突っ込まない客が大勢いる。
あわよくば、この薬を誰かがヴァン•ロードリーに盛って取り返しのつかない…それこそ子を孕むようなことになれば万々歳だ。
あの男のことだ、恨みも愛憎の念も散々抱えているだろう。
そうだな、薬の名前は…”恋の妙薬”なんていいかもしれない。
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】
伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。
しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。
そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。
運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた――
けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった――
※「小説家になろう」にも投稿しています。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!
星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。
……のに。
「お腹すいた」
そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。
強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。
手当てすれば「危ない」と囲い込み、
看病すれば抱きしめて離さず、
ついには――
「君が、俺の帰る場所」
拾ってない。飼ってない。
ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。
無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の
距離感バグ甘々ラブコメ、開幕!
⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)