【R18】悪役令嬢は婚約者に囲われる。 (婚約者×悪役令嬢 R18短編集)

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【第三章】アラン×ブランシュ編

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それからの日々、私は少しずつ変わっていった。

朝は夜明けとともに目を覚まし、屋敷の裏庭を歩くことから一日を始めた。ひんやりとした朝の空気は、鈍重な身体を突き刺すようで、少し歩いただけで息は上がり、脚が棒のように重たくなる。それでも私は止まらなかった。もし立ち止まってしまえば、またあの頃の自分に逆戻りしてしまうような気がして、怖かった。肥えた身体と劣等感に支配されていたあの日々に、もう二度と戻りたくなかった。

食事も改めた。空腹を満たすことだけを目的に口にしていた甘いパイやパンを少しずつ減らし、代わりにスープや温野菜、柔らかな蒸し鶏を摂るようにした。最初の数日は、空腹で眠る夜が辛くて何度も涙が出そうになったけれど、不思議と数日も経てばその感覚も次第に鈍くなる。人間とは、かくも順応してしまうものなのだと、どこか他人事のように思った。

けれど、私が変わりたいと思ったのは、単に痩せるためだけではなかった。自分に少しでも自信を持ちたかった。醜いと罵られてもなお、恥じぬように、胸を張って生きられるようになりたかった。それが、私の心からの願いだった。

でも、それ以上に――私は、アラン様と正面から向き合いたいと願った。

これまで彼の優しさに縋ることしかできなかったけれど、今度は、自分の意志で、彼の隣に立てる私でなりたい。

その想いを胸に、私はスカーレット様に手紙をしたためた。ほんの数行だけの、不器用でたどたどしい筆跡だったけれど、返事はすぐに届いた。

ちょうど一ヶ月後の午後、彼女の使いの者が私の部屋を訪ねてきた。届けられたのは、繊細な装飾の施された上質な化粧品と、香り高いハーブティーの詰め合わせ、そして厚みのある一冊の書物。表紙には『貴族令嬢のための美と礼儀作法の手引き』と金の文字で記されていた。

ページの間には、スカーレット様からの丁寧な手紙が挟まれていた。

『まずは洗顔から覚えなさい。次に姿勢。太っているかどうかではなく、立ち姿ひとつで人の印象は変わるのよ』

飾り気のない筆致で綴られていたその言葉には、彼女らしい厳しさと、どこかしら温かい励ましが滲んでいた。私はその手紙を何度も読み返し、そして、鏡の前に立ち、お辞儀の仕方や笑顔の作り方を練習した。表情筋が痛むほど繰り返し、背筋を伸ばして自分の立ち姿を確かめるたび、ほんの少しずつではあるけれど、確かに私は変わっていくのを感じていた。

最初にその変化に気づいてくれたのは、身の回りの世話をしてくれていた侍女だった。

「お嬢様、最近……お顔が少し、すっきりなさったような……」

そう言って差し出された鏡の中に映る自分を見たとき、私は思わず息を呑んだ。ふっくらしていた頬がわずかに引き締まり、むくんでいた瞼が軽やかに開いていた。そこには、以前のような重苦しい陰りはなかった。

「あら……本当だわ」

思わず笑みがこぼれる。すると、侍女は驚いたように目を見開き、しばし言葉を失っていた。その表情があまりに面白くて、私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。

その日を境に、私の変化はさらに加速した。

やがて、スカーレット様の取り計らいで、とある小さなお茶会に招待されることとなった。社交の場に顔を出すのは久しぶりのことで、胸が張り裂けそうなほど緊張したけれど、鏡の中に映る自分は、もう以前の私とは少しだけ違っていた。

侍女は私のために、淡いラベンダー色のドレスを選んでくれた。肌を優しく包む上品な生地と、胸元にあしらわれた小さなリボン。髪は丁寧に結い上げられ、ほんのりと紅をさした頬は、いつもより明るく見えた。

「お嬢様、まるで……本物のご令嬢みたいです」

侍女のその言葉に、私は思わずくすりと笑った。

「私、本物のご令嬢よ?」

鏡越しに目を合わせ、笑い合った。そんな会話ができる自分に、ほんの少しだけ誇らしさを覚えた。

そして、お茶会の日。

会場の扉を開いた瞬間、緊張で全身が震えた。けれど、目の前に立つスカーレット様は、いつもよりも柔らかな笑みを浮かべて私を見つめ、こう言ってくださった。

「今さら怖がるの?もう、“子豚令嬢”なんて誰も言わないわよ」

その一言が、私の胸の奥に優しく沁みわたった。ああ、私は変わったのだ。だからこそ、今、ここに立っていられる。背筋を伸ばし、深く一礼すると、スカーレット様は静かに微笑み、黙って頷いてくれた。

席に着くと、会場のあちらこちらから視線が注がれるのを感じた。驚き、戸惑い、あるいは純粋な興味。小さなざわめきが波紋のように広がる。

「……あの子が、あのブランシュ令嬢?」
「ずいぶん変わったわね……」
「お痩せになって、雰囲気まで……」

その言葉に押し潰されそうになった瞬間、私はふと、誰かの視線を感じた。そっと顔を上げると、そこに――アラン様が立っていた。

夕陽を背に受け、藤色の髪が柔らかく金に染まっていた。彼は、静かに、けれど真っ直ぐに私を見ていた。驚きと、喜びの入り混じったような、その眼差しで。

そして、ふわりと、微笑んだ。

それは、あざけりでも、同情でもない。ただ優しく、温かな笑みだった。私の胸が、高鳴る。

「あ……」

何も言えず、ただ立ち尽くす私の頬に、初夏の風が優しく触れた。その瞬間、私は胸の内で小さく誓った。

もう、逃げない。

私は、アラン様と――きちんと、向き合う。
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