【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

Y(ワイ)

文字の大きさ
4 / 38
【第一章】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

4

しおりを挟む



あの夜の出来事が″寝室の共有″で終わると思っていた私が、どれほど甘かったか。
今なら過去の自分に三回ほど平手打ちしてやりたいですわ。

 
「……これは、何かの冗談かしら?」

私の目の前に差し出された羊皮紙には、優雅な筆致で書かれた文字列が五つ。
一読しただけで、喉元からため息が漏れそうになる。

 

《訂正項目》

一、食事はなるべく同席して摂ること
二、寝室は同じ部屋を使用すること
三、青い宝石を使用したアクセサリーを常に身に着けること
四、他の男性に業務以外で過剰な接近をしないこと
五、昼下がりの一時間は夫婦で過ごす時間を作ること

 

「……なんですの、これ」
「訂正項目だよ」

目の前の男、ユリウス殿下は、あくまで穏やかにそう返した。

机の上で指を組み、柔らかな微笑を浮かべているその姿は、まるで信仰深き神父様のように“優しげ”で、そして“おぞましい”。

「君の普段の行いでは、僕たちが“擬装夫婦”だとバレてしまうからね。
 せめて人前で“夫婦らしく”見えるように、必要なことを書き並べたよ」

 

「必要、ですって……?」

ゆっくりと息を吐く。上品に、けれど殺意は含めて。

「青い宝石、という項目が非常に気になりますのだけれど?」
「王家の色だよ。僕の印として、君に“触れていて”ほしいからね」


「……………………」

(殺していいかしら?)

思わず心の中で毒が漏れる。だってこれ、“俺のもの”って首輪の代わりではなくて??

「……どうやら、殿下は随分と独占欲がお強いようで」
「違うよ。これは“僕の身の安全”のためだ」

ユリウスは小さく目を伏せ、次の言葉を淡々と続けた。

「僕は“婿養子”だ。王宮から追い出すための政略結婚で、ここに来た。
 君と夫婦に見られないだけならまだいい。
 ……だけど、“叛逆の意思”があると判断されたら、即座に僕は“影”に殺されるだろうね」

 

「………………」

(こいつ……)

ぞくり、と背筋に冷たい感触が走る。

“王家の影”、王権に従い、裏から粛清を担う暗殺者たち。
その一族に属する人間が、“王位継承権を持ったまま”、“夫婦関係に支障のある立場にある”などと思われた場合……?

もしも″叛逆の意思″があると見做されれば、一族まとめて“即刻処刑”に値する。


「……つまり、あなたが“叛逆者”だと見なされた場合──」

「そのときの“家族”は、君と、君のお父上になるね。」

 

一族郎党、斬首刑。

王族の血に手をかけた者への処罰は、王国建国以来、変わらぬ“しきたり”として記録に刻まれている。

つまりこの腹黒王子が“危険人物”に仕立て上げられた瞬間、私たちヴァルデューラ家は“反逆の共犯者”になる。

……あの。
…………こっちは完全に、とばっちりではなくて!???

 

「賢い君なら、言いたいことは分かるよね?」

「……………」

 

深く、深く、呼吸を整える。
こんなにも殺意を込めずに言葉を紡ぐのは初めてかもしれませんわ。

「……貴方、演技は得意ですの?」
「得意分野だよ」

即答。

「そんな気はしてましたわ」
「君も得意そうだけどね。
 心の中では僕のことを散々罵倒してそうだ」
「まぁ~~~~?とんでもございませんわ~~~~?」

 

こちとら朝昼晩、心の中で千回は罵倒しておりますのに何をおっしゃいますの~~~!?
 
言葉にはしないけれど、顔面の筋肉がピクリと引きつるのは止められなかった。

「うんうん、そうだね」

またそれだ。何もかも見抜いているような笑顔。
……この男、聞こえていますわよね。私の心の声が。

差し出された訂正項目のリストを睨みながら、私は深く、深く、天を仰いだ。

(こんな協力関係、ふざけてますわ。でも危険因子だと判断されれば″一族郎党即刻断頭″ですのよ……!?)



「……了解いたしましたわ、“旦那様”」

乾いた声で、そう返してやる。
これが仮面夫婦のルールゲームなら──
私はこの舞台で、完璧に“妻”を演じてさしあげますとも。


(そのかわり、私を利用しようと云うのですから、覚悟しておいてくださいましね……?)






***







最近のお嬢様は、少し楽しそうです。

もちろん、見た目はいつも通り。
麗しく、隙がなく、悪夢のように優雅な“バルツァローナ家の奥様”。
だけれど、あの方の瞳の奥に、一瞬だけ光が灯るのを見てしまったから。

それは、ほんの数日前。あの第二王子がいらしてからのことです。

 

「……奥様、ネックレスのお付け替えをいたしますね」

そう言って手を差し出すと、お嬢様はおとなしく背を向けた。
その日、お召しになっていたのは、お気に入りの真紅のドレス。
胸元のカッティングが深く、そこへアクセサリーの青がよく映える。

淡い青でもなく、濃紺でもない、“王家の青”。
つややかなサファイアが、肌の白さをより際立たせるように光る。

……この色を、彼女が身につける日が来るなんて。

少し、信じられない気持ちでした。

 

「モニカ、どうかしまして?」

鏡越しに声をかけられ、慌てて背筋を伸ばす。

「い、いえ、何でもございません! とてもよくお似合いで……!」

 



――昼下がりの庭を歩く、お二人の姿は“絵”のようでした。

春先の風が、蕾のバラを揺らし、芝生には柔らかな光が降り注ぐ。
その中を並んで歩くお嬢様と第二王子殿下。

お嬢様は濃紅のドレスに青いサファイアを添え、殿下はアイボリーのシャツを腕まくりして、涼しげな顔をしておられました。

 

まるで初夏の恋人たちの散策のように、自然で、柔らかくて。

けれど、よく見ると、その歩幅は少し不揃いで。
お嬢様はいつものように口角を上げていたけれど、視線は少しだけ殿下を避けていた。

殿下はと言えば、優雅に手を組みつつも、じっとお嬢様の表情を観察しているようで。

お互いの動きを見計らい、探り合うような、妙に緊張感のある距離感。

″仲睦まじい″と言い切るには、どこかぎこちなく、
でも″冷えきっている″とも違う、不思議な空気が流れていました。

 

(……お嬢様が、変わり始めている)

付き人として、長く仕えてきた私には分かります。
あの方は、無理に笑っているときほど、右の口角を少しだけ引く。
そして怒りを抑えているときほど、視線が沈み、呼吸が浅くなる。

なのに今日のお嬢様は、どちらでもなかった。
笑いもしていないし、怒ってもいない。
ただ、ほんの少しだけ……興味を抱いたような目をしていた。

それが少しだけ、私は嬉しいのです。




ユリウス殿下は一体、どこまで見抜いているのでしょう?

そして、お嬢様、
貴女の“仮面”を、本当に破られる日は来るのでしょうか。

それはまだ、私たち従者には知る由もありません。
ただひとつ、はっきりしているのは——

この“夫婦”は、これからもただの仮面劇では済まされない。
そんな、妙な予感がしてならなかったのです。


そんな折でした、婚約パーティの″招待状″が届いたのは。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

処理中です...