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笑顔が柔らかい勇者から逃げた元魔王軍女幹部ですが、なぜ私に執着なさってますの?
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しおりを挟む勇者と距離を置いてから予想通り彼と話したそうにしていた若い貴族女性が彼に話しかけていた。近くでは何人もの女性が商品を見るふりをしながら彼の様子を観察していて、華やかな女性に囲まれる彼は少し困っている様子だった。
悪いことをした気もするけど、女性の扱いは慣れておくべきとも思う。
歳の近い女性が横に立っていると、彼の背が高いのもあってとても絵になるわね。防具付きの服じゃなければ騎士様に見えるくらいに容姿も整っていますし、彼の好みの相手は知りませんけどああいう自分からアピールできるくらい主張の強い女性は彼によく合っているのではないかしら。
いやだわ、こんな世話焼き婆みたいなこと考えるなんて。
歳が離れていると言っても、ただの他人に色恋をどうこう思われるなんて不快になるわよね。
気をつけないと。
「いかがでしょう?お客様のお気持ちに沿う商品はございましたか?」
店主に話しかけられハッとする。
妙齢の紳士はにこやかにこちらに微笑みかけており、冒険者職の女相手でも実に誠実な対応をしてくれた。
丁寧な接客に申し訳ないが、こんな高級品を彼に買って貰うわけにはいかない。キッパリお断りしなくてはと口を開こうとした瞬間、店主の方にあった小さな水晶が視界に入った。
「…その、紫水晶が気になりますかな?」
店主が指したのは美しい紫の水晶玉。手のひらより小さくビー玉みたいな大きさのソレは周りの石より特殊な色をしているように見えた。
それに、何故か心が強く惹かれた。
この紫を何処かで見た気がする、オパールのように多色が揺れる美しい宝石のような玉を…。
「勇者殿に納品いただいた″品″はどれも最高級で、当店の自慢でございます」
「……まあ、彼がこんな美しい宝玉を?」
「宝玉、とは少し違いますが…。質が良いことは勿論ですよ。これの原石もそれは美しく買い手が決まらないほど値が釣り上がるもので、困っておるのです」
「まあ…」
「ですから、普段は布で隠しておるのですが……。勇者殿のお連れの方には見せぬ方が失礼というものでしょうなあ」
男は金で潤っているのだろう口端を歪めて笑いを堪えきれない顔をしていた。
紫水晶の下にある分厚い赤いカーテンを手にかける。
ああ、そこに原石を隠しているのねと理解したのも束の間、カーテンを持ち上げられリーゼロッテが目にしたのは、原石なんて物じゃない。
見知った魔物の生首だった。
「…美しいでしょう。人程のサイズの猫を模した魔物でしてな。真っ白な毛並みにこの紫水晶の瞳をしておったのですよ。今は目がないので、閉じておりますが。」
言葉が、出ない。
店主は興奮した様子で″原石″がいかに美しいか熱弁している。
魔物の生首を″原石″と呼んで。
…キャロット。
それが、彼女の本当の名前。
私の同僚でもあり魔物らしい残忍な性格を隠そうともしなかった彼女が私は苦手だった。
魔王様に始末を託された人間を、趣味半分に拷問して、″死ぬまでの過程が一番美味しいとこ″なんて笑いながら殺す彼女のことは、死ぬまで理解出来ないと思っていた。
「元は魔王軍の幹部だったそうで、彼女を憎む人達の気持ちは理解できますが」
「これほど美しい剥製を無粋にもハンマーでぐちゃぐちゃに潰せだなんて抗議にくる者もおるのですよ。まあそういう連中は金を持っておりませんので、嫉妬をしておるのでしょうなぁ」
「これほど美しい彼女を、自分はどうやっても買えないのだから」
にこにこと幸せそうに話す店主の顔が、リーゼロッテには狂気に染まって見えた。
けれど、キャロットの生首を見た周囲にいた買い物客たちが店主同様に頬を染めて『なんと美しい』と口にした瞬間、リーゼロッテの中で何かが崩れる音がした。
「紫水晶に気がつく程の慧眼だ。お客様もコレの美しさが解りますでしょう?」
「わ、わたし、は……」
気持ち、悪い。
人間が残酷な種族ということを、私は今の今まで忘れていた。
知っていたはずなのに、彼ら人間は魔物から逃げるためなら同じ人間の非力な子どもを盾に出来るくらいことも。
魔物を捕え互いに殺し合うのを見て金を賭けて娯楽にすることも。
胃から酸が込み上げるのを感じて、咄嗟に口を押さえた。
私も、正体がバレたらこうなるのかしら。
ただ殺された方が幸せだったと思うような苦痛を味わいながら死んで、目をくり抜かれ、身を剥製にされて、元魔王軍の幹部という肩書きで金稼ぎの商品になるのかしら。
キャロットのことは、苦手だった。
けれど、それはこの残酷すぎる光景を許容する理由にはなり得ない。
「……失礼」
す、大きな手のひらがリーゼロッテの視界を覆い隠す。
「……すみません、連れの具合が悪いようなので、今日はお暇しますね」
(………レイズだわ。)
彼の手に目元を覆われ、その声に肩の力が抜けた気がした。
「なんと…、それは気が付かず申し訳ありません。具合悪いのでしたらこの原石に言葉が出ないのも無理からぬことでしょう、失礼なことを致しました。」
「いいえ、僕のパートナーに良い商品を紹介しようとしてくれたんですよね?心遣いありがとうございます。」
彼の手が目元から離れ、身体を支えるように手を引いて外へ連れ出してくれる。
背後にキャロットの生首があると考えると、彼女に『何故お前は無事なのよ』と責められている気がした。
店の外に出て、ベンチに座らされる。息をついてようやく、自分が呼吸も忘れていたことに気がついた。
「……大丈夫ですか?リーゼさん」
「……………ええ」
「すみません。魔物から装飾品を作る文化が流行っているとは聞いていたんですが、まさかあの店もそうだったとは…」
「………店主は、……貴方が納品した商品といっていたわ」
二人の間に無言が流れる。
何故彼は分かりやすい嘘なんてつくんだろう。
魔王軍の幹部を殺せる人なんて貴方以外居ないというのに。
「……すみません、リーゼロッテさんの知り合いなんですよね……」
「別に、貴方が謝ることじゃないわ。……殺さなければ貴方が殺されていた、それだけのことよ。」
「それでも、僕は、………貴女の知り合いを殺したとバレることが怖かった」
「…私たちは………、」
私たちは、魔物よ。と言いかけた言葉は、大衆の中で言うにはあまりにも危険だと飲み込んだ。
勇者は意図した言葉を汲み取ったようでまた苦しそうに眉を下げて、両の手で私の手を包み込んだ。
「……すみません、リーゼロッテさん」
(…………可哀想なくらい、誠実な人。)
彼は、あの店主や客たちとは違う。
魔物の生首を見てうっとりと″美しい″なんて言わないし、
残酷なものを嫌悪する当たり前の感覚を持っている。
その上で、魔物だって本気で勇者を殺そうとしていたのに、
自分が殺した命が私にとって価値の違うものだったのだろうと考えて、寄り添おうとしている。
彼が謝ることなんて、何もないのに。
ただ、そうね、
苦手だったとはいえ、知り合いの死を間近に知るのは……
あまり気持ちのいいものではないわね。
「………大丈夫よ、そういうものだもの。仕方ないわよね」
人間にとって魔物は装飾品になりつつある。
あれはそれの極論というだけ。
「…アクセサリーは後日にしましょう、今日は僕が夕飯を用意します」
「まあ、貴方が?」
「今馬鹿にしましたね?…リーゼさんの読んでいる本を僕も見て学んだんです、少しはマシになったと思いますよ」
「ふふ、それなら楽しみにしてるわね」
「帰りに肉屋に寄ってもいいですか?」
「ええ、勿論よ。」
いつも通りの帰り道の会話は、
先ほどまでの光景を少し忘れさせてくれた。
彼が作るメニューはどんな料理かしら、
少し、楽しみだわ。
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