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第三章 真実を穿つ雨音
3−2
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どこまでも続いていそうな、青い青い空があった。
やがて来る夏よりもいまは低い位置で薄く伸びた雲が穏やかに流れ、けれど陽の光はただただ白く眩しい。
例年ならばようやく田植えを終えたばかりの季節だが、今年の田植えはすでにひと月前に済んでいる。農夫たちは背を丸め、稲近くに生えた雑草を丁寧に取り除いていた。そして時々頭を持ち上げ、腰を叩き、再び背を丸め作業に戻る。
空の青と、田へと植えられた苗の緑。
ふわり、辺りへと転がる風はただただ温かく、柔らかい。
いつも通り、何も変わらない風景。
どこにでもある日常。
――色鮮やかな小袖が転がっている以外は。
すでに淡い桃色の花を散らし、葉桜となった木の側に大胆に寝転ぶ男の姿があった。顔は確認出来ないが、小袖から僅かに見える茶筅を結った黒髪。そして何より、あの目に痛いほどの赤い花が刺繍された小袖を持つ人間など、この国に二人といない。
(いや――、いたか)
彼の兄が、わざわざ誂えていた事を思い出し、直周は能面のような顔に僅かに皺を刻む。もっとも、件の人物がこのような場所で優雅に昼寝しているとも思えなかったので、ほぼ間違いはないのだろうが。
少年は、桜木の街道とは田を挟んで逆側の雑木林に身を隠しながら、ちらりと肩越しに振り返る。そこには自身の父親子飼いである水尾本家の寄子が五名。何れも腕に自信がある者たちだ。
「見えるか? 桜木の下で寝転がるのが対象だ」
直周は強弓を携える五名の男たちへと身体を向けると、親指で街道を指さした。日が陰った雑木林から見る街道は、陽の光で白く光っている。男たちは眩しそうに目を細めながら互いに目配せをした。
「大体、一町(約百メートル)くらいの距離ですかね」
「距離はまぁ何とかなるとして……問題は急所に命中するかどうかって事だな」
「ま、若のお言いつけならやるしかないだろ」
ひとり立ち上がると、左手で肩を支え軽く腕を回す。それに倣うかのように残りの四人も立ち上がり、各々軽く身体を動かし緊張を解し始めた。
男たちは何度か街道へと目をやるが、自身がいる場所が薄暗い雑木林のため、これ以上目を慣らすのはできそうにないようだ。互いに目配せしあい仕方ないと頷き合った。
「やるか」
一定の間隔をあけて並ぶと、男たちは一斉に携えた弓に矢をつがえ両腕を上へと持ち上げる。そして右腕を後ろへと引っ張り、弦を引いた。
ギリギリと弓がしなる音とともに、空高く掲げられた矢の先端が鋭く光る。
「――若っ!!!!」
刹那、遠くでまだ幼さすら残す声が響いた。
直周が街道へと視線を流すと、どうやら光を弾いた矢に気づいたらしい標的の従者が、土煙を上げながら馬を駆けらせ主へと向かっている。
(遅いな)
そもそも命が狙われていることくらいわかっていそうなものだが、それでも供もつけずに敵の所領を彷徨くとは、噂通りの阿呆なのだろうか。
――否。
そもそも阿呆ならば今、殺されるような事態になっていないはずだ。
(何か、ある)
一瞬、躊躇うかのように細い瞳の奥が左右に泳ぐ。
どちらに転ぶ方に、利があるのか。
(いや、どちらに転んでもいい)
腕を震わせながら強弓を引く男たちへと瞳を向けると、少年は顎を軽くしゃくり男たちへ命じた。
「射よ」
言葉が唇から零れた瞬間、ヒュンという甲高い音が空気を揺らす。
解き放たれた五つの矢が、青い空を切り裂きながら色鮮やかな打掛へと降り注いだ。
やがて来る夏よりもいまは低い位置で薄く伸びた雲が穏やかに流れ、けれど陽の光はただただ白く眩しい。
例年ならばようやく田植えを終えたばかりの季節だが、今年の田植えはすでにひと月前に済んでいる。農夫たちは背を丸め、稲近くに生えた雑草を丁寧に取り除いていた。そして時々頭を持ち上げ、腰を叩き、再び背を丸め作業に戻る。
空の青と、田へと植えられた苗の緑。
ふわり、辺りへと転がる風はただただ温かく、柔らかい。
いつも通り、何も変わらない風景。
どこにでもある日常。
――色鮮やかな小袖が転がっている以外は。
すでに淡い桃色の花を散らし、葉桜となった木の側に大胆に寝転ぶ男の姿があった。顔は確認出来ないが、小袖から僅かに見える茶筅を結った黒髪。そして何より、あの目に痛いほどの赤い花が刺繍された小袖を持つ人間など、この国に二人といない。
(いや――、いたか)
彼の兄が、わざわざ誂えていた事を思い出し、直周は能面のような顔に僅かに皺を刻む。もっとも、件の人物がこのような場所で優雅に昼寝しているとも思えなかったので、ほぼ間違いはないのだろうが。
少年は、桜木の街道とは田を挟んで逆側の雑木林に身を隠しながら、ちらりと肩越しに振り返る。そこには自身の父親子飼いである水尾本家の寄子が五名。何れも腕に自信がある者たちだ。
「見えるか? 桜木の下で寝転がるのが対象だ」
直周は強弓を携える五名の男たちへと身体を向けると、親指で街道を指さした。日が陰った雑木林から見る街道は、陽の光で白く光っている。男たちは眩しそうに目を細めながら互いに目配せをした。
「大体、一町(約百メートル)くらいの距離ですかね」
「距離はまぁ何とかなるとして……問題は急所に命中するかどうかって事だな」
「ま、若のお言いつけならやるしかないだろ」
ひとり立ち上がると、左手で肩を支え軽く腕を回す。それに倣うかのように残りの四人も立ち上がり、各々軽く身体を動かし緊張を解し始めた。
男たちは何度か街道へと目をやるが、自身がいる場所が薄暗い雑木林のため、これ以上目を慣らすのはできそうにないようだ。互いに目配せしあい仕方ないと頷き合った。
「やるか」
一定の間隔をあけて並ぶと、男たちは一斉に携えた弓に矢をつがえ両腕を上へと持ち上げる。そして右腕を後ろへと引っ張り、弦を引いた。
ギリギリと弓がしなる音とともに、空高く掲げられた矢の先端が鋭く光る。
「――若っ!!!!」
刹那、遠くでまだ幼さすら残す声が響いた。
直周が街道へと視線を流すと、どうやら光を弾いた矢に気づいたらしい標的の従者が、土煙を上げながら馬を駆けらせ主へと向かっている。
(遅いな)
そもそも命が狙われていることくらいわかっていそうなものだが、それでも供もつけずに敵の所領を彷徨くとは、噂通りの阿呆なのだろうか。
――否。
そもそも阿呆ならば今、殺されるような事態になっていないはずだ。
(何か、ある)
一瞬、躊躇うかのように細い瞳の奥が左右に泳ぐ。
どちらに転ぶ方に、利があるのか。
(いや、どちらに転んでもいい)
腕を震わせながら強弓を引く男たちへと瞳を向けると、少年は顎を軽くしゃくり男たちへ命じた。
「射よ」
言葉が唇から零れた瞬間、ヒュンという甲高い音が空気を揺らす。
解き放たれた五つの矢が、青い空を切り裂きながら色鮮やかな打掛へと降り注いだ。
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