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第二章 縺れ澱む想い
天正二年――暑さが去り、冬が始まろうとする高島にて・弐
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腹の奥に何か澱むものを感じながら城下から城へと戻った磯野は、玄関口で足を拭くと、そのまま二の丸へとドタドタという足音を落として行く。
途中ですれ違う侍女たちが、一様に驚き、怯えるように逃げていく後ろ姿が見えた。常ならば、妻という女主の取り成しが存在しないこの城でそんな態度を取れば、あっという間に暇乞いをする女たちが出てくる為、極力荒々しい態度はとらないように律していたが、どうにも言いようのない靄が腹の奥底に溜まっている。
(……むぅ、いかんな。これは……)
磯野は、眉間に深く皺を刻みながら、大きく息を吸い込んだ。
耳を澄ませば、庭先からはチリリリリ、という虫の音が小さく響いている。つい先日まで濃い緑の葉が真っ黒な影を落としていた庭は、見知らぬ内にその色を黄や赤へと変えていた。
やがて、北風が強くなってくるとその色も失われていくのだろう。
吸い込んだ息を、ふーっ、と大きく吐き出すと、磯野は両の手でバシン、と一度、自身の頬を打つ。分厚く、硬い手のひらだった。物心ついた頃より、武具ばかりを握ってきた手だ。
――もし、……義父上のお許し頂けるなら、俺が取次を致しますが。
養嗣子の信澄――当時は、於坊と呼ばれていた彼が、そう申し出てきたのは、この高島の地を信長より配されて半年ほど経った頃だっただろうか。生来、机での作業は好まず、外に出て狩りをしたり、鍛錬をする事を好んでいた磯野だが、新天地という事もあり、当初はそれなりに内政に取り組んでいた。
――と、自分では思っている。
けれど、やはり人間の質的に向き、不向きというものはある。
自身の強みは戦場であり、勿論、佐和山の城主として最低限の政は行ってはいたが、その際に必要な細々した作業は、今にして思えば妻が全て差配してくれていたのだろう。
だが、その妻も野村合戦(姉川の戦い)から二月後に亡くなった。正直、実子の男子がすでに三人、その他に他家からの養子さえ持っている自分に、養嗣子として信長の甥を宛がわれた時は腹も立った。けれど、それでも信澄から申し出があり、ホッとしたというのも磯野の間違いのない本音である。
(助かっていたのも、事実だ……)
実子がいる以上、信澄の存在が鬱陶しいと思わなかったわけではない。
けれど、彼はこちらの事情も、養父となった自身がどういった人間であるかも察してくれていた。あの絶妙に機微を読む術は、感情の起伏が激しいと言われる信長の傍近くに長く仕えていた事で得たものなのだろうか。
何にせよ、この高島の地を治めるのに彼の存在に助かった事は紛れもない事実。
そして――。
(あの、明智の御寮人がな……)
大人しく陰気だとばかり思っていた小娘が、知らない間に一端の武家の女房になっていた。信澄が近くにいないからこそ、沈み込んでいるとばかり思っていたが、何をどうしたのか、町衆からの評判もいい。
(ともあれ、七兵衛にも、あの奥方にも、俺は城主として感謝せねばならんのだ……)
城下の人間の大半が、自身の顔を知らずにいる事は確かに業腹ではある。
けれど、その原因を考えれば自身が城下に足を運ぶことを怠った事が、そもそもの原因であるはずだ。
(いかんな)
視野を狭める事は、戦場では命取り。
大将は、常に視界を広く持たなければならない。
磯野は眉間に凝り固まった思考を揉み解すように、指の骨でグリグリと押す。そして、三度、大きく息を吸い込むと、今度はすぅ、と冷たい空気が脳裏へと入り込んだ気がした。
(七兵衛も嫁を貰った。倅どもも、元服を済ませている。そろそろ、冷静に今後について考えねばならん時期かもしれんな)
この身をどうするかは信長が決める事だが、それでもどうあるべきかを考える事は出来るはずだ。
磯野は脳裡を巡った空気をふーっ、と吐き出すと、先ほどまでの乱暴な足音をすっかり忘れた足運びで廊下を進む。まだ陽も東の空にある時刻。息子たちも、城内にいるはずだ。
すれ違った侍女に息子の所在を訊くと、どうやら客人と思しき人間が訪ねてきたそうで、本丸の辺りに近づけないようにと言われたそうだ。
(客人……? 天守付近に、という事は、まぁその時点で人払いをしたいという事なのだろうが……)
磯野は一度脱いだ草履を再び履くと、いくつかの角を曲がりこの城の中で一番高い建物である天守へと足を進めていく。足下に生える草木は、まだ枯れる事はないが、暑さの盛りの頃に比べるとその勢いは目に見えて衰えていた。
「――だから!! だから、今が好機なんだろって話だろう!?」
突然、大声が響き、磯野の足音はその場でとまった。
ふ、と、視線を持ち上げ、声のあった方向を見遣れば、数人の人影。「しぃッ、声ッ!」と諫める声が続いたので、とっさに磯野は建物の影へと自身を隠した。
辺りを警戒するようにきょろきょろと見回すのは、嫡男である次男・右近行信だった。
(……右近に、)
そのすぐ横には、庶長子の惣左衛門伴員、三男の刑部二郎政長の姿がある。さらに、そんな彼らの目の前に数人の人影があるようだが、彼らの背が邪魔してその正体まではわからない。
恐らく、あれが侍女の言っていた「客人」なのだろう。
「……人払いしてるんだから、大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないっ! 兄上は迂闊すぎるんだ。今、七兵衛どのは高島にはいないが、どこに織田の目があり、どこに耳があるか、わかったもんじゃないだからな」
「そうだなぁ。ついこの間には、明智の娘がその目となり、耳となる為、七兵衛に嫁してきたばかりだしな」
「だから、そういうところだって。兄上っ!」
話の本筋は見えないが、どうやら息子三人がまた養嗣子である信澄について言い争っているようだ。基本的に、彼らとしても信澄の存在は鬱陶しいものであり、そこは意見が一致していたかと思うが、どうやら今日は様子がおかしい。
伴員に対し、行信と政長が何やら反論しているようだ。
「確かに俺も、この磯野の家に織田の人間が入り込む事には反対だ。だが、そうは言っても俺たちは既に織田方の人間なんだ。それを……」
一度、行信の声が躊躇うように口内へ音をとどまらせた。
どうやら、眼前の人間へと視線を向けているようだ。気まずそうな沈黙が、周囲に満ちる。
「右近どのの仰る気持ちもわかります」
しばらく沈黙を置いた後、声を発したのは彼らの「客人」だった。
声を聴く限り、まださほど年は重ねていない。恐らく、二、三十歳ほどの男だろう。
「ですから我ら、浅井の残党もこうして内密に城を訪れたのです」
刹那――、磯野の目が大きく見開いた。
浅井の残党。
先年、滅んだ浅井家だが、その残党の処遇は様々だ。
織田に下り、それが許された者もいれば、首を斬られた者もいる。そのまま織田に敵対する他家へ仕官を求める者、所属をどこにも持たないままこの近江に潜んでいる者もいた。
(そして)
この高島の北部――田屋城があった辺りに、潜伏しているという話も、噂ではあるが聞いていた。
(それが、こやつらか……っ!)
浅井残党ならば、自分も見知った者かと思ったが、声だけではわからない。
想像しうる年齢からしても、自分と肩を並べた者たちの子弟の可能性が高いだろう。そうなると、もはや自分には名を聞いてもわからない者も多い。
「……内密だというのなら、陽の明るい時間に来るのはやめてもらいたい」
冷静に冷静を重ねたような、そんな声で、嫡子が呟いた。
「陽が落ちてからの来客など、それこそ怪しまれます。こうして堂々と昼間に顔を見せれば、意外と人は疑わないものです」
「訪れた先の我らに、捉えられるとは思わなかったか。今もまだ、浅井残党に関しては厳しい沙汰が下される事も多い。そのような話を持ってくるならば、なおの事だ」
「それは……、惣左衛門どのがおられますからな」
「兄上が……?」
視線が一斉に伴員へ這わされる。
「右近……。どうだろう、この者たちの話、聞いてみてもいいと俺は思う」
「兄上!?」
「まぁ聞け。今、織田勢の戦力はほぼ長島にある。信長本人も、嫡男もだ。長浜に羽柴はいるが、あれは越中への睨み役だろう? そうなると、あとは……」
「坂本に、明智さまがいる……ッ! あの方は、まさに畿内の睨み役として残られているんだ……!!」
「そう。そうなんだ。だが、その明智の娘は――」
「高島に、おられるそうで」
伴員の言の葉の結論を、浅井の残党と称した男が紡いだ。
直後、ザァ、と風が、木々を揺らして葉が不安を煽りたてるように鳴る。
「七兵衛めは、家臣を連れて岐阜に詰めている。この地に残った家臣など、渡邊をはじめとして、僅か数えるばかり」
「娘を人質に取れば、明智もそうそう手は出せないかと」
「あぁ、そうだ。それどころか、そのまま明智の娘を俺たち三人の誰かの妻にすれば、もしかしたら、そのまま明智が手に入る可能性もあるな」
く、く、と、喉を鳴らしながら伴員は、腹違いの弟たちの肩へと気安く拳を置いていく。
「……そんなうまく事が運ぶものか。第一、父上が、何と仰られるか……」
「まぁまぁ、右近どの。これは何も、今日の明日という話ではありません。信長の長島攻略はそれなりに苦戦しているという話は我らにも届いております。信長が帰ってくる前に、話をまとめ、実行に移せればそれでよいのです」
存分に、右近どのはお考えなさいませ。
浅井の残党は、そう笑いを滲ませた声をそっと呟く。
(……これ、は)
夢ではない。
夢などではない。
いま、目の前で倅が織田に対し謀叛を企んでいる。
磯野は込み上げてくる感情を吐き出さないよう、分厚い手のひらを口許へとやる。ざら、とした感触が唇を覆った。
ザ、と風が再び駆け抜けていく。
足元で揺れていた草木は、濃きの盛りを過ぎて既にしなびた色へと変化していた。
途中ですれ違う侍女たちが、一様に驚き、怯えるように逃げていく後ろ姿が見えた。常ならば、妻という女主の取り成しが存在しないこの城でそんな態度を取れば、あっという間に暇乞いをする女たちが出てくる為、極力荒々しい態度はとらないように律していたが、どうにも言いようのない靄が腹の奥底に溜まっている。
(……むぅ、いかんな。これは……)
磯野は、眉間に深く皺を刻みながら、大きく息を吸い込んだ。
耳を澄ませば、庭先からはチリリリリ、という虫の音が小さく響いている。つい先日まで濃い緑の葉が真っ黒な影を落としていた庭は、見知らぬ内にその色を黄や赤へと変えていた。
やがて、北風が強くなってくるとその色も失われていくのだろう。
吸い込んだ息を、ふーっ、と大きく吐き出すと、磯野は両の手でバシン、と一度、自身の頬を打つ。分厚く、硬い手のひらだった。物心ついた頃より、武具ばかりを握ってきた手だ。
――もし、……義父上のお許し頂けるなら、俺が取次を致しますが。
養嗣子の信澄――当時は、於坊と呼ばれていた彼が、そう申し出てきたのは、この高島の地を信長より配されて半年ほど経った頃だっただろうか。生来、机での作業は好まず、外に出て狩りをしたり、鍛錬をする事を好んでいた磯野だが、新天地という事もあり、当初はそれなりに内政に取り組んでいた。
――と、自分では思っている。
けれど、やはり人間の質的に向き、不向きというものはある。
自身の強みは戦場であり、勿論、佐和山の城主として最低限の政は行ってはいたが、その際に必要な細々した作業は、今にして思えば妻が全て差配してくれていたのだろう。
だが、その妻も野村合戦(姉川の戦い)から二月後に亡くなった。正直、実子の男子がすでに三人、その他に他家からの養子さえ持っている自分に、養嗣子として信長の甥を宛がわれた時は腹も立った。けれど、それでも信澄から申し出があり、ホッとしたというのも磯野の間違いのない本音である。
(助かっていたのも、事実だ……)
実子がいる以上、信澄の存在が鬱陶しいと思わなかったわけではない。
けれど、彼はこちらの事情も、養父となった自身がどういった人間であるかも察してくれていた。あの絶妙に機微を読む術は、感情の起伏が激しいと言われる信長の傍近くに長く仕えていた事で得たものなのだろうか。
何にせよ、この高島の地を治めるのに彼の存在に助かった事は紛れもない事実。
そして――。
(あの、明智の御寮人がな……)
大人しく陰気だとばかり思っていた小娘が、知らない間に一端の武家の女房になっていた。信澄が近くにいないからこそ、沈み込んでいるとばかり思っていたが、何をどうしたのか、町衆からの評判もいい。
(ともあれ、七兵衛にも、あの奥方にも、俺は城主として感謝せねばならんのだ……)
城下の人間の大半が、自身の顔を知らずにいる事は確かに業腹ではある。
けれど、その原因を考えれば自身が城下に足を運ぶことを怠った事が、そもそもの原因であるはずだ。
(いかんな)
視野を狭める事は、戦場では命取り。
大将は、常に視界を広く持たなければならない。
磯野は眉間に凝り固まった思考を揉み解すように、指の骨でグリグリと押す。そして、三度、大きく息を吸い込むと、今度はすぅ、と冷たい空気が脳裏へと入り込んだ気がした。
(七兵衛も嫁を貰った。倅どもも、元服を済ませている。そろそろ、冷静に今後について考えねばならん時期かもしれんな)
この身をどうするかは信長が決める事だが、それでもどうあるべきかを考える事は出来るはずだ。
磯野は脳裡を巡った空気をふーっ、と吐き出すと、先ほどまでの乱暴な足音をすっかり忘れた足運びで廊下を進む。まだ陽も東の空にある時刻。息子たちも、城内にいるはずだ。
すれ違った侍女に息子の所在を訊くと、どうやら客人と思しき人間が訪ねてきたそうで、本丸の辺りに近づけないようにと言われたそうだ。
(客人……? 天守付近に、という事は、まぁその時点で人払いをしたいという事なのだろうが……)
磯野は一度脱いだ草履を再び履くと、いくつかの角を曲がりこの城の中で一番高い建物である天守へと足を進めていく。足下に生える草木は、まだ枯れる事はないが、暑さの盛りの頃に比べるとその勢いは目に見えて衰えていた。
「――だから!! だから、今が好機なんだろって話だろう!?」
突然、大声が響き、磯野の足音はその場でとまった。
ふ、と、視線を持ち上げ、声のあった方向を見遣れば、数人の人影。「しぃッ、声ッ!」と諫める声が続いたので、とっさに磯野は建物の影へと自身を隠した。
辺りを警戒するようにきょろきょろと見回すのは、嫡男である次男・右近行信だった。
(……右近に、)
そのすぐ横には、庶長子の惣左衛門伴員、三男の刑部二郎政長の姿がある。さらに、そんな彼らの目の前に数人の人影があるようだが、彼らの背が邪魔してその正体まではわからない。
恐らく、あれが侍女の言っていた「客人」なのだろう。
「……人払いしてるんだから、大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないっ! 兄上は迂闊すぎるんだ。今、七兵衛どのは高島にはいないが、どこに織田の目があり、どこに耳があるか、わかったもんじゃないだからな」
「そうだなぁ。ついこの間には、明智の娘がその目となり、耳となる為、七兵衛に嫁してきたばかりだしな」
「だから、そういうところだって。兄上っ!」
話の本筋は見えないが、どうやら息子三人がまた養嗣子である信澄について言い争っているようだ。基本的に、彼らとしても信澄の存在は鬱陶しいものであり、そこは意見が一致していたかと思うが、どうやら今日は様子がおかしい。
伴員に対し、行信と政長が何やら反論しているようだ。
「確かに俺も、この磯野の家に織田の人間が入り込む事には反対だ。だが、そうは言っても俺たちは既に織田方の人間なんだ。それを……」
一度、行信の声が躊躇うように口内へ音をとどまらせた。
どうやら、眼前の人間へと視線を向けているようだ。気まずそうな沈黙が、周囲に満ちる。
「右近どのの仰る気持ちもわかります」
しばらく沈黙を置いた後、声を発したのは彼らの「客人」だった。
声を聴く限り、まださほど年は重ねていない。恐らく、二、三十歳ほどの男だろう。
「ですから我ら、浅井の残党もこうして内密に城を訪れたのです」
刹那――、磯野の目が大きく見開いた。
浅井の残党。
先年、滅んだ浅井家だが、その残党の処遇は様々だ。
織田に下り、それが許された者もいれば、首を斬られた者もいる。そのまま織田に敵対する他家へ仕官を求める者、所属をどこにも持たないままこの近江に潜んでいる者もいた。
(そして)
この高島の北部――田屋城があった辺りに、潜伏しているという話も、噂ではあるが聞いていた。
(それが、こやつらか……っ!)
浅井残党ならば、自分も見知った者かと思ったが、声だけではわからない。
想像しうる年齢からしても、自分と肩を並べた者たちの子弟の可能性が高いだろう。そうなると、もはや自分には名を聞いてもわからない者も多い。
「……内密だというのなら、陽の明るい時間に来るのはやめてもらいたい」
冷静に冷静を重ねたような、そんな声で、嫡子が呟いた。
「陽が落ちてからの来客など、それこそ怪しまれます。こうして堂々と昼間に顔を見せれば、意外と人は疑わないものです」
「訪れた先の我らに、捉えられるとは思わなかったか。今もまだ、浅井残党に関しては厳しい沙汰が下される事も多い。そのような話を持ってくるならば、なおの事だ」
「それは……、惣左衛門どのがおられますからな」
「兄上が……?」
視線が一斉に伴員へ這わされる。
「右近……。どうだろう、この者たちの話、聞いてみてもいいと俺は思う」
「兄上!?」
「まぁ聞け。今、織田勢の戦力はほぼ長島にある。信長本人も、嫡男もだ。長浜に羽柴はいるが、あれは越中への睨み役だろう? そうなると、あとは……」
「坂本に、明智さまがいる……ッ! あの方は、まさに畿内の睨み役として残られているんだ……!!」
「そう。そうなんだ。だが、その明智の娘は――」
「高島に、おられるそうで」
伴員の言の葉の結論を、浅井の残党と称した男が紡いだ。
直後、ザァ、と風が、木々を揺らして葉が不安を煽りたてるように鳴る。
「七兵衛めは、家臣を連れて岐阜に詰めている。この地に残った家臣など、渡邊をはじめとして、僅か数えるばかり」
「娘を人質に取れば、明智もそうそう手は出せないかと」
「あぁ、そうだ。それどころか、そのまま明智の娘を俺たち三人の誰かの妻にすれば、もしかしたら、そのまま明智が手に入る可能性もあるな」
く、く、と、喉を鳴らしながら伴員は、腹違いの弟たちの肩へと気安く拳を置いていく。
「……そんなうまく事が運ぶものか。第一、父上が、何と仰られるか……」
「まぁまぁ、右近どの。これは何も、今日の明日という話ではありません。信長の長島攻略はそれなりに苦戦しているという話は我らにも届いております。信長が帰ってくる前に、話をまとめ、実行に移せればそれでよいのです」
存分に、右近どのはお考えなさいませ。
浅井の残党は、そう笑いを滲ませた声をそっと呟く。
(……これ、は)
夢ではない。
夢などではない。
いま、目の前で倅が織田に対し謀叛を企んでいる。
磯野は込み上げてくる感情を吐き出さないよう、分厚い手のひらを口許へとやる。ざら、とした感触が唇を覆った。
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