おとぎ話の結末

運命のつがい

ビビディ バビディ ブゥ

　また発情期ヒートがきた。
　いつものように高村さんにメールを入れたら、すぐに返事が返ってきた。

『悪い。今付き合ってる佳苗ちゃんが急に発情期に入ったから俺も昨日から篭もってる。今回はパス』

　えっ！

　目を疑った。パスじゃ困る。〈運命の番つがい〉のいるΩオメガは、子種をばら撒くことが本能のαアルファと違ってその相手しか体が受け付けない。確実にその人の子供を産むために体が他人を拒絶するのだ。首は噛まれてないが僕の体ももう〈運命の番たかむらさん〉しか相手に出来ない。なのですぐに電話を掛けた。

　プルルルル……プルルルル……プッ

「何だよもう。メールしただろ、今いいとこなんだよ電話すんな」
「困ります、ぼく高村さんしか体が受け付けない」
「じゃあ抑制剤飲めばいいじゃん。あとはおとなしく我慢してな」
「無理です、いまさら薬飲んでも効きません」
「いいじゃん一回くらい。お前はこの先俺がいるけど、佳苗ちゃんはまだ相手が決まってないんだ。可哀想だろ。薬飲んで寝てろ」
「そんな！お願いします、高村さん、お願……」

　プツッ

「高村さん！高村さん！高村さんっ！」

　そんな……
　無理だ。抑制剤は始まる前に飲まないと効かない。今からじゃ間に合わない。どうしよう……
　それでも少しでも効くことを祈って多めにすぐに飲み、ベッドに入って丸くなった。



　あれから数時間が経ったが、やはり薬は効かなかった。熱が篭ってきて、呼吸が浅く短くなってきた。アレが欲しい。イきたい。出したい。そればかり考えるようになっている。自分で擦るのに出せず、もどかしくベッドの上で身もだえる。

「ンッ、ンッ、ンン」

　出ない。苦しい、出したい、苦しい。自分のお尻に指を差し込んでみる。足りない、まだ、もっと、もっと。もっと。チガウ、イケなイ。こレジャナイ、タリナイ

「フゥゥン…ンンッ、ンゥ……」

　ちガウ、クルしイ、タスケテ、チガウ、イキタイ、クルシイ……

　我慢できず、更に薬を飲んだら気持ちが悪くなり、ぐるぐると世界が回り始めた。吐きそう。熱い。苦しい。

　タスケテ、クルシイ、クルシイ、イキタイ───

　ふとテーブルの上の水晶が目に入った。少しだけまともな思考に戻った。

　コウマ、ボクのコうま。
　先輩がくれた魔法の子馬。

　ベッドから這い出て手に取り胸に抱き、そのままテーブルの下に蹲った。

　子馬、子馬。どうしたらいい？誰かに助けを呼べばいい？
　でも誰を？
　高村さんはもう電話に出ないだろう。家族？友達？電話をしてどうする、この汚い体を晒して何をさせる気なの。
この体は〈運命の番〉にしか開かないのに。

　気持ち悪い、吐きそう、いきたい。クルシイ。
　クルシイ、クルシイタスケテ、タスケテダレカ！！

　本当は分かっている。助けて欲しいのはたった一人だ。でもその人の名は呼んじゃいけない。あの綺麗で優しい人を汚してしまう。でも苦しい！

　先輩、先輩、先輩！
　僕の憧れ、僕の希望、僕の魔法使い！
　助けて！

　気が付けば携帯を握っていた。震える手が先輩の番号を押してしまう。

　プルルルル……

「はい、日野くん、どうしたの、何があった」

　先輩の声が緊張していた。

「……っ、」

　駄目だ、駄目だ、今すぐ何もないふりして切らなきゃ！そう思うのに嗚咽が出そうなのを堪えるだけで精いっぱいだった。

「日野くん、日野くん！」
「………ううっ、うーっ、ひっく、ひっく。うっ、うっ」
「！」

とうとう泣いてしまった。困らせるのが分かっているのに嗚咽が止まらない。

「ひっく、ひっく」
「……晶馬くん」

助けて欲しい。でも呼んじゃ駄目だ。

「ねえ、呪文を覚えているかい？何でも望みが叶う呪文。君は唱えるだけでいい。ほら、唱えてごらん」

呪文。望みが叶う魔法の言葉。魔法使いがやってきて願いを全て叶えてくれる。
駄目だ、駄目だ、

「晶馬くん……晶馬、ほら」
「……ひっく、……ひっく、……ビ……ビビディ……バビディ、ブゥ」
「いい子だ晶馬。すぐに助けるよ！」

呼んでしまった。僕の魔法使い。