おとぎ話の結末

咲房

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京都にて〈 side.藤代 〉

オールスターズ  星は昴る・3

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「私からは以上。他に誰かいるか」
「……」

「では私からも報告を」

 天賀谷あまがやの問いに皆が沈黙で答えたので、私は口を開いた。

「本日開催された化学療法学の学会において、免疫工学の第一人者である大学教授、小早川こばやかわいさお氏より難病の特効薬が発表された。これは、我々の計画に基づいて彼を開発へと導き、私が経過観察を行っていたものである。よって計画の発案から本日に至るまでの一連の経緯を報告し、計画の完了とする」

 特効薬の開発は前回この会合で議題に上がったものであり、担当した私には報告の義務があった。

「当初この難病の特効薬は、会合の先代メンバーであり、現在藤代李玖の隠密を務める野原行利ゆきみちが開発を始め、のちに私、藤代李玖が引き継いで完成をさせた。しかし私の実験の過程で、一般的なウイルスを変異させて世界的大流行パンデミックを引き起こす可能性が発見された。
 世界に蔓延すれば経済が落ち込み、戦争にまで発展しかねない。よって早急に薬を世に出す必要が浮上し、我々に代わって再度開発して世界に公表できる人物を選定する事となった。
 小早川氏は私の在籍する大学の教授で、第一線で活躍している数少ないβである。我々の目指す未来と、この計画に最適な人物であった。
 研究中、彼は私の補助をほとんど必要とせず、これまで培ったおのれの知識と経験のみで特効薬を完成させた。そして本日、午前中に行われた学会での発表となった。以上。
 捕捉だが、昨夜わたしは小早川氏に今回の計画を打ち明け、我々のプロジェクトへの協力に感謝の意を表している」
「我々の事を話した?何故だ。彼に計画が漏れたのか?」
「いや、彼が知った訳では無い。私が彼は知るべきであると判断したのだ」

 我々の行動は常に秘密裏に行われ、表立つことはない。よって当然の疑問である。だが、彼には知る権利と知らねばならない理由があった。

「昨夜、小早川氏は私に『研究が始まる前から特効薬は存在していたのではないか』と問うた。『だから開発者として称賛されるべきなのは僕ではなくキミだ』と続けて述べた。彼は研究の早い段階から特効薬がこの世に既在していると確信していたのだ。
 だがそれによって途中放棄することもなく、最後まで研究を続けて薬を完成させている。それは自分のプライドよりも病で苦しむ人々の治癒を優先した為だ。彼には我々の意図の有無は関係なかった。組成式が手に入り、薬を完成させる道が拓けたのだ。ただその事実だけに目を向け、闘病する患者の為にのみひたすら努力し、時間と労力を捧げた。
 だが大学教授という社会的地位のある者が、答えを知る一学生の前で悩み、失敗し、何度もやり直しを繰り返す姿を晒す。それには深い苦悩と葛藤が伴った筈である。
 更に教授は、私が『薬はあった』と答えれば、新薬を作ったのは「藤代李玖」だと今日の舞台上で公表するつもりでいた。苦心して己が完成させた薬のデータは臨床試験の一部として添付しようと考えてすらいた。新薬の完成者としての名声すらも彼は放棄しようとしていたのだ。
 私は彼の間違いを正さなければならなかった。
 藤代李玖が製作者であってはならない事、薬は教授の努力と経験で完成させた事、よって名誉は正当なものである事。そして彼に隠された目的を告げる事で自分が世界を救ったと知り、己の誇りとして自信に繋げるべきであると判断した。
 今回我々は彼に協力をしてもらったのだ。事情を打ち明け、感謝の意を伝えるのは当然の事である。そして彼が研究を止めなかった一因は藤代李玖という学生への信頼もある。
『私』としての行動理念と『僕』としての感謝の感情により小早川氏に説明を行い、謝意を表明した」

 告げなければ教授は事の大きさに気付くことなく日常に戻っただろう。

「彼の献身は報われるべきである」
「ふむ……」
「……」
「愛おしいね……」

 薄闇の中で一人の黄金色に輝く双眸が細められた。
 その瞳孔は丸ではなく水平に伸びた長方形をしており、焦点が分からない。この場に我々以外の者がいたなら、薄闇の中にカーブしたツノを持つ悪魔の連想をしたであろう。
 だが、その不気味なイメージに反して、彼の口から零れる言葉は慈愛に満ちていた。

「利用されていると分かっててもめず、やっと薬を完成させても名誉さえ他人に渡そうとする……ふふ、なんて正直者でお人好しなんだろう。人の為に尽くす自己犠牲と献身の心は純粋で、不当な権利を拒絶する高潔な魂は尊敬に値する。僕たちが見守る『ヒト』という生き物は、本当に健気で愛おしい存在だね……」

 ふふふ、と楽しそうな忍び笑いが闇に静かに溶けていった。

「……我々は、」

 彼の前に座る天賀谷が口をひらいた。

「国と国との諍いや武器の製造、麻薬の密売、内戦や集団洗脳。任務の特性上、人の醜い面にばかり触れてしまう。だが我々の守っているヒトはそのような者たちだけではない。小早川氏のように日々を懸命に生きる、善良な者たちが大半である。この報告はその事を再確認する非常に有意義なものであった。
 また、我々は人の持ちえない力を有し、全ての能力において人を遥かに上回る。しかし人の親から生まれた人の子であり、決して神ではない。オメガの上位種としてヒエラルキーのトップに君臨しようと、任務を遂行する為とはいえ善良な者をないがしろにしてはならない。人々を守る一方で誰かを犠牲にすることなどあってはならないのだ。小早川氏には大変失礼な事をするところであった。貴殿の判断に感謝する」

 同じ人の子である我々に、人々を虐げる権利はない──
 このことを忘れた時に、稀少種は身も心も化け物になり果てるのだ。

「さて、今回の会合では報告のあちらこちらに転換期の兆しが見えた。奇しくも今この時に薬が完成した報告は、我々の存在意義を再び明確にしている。
 各々おのおの今一度初心に帰り、慈愛じあいの心を以て人類の未来を見守るよう心に刻んで頂きたい」

 天賀谷の言葉は的確だった。今回の会合では誰しもが何らかの感情を抱いた筈である。

「これにて定期報告を終了とする」

 ゆっくりと明かりが戻り、宙に浮かんだ巨大な地球が真昼の月のごとく霞んでいった。
 我々の瞳からも光が消えてゆき、稀少種の会合は閉幕した。
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