明日の「具」足

社 光

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3話

3話「肉野菜炒めみたいな、」【3/3】

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 数える位しか来たことの無い家から少し離れたスーパーでは軽快なメロディーがコーナーごとに鳴り響く。売り場から売り場へと渡りながら漏れ出す冷気を半身に浴び続け私のカートを押す手はもう震えていた。でも理由はそれだけじゃない。一番大きなのはやはり榊さんが隣にいる事だ。

「大丈夫?顔青いけど」
「だ、大丈夫です。すぐに済ませますから、すいません……」

 店の分のハムとオレンジジュース、そしてサラダ油を早々にカゴに放り込み、榊さんに出す夕食の材料を探しているうちにお店の中を大3周してしまった。それくらいどうしたらいいかが分からない。自分から言い出しておいて迷っているんだ。自分から誘った出来る大人榊さんにどんなものを出したらいいのかを。
 まず白状すれば私は料理が大の苦手だ。得意下手とかいうレベルではなくまずほとんど台所に立つことがない。自炊にはお金がかかる。こと独り暮らしの料理ともなれば食材だって腐らせやすいんだから無理も無いと思うんだけど、健史郎にはいつもそのことで「もっといいものを食べろ」とよく小言を言われる。自分だってジャンクフード大好きなくせに……。

「(取り敢えずは……要るよね……)」

 店の最奥。上座に当たる冷蔵コーナーに平積みされていたのはこのスーパーの本日の主役、豚肉の肩ロースの薄切りだった。100グラムで98円、我が家の台所でほぼ初めて扱う食材にしては申し分ないだろう。問題は彼女が満足してくれるかどうかだけど、そもそも昨日の湯豆腐(?)のお礼と言ってここまで付いてきて貰っているし、そもそも先立つものがない身だもの。身の丈を自覚しなきゃ逆に失礼になる、そんな気がした。値段に注目される前に2パックをカゴに放り込むと隣の榊さんに小さく断りを入れて次の獲物を探すために精肉コーナーを離れた。出来れる事ならあと2つくらいは何か入れないと色味が少なすぎる!

「野菜、野菜はどれが……」

 行き着いた青果コーナーにはビギナーに対する容赦などは無い。ベッドタウンゆえに特売品の葉物野菜は既に完売、更には使い方がイメージしやすいジャガイモや玉ねぎみたいな根っこ類は複数個入りで今日だけでは消費しきれそうにも無く、小さな店舗だからかパック入りのカット野菜も見当たらなかった。これじゃあ私は戦えない!今日ほぼ初めて包丁を握るような奴にレンコンやカボチャなんて扱えるわけないじゃないさ!こんなの勝負、始まる前から決着しているも同然かもしれなくない?
 余りの惨状、というか自身の力不足を改めて自覚し力の抜けた私はカートに寄り掛かるように前へ前へと滑るように進み続けていた。そして大根やキノコ達の前を情けなく横切って行きながらも取り敢えず横目で自分にも扱えそうなものがないかと期待せずに探していると棚の終点近くに気になる物を2つほど見つけた。1つは1個128円、もう1つは1パックで98円、どちらも税込み価格!値段は許容範囲だし何よりその2つを使った料理で私は失敗をイメージできなかった。

「これにしよう」
「良いの、見つかった?」

 後ろから掛けられた榊さんの声がまるで電流のように背中を奔り、私はびっくりしながら手に取った2つの野菜をカートにホールインワンした。振り向くと榊さんは既に大きめの袋を1つ抱えていて何かほかの買い物を済ませたみたい。

「ぁあはい!すいません、お待たせしてしまって……」
「……」
「……どうかしましたか?」
「何でもない。さ、行きましょ?」

 「普通に謝れるんじゃない」と彼女の目がそう語っていたように見える。それを単なる思い過ごしだと自分の悪心が勝手に軌道修正しないうちに私は彼女の為の料理の食材をレジに向けて押していった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 結果、豚肉300グラム、そして赤パプリカ1つと豆苗を1パック。これが本日の我が家へ「客人」として招いた彼女をもてなすための食材だ。

「……」

 およそ6年ぶりに完全に顔を出した家の台所に勝ってきた食材たちを並べて思う……、少なくない?まな板も無いウチのシンク脇、銀色の台座に置かれた3つの材料。具体的な完成図も無く、これだけで私は一昨日初めて会った年上の社会人、しかも自分が自転車でぶつかった被害者をもてなそうとしている……。客観的に見れば正気とは思えないねこれは。こんなことになるなら素直にピザでも頼んでおけばよ良かった。でももうやるしかない。隣にはテーブルにつきながら携帯を確認して私の料理を待っている榊さんがいるし、後に引けない状況にしたのは私自身なんだから最後までちゃんとやる!

 取り敢えずで豚肉のパックを開けた。牛丼の上に乗っているくらいの薄さの肉が何枚も重なり合っている。箸でつまみ上げてもかなり強力にくっ付いているので手でバラバラにした方が良さそう。という訳で塊を1つむんずと手で持ち上げてみた。つ、冷たい……。帰って早々に暖房を全開にしてようやく部屋が温まり始めてきた矢先と言ってもこれは冷たすぎる。ねっとりとした氷水をそのまま摘まみ上げているみたいで気味が悪くなってきたので手早く済ませよう。1枚1枚肉を剥がしてトレーに並べ直してみた。包丁を使わなくても済みそうなくらいの大きさのものを選んだつもり。ウチには今包丁なんて高尚なものは無いし、キッチンバサミで生肉を捌こうなんてすれば流血沙汰になりかねない、冗談ではなく。

「ふぅ……」

 次はパプリカだ。といっても小さいころに母親の手伝いでピーマンくらいは切ったことがあるから中身がどういう風になっているのかも大体想像できる。そしてどういう風に素手で崩すかも。下手の部分を摘まんで内側に押し込む、これで種が付いた綿部分ごと食べない部分を取り除けるのだ!

「よっし」

 あとは流れに従って残った空洞を2つ、4つ、8つに割いて行った。流石に刃物で切ったわけでないので真っ直ぐという訳にはいかないけど、多分火を通した後の姿としては今の方が違和感がないような気がする。あとは豆苗だけ。と言ってもパックの豆苗は軽く洗ってハサミで2等分くらいに分ければオッケーだとSNSで見た。手順も問題なく進んでこれでメインの食材は準備完了!
 後は火を入れて味をつける……それで準備は終わり、私にはそこからが本番なのだ。でも信じられないことにここまでで既に疲れている自分がいる。普段使っていない筋肉を調理で使っているのか体の変な部分、ふくらはぎとか脇の下に筋肉痛みたいな鈍さを感じている。欲張らずに1つに絞って良かった、4つも5つも用意しようとしてたら多分日付が明日になってたなこれ。

「もうすぐ出来ます。……あっ、そうだ飲み物を───」

 食事に全霊を傾けすぎたせいでそっちをすっかり忘れていた私。だけど榊さんは自分の隣に置いていた自分の買い物袋をまさぐってその中から瓶を1本取りだして見せてくれた。中身の色からして多分白ワイン、私が青果ら辺で悩んでいた時にササッと買っていたのだろう。

「お気遣い無く」
「あぁ、ハイ……すいません用意が悪くて」
「そいううのも仕事柄慣れてるわ。貴方ももう知ってるんでしょ?」

 そうか、さっきみたいなのは別に珍しい事態じゃないのか。大きな会社に所属して他の会社と意見のすり合わせをしているんだから、相手のペースに合わせるのには慣れている。そういうのも私には無いところだ。自分のペースで行けるところまでそのまま行こうとするから終わった時のしっぺ返しが来て、それを周りの誰かに負担させてしまう。その時だけ上手く事が運んだとしても、私以外の誰かがそのうち不都合を被って、私はただそれに謝る事しかできない。今日みたいなことだって初めてじゃない、私はまだそんなことを繰り返して───

「それ、何作ってるの?」
「これですか……」

 説明しようと台所に振り向いた私の眼に映ったのは自分自身の計画性の無さ、こらえ性の無い私の見切り発車の産物だ。こんなもの、両親に作ったとしても自慢できる物じゃない。それをこんなデリケートな関係の人に対しての返礼にしようとしている。いったん落ち着こう、そして素直に諦めよう。こういうしっかりした人に私なんかの常識でお返しをしようなんて無謀だったと。

「何か、摘まめるものというか……さっき言っていた昨日の夕食のお返しにと思って、でもやっぱり止めときます!何かもっとちゃんとしたご飯でも頼みますね!」
「駄目!」

 トレーの上の肉をさらって捨てようとした私に榊さんは立ち上がってピシャリと叫んだ。私が驚いてその手を宙に浮かせたまま固まっていると彼女はゆっくりとこっちに歩み寄ってくる。昨日は恐れの方が大きかった彼女との距離感が今日は不思議と怖くは感じない。きっと彼女の顔に浮かんでいたのが苛立ちの表情ではなかったからだと思う。彼女はただ静かにシンクとコンロの間に並べられた数少ない食材を見渡して何かポツリと漏らすようにつぶやいていた。それがよく聞き取れずに私は小さな声で「なんですか?」と聞き返す。

「……これ、昨夜ののお返しで作ってくれるんでしょ?だったらそれだけでいい。その気持ちで作ってくれたって分かれば、たとえどんな出来でも文句は言わないから」
「で、でも……これは」
「関係ないでしょ。今は仕事中でも無くて、私とあなたは極めて個人的かつ込み入った……ん、関係なんだから。そこに一般の常識なんて持ち込まなくていいの!出来上がるまで帰らないから完成させて。ワインが開けられなかったらまた昨日みたいに真剣な話をしなくちゃならなくなるかもしれないからね」

 彼女はそう言ってテーブルに戻っていった。仕事着のままくつろぐでもなくまた携帯に視線を戻し私を待っていてくれている。今は、取り敢えず今は余計な考えは止めよう。私は目の前の事を終わらせる、出来ていないことを悩むのはそれから1人でやればいい。

 硬く固まりかけていたコンロのスイッチを押して点火をし、フライパンにまず豚とパプリカを入れる。無駄な動きはしない、余計な動きを加えて料理を台無しにするのは只の素人。私は誰かに初めての料理を作っている献身的な素人なのだ!塩コショウを振ってある程度の時間焼けていく様子を見守って行くうちに香ばしい匂いが漂い始めたので、菜箸を使って豚肉の1枚1枚、パプリカの1片1片をゆっくりと裏返していった。裏面は薄っすら焦げ色が付いたミディアムといった具合、これなら間違いなく大丈夫ではあるだろう。ここでハサミで切り分けた豆苗も中に放り込み、後は一緒に買ってきた味付けのシーズニングをまぶして焼きながらフライパンを振って混ぜていけば完成だ!

「やった……」

 鼻の奥に食欲を刺激するスパイスの香り。1から10までとはいかなくても4から10くらいまで手を加えて作り上げた料理っていうだけでほぼ初めてだったから、出来上がって皿にのせた物をついじっくりと眺めてしまった。まぁ名前なんか付けようのない只の炒め物だけどね。

「お待たせしました……」

 手で持ち上げた「料理」が腕に伸し掛かる。自分で作り上げた物がここまで重く感じるという事、今まで生きてきた中で初めて感じる重さに私は調理の最中以上に心臓が締め付けられた。キッチンからテーブルまでのたった2メートルくらいの間で脇に滝のような汗をかきながらもなんとか料理と小皿、そしてお箸の用意をしてお粗末な晩餐の準備が整う。

「ワインには合わなさそうだけど、ありがとう。お返しを頂けるなんて思ってなかった」
「い、いや……昨日のはホント、命を救われたモノと言っても過言ではないので……」
「?まぁ良いわ、じゃあ頂きます」
「い、いただきます!」

 取り箸を持って構えながらもつい榊さんを視界の端で追ってしまっていた。毒見役をさせているようで申し訳ないけどそもそも彼方の為に作った料理に自分の方から箸をつけるというのは気が引けてしまうし、こちらから取りましょうか?と聞くのもなんか変に自身があるように見られないかと考えてしまう。そんなことをしているうちに榊さんは肉2枚とパプリカ1枚、そして無数の豆苗(の葉っぱ的な部分)を取り分けて臆する様子も無く口に運んでくれた。噛んでいる最中の表情は別段不服そうなところは無かったけど、怖かったのは初めの咀嚼で向こうの口の中から聞こえた音が「ゾリ」って感じの硬派な音だったところかな……。

「……大丈夫。普通にできてるよ」
「あ……」
「それが不安だったんじゃない?料理、余り慣れてなさそうに見えたから」
「あぁ……ははぁ」

 ホント、何してんだろ。つまんないことで悩んだところで結果がこれなら悩むだけ損だ。しっかりと箸を握って自分の成果を口に運んだ。今日1日の締めくくり、人として学ぶことの多かった最悪で最高な日の終わりを自分の生み出したこの味で締めくくろう!ありがとうございます榊さ───

「しょっぱ……」
 

 
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