明日の「具」足

社 光

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4話

4話「お手製クラブハウスサンド」【1/3】

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 目覚めて第一に頭が痛い。頬っぺがジンワリして目に映る物もと聞こえる音もその両方がグラグラと揺れている。今は6時24分、PMじゃなくてAMだ。カーテンすらない窓の外からはいつも差し込むはずの朝日の代わりにしとしとと穏やかな雨音が差し込んできて、その微かな囁きすらも今の私の頭にはバクチクのように大きく響く。これは……二日酔いだ。

「うぐぐぅ……」

 呻きながら布団から顔を出すと眼下のリビングに自分がこうなった原因が見える。白ワインのビンは空っぽになって空のグラス2つと一緒に放置されていて、それを見た瞬間に昨日の自分の失態の数々がフラッシュバックしてきた。軽く自己嫌悪、その後に深く自己嫌悪。それでも何とか梯子にしがみつきながら下に降り、顔を洗って水を飲む。そうしてようやく気分が落ち着いてきた。
 塩分過多の肉野菜炒め。その味のあまりの鋭さに私たち2人はそれを無意識のうちに大量のアルコールと一緒に流し込んでいた。決して示し合わせたわけじゃない。私が小さく声に出してしまったものの榊さんは気にする様子も無く美味しいと言って食べ続けてくれたし、私も大げさな反応はしないように気を付けたつもり。それでもお互いの身体は正直に失った水分を補給するため、そして相手を気遣っていることを知られない為に1本のワインをハイペースで呑み進め、私はこのザマ、榊さんは明日の仕事に備えて早めに帰ると言って出て行ってしまった。仕方ない、100%私のせいなんだから仕方ない。

「っ、かぁ……気持ち悪」

 気分的な意味だけじゃなく、慣れないお酒とつけっぱなしで床に就いた暖房のせいで全身が汗でぐっしょりと濡れていた。インナーから部屋用のフリースの首元までまだほんのりと湿り、それが暖房で充分に乾かなかったせいで結構な匂いを放っている。このままじゃ仕事どころか生命活動自体に差し支えてきそうなのでまずはシャワー浴びよう。
 カーテンを開けると外はどんよりとした雲が張られて薄暗い。冬の天気が悪いと夏場よりも気分が落ち込んでくる。窓を開けて朝の空気を取り言えるのは止めにし、エアコンの換気モード起動させると私はシャワールームに突入していった。

「あぁ~効っくぅ~」

 43度の熱いシャワーが地肌に刺激と活力を充填していく。昨日はどうかしていた。いや、昨日だけじゃない。ここ3日位はまるで朝ドラの主人公かと思うほどにイベントが詰まっていて、変わらなかった日常に刺激が加わり続けていた。日課も仕事も将来のビジョンもおざなりにしてその日、自分の周りに起こる出来事だけを考えていたことなんてかなり久しぶり。そんな状況の中に身を置くと少し前の自分がいかに自分自身に無頓着だったかも実感できてくる。ゴミや不要なものを片付けられなかったことも今思えば無意識だった。今のような基本的な生き方を知ったきっかけが自分で起こした事故とその被害者からだっていうのが本当に情けないところだけど……今は時間がとてもゆっくり流れているように感じる。焦りから生まれた惰性に支配されていた昔と違って、この3日は「生きた」実感が最も持てた日々だったと思う。これが続くかどうかは分からない。榊さんとは昨日偶然出会えただけだ、結局碌に話すこともできなかったし今後顔を合わせる機会があるとは思えない。彼女とは社会的な立場が違い過ぎる、次に会うことがあるとすればそれは本当に「決着」をつけるとき、なんだろうな……。

「ふぃ~」

 纏わりついていたを流しきりさっぱりして髪を拭きつつリビングに戻る道すがら、洗面台の鏡に映る自分の姿に目が止まる。気付かないうちに髪が随分伸びていて垂れる水の雫が肩じゃなく背中に垂れるようになっていた。ここまで伸びるのにどれくらいかかったんだろう?次に切ることになるのは何時かは分からないけど、そろそろ本格的にまとめる為の道具が必要になってきそう。タオルを押し当ててしみ込んでくる水の量の多さがそれを証明していた。
 散乱するテーブル周りを出来る限り整理しながら身支度だけを整えて家を出る準備を始める。自転車で30分かかる道は歩けばもっと長い時間がかかるのだ、朝ご飯で何か買いつつ歩いて行こう……まだアルコール残ってたりしたら怖いし。

「じゃあ行ってきます」

 誰もいない部屋にいつものように挨拶をして職場に向かう。今日は仕込みの手伝いの日。店長と2人、話の分かる人とのひたすらの作業ということで気は楽、という訳で心機一転張り切って行こう!……そして材料を部屋に忘れたのに気付いたのは玄関の外の階段を下りた後だった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「おはようございます」
「おはようございます」

 変調の無いオウム返しの挨拶。それでも不満に感じないのはこの人の気性の平坦さが事なかれ主義から生まれてきた訳でないと私が信じているからなんだと思う。勤務開始の5分前に店の前に集合する予定が三ツ矢店長は既に鍵を開けて中の清掃を始めていた。ポロシャツの上にカーディガンを羽織り下にジーンズといった軽装で、管理者用の制服と比べるとラフな格好。この雨中の寒波の中ではかなり寒そうに思える服装だった。それも全ていつもの事、いちいち反応して余計な時間を使うようなことはしないとお互い分かっている。だけどいつも通りに更衣室に向かおうとする私を今日の店長は呼び止めた。買ってきた材料に関する事かとも思ったけどどうにも違うらしい。

「実は昨日店を閉めて帰ろうとしたときに電話がかかってきたんですよ。Terra'sテラスって会社、知ってますか?」
「……まぁはい、人並みには───」
「実はその会社から今日、ウチに営業の方がいらっしゃるんです」

 何だろう……、普通であれば単純に「分かりました」と返してもよさそうな知らせだ。Terra'sは外資系の流通企業で手広く展開してるしページのレイアウトから色々な手数料に至るまで専門の卸問屋の岬屋と比べ物にならないくらいに使いやすい。長く使ってて手を切りづらかったっていう話もあったし雨降って地固まるみたいなノリでこれを機に乗り替えるっていう話ならいい事ばかりだと思う。だけど何故だろう?どうにも今の私には何かしらの作為めいたものが感じられてしまう。只の商談でない何か、明確な誰かに意志による介入が始まっているようなそんな悪寒めいたものを感じていた。

「い、良いじゃないですか……。あそこってページも商品も探しやすいですし、パソコンでの注文なら断然良いと思いますよ」
「あ、そうです。岬屋さんから卸しを変えるって話、どうして知ってるんですか?」
「イェアッ!……いやぁ~……」

 語るに落ちかけたのを何とか崖っぷちで踏みとどまった。そんな机上の空論に私の限りある脳を使ってなんていられない!単なる杞憂、勝手な思い込みだと自分に言い聞かせながらも安心のために店長にどのような人が来るのか、年齢は幾つくらいの人なのかと言った事を聞いてみたけどさすがにそこまでは分からないらしい。

「電話の人が直接訪ねてくるのかも定かじゃないんです。ウチの視察も兼ねて、所謂お忍びってやつですね」
「それで、今日のホールの人員に注意しておいて欲しいと」
「はい。まぁ源さんは今日14時までですから、他の人に伝えておいて欲しいっていうのがメインですかね。取り敢えず今日も宜しくお願いします」
「はい、お願いします」

 その後は掃除、仕込み、レジの準備。日頃手慣れたはずの業務を順繰りにこなしていく。だけどそれをやっている最中の頭はいまいち集中しきれていない。手の運びもどこかぎこちなくなっているのが分かる。それでも自分自身が想像しているようなことが実現する事なんて……、もしそうなったとしたらそこには明確な意思があって、私にはそれを追及する権利が発生してしまいかねない。2度あった出来事の3度目は純粋な偶然だけでは起こらないのだ。そして私にはその経験が何度かある。彼女が……なんてことは知らないし自分から知りたいとは思わないけど、もしそうだとしたら……。鳥肌が総立ちして体を這う寒気に腕を擦りながら私は頭の中で必死に消しゴムを擦った。こんなバカげた考えを無に帰すために。

「おはようございまーす」
「おはようございます」
「お、おはようございます」

 考え事をしていると時間はあまりにも早く過ぎていった。11時半入りの芽衣子が店に入ってきて時間の経過を実感しながら、私の頭の中の心配事はどんどん鮮明なビジョンを付けていく。

「哀留おはよう~、今日は顔色いいんじゃない?」

 どこに目を付けている?

「美味しいものでも食べた?」
「まぁ……そんな所かな」
「ふーん、1人で?」
「他に何があるの?」
「そうだね~、と一緒だったり?」

 週刊誌の記者の如く面倒極まりない問答が始まった。着替えもまだなのに荷物をカウンターに置いて芽衣子は何やら興味津々な様子で昨日の私の勤務後の行動に付いて聞いてくる。確かに休憩後にそのままいなくなった形ではあるけどここまでしつこく聞いてくるのは彼女の中でほとんど確信に近い予想があるからなんだろうな。でもその予想をここで、彼がいるところで言葉にされるのだけは止めさせなくてはならない。

「そういえばタイムカード、1分計算に変わったって聞いたけど?」
「えっウソ!?ヤババ!」

 慌ててハンドバッグをひっつかんで休憩室に消えていく背中をじっくりと見送った。あんな能天気で人のデリケートな部分にズカズカと足を踏み入れるような人でもしっかり意識して守っている事柄もあるのだ。大丈夫、こんな心配は無駄なはず。もうじきいつも通りの忙しさに押し流されるように消えてなくなってしまう只の気の迷いなんだから。

「まだ5分毎じゃん哀留!」
「あぁごめん、まだ寝ぼけてるみたい」

 我ながら人の事は言えないな、これ。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 今日のお客が店内に入り始め、目の前の仕事に向かい続けているうちに時計の中の長針はあっという間に1周していた。時刻は13時15分。限定ランチが終わる14時までうちの店内は大体いつもこんな感じだ。近場の集配所からやってくる休憩中の配達員さんや、開店前から駐車場前をうろついている”ご高齢者共”によって25個ある席の全てが埋め尽くされ、その後は芽衣子と入れ代わり立ち代わりオーダーと配膳のシャトルランを繰り返し続けていた。これがウチの日常。このラッシュを乗り切って遅番に後を託し、帰りのコンビニで買ってきた炭酸を道中でキメるのが最高の贅沢だ。。調理担当の店長が厨房で格闘している手前で私と芽衣子は開店から今の今まで続いていたお客の第一波をようやく乗り切りろうとしていた。

「7番さんのとこにランチ行ってる?」
「行ってると思う!」
「哀留ホント?2番の下げのついでに確認してきて」
「信用してよ」
「信用してたいから言ってんの!目での確認だけで他のめんどくさい色々が無くなるんだからほら行った行った!」

 エプロンの後ろを結び直しながら催促してくる先輩に渋々従い、下げ膳ついでにテーブルの上を確認していく。お客さんに綺麗に食べきって貰えた食器類をにこやかに受け取りつつ店の巡回をしていくと、芽衣子の言う通り店の一番奥に位置している7番テーブルにはまだ水とお手拭きしか置かれていなかった。そしてそこに座っている背中、細かく揺れながら週刊誌を左手でテーブルに抑えつけるようにして読み、もう片方の右手には全席禁煙にも関わらず火のついていないタバコがくの字に折れ曲がるように握られていた。ヤバい!大至急カウンターに帰還し芽衣子に素直に自分の不注意を謝る。

「やっぱり!で、多分その人一昨日も来てるんだよね~……」
「……何があったかって聞いておいた方が良い?」
「言っておきたいけどそんな暇も無さそうだよ!3番さん所のお会計宜しく!私が7番さんのランチ出してくるから」

 そう言いながら一瞬厨房に引っ込み何やらくぐもった声で慌ただしいやり取りが聞こえたと思うと日替わりの鉄板焼きナポリタンセットをトレーに乗せた芽衣子がすぐに出てきて奥の7番卓に向かって行った。そう、悔しいという気も起きない程に仕事は優秀なのが彼女なのだ、ムラが多いだけで。そして彼女の予言通りにゆっくりと立ち上がって出口に向かい始めた3番卓のお会計を滞りなく終えた所で彼ら入れ替わるような形で店の扉を開けたベルの音が耳に届く。

「あっ、いらっしゃいませ!今お席をご用意───」
「お忙しそうな中すいません。ここでゆっくり待たせてもらいますので、どうかお気遣い無く」

 怒り、困惑、慈愛に詰問、そして今また私に私が知らない顔を見せてくれた彼女。ラッシュアワーの締めくくりに訪れた私の予想の嬉しくない答え合わせ。ビジネスルックに身を包んだ榊 奈央がにこやかに待合席に腰を掛け困惑する私に向かってその様に言って笑ったのだ。まるで初対面みたいに……。
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