明日の「具」足

社 光

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4話

4話「お手製クラブハウスサンド」【2/3】

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「次、お1人さん呼んで」
「……」
哀留アイル!」
「い、1名でお待ちの榊様どうぞ!」

 席の準備が終わり声がかかると榊さんは何も言わず促されるままそこに座った。メニューを開いて目を通しながらもその上から時々目線が漏れ出てくるのは私たちが控えるカウンターの上、天井際の壁に掛かった日替わりランチを確認しているのかもしれない?でも私はまるで自分が見られているような気がして全く気が休まらなかった。分かってる。全て私の勝手な想像、自意識過剰からの産物何だってことくらい。彼女は営業部長、そして今日お忍びでウチのお店に同じ会社の人が視察に来るとなれば間違いなく仕事上での来店だ、だから私が接客してもあんなに平然としていられる。私と違って彼女はなんだから……。だとしても、私と彼女の関係性を考えればこの状況で変に動いて嫌な印象は与えたくない。ここはできるだけ芽衣子に任せて私はサポートに……

「哀留」
「な、なに……?」
「何って仕事!3番さんの注文取ってきて!」
「ご、5番卓も空きそうだし、私レジ触ったから連続でやった方が……」
「前に交代で行くって決めたじゃん!7番のオヤジめんどくさかったんだから次は絶対哀留が行ってよ!」

 芽衣子が言ったのは仕事量を均等にするために2人の間で交わした絶対の決まりだ。ラッシュアワーの時間帯、お客の入店と退店のペースがほぼほぼ変わらなくて殆ど頼む物も同じだから出来る代わりばんこシステム。あまり波長の合わない私たちの仲を唯一取り持ってくれているこのシステムのお陰で、お互いの仕事ぶりに関しての不満は少なくとも向こうからは聞いたことがない。だからこそこれを破るというのは芽衣子との関係性を決定的に破壊する事にも等しいのだ!いくら癪に障ると言っても悪い人じゃないし、頻繁にシフトが被る芽衣子と働きづらくなることはデメリットが大きすぎる……、ここは、行こう。
 
「ごっ、注文は……」

 おしぼりとお冷をそーっとテーブルに乗せ、大きく開かれたメニューの向こう側にいる榊さんに聞いた。ランチ時の混み合いでかつ高齢者の方々の大ボリュームトークに囲まれた喧騒の中、私は自身の聴覚に全神経を集中させて指向性を持たせようとした。雑音を遮断し彼女の声、注文をメニュー越しのどんな小さな囁きでも決して聞き逃さない為に。だけど予想に反して彼女はゆっくりとメニューを脇に退けるとしっかりとこっちに顔を向けてくれた。15時間くらいぶりに対面した彼女は恐ろしいまでのニュートラルフェイス。何の感情も抱かせない引き締まった無表情の中の気持ち虚ろ気にも見える瞳でこっちをじっと見つめていた。

「……」
「あの……」
「あっ、ごめんなさい……。もう少しで決まると思いますから待っていて貰えますか?」
「あっ、失礼しました。では後ほど……」

 大義名分を得てカウンターに戻ろうとする私の眼前に「ノーカウント」のジェスチャーを手元で静かに披露している芽衣子と、激戦区の厨房からたった今顔を出した店長の姿が見えた。店長がラッシュ中に顔を見せるということは何かしら伝えなければらないことがあるときなので、私はしたり顔のまま後ろの大事に気づかない芽衣子を横目に真っ直ぐに店長の元に近寄ってどうしたのかと聞く。

「ランチ、さっきのお客さんの分で終わりだってこと。遠野さんが伝えておいてくれたのか不安で……。一応直接言っておこうかと」
「あっ!」

 真後ろで芽衣子の自白が聞こえた。となると後から入ってきた榊さんにそのことを伝えた方が良い、ただ彼女の事をTerra'sから来た人だと店長に話すのは一応止めておくことにした。まだどちら側の用事でここに来たのか判明していないし、もしかしたら本当にただ単にお昼を食べにここに立ち寄っただけなのかも……。昨日の事もあるし職場が近いのだとすればあり得る話だ。そうだった場合余計な気を回させて店長の苦労を増やすことになりかねない。全て私の考えすぎ……取り越し苦労になることを大きくはしたくないから。

「あのお客さんに伝えてきて貰えますか?」
「はいはい。ごめん哀留、私が言って───」
「大丈夫、私が言ってくるよ」

 芽衣子の気楽そうなお礼の声を待つことなく、私は慌ただしいホールの席を通り抜けてまたメニューを見ている榊さんの横に立った。今度はメニューを見続けたままこっちを向こうとしないでいる彼女をあまり見つめ過ぎないように意識的に視線逸らし続ける。他人に聞こえない心の深呼吸を手早く3回くらい繰り返し、私は榊さんに此処の従業員として伝えるべきことを伝える。

「大変失礼いたしますお客様。実は先程の注文分で本日のランチは終わってしまいまして」
「───じゃあ、このメニューの中にある物は?頼めるんですか?」
「あ、はい!この中からなら何でも」
「じゃあ───」



───お持ち帰りって出来ますか?───



「!!??」

 声にならない悲鳴を上げたのは私。そして一瞬にして静まり返った店内で全員の視線を一身に浴びているのはも私と彼女。そしてこんな状況の中で吐息のかかる耳元から離れ、私を見上げるような形で再び席に座った榊さんはさっきまでとは全く違う顔を見せていた。温かくて柔らかくて、それでいて不自然なほどにこわばりながら口元は固く結ばれていて……なんというか──

「す、すいませんっ!!!!」
「えっ!?あっちょっと!」

 その時だけだ。彼女を「怖い」と思ったのは。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「へぇぁ……ぉぉ……ふ、ふぅ……」

 心臓が捻じ切れそう。全身の血液が顔周りと心臓に集められたみたいに体の上半分ばかりが熱くなって手先は氷のように冷え切り、頭ではまともな考えが回らずただただ本能に従って体を動かしている。この場合なら「逃走」。極めて動物じみた本能によって突き動かされ、気付いた時にはバックヤードの材料置き場の中、聳え立つ冷蔵庫と冷凍庫の間の僅かな空間に頭を突っ込んで涼を得ようとしていた。この間、体感時間で5、6秒。だけど後ろに気配を感じて振り返った時に見た店長の顔で自分の体内時計が大幅に狂っていることはすぐに理解できた。

「あっ、つ……すいません……」
「大丈夫。何を言われたのかは聞いてないけど、さっきのお客さんなら帰って行ったよ」
「……」
「流石にあの空気の中で食事はできなかったんでしょうね。持ち帰りのコーヒーだけ注文してすぐに」
「逃げて、から……あ、私が……。どれくらい経ちました……!?」
「逃げてっていうのは違う、アレは業務妨害ですから。アレから24分が経ちました。一応注意しておきましたし、店を出てからしばらく見送っているので近くにはいないと思います。もしまた来店されるようなことがあったら遠野さんにお願いしてください」

 店長は変に態度を変えたりせずに淡々と私に現状を伝えてくれた。中にいたお客さんはあれからほぼ全てが入れ替わったという事と、ホールは芽衣子と遅番の人との2人で守ってくれているからもう今日は上がって良いという淡々とした業務連絡、そんな伝え方でも私としてはありがたかった。変に心配しているトーンを出されると逆に気を使ってしまう。呼吸を整えて髪を結び直し、制服から着替えて身支度を整えると休憩室の扉をノックしてまた店長が声をかけてきた。入ってきた片手にはうちの店の持ち帰り容器の入ったビニール袋がぶら下げられている。

「私の監督下であんなことが起きてしまって本当にすいません。お詫びにもならないとは思いますけど、帰ってゆっくり食べて下さい」
「あぁいえ!そんな、店長のせいじゃありません!それにあの人は───」

 言う?従業員に近づいて私的な呼びかけをした怪しい客が、今後の取引先の重役だってことを……言う?

「……大丈夫ですか?」
「いや、何でも無いです。連日世話を掛けさせてしまってすいません。お疲れ様でした……」
「うん……お疲れ様です」

 言えない。どう説明したところで話がこじれることは間違いない。あんな大きな会社ともし裁判的な場での争いになったらたとえ向こうに過失があったとしてもこんな小さな店がどうなるか分からない。身の程知らずとは分かっていても気にせずにはいられない心配事を抱きながら休憩室を出てきた私に、ホールにいた芽衣子も声をかけてくれた。普段の彼女からは想像もできないほど小さな声で、どうにも心配していそうな様子に見える。

「今日一番ツイてないのは私になるかと思ってたけど……、気にしなくて良い!あんなの気にしなくて良いよ!お酒飲んでおいしいもの食べれば忘れちゃうって!気にしてたら変なこと言った奴の勝ちなんだから!」
「それ、私がお酒飲めないの知ってて言ってる?」
「あっ、そっか……でも忘れたいことがあるなら呑むのが一番なのも変わらない真理だって、前に言ったでしょ」
「はは、そういうえばそうだっけ?」
「……今日の夜は彼氏いないから、電話だったら付き合うからね」
「ありがと……お疲れ」

 外に出ると朝から降り続いていた雨は勢いを減らして小雨になりその分だけ風の冷たさが一際厳しく感じられるようになっていた。お昼過ぎぐらいからこの具合だったとしたらウチみたいな店で暖を取りたいとお客が殺到してくるのも分かる気がする。今思えば今日は忙しい日だったな。ランチ時とはいっても全席埋まって待ちが出る事なんてそうそうある事じゃないしランチメニューも売り切れるなんて日は月に1回あるか無いかだ。お昼はこの店長からのお土産を頂くとしても、ランチの残りを貰って帰れないとあっては晩御飯はどうしたものだろう?傘をさすのもなんとなく面倒になって上着の肩口が少しづつ雨で濡れていくのが目に入りながら、家への帰り道にそんなことを考える。14時前のベッドタウンの街道には人通りもまばらだ。気持ちの整理も兼ねてあれこれ考え事をしながらゆっくりとこの寒さを味わうのも悪くないかも……と思っていたけど。

「今度は声かけないんですか?」
「あ……気付いてたの?」

 人気のほとんど無いこの道では自分と同じペースで進み続ける足音も嫌でも目立って聞こえてしまう。冷たい空気で深呼吸をして頭の中をカラっと冷やして落ち着かせると、持ってきた傘を差して振り向いた。なんてことは無い流石にもう聞き慣れた声。でも今の私には彼女の顔を直視することはどうしてもできない。今見たら、きっと……

「そんなに気付いて欲しそうな雰囲気出してれば……い、いくら鈍感な子だって気付きますよ」
「……ごめんなさい、いきなり訪ねてきたりして」
「やっぱり、目的はそっちだったんですね」
「誤解しないで、もちろん今日の目的は店の視察だったの。ただその……」
「偶然見かけて、と?」

 酷く冷える雨の下で無駄な会話のラリーを続けるのが耐えられず直球を投げつけた。一瞬の沈黙の後、傘の下から覗く彼女の首から下は落ち着き無くその場での貧乏揺すりや小さな動きを繰り返す。まるで中高生のように分かりやすい感情の機微をここまで曝け出すという事は、私の下衆の勘繰りも間違いじゃないという事なんだろう……やっぱり……。

「貴方やっぱりその、なんだ……、そうでしょ?」
「……言いたいのならハッキリ言ってください」
「イヤッ……そ、それは───」

 まただ。期待と物珍しさが同居する上ずった声。初めて打ち明けた人も声をかけてきたも、勝手にフって行ったあの男もそんな声をかけた。向こうからすれば予期せぬ発見を共に祝福でもしたいんだろうけど、暴き立てられた身からすればタマったもんではない。気付いたのならなんで……そっとしておいて欲しいという思いまで暴いてはくれないのだろう?綺麗に形作られかけてた偶像がドロドロと溶け落ちていき、私の中を今支配するのは洗面器になみなみと注がれた嫌悪感だけだ。そしてそれを生み出した張本人に対して私のこの口を開いていく本能を、もう私の心では止めることはできないのだ。

「どっか行ってください。次に会ったのなら、そこで最後の話し合いにしましょう」
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