明日の「具」足

社 光

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5話

5話「淡々、担々麺」【2/3】

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 チケットを提示して中に入るとただでさえ静かだった周りの音がほぼ完全な静寂に変わる。平日の昼間でお客が少ないのは当然だとしても私の後ろからついてくると思っていたバスの乗客の人々はいつの間にか別の道に分かれていなくなっているし、フワフワした踏み心地の床によって環境音も極限まで吸収されているみたいで、もはや自分の呼吸音が気になりだす領域にまで雑音は少ない。経路を調べることばかりに必死になってここの詳しい展示内容を把握せずにやってきてしまい、受付に着いてからここが科学系の展示物を主に扱っている博物館なのだという事を知った私は、来場者に対しての先制パンチとばかりにエントランスに堂々と置かれた特大のスペースシャトルの模型に目を奪われていた。

「おっきいな……」

 男の子はこういうのに興奮したりするのだろうか?最近は宇宙に興味を惹かれるような児童向けの話題何てほとんど聞いたりしないし、もしかしたら子供の将来の夢のトップ3に宇宙飛行士は入っていないのかもしれない。ここはそういった日本の萌芽の先細りを阻止するような意図でも作られているんだろう。通路を進むと目に入ってくるのはライカ犬やガガーリンみたいなビジュアルや歴史的インパクトの強い物品の模型や体験コーナーがほとんどで、宇宙開発競争のどろどろした歴史とか小難しい化学式の様なものは殆ど見かけない。説明文もほとんどが平仮名が振られているものだったり中には全部がひらがなで書かれているものもあったりする。ここは間違いなく小学生、少なくとも3・4年生辺りまでがメインターゲットな博物館なのだという事を、私は順路の中盤くらいまで進んでようやく理解した。健史郎め、やっぱり私に体よく押し付けたってことか……。

「確信犯だなこれは」

 話のタネになるかもという期待もどこかにあった身としてはここの中身は少しばかり拍子抜けだ。そういえば受付でチケットを確認してくれた係員さんも連れがいないのかどうか確認してきたっけ……。

「(連れか……)」

 こういう場所に最後に誰かと一緒に来たのは何時だったかな……?芽衣子は事あるごとにカラオケや買い物に誘ってくれるけど、流石に日がな1日中彼女の会話の速度に付き合うのは面倒だし、お互い得をしなさそうと思って断っている。そう考えると家族で行った水族館が最後だったかな?





『哀留、ちゃんと見てるか?』
『感想文書かなくちゃいけないんでしょ?ちゃんと観察しなきゃ!」
『見てるって……ダイジョブだよ』
『そんなこと言って、帰ってからアレって何だったかなっていつも聞いてくるじゃないか。ほら、一緒に深海魚のとこ行ってみよう!』
『1人で行けるって……』
「うっぷ」

 さっき飲んだコーンスープが胸の下にまでせり上がってきた。ボーっとした頭のまま歩いているうちに建物の中の展示コーナーから中庭みたいな造りになっている外の展示コーナーに移動していたみたい。暖房が効いていた館内から出たことで急な肌寒さと気圧差に耳をやられそうになる。点々と配置されているオブジェや花壇を遠目に眺めて特に目ぼしいものが無さそうとみて、私はさっさと順路をすっ飛ばして順路の先に会った分岐を曲がり、暖房が効いている休憩コーナーにエスケープした。平日の昼間、誰ともすれ違うことの無かった館内でそこにだけは何人かが飲み物を飲みながら談笑している。分岐の前の説明から見るにあとはこの休憩エリアと学校見学用のホールがあるだけみたいで内容的にはここで終わりな様子、正直な話かなりの薄味だ。

「……帰ろうかな」
「あっ、あの~」

 目的も無くただ休むのは苦手なので幾つか用意されたベンチに腰掛けることなく受付に戻る通路に歩を進めようとしたとき、誰かが後ろから声を掛けた。振り返ると確かに自分に向かって話しかけたのであろう男性が後ろに立っている。大体20後半から30代の中頃って感じか?26の自分よりは間違いなく年上に見える筋肉質な男性だった。

「何か御用ですか?」
「あ~いや、なんだか閑散としてませんここ?友達と来たんですけどものすごく退屈してて、お姉さん良かったらもう一度一緒に回りませんか?」

 あ。

「すいません。これから仕事先の人間と会う約束をしているので」
「えっ嘘!偶然!僕もこれから仕事なんですよ~。仕事前にこんな場所にいる人間が2人で会うってこれ凄い偶然ですね!」

 クソが。

「ちょっと電話するので失礼しま───」
「何処に?」

 自分の口が言葉を吐き出し終わる前に足が自然と動いていた。出口側にいることができたのが幸いして休憩コーナーを飛び出すと真っ直ぐに順路を駆けていく。誰もいない博物館、「お静かに」と書かれた注意書きの真横を全力疾走するのは違うタイミングなら快感にもなったかもしれないけど、今はそんなことを考える為に脳に回すエネルギーさえもただ前に向かって、人がいる場所に向かって走る事だけに動員される。足音は2つ、バタバタと前にひたすら倒れ込むように前進し続けている自分のものと、もう1つは分からないくらいに小さく遠くから響いてくるモノ。それでも後ろを振り向く余裕なんて無い。カメラがあるとはいえこんな人気のない場所なんて危なすぎる。足を床に食い込ませて後ろに蹴りだす動作を肺の中が空っぽになるまで繰り返しているうちにやっとのことで私はぐるりと回った受付のある入り口にまでたどり着いていた。足音はしない、後ろから追いかけてくる方も、みっともなくバタついて聞こえていた自分の方も。

「だ、大丈夫?!」

 ハッと驚いて声のする方に振り返ると窓口の仕切りの内側からチケットを確認してくれたお姉さんが心配そうに私を見ていた。まぁいい歳した大人が血相変えて顔真っ赤にしながらぜぇぜぇはぁはぁと荒く呼吸していれば気になって当然だ。「大丈夫です」と掠れかけの声と小さな手振りで伝えながら外に出て、私は一目散にバス停に向かう。胸の中の恐怖と不安を押し留め、早足で辿り着いた先のバス停には幸いなことに丁度今まさに発車しそうな1台が停車していた。

「乗ります!」

 大きく3歩。跳ねて飛んで踏む。プシュウというお馴染みの音に釣られるように車体が動き出し、バランスを崩しそうになって手直なポールを右手で握りしめた。後ろに離れていく景色にも、広々とした車内にもあの人影は見当たらずに大きく息を吐き力が抜けた体を最後列の長椅子にドスンと預ける。私は……そう、安心した。見ず知らずの異性が声をかけてきてその相手から逃げきったことに。分かってる、閑静な知識の箱の中で男3人、固まって平日の昼間に手直な獲物を探す。よくある事、ただ場所のチョイスが最悪だっただけだ、お互いに。それから逃げた、よくある事……よくある事、か。

「……調子のんなって、ホントに」

 頭を抱える私を乗せたまま大きな車体はさっき歩いてきた景色の中をその何倍もの速さで逆行していく。乗客は高齢そうな男性が2人と学生服の女の子が1人、そしてその背中をじろじろと観察する私だけだった。胸のむかつきが収まらない。外からの刺激じゃなく自分の内側から染み出す嫌悪感が肺にまで浸水してきそうだった……。

「っかはー……」

 ありがと健史郎、でも私は楽しめなかったみたい。また今度美味しい物でも買っていくから、そんな私に謝ったりしないでね。しないだろうけど。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 まともに頭が働きだして自分の置かれた状況を理解し始める頃には駅の前のベンチの上にいた。博物館の最寄じゃなくて乗り継ぎの間にあった駅、家と目的地のちょうど中間くらいにある繁華街への入り口前で死体のようにうな垂れて自分の殻の中に閉じこもっていた、大体3時間くらい。

「さっむ……!」

 ホームレスの人はこうやって凍死していくのか?不謹慎だけど現実的な問題を私は今自分の身体を使って立証中。自分の意志に関わらずだらしなく座っていた間も、年末の無慈悲な冷気は私の肌を冷やし続ける。モコモコのアウターの上から腕と胸を擦り撫で上げて命の灯を消さないように必死で動き続けているとようやく脳みそも本腰を入れて動き始める。だけどそれは今まで生命維持に使っていた体のエネルギーが経った今現場入りしたばかりの司令官からこれまた無慈悲な徴発を受けることを意味している。

──ぐごごごっごぅうごぅ──

 夕暮れももうじき終わろうかという時間、さっきとは違って多少の人通りもある駅前で私の胃袋は唸りを上げる。流石に環境音に紛れるレベルではあるにしても恥ずかしさで顔がググっと熱くなった。お昼は博物館向こう側で食べるつもりだったから、この6時間近くの間に我が胃袋は兵糧の全てを使い果たして飢えを迎えようとしている!冗談を言わなくてもお腹が空いてきたのは事実、よってこの近くで何か美味しいものを食べてから帰ろうと私は心に決めた。乗り継ぎをしなければたどり着けない遠めのシティにせっかく流れ着いたんだ、日頃はいかないようなお店でお昼分のお金も使って今日は少し贅沢をしよう!そうでもしないとこのメンタルのままじゃ増々職場への復帰が遠ざかりかねない気がしてきている。

「む~ん」

 そうやって善は急げと夜の明かりが煌めく駅前通りに繰り出してはみたけど、いざ大量のお店が目の前に並び立つとどこに入ったらいいのか、今の自分がどんなお腹なのか分からなくなることってよくある。ラーメン、とんかつ、お寿司にカレー。一通りの専門店が並ぶその間からは老舗の喫茶店や夜しかお目にかかれない「バル」なるお店らが昼間とは違うディナーの顔を覗かせてくる、そんな隙の無い布陣。脳と直結したままエネルギーを搾り取られていく私の胃袋は考えれば考える程にやせ細り、冷静な判断が下せなくなっていった。このままじゃ駅の中のハンバーガーチェーンも選択肢に入ってきてしまいそう……、それも良いものだけどせっかくならこの街で初めて見たお店に入りたいじゃない!大通りを彷徨い歩くこと15分、喫茶店の看板の前を3往復した辺りでようやく決心がついた私は通りの入り口で最初に見かけたラーメン屋さんに足を踏み入れた。
 
「いらっしゃいませー!何名様ですか?」
「あっ、1人なんですけど」

 なんですけど何だっていう話。何の問題も無く店員さんに1人用のカウンター席に案内されてそこに腰を下ろした。丸い座面の長椅子はかなり高い位置で固定されていて奥まで腰かけると足が宙ぶらりんになる。子供の頃ならはしゃぎもしたろうけどいい大人になった今では少し落ち着かないので下側に付いている足場をしっかりと踏みしめた。メニューを開けば王道の塩、醤油だけじゃなく麻婆とか天津、はたまた味噌チーズなんて言うチャレンジングなモノまで用意されているみたい。どんな冒険でもできる腹具合とお財布を持ってきてはいるけど流石に1日2食のうちの半分を棒に振る勇気は持ち合わせていなかったので、味が想像できる範囲で一番刺激的な色をしているメニューを店員さんにお願いした。

「ハイ担々麺いっちょー!」

 外がどんだけ寒くても、ご飯を待っている間のお冷はどんどん進んでしまう。お腹が冷えるからって昔はよく怒られたっけな?あっという間にコップが空になってしまってセルフの給水台に補充に出歩くついでに他の席や厨房を軽く流し見てみた。……何も変わったところは無い。そう、異常なコトなんて殆ど無いのだ。目に見える範囲で起こる大体の出来事は、社会からすれば日常の1部に過ぎなくて、私の感情的なへこみのせいで異常に見えてくるだけ。忘れよう、そして明日に備えよう。美味しいものは嫌なことを忘れる為の手っ取り早い助けになってくれるんだから。

「いらっしゃいませー!」

 水を補充して席にヨイショっと戻るとカウンターの向かいに位置する入り口からまた店員さんの威勢のいい挨拶が聞こえてきた。時間はもうすぐ18時、お店の中はますます騒がしくなってきそう。そういう急いた雰囲気の中で麺をすするのは普段でもそうだし今のメンタル具合では無駄に疲れそうだ。注文が出てきたらササッと食べて出てって帰る途中で甘い物でも買って家でゆっくりしよう───

「何名様ですか?」
「1人で」

 不必要なほどに不愛想に聞こえてしまうその返事。もう記憶の中から探し出す必要の無い程に聞き慣れてしまった声。カウンター越しの入り口からつかつかと革靴の足音を響かせて入ってきたその姿に私の頭がまた軋み始める。そう、入ってきたのはさかき 奈央なお。スーツ姿にボストンバッグの大荷物で仕事終わりの榊さんが入ってきたのだ!

「はい担々麺お待たせしましたー!」
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