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8話
8話「甘くないカレー」【3/3】
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「「「頂きます」」」
テーブルを囲んで3人の声が響く。時刻は16時半を回ったところ、再び夕食に片足を突っ込んだ昼食だ。ご飯というのはやっぱり支度を始めてから食べるまでに時間がかかるものなのだという事を身をもって実感する。
「はぐ」
「んむ」
「カッカッ!」
何の躊躇も無くスプーンを口に運ぶ2人に対して私の手はほんの数コンマだけ遅れる。自分で作ったわけでもないのに後からほんの少し手を加えたというだけで何故か不安になってた。ちゃんと美味しく出来ているか、誰かの1食を棒に振らせてしまわないかという事を考えてしまっていた。まぁ実際のところお昼の1食分がこれでおじゃんになっているんだけど。
「……」
「ど、どうです?」
自分で仕上げた芽衣子のカレー。スパイスと野菜の風味が効いているのは分かったけど熱さと辛さのせいで味がよく分からなくて自分で感想を言うよりも前に2人に聞いてしまった。榊さんはもくもくと口を動かしながら微笑んでくれているようにも見えるけど、健史郎の方は真顔。でも眉間には薄っすらとしわの様なものが見えた気がした。
「───スパイスが効いてるね」
「あんまりだな」
榊さんの2口目、健史郎の3口目が終わってそれぞれから出た感想がそれ。榊さんは味に関してそれ以上言及しては来なかったけど健史郎は自分の皿を食べ進める最中にもちょくちょく口を開く。
「昨日来た知り合いが作ったんだよな?」
「作ってくれてたやつ。終わりかけから私が完成させたんだけど」
「へぇ……」
「美味しくない?」
「そういう訳じゃねえけど、なんつうか中途半端なんだな。中盤で宗教的な問答シーンばかりになったアクション映画って感じだ」
良く分からない例えではあったけど、アイツが感想を言語化してくれたおかげで私にもこのカレーを「あまりうまく完成させられなかった」事が理解出来てきた。焼かれてから時間が経ってお肉はかなり縮んで硬くなってしまっているし、野菜も完全に煮溶けたわけじゃないのでルーとして扱えばいいのか具として噛めばいいのかよく分からない。最後に振った”あの粉”も、量を多く入れ過ぎてしまったのか噛みしめる度にかなり強くハーブ的な香りを感じる位にまでなってしまっていて、正直カレーの味に集中できなかった。
「……」
「ごめんなさい榊さん。待たせておいてこんな感じに、ホントは……もっと美味しかったはずなんですけど私のせいで───」
「でも、源さんが作ってくれたんでしょ?」
榊さんはスプーンを持つ手を止めること無く、申し訳なく肩をすぼめる私に語り掛ける。その間にも1口、カレーを口に運びゆっくりと味わってくれている。
「い、いや、作ってくれたのは───」
「でも途中までじゃない。あのまま放っておいたら捨てるしかなかったわけで、これを食べさせてくれたのは源さんでしょ。味はまぁ……確かに慣れない感じだけど。でも、貴方が完成させてくれたんだから美味しくいただくわ。そうでしょ御殿さん?」
「え!?あっっは、いやそうっすね!」
その後に聞こえてきたのはスプーンの音だけだった。掬った1口ずつ、香草の風味を口の中で噛みしめる。3人がこのカレーに対して抱いている感想は多分全く違っているし、私の場合は噛めば噛む程に味を感じずらくなっていた。頭の中の考え事にエネルギーを取られているせいなのか、それともこの中に入っているスパイスで痺れているせいなのかは分からない。でも、ただ1つだけ残った目の前の「繋がり」をこのまま食べきってしまうことも口惜しく思ってしまって、手が止まるその度に私の心が叫ぶのだ。
「身勝手な奴だな」って。
「「「ごちそうさまでした」」」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
鍋と皿を洗い、テーブルを拭いて一息付く。健史郎が帰ってようやく榊さんと2人、落ち着いた時間に入ることはできたけど。結果、食後ののんびりとした時間の突入してしまったことで会話を切り出す入り口までも見失ってしまっていた。
「(うーん……)」
携帯を弄るでもなく向こうから話しかけてくるでもなく、榊さんは手元のコップに視線を落として何やら考え事の最中といった様子。でも多分違う。彼女も私の何気ない仕草に何かしらの思案が含まれていると考えているんじゃないのだろうか?お互いに話し合いたい話題に対してお互いに切り出していかないのはそれが理由。だとしたらもう自分から動くしかない。
「あの───」
「ねぇ───」
やってしまった、見事にカブった。息を呑む音がテーブルを囲んでサラウンドし会話の鍔迫り合いが再び水面下で行われそうになりそうだったので間髪入れずに先手を打つ。
「すいませんでした榊さん。私のせいで、一緒に住み始めた初日からこんなことになってしまって」
「……私こそ、軽率な発言だったって思ってる。もうこれ以上はあの人の事に関して、追及はしないわ。勿論、貴方がそれで済ませられないって言うのなら、直ぐにでも出ていくけど───」
「そんな事!」
完全な反射で口が開く。これ以上失いたくないという心からの叫びが部屋中に響き渡った。余り騒がしくしてしまうとまた外からの苦情で話が中断されかねないので意識的に声を鎮めようと努力しようとは思いはしても、もう私の口は自分の心を語ることを止めようとはしない。
「必要なものがあるのなら何でも言ってください!持ち合わせは少ないですけど貯えなら少しはあります、家具も洋服も食事もこれからはご不満にさせないと約束しますから!ですからまだ、此処に居ていただけませんか……?」
「源さん」
「……っ!」
勝手な言い分を吐き出していることは自覚してる。でももうこれしか私に出来ることは無いのだ。芽衣子に別れを告げてからずっと、私の背中は寒さに震えている。孤独という寒さ。都合の良い偶然が重なって榊さんは今ここに居てくれているけど、いつ出て行ってしまうかなんて分かりはしない。私にはそれを止める権利も立場も無いのだから。だからせめて、なし崩し的に続いて行きそうだったこの関係を改めて自分の口からお願いすることでしか、私から榊さんに対して繋がれる方法は思いつかなかった。
「お願いします……」
「顔を上げて源さん」
気が付くと、すぐ隣に座ってくれていた榊さんの輪郭を見失うくらいに目線と顔が下に落ち、目には熱いものが込み上げてきている。カレーの辛さにも芽衣子との最後の会話でも出てこなかったソレはいつの間にか頬から胸へ、そして腕を伝って床にまでポトポトと流れ落ちていた。手首で拭い取ろうとしても水気は無くならず増々勢いを増していって、私は自分の心とまるで噛み合わない身体の反応に只々戸惑う事しかできないでいた。
「えっ、あ……すいませ、えっっと……」
「───!」
その瞬間、温かくて柔らかい誰かのエゴが私を包み込んだ。硬く冷たく艶やかなワイシャツの生地の内側を流れる肌と血、伸びてきた榊さんの腕に抱きこまれて私の頭は彼女の胸の中に押し込まれた。
「ふぁっ!?ふぁふぁくふぉん!!!」
「……」
困惑し、動揺しながら胸の中で叫ぶ私。そして黙ったままに私を抱きしめる榊さんの胸の内側、肌と生地を通り越して伝わってくる心臓の鼓動はどんどん激しさを増していた。ドクドクドクドクと腕に力が加わる度に私の頬に伝わる振動は強くなっていって、私は自分の生理現象や不安定な心などよりもまず生命の危機を感じて必死に両腕をばたつかせた。口も鼻も彼女の胸に押し付けられて塞がっていたからだ。いろいろな意味での興奮も相まって脳内から全身の酸素が使い切られそうになりそうになり体が水揚げ直後の魚のようにビクンと跳ねる。
「あっ───」
30秒近くそんな態勢が続いていて、私の腕の動きに気づいた榊さんは驚きながらゆっくりと、もはや拘束になっていた抱擁を解いてくれた。
「ご、ごめん……」
「フッ、フヒッフ、フーす、すいません。だい、大丈夫です!」
ふ。
「ふっふふ……」
「ふへ、っへっへへ───」
余計な心配事を増やしたくなくて口ではなく鼻呼吸で酸素を取り入れようとしたけど、そのせいで私の息はかえって荒くなっていた。まるでマンモスの威嚇のような鼻息の音が部屋中に少しの間響き渡り、26歳の下手糞なポーカーフェイスと広がった鼻の穴、涙で赤く腫れた目尻にその音が合わさり合った間抜け顔、そんな顔をする女とそれを見る女はお互いの顔を突き合わせながら───
「「あはっはははは!!!」」
気付いたら笑っていた。
「アッハハハッハ!」
「イヒッ、イッヒッヒ!」
今時子供でも笑わない。大人なら掃いて捨てるくらいくだらない事。もしかしたらおかしくて笑っていたのは私だけだったのかもしれないけど、それでも私は笑い続けていた。それは多分、嬉しさと悲しさの2つを受け入れるのに最適なのは涙じゃないという事を、私の心が初めて気づいたからなんだろう。
「フゥ……」
顔を見た。目尻には深く皺が刻まれ口角は変な角度に上がり目元は涙で濡れている。悲しさではないくだらなさによって流れた涙。憧れた存在がそんなくしゃくしゃ顔になっているのを見て”気が楽に”なったのはお互い様だったのかな?袖口と手首で目元を拭きながら息を整えて再び対面すると、私の見る榊さんの顔にも不安や後悔などは微塵も残ってはいない。
「じゃあ、よろしくお願い出来る?源さん」
「……はい、勿論───あ、ただその……」
「何?」
「良かったら……名前で呼んでいただけませんか?その……哀留って」
何の躊躇いも無く言葉にすることができた、それが私の最初の頼み。最期の時まで迷惑をかけっぱなしになってしまった彼女への初めての「お願い」だった。
「えぇ、よろしくね、哀留」
「「こちらこそ!よろしくお願いします!」」
ん?
出来るはずも無い2重音、アルトとテノールのハモリは嬉しさが込み上げて縮まりかけたこの鼓膜にもしっかり届く。嬉しさで停止しかけた思考が一瞬でフル回転し始め、恐る恐る声の鳴る方に首から上を向ければそこにいたのはいつものアイツ。
「やったな源!!!」
御殿健史郎は右手にしゃもじ、左脇に一足早いクリスマスプレゼントとして押し付けに来た炊飯器を抱え、満面の笑みで私に叫んだ。私は再び、心で泣いた。
「嫌んなるぅ……」
テーブルを囲んで3人の声が響く。時刻は16時半を回ったところ、再び夕食に片足を突っ込んだ昼食だ。ご飯というのはやっぱり支度を始めてから食べるまでに時間がかかるものなのだという事を身をもって実感する。
「はぐ」
「んむ」
「カッカッ!」
何の躊躇も無くスプーンを口に運ぶ2人に対して私の手はほんの数コンマだけ遅れる。自分で作ったわけでもないのに後からほんの少し手を加えたというだけで何故か不安になってた。ちゃんと美味しく出来ているか、誰かの1食を棒に振らせてしまわないかという事を考えてしまっていた。まぁ実際のところお昼の1食分がこれでおじゃんになっているんだけど。
「……」
「ど、どうです?」
自分で仕上げた芽衣子のカレー。スパイスと野菜の風味が効いているのは分かったけど熱さと辛さのせいで味がよく分からなくて自分で感想を言うよりも前に2人に聞いてしまった。榊さんはもくもくと口を動かしながら微笑んでくれているようにも見えるけど、健史郎の方は真顔。でも眉間には薄っすらとしわの様なものが見えた気がした。
「───スパイスが効いてるね」
「あんまりだな」
榊さんの2口目、健史郎の3口目が終わってそれぞれから出た感想がそれ。榊さんは味に関してそれ以上言及しては来なかったけど健史郎は自分の皿を食べ進める最中にもちょくちょく口を開く。
「昨日来た知り合いが作ったんだよな?」
「作ってくれてたやつ。終わりかけから私が完成させたんだけど」
「へぇ……」
「美味しくない?」
「そういう訳じゃねえけど、なんつうか中途半端なんだな。中盤で宗教的な問答シーンばかりになったアクション映画って感じだ」
良く分からない例えではあったけど、アイツが感想を言語化してくれたおかげで私にもこのカレーを「あまりうまく完成させられなかった」事が理解出来てきた。焼かれてから時間が経ってお肉はかなり縮んで硬くなってしまっているし、野菜も完全に煮溶けたわけじゃないのでルーとして扱えばいいのか具として噛めばいいのかよく分からない。最後に振った”あの粉”も、量を多く入れ過ぎてしまったのか噛みしめる度にかなり強くハーブ的な香りを感じる位にまでなってしまっていて、正直カレーの味に集中できなかった。
「……」
「ごめんなさい榊さん。待たせておいてこんな感じに、ホントは……もっと美味しかったはずなんですけど私のせいで───」
「でも、源さんが作ってくれたんでしょ?」
榊さんはスプーンを持つ手を止めること無く、申し訳なく肩をすぼめる私に語り掛ける。その間にも1口、カレーを口に運びゆっくりと味わってくれている。
「い、いや、作ってくれたのは───」
「でも途中までじゃない。あのまま放っておいたら捨てるしかなかったわけで、これを食べさせてくれたのは源さんでしょ。味はまぁ……確かに慣れない感じだけど。でも、貴方が完成させてくれたんだから美味しくいただくわ。そうでしょ御殿さん?」
「え!?あっっは、いやそうっすね!」
その後に聞こえてきたのはスプーンの音だけだった。掬った1口ずつ、香草の風味を口の中で噛みしめる。3人がこのカレーに対して抱いている感想は多分全く違っているし、私の場合は噛めば噛む程に味を感じずらくなっていた。頭の中の考え事にエネルギーを取られているせいなのか、それともこの中に入っているスパイスで痺れているせいなのかは分からない。でも、ただ1つだけ残った目の前の「繋がり」をこのまま食べきってしまうことも口惜しく思ってしまって、手が止まるその度に私の心が叫ぶのだ。
「身勝手な奴だな」って。
「「「ごちそうさまでした」」」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
鍋と皿を洗い、テーブルを拭いて一息付く。健史郎が帰ってようやく榊さんと2人、落ち着いた時間に入ることはできたけど。結果、食後ののんびりとした時間の突入してしまったことで会話を切り出す入り口までも見失ってしまっていた。
「(うーん……)」
携帯を弄るでもなく向こうから話しかけてくるでもなく、榊さんは手元のコップに視線を落として何やら考え事の最中といった様子。でも多分違う。彼女も私の何気ない仕草に何かしらの思案が含まれていると考えているんじゃないのだろうか?お互いに話し合いたい話題に対してお互いに切り出していかないのはそれが理由。だとしたらもう自分から動くしかない。
「あの───」
「ねぇ───」
やってしまった、見事にカブった。息を呑む音がテーブルを囲んでサラウンドし会話の鍔迫り合いが再び水面下で行われそうになりそうだったので間髪入れずに先手を打つ。
「すいませんでした榊さん。私のせいで、一緒に住み始めた初日からこんなことになってしまって」
「……私こそ、軽率な発言だったって思ってる。もうこれ以上はあの人の事に関して、追及はしないわ。勿論、貴方がそれで済ませられないって言うのなら、直ぐにでも出ていくけど───」
「そんな事!」
完全な反射で口が開く。これ以上失いたくないという心からの叫びが部屋中に響き渡った。余り騒がしくしてしまうとまた外からの苦情で話が中断されかねないので意識的に声を鎮めようと努力しようとは思いはしても、もう私の口は自分の心を語ることを止めようとはしない。
「必要なものがあるのなら何でも言ってください!持ち合わせは少ないですけど貯えなら少しはあります、家具も洋服も食事もこれからはご不満にさせないと約束しますから!ですからまだ、此処に居ていただけませんか……?」
「源さん」
「……っ!」
勝手な言い分を吐き出していることは自覚してる。でももうこれしか私に出来ることは無いのだ。芽衣子に別れを告げてからずっと、私の背中は寒さに震えている。孤独という寒さ。都合の良い偶然が重なって榊さんは今ここに居てくれているけど、いつ出て行ってしまうかなんて分かりはしない。私にはそれを止める権利も立場も無いのだから。だからせめて、なし崩し的に続いて行きそうだったこの関係を改めて自分の口からお願いすることでしか、私から榊さんに対して繋がれる方法は思いつかなかった。
「お願いします……」
「顔を上げて源さん」
気が付くと、すぐ隣に座ってくれていた榊さんの輪郭を見失うくらいに目線と顔が下に落ち、目には熱いものが込み上げてきている。カレーの辛さにも芽衣子との最後の会話でも出てこなかったソレはいつの間にか頬から胸へ、そして腕を伝って床にまでポトポトと流れ落ちていた。手首で拭い取ろうとしても水気は無くならず増々勢いを増していって、私は自分の心とまるで噛み合わない身体の反応に只々戸惑う事しかできないでいた。
「えっ、あ……すいませ、えっっと……」
「───!」
その瞬間、温かくて柔らかい誰かのエゴが私を包み込んだ。硬く冷たく艶やかなワイシャツの生地の内側を流れる肌と血、伸びてきた榊さんの腕に抱きこまれて私の頭は彼女の胸の中に押し込まれた。
「ふぁっ!?ふぁふぁくふぉん!!!」
「……」
困惑し、動揺しながら胸の中で叫ぶ私。そして黙ったままに私を抱きしめる榊さんの胸の内側、肌と生地を通り越して伝わってくる心臓の鼓動はどんどん激しさを増していた。ドクドクドクドクと腕に力が加わる度に私の頬に伝わる振動は強くなっていって、私は自分の生理現象や不安定な心などよりもまず生命の危機を感じて必死に両腕をばたつかせた。口も鼻も彼女の胸に押し付けられて塞がっていたからだ。いろいろな意味での興奮も相まって脳内から全身の酸素が使い切られそうになりそうになり体が水揚げ直後の魚のようにビクンと跳ねる。
「あっ───」
30秒近くそんな態勢が続いていて、私の腕の動きに気づいた榊さんは驚きながらゆっくりと、もはや拘束になっていた抱擁を解いてくれた。
「ご、ごめん……」
「フッ、フヒッフ、フーす、すいません。だい、大丈夫です!」
ふ。
「ふっふふ……」
「ふへ、っへっへへ───」
余計な心配事を増やしたくなくて口ではなく鼻呼吸で酸素を取り入れようとしたけど、そのせいで私の息はかえって荒くなっていた。まるでマンモスの威嚇のような鼻息の音が部屋中に少しの間響き渡り、26歳の下手糞なポーカーフェイスと広がった鼻の穴、涙で赤く腫れた目尻にその音が合わさり合った間抜け顔、そんな顔をする女とそれを見る女はお互いの顔を突き合わせながら───
「「あはっはははは!!!」」
気付いたら笑っていた。
「アッハハハッハ!」
「イヒッ、イッヒッヒ!」
今時子供でも笑わない。大人なら掃いて捨てるくらいくだらない事。もしかしたらおかしくて笑っていたのは私だけだったのかもしれないけど、それでも私は笑い続けていた。それは多分、嬉しさと悲しさの2つを受け入れるのに最適なのは涙じゃないという事を、私の心が初めて気づいたからなんだろう。
「フゥ……」
顔を見た。目尻には深く皺が刻まれ口角は変な角度に上がり目元は涙で濡れている。悲しさではないくだらなさによって流れた涙。憧れた存在がそんなくしゃくしゃ顔になっているのを見て”気が楽に”なったのはお互い様だったのかな?袖口と手首で目元を拭きながら息を整えて再び対面すると、私の見る榊さんの顔にも不安や後悔などは微塵も残ってはいない。
「じゃあ、よろしくお願い出来る?源さん」
「……はい、勿論───あ、ただその……」
「何?」
「良かったら……名前で呼んでいただけませんか?その……哀留って」
何の躊躇いも無く言葉にすることができた、それが私の最初の頼み。最期の時まで迷惑をかけっぱなしになってしまった彼女への初めての「お願い」だった。
「えぇ、よろしくね、哀留」
「「こちらこそ!よろしくお願いします!」」
ん?
出来るはずも無い2重音、アルトとテノールのハモリは嬉しさが込み上げて縮まりかけたこの鼓膜にもしっかり届く。嬉しさで停止しかけた思考が一瞬でフル回転し始め、恐る恐る声の鳴る方に首から上を向ければそこにいたのはいつものアイツ。
「やったな源!!!」
御殿健史郎は右手にしゃもじ、左脇に一足早いクリスマスプレゼントとして押し付けに来た炊飯器を抱え、満面の笑みで私に叫んだ。私は再び、心で泣いた。
「嫌んなるぅ……」
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