明日の「具」足

社 光

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12話

12話「キミと年越しソバ」【3】

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 ぽすぽすぽすっとカートの中に小気味よく放り込まれていく食材達。もやしは2袋、ピーマンは1袋、豚肉は300グラム。迷いなく気持ち早足で進む私の後ろを、ゆっくりと少し間を空けながら奈央なおさんは付いてきてくれている。定期的に後ろを振り向いて彼女がそこにいてくれていることに安心すると言葉をかける前に再び前へ。サラダ油を1本、塩と胡椒を1袋ずつ、そして卵のパックを1つそっと中に入れた後、私が向かったのは冷蔵麺類のコーナーだった。

「ど、どれくらい買うの?」

 疲れよりも困惑で奈央さんの言葉尻は揺れていた。

「いっぱいです」
「い、いっぱい?」
「そう!いっぱい!」

 その戸惑う顔を見て、どうしようもない位に下らないくて大事な欲求が心から顔を出す。いたずら心というには可愛いものだし、加虐心なんて言える程高尚な物じゃない、単純な好奇心。でも、「開けてみてからのお楽しみだよ」なんて歯の浮くようなセリフをいう男役に辟易としていた自分が、そんな気持ちを抱くようになったことに対して不思議と拒否感は湧いてこない。だから続けた。

「お正月の終わりまで、私が全部作ります!雑煮も、おせちも、伊達巻だって!人並み以下の私でも、貴方に対して出来ることをします!だからたくさん食材がいるんです!」

 ほとんど」駆け足と言っていいスピードでスーパーの中を駆けずり回り、さらに獲物をカゴに収め続けた。キャベツ、ネギ、海苔、鶏肉にお餅や卵を2つ目のカゴがいっぱいになるまでに詰め込んでいき、それでもなお足りないと思って他の売り場に向かおうとした私の前に奈央さんは立った、立ちはだかった。

「気持ちは嬉しいけどっ───」
「けど?」
「……哀留の腕じゃ、まだ早いと思う」

 剛速球ど真ん中ストレート。布地で幾重にも巻いたソフトボールと言えども投げ手の力次第では的をぶち抜く位に強力になりえる。今まさに私は奈央さんからそんな剛速球を受け取った。

「早いって、つまり───」
「まだ上手くないから!」

 こういうことだ。只それでも、気遣いと負い目の中で必死に探し出した慰めの弁より、こういう素直な印象を言葉として真正面から受け取れる方が良い。自分への相手の心象より、本当に伝えたい、伝えるべきことを彼女は言ってくれた。

「私……」
「おせちも伊達巻も、多分今の哀留には難しいと思う。年越しに作ってくれるものだけでもすごく嬉しいから、まずはそれに集中してくれた方が良いかなって、思うんだ」
「わ、分かりました。でも……」
「?」
「私が今夜作ろうとしている物、分かるんですか?」

 カートの後ろに付いてきて貰ってばかりで何を買っているかほとんど話もしていなかった奈央さんはなんというか、今夜の夕食に関する見当がついているように見えた。

「え!?や……焼きそばじゃないの?」

 当然でしょ?と言わん我ばかりの困惑っぷりの中から披露された彼女の答え。多分抱いていた心残りは同じ場所から始めっていたんだろう。私が何度もこの前の光景をやり直そうとしていたように、離れた場所にいた彼女も決して忘れてはいなかった。

「『作ってもらいたい』っていうの……なんていうか、顔に出ちゃってたりした?」
「……プッフフ」

 その素尚且つどこか間の抜けた疑問符に思わず吹き出してしまい、シャワーや移動の熱も冷めているハズの奈央さんの頬はまるでりんご飴のように艶やかな赤に染まっていた。正直ずっと眺めていたい、でも鉄は熱いうちに打たなければ!裏取りと最終確認を兼ね、私は奈央さんに改めて聞く。

「焼きそば、食べたい?」
「……うん、食べたい」

「じゃあ、覚悟してくださいね!」





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 必要な物もそうでなさそうな物も買うだけ買ってスーパーからとんぼ返りし、身支度を済ませると日も沈まないうちからさっそく私は夕食の調理に取り掛かった。リビングでは奈央さんが1人で持ってきた荷物や布団の整理をしてくれている。大量の日用品だ、使う場所に分散させるのにも手がかかるだろうけど、彼女は1人でやると言ったから私は自分が出来ることをやる。いや、出来るようにするのだ。

「時間、かかります」
「大丈夫」
「何か摘まみながら待っててください。日が落ちるまでには終わらせますんで」
「大丈夫。こっちものんびりやらせて貰うね」

 料理ベタの調理時間というのは平均的な家庭人がやるよりもはるかに長い。それが2品や3品になるというのならなおさらだ。必要な工程を適切に、かつ順番通りにこなしていくとしても初心者の私には優にその3倍の時間がかかるだろう。何故なら料理の初心者にとって「手順を踏む」という行為そのものがすさまじく精神をすり減らす行為だからだ。

「あっ、卵!」
「これ?」

 使う材料を忘れたと思って振り向いた先から、そのことに気づいた奈央さんがソレを手渡してくれた。

「……絶対美味しくします」
「うん、楽しみにしてるね」

 改めて息を整え今日の夕食の材料に目を通す。キャベツ、ネギ、もやし、豚肉、ピーマンに麺。おさらいの為にもう1度自分の目でしっかりと確認する。そして、さっき受け取ったもう1つの為の材料も。

「(卵スープ……)」

 同じ腕前の兵隊が放つ矢なら1本よりも2本あった方が当たりやすくなるのは当然だ。まぁガチに考える人なら1本を全力で放てと思う場合もあるかもしれないけど、私は専門家でも何でもない。もし凄惨な失敗を遂げたとしても別の方向に”逃げられる”ように、冒険の為の保険として材料が少なく手順も少ない副菜を用意する。誰かのための料理を始めた私がこの2週間の中で学んだことだ。溶き卵と中華出汁のスープ。安直かつ単純極まりないけど入れる量にだけ気を付ければ確実に1つの逃げ道が作り出せる!自分の為だけじゃなく食べてもらう人の為の有意義な誤魔化し。目標は定まった。

「よし!」
「頑張って!」

 あっ───、えへっ。

「───!」

 熱く、燃えるエールを受けて、私は包丁を握った。

 まず切りそろえるのは野菜たち。塩焼きそばに使うピーマンとキャベツ、まずこのグリーンメン達から我が刃の餌食としてくれよう!1玉のキャベツを半分、そしてその半分と、4分の1にまでカットする。まずこの時点で疲れる!芯が片方に寄らないように真っ直ぐに刃を入れて切り降ろそうとする。するとどうしても自分の腕力だけでは下に進まなくて、半身の体重を覆いかぶせるようにしてようやく両断できた。まな板に付ける面が平らになったことで次の両断は楽にできるのが幸いだったけど。
 ……そう、まな板も買った。というより買って貰ってしまった。材料だけを買い込んでレジを通ろうとする私の後ろから奈央さんが差し込んでくれたのだ。ホント、気が回る人だと思う。

「ありがとうございます奈央さん、使いやすいですよ」
「へぇ!?」
「ど、どうしました!?」

 今回使わない半身のキャベツをしまいに冷蔵庫のあるリビングを通る傍ら、洋服の整理をする奈央さんにそう言った途端、奈央さんはびっくり仰天した様子で私を見上げる。

「名前……初めて、呼んでくれたね」
「あぁっ、今度会えたら後悔しないように、お名前の方で呼ぼうって心内に決めてたんですけど。……つい」

 一応、年上に対しての自重という形で今まで名字で呼んではいたけど、自分だけ名前で呼んで欲しいと頼んでおいてそれというのは、流石に彼女の方からは頼まれていなかったとしてもフェアじゃないって、1人でいるうちに考えていた。心の中で思い浮かぶ姿に対して何度もそう呼び掛けるうちに、自然と本物に対してもそう呼んでしまったらしい。でもそれは間違いじゃなかったみたいだ。

「これからも呼んでくれる?」
「あ……はい!」

 意気揚々と台所に戻り作業を再開。ピーマンは縦に切って種の付いた真ん中のモニャモニャを指でくり抜く。切らないで真上から指を差し込む方法も流行っているみたいだけど、私にはどうにも難しかった。程よい幅で細長く切って行き、チンジャオロースに使えそうなピーマンの細切りを仕込み終えた所で小鍋に貯めた水を沸かし始めた、スープ用に。そしてようやく真打ち登場。豚バラ肉の薄切りを一口大に切り始める。何度も試作品を健史郎に作ってきた中で、この脂身の多めなバラ肉が一番相性が良さそうに思えた。もっとも上手く完成まで行きついたことが無いから比較的という話だけど。綺麗に重なった肉を真上から半分に切って、大体麻雀牌と同じくらいの大きさにしたところで、前の私であればここで直ぐに加熱に入っていたけど、何回も同じ料理を練習した中で気付いたことが1つある。『片付けを並行しないと料理がしにくい』という事だ!ウチの台所は狭い。元々単身者用の手狭な作りで小さめのまな板1枚置けるかどうかというスペースしかなく、コンロと流しが埋まってしまうと身動きが取れなくなってしまう。それを防ぐために、フライパンを火にかけるよりも前に野菜の袋は捨て、肉のトレーとまな板はしっかり洗剤で洗っておいた。こうすることで目の前の調理に集中しやすい環境が整うという事!

「───よし」

 頑張る。
 油は多め、健康や日に気を使うのは腕を上げてから。世の中油が多ければそれだけ美味しく作ることができるってSNSで聞いた。奈央さんには多少の負い目はあったけど幸い入れたところを見られてはいなさそうなので、セーフとさせてもらおう。
 熱し始めて少ししたら豚肉を入れる。ジュウと音がするかしないかの微妙なタイミング。個人的には時間に余裕が持ててちょうど良い。そのまま流れでキャベツとピーマンを入れてしばらく炒める。キャベツは火が通るまで時間がかかる部分が多いので先に炒め始めた方が良かったかもと思いつつも、葉から出る水分を飛ばすために時間がかかりそうなのでこれを利用することに。もやしを1袋、袋の口を開けて投入準備を完了し、その間に沸騰しかけのスープのお湯を止めて中華出汁を入れる。味見をしつつ量を調整していき、一応はちょうどいいかなと思えるくらいの濃さになった。味見は、大事なのだ。

「哀留!焼けてるよ!」
「あわっと!」

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