明日の「具」足

社 光

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12話

12話「キミと年越しソバ」【4】

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 順調と言えるか分からないまでも確実に調理を進める最中、奈央さんの様子が気になってリビングに顔を傾けると、目に入った窓の外で今年最後の太陽がもうじき沈むところだった。焦りは危ない、けど急がないといけない。お茶請けのお菓子の袋も多少は買ってきたけど、買い物から直帰してすぐに調理を始めたことでお昼ご飯は自然とすっぽかした形になってしまい、今かなりの空腹感が自分のお腹に襲い掛かってきているからだ。奈央さんも見た限りお菓子に手を付けているような様子は無いし、多分私と同じくらいにお腹が空いているハズ……、ここからが正念場!

「(麺に、行く!)」

 まな板の奥で出番を待ちかねていた本日の主役。3人前の麺と粉末タイプの塩ソースの入った大袋にようやく手を掛ける。豚とピーマンとキャベツの乗ったフライパンの火を一旦止めて袋をバリバリと開け進めていき、麺と粉の袋を取り出す。練習の成果が出てきているのか油でしっとりとした手のままでも滑ってスッポ抜けずに開けることができた。幾多の犠牲健史郎は無駄じゃなかったのだという実感と一緒に、ここからのラストスパートの望む気力もメキメキ湧いてくる。再びフライパンの火を入れて具材が焼けるのを確認し、いよいよ内袋から出した2人前の蒸し麺を広げたキャベツの舞台に立たせ、あらかじめキッチリ量を測っておいた水を上から回しかけて箸を入れ始めた。麺をほぐして味をなじませるために振りかけた水は瞬く間にお湯に変わり、湯気となって私の顔面に降りかかってくるけど、怯んでなんかいない!

「いける!」

 見た感じ麺はバラけ、ほぐすための水もかなりの量が蒸発し、肉にも野菜にも火が通ってる。周りの部分がしんなりしてきてキャベツの芯が少し硬そうに見える気もするけど、それ以外は今までで1番の出来だ!よし、じゃあ最後の工程に行こう。粉末ソースを入れて味をまんべんなく「なじませる」のだ!

「うっく……!」

 だけどここで問題発生。さっきはスムーズに行った袋の開閉作業にもたついている。指に付いた油分に湯気がまとわりついて上から湿ってしまい、余計に滑りやすくなっちゃったせいだ!マズイっ!

「開けやぁぁ……っあ!」

 そして悲劇は下り坂を勢いよく駆け下りてやってきてしまった。袋を開けるのにりきみ過ぎて、開いた瞬間に中の粉が勢いよく飛散してしまったのだ!粉の半分はフライパンに入ったけど、もう半分の内の半分が床にぶち撒けられ、もう半分の内のもう半分は私の胸辺りに大量にぶっかかってしまった。

「ぐぬぬぁあ……!」

 その瞬間、眠っていた疲労と今湧き出て来た後悔が一気に胸の中に溢れてきた。だけど、声にならない呻きと一緒に膝から下の力が抜けそうになったのを辛うじて踏みとどまった。逃げるな、お前を待っているのは目の前のフライパンだけじゃない!お前のすぐそばにいる大事な人も、お前がやり遂げると信じてくれたから待っていてくれるんだ!逃げるな、源 哀留!

「ちぃい!」

 咄嗟にスープに入れた中華出汁を手に取ってフライパンの中、慎ましい量になってしまった粉末ソースの上に投入してそこから一気に箸で混ぜ合わせる。もうキャベツの葉の端には薄っすらと焦げ目が見えるし、麺がフライパンの底にくっついてしまいそうだったから正確な量も測ってはいない。それでも目の前で完成しつつある自分の愛を信じ続けながらただただ箸を回し、気が付くと私の目の前には湯気をたてながら鎮座する完成した塩焼きそばが2皿並んでいた。

「ありがと、哀留」
「あっ!」

 気が付けば日もすっかり落ちていて、隣には奈央さんが居る。

「すいま……いや、私また……」
「私もごめん、手伝ったらまずいかなって思って。だけど美味しそうだよ!」
「奈央さん……」
「さ!食べよ!すごいお腹減っちゃった!」
「あっ、ちょっと───」

 やり残しを思い出し隣のコンロの火を強くする。薄黄色の水面がみるみるうちに沸騰を始め、冷蔵庫に仕舞わなかった卵を4つ、溶き入れてこれで完成だ。

「それ全部入れるの?」
「はい、そのつもりですけど……」
「多くない?」

 鍋を覗きながら奈央さんはそう溢す。確かに、味付けに失敗した時が怖くてスープはそこまで多めに用意していない。片手で持てる小鍋の半分目くらいの量だ。見返してみるとどう考えても多い。

「ねぇ、良い事思いついたんだけど」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「ふぅ」

 やった、やり遂げた。時刻は大体18時。15時過ぎに始めたおっかなビックリかつ奇妙な”年越しそば”作りはおおよそ3時間という冗談のようなスローペースで幕を下ろし、私達の囲むテーブルの上にはカッチリとした一塊の溶き卵の浮いた中華スープ、そして奈央さんの手で真ん丸と綺麗に焼き上げられた目玉焼きの乗った塩焼きそばがあった。

「大変お待たせしました」
「お待ちしていました」

 彼女の返す言葉に激闘を終えた私も笑みを溢しつつ、お互いに両手を合わせる。多分今後、何回も繰り返していくだろう挨拶。育ちがどうとか礼儀がアレコレとかそんな理屈関係無く、ただ目の前の食事と作り手への敬意、そして食べてくれる人への感謝を込めて、その言葉を言う。

「「いただきます」」

 自分で作り上げた焼きそばを箸で掴みあげてみるとひとまず麺の半分が1個の塊になって持ち上がると言ったようなことが無くて安心した。麺はその1本1本が独立し、見た所溶け残ったソースがどこかしらかに固まっているようなことも無さそう。キャベツがちょっとだけ香ばしくなりすぎなような気もしたけれど、この出来は及第点と言い切ってもいいくらいだと思う。そして奈央さんも───

「うん、美味しい!」
「ほ、ホントですか……!」
「元からお世辞は言わない主義だもん。美味しいよ、哀留」

 ……あっは。

「あっ、哀留!?」
「ふぇあ、あぁすいません」

 唐突に頬に感じた生暖かい一筋。まだ1口目を食べる前にも関わらず奈央さんから貰った太鼓判によって、溢れ出た感情の波が私の目頭を熱くしていた。我ながら……いや、嬉しい!

「いっただきますぅ!」

 自分の成果、自分の決意、そして今日1日、今年1年の自分への労いを兼ねた自作の獲物にまるで照れ隠しかとでも言わんがばかりの勢いで食らい付いた。ザルル、ゾルルと激しく音を立てながら飛び散る飛沫も、口に入りそびれた肉片も気にせず啜り上げ続ける。こんなに嬉しい日が、こんなに嬉しいと思えることが自分に訪れるなんて。それを信じられないと思ってしまう自分の弱い心を目に入れないように、そしてその時の彼女の嬉しそうな声を出来るだけ長く味わっていたいがために、一言も発しないままただただ目の前の風変わりな年越しそばに向かい続けた。

「うん、うん……」
「練習、してくれたんだよね?」
「んむ!?」
「前の物とは全然違うもの。ちゃんと美味しくしようとしてってだけじゃなくて、何て言うか……真心を感じた、ような気がしたの」

 そのときの奈央さんは話す言葉を自身の心からリアルタイムで組み立てているみたいだった。自身が感じた思いを読み取るのに時間がかかっているのは、彼女自身の価値観の中に存在しなかった新しい感情の芽生えのせいなのかもしれない。それは、私が今までの彼女の心を占めていた存在よりも、大きな人間になれたという事なのだろうか?

「アナタに……食べてもらいたくて、そんな事になるかなんて分からないのに1人で勝手にやってたんです。馬鹿ですよね」
「……うん、そうかもね」
「へへ……」
「でもそれが良いの。貴方のそういう所も含めて好きなんだってやっと気が付けた」

 ───ズズッゾゾル───

 神妙かつ穏やかな面持ちと口調のまま、奈央さんは姿勢も視線も変えずに焼きそばを食べ続けている。

「私、他人が何を考えてるのかなんて考えてなかった。自分と別の人間の考えなんて、分からなくて気にするだけ無駄だって思い続けてた。でも、貴方と出会ってそれは違うのかもって思い始めて、気が付いたら私、貴方に良く見られたいとしか思わなくなってた」

 ───ゾゾッ、ちゅるる───

「それは間違いじゃなかったと思う。でもそれだけじゃ駄目なの!貴方の全てが見たい!笑顔も、怒り顔も、泣き顔も……全部を手に入れたい。それが本当の思いだって貴方ともう1度離れて気が付けた!それが本当に重い事だってことも!」

 幾重にも重複した意味で思考が迷宮入りしそうになりながらも、私は奈央さんの言葉を聞き届ける。

「自分が重くて初心ウブでめんどくさい、誰かに愛されるってことが奇跡的な女だって理解できたの!だからもう私は隠さない!この欠点も短所も醜さも、それを克服する過程を貴方に隠さない!……だから貴方にも見せて欲しいの。つまずいたり、失敗したり、後戻りすることになっても前に歩き続ける姿を、その隣で───」

 ───パン!───

 怒涛のスパートによって瞬く間に空になった平皿の上に使っていた箸が勢い良く置かれたかと思うと、次に見た奈央さんの右手には箸の代わりに何やら丸みを帯びた立体物が握られていた。起毛質でてに納まった上側は丸みをおびていて、下は平らな立方体。女性の手の中にも納まるその”入れ物”を注視して中に入っている物に察しが付くと、私は酷く狼狽した。

「そそそそんな!そんなもの!」
「受け取ってくれない?」
「いやいやいやいや、欲しいです欲しいですけど……!こんな中の下の焼きそば食べた後の勢いで!」
「こんなタイミングだから、貴方に預けたいの。1年が終わって新しい年が始まるこのときに、私ができる一番大きな覚悟の証明として!あなたを愛する証明として、受け取ってくれない?」

 周囲の景色とは不釣り合いなほどの光沢と輝きを放ちながら、開いた箱から覗く美しい銀色を私は直視できなかった。それでも、奈央さんのその気迫あふれる語調と表情、そしてその言葉そのものを受けて自分も覚悟を決めるべきだということを悟り、差し出された箱をそのままゆっくり、彼女と絡めた手の平の中から受け取った。

「一応ではありますど、承諾という意味で、受け取らせて頂きます」
「哀留……!」
「でも!まだめるのは、待っていただけませんか?」





「そう、そうね。時間は……まだあるから」
「じゃあ───」

「よろしくお願いします。奈央さん」
「こちらこそね、哀留」

 夜のとばりが下りる。ある1年がもうじき終わり、また新たな年がもうすぐ始まる。それが良い時間になるのかなんて分からないけど、だからこそせめて、目の前でやっと作り出せそうなこのありふれた幸せだけは、本物にしたいと思ったのだ。私はようやく、愛おしさの先に踏み出せそうな気がしている。

「あっ、あと……」
「なんです?」
「美味しかったけど、下の上くらいだと思うな」








「……精進しますね」
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