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灯火の少女編
悪魔の交渉
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辺境と呼ばれるにしてはかなり栄えている。
それがこの街、アノレアの第一印象だった。
畜産業が盛んという話だが、意外にも街の中心へ向かうメインストリートは様々な業種の店舗がひしめく繁華街となっており、昼前から買い物客やテラス席でくつろぐ者達が散見された。
宿の確保、食料の調達、日用品の買い出し。やることはそれなりにあるが、何よりも優先したい用事があった。目的地へ向かうべく、事前に入手した街の地図を取り出す。まず現在位置と照らし合わせようと目印になる建物を見渡すが。
「よぉ、お嬢ちゃん」
「見かけねぇ顔だな、旅人かぁ?」
三人組のよく言えば粗野な、悪く言えば薄汚れた男達が話し掛けてくる。
三人が三人とも、顔や晒した肌のそこかしこに何かの傷痕が見て取れる。人を見かけで判断してはいけない、とはよく言われるけれども。こんな時間から酒瓶を手にアルコールの臭いを漂わせる人間に、愛想を振りまく寛容さは自分には無かった。
背を向き歩き出すと、一人が足早に回り込み立ち塞がった。残り二人に、取り囲まれるような形になる。
「おいおいおい無視すんなよ。傷付くだろうが」
「探しモンなら手伝うぜぇ? この街なら詳しいからよ」
「可愛い格好だなぁ。どっかの制服かぁ?」
嘆息が漏れる。
「……セックスしたいの?」
「あ?」
「それくらいしか目的が見当たらない。あなた達は、わたしとセックスしたいの?」
男達が浮かべ続けていたにやけ面の、濃度が増す。
「おうおう、そうだよ。話が早ぇじゃねぇか」
「何だぁ、そんな格好してるから分かんなかったぜ。商売女ならそうだと言ってくれりゃあいいのによぉ」
「その澄ましたツラ、ベッドの上じゃどうなるのか見てみてぇなぁ」
男が手を伸ばしてくる。それが肩に置かれる直前。
男がその体勢のまま、10メートルほど上空に浮かび上がった。
遣い慣れた、重力中和の魔術。呪文の詠唱は質問の直後から既に始めていた。
右手の指で組んだ魔術印を操作し、影響範囲から男を外す。
「お、わぁあぁあ⁉」
男は石造りの街路に叩きつけられ、やがて意識を失った。
脚を折ったようだが、命に別状が無いことだけ一瞥して確認する。こんなごろつきでも殺してしまっては寝覚めが悪いので、命を繋ぐ治癒を施す心構えだけはしていた。
「てめぇ、操魔士か!」
「悪いけど――」
術式はまだ発動している。力場の座標と強度を印で操作するだけで、目的は果たせる。
残り二人も、公平さを期して先程と同じ高さに引き上げる。今度は術式ごと解除する。
「下品な猿は嫌いなの」
ぐしゃり、と耳障りな音を立て、男達が仲良く昏倒した。当たりどころも、揃って良かったようだ。気絶以上瀕死未満。治癒の手間が省けた。
人通りはそこまで多くはなかったものの、その場に居たほぼ全ての人間がこちらを見ていた。あまり目立ちたくはなかったが、同様の面倒を避けるなら公然と対処するのが手っ取り早い。それなりに効果はあったのか、こちらの様子を伺っていた気配がいくつか消える。
厄介事は去ったが一つ仕事が増えた。しゃがみ込み、それに取り掛かると。
「何してるの?」
誰かが話し掛けてくる。肩越しに数秒だけ振り向く。
そこには、短い金髪と蒼い瞳の少年が立っていた。小綺麗な服に、細身の身体を包んでいる。色白で、妙に綺麗な顔立ちが目を引く。
「下らない労力の代価を徴収してるところよ。邪魔しないで」
それだけ返し作業に戻る。せめて魔術で消費した魔素の分くらいは代金を払ってもらおうと、倒れた三人組から財布を物色していたところだった。こういった時の常套手段でもあった。
口の悪い友人はこれを「追い剥ぎ」などと呼ぶが、そんな野蛮な行為と一緒にして欲しくない。今言葉にした通り、これは正当な代価の徴収なのだ。
「それこそ無駄な労力になるからやめといた方がいいよ。そいつら、この界隈では金欠で有名なんだ」
それは事実のようだった。財布の中身は三人揃えてもほとんど無かった。
「ああ、でもそこのスキンヘッドは靴の中によく10カナル紙幣を隠してるから、臭いが気にならないなら取ってけば?」
「……」
思わず眉間に力が入ってしまう。無駄を通り越してもはや不快な労働になると踏み、作業を中断する。
立ち上がりその場を離れると、少年が後ろを付いてくる。
「……何か用?」
足を止めず、振り返りもせずに、出来る限り無愛想に話しかける。
「うん、暇潰しっていう大事な用事が。今、時間ある?」
聞こえよがしな溜息で、返事の前置きをする。この街はこんなのばっかりか。
「付いてこないでくれる? 少なく見積もってもあなたよりは大事な用があるの。邪魔しないで」
「その用事って、僕が居たら迷惑?」
「そうね。すっごい迷惑。今すぐ消えて」
少年が速度を上げこちらを追い越し、右斜め前あたりから振り返る形となる。
全身を視線で舐め回される感触に、不快が極まる。少年が尋ねる。
「君、操魔士だよね? 見覚えがあるよ、その制服。ウェラグナ第一操魔学術院のだったかな」
先ほどよりも大きく、もはや咆哮といったレベルの溜息を吐き出し、振り返り返答する。
「だったら何。もうほんと、話しかけないでくれる?」
「いやー、あの実力があってそれだけ可愛いなら、学術院でもさぞかし人気の高位操魔士だろうに。こんな片田舎に何の用かなーっておも」
台詞が中断されたのは、放たれた衝撃波で遥か後方に吹き飛ばされたからだった。錐揉み回転しながら20メートルほど離れた家屋へ激突し、壁面へめり込み放射的な亀裂を描く――数秒後、直下に転がる木箱に頭から突き刺さった。結末まで含めて概ね狙い通りだったが、落下地点はもう10センチほど左を狙ったつもりだった。
突き出した魔術印を下ろす。
「あいにく、言葉が通じない猿は大っっっ嫌いなの」
大っっっ嫌い、の部分に最大級のアクセントを付けて、吐き捨てるように言い放つ。
木箱から逆向きの下半身を生やす謎の物体へと変貌した相手の反応を待たず、踵を返し早足に立ち去った。
***
操魔革命。大陸歴を塗り替えるほどのインパクトを持ったその事象は、たった一人の探検家が執筆した書籍群から始まる。古代遺跡から発掘した旧世界の知識を記したとされる一連の書には、それまでの常識を根底から覆す、この世の真実が記されていた。従来はただの怪奇現象に過ぎなかった《魔術》の法則を解き明かし、その効能を物質に閉じ込める《魔具》の開発に繋げ、それらを包括する《操魔》という概念を生む。
操魔の力はあらゆる産業分野に応用され、文明は飛躍的に進歩し、人類に多大な益をもたらした。その功績により探検家は「大賢者」と崇められ、五百余年が経過した今なお、当人や子孫への礼讃が絶えることは無い。
だが強大な力は容易に人を陶酔させ、抗えぬ程に膨張させ、更にはそれを伝染させる。操魔の力によって肥大化した軍事力と、それを披露する機会を狙う国々。そんな飽和状態で起こったある小国同士の小競り合いが、一瞬にして大陸全土の国々を巻き込む大戦と化し、戦火が地の端々までもを焼いた。最後に生き残った唯一つの帝国が大陸を統治する形となったが、各地に残した傷跡はいまだ癒えてはいない。
その身をも滅ぼしかねない操魔の力、それらを正しく駆る者達。
稀有なる天賦の才と強靭な地力を兼ね備え、更なる探求に挑む者達。
人々は尊敬と畏怖の念を込め、彼等を《操魔士》と呼んだ。
大陸歴547年。大戦が終わり三年が経過したその冬の始まり、辺境の街アノレアにて。
ある操魔士の出会いと別れ、そのひとときの記憶。
***
「10万カナル⁉」
「はい」
「冗談でしょ。希少な宝石も使ってない、ただのアクセサリーよ」
「装飾品は、あしらう宝石だけが価値ではありません。著名技師の一品物というだけで、評価は跳ね上がります。それにむしろ安い部類に入りますぞ。つい先程なぞ、無宝石のネックレスを20万カナルで取引しましたからなぁ」
街の中心部に屋敷を構える初老の男――宝石商ルドガンは、その巨体と肉付きと酷い猫背が相まって、ソファに座りながらでも異様な雰囲気を醸し出していた。何より目を引くのが身につけている夥しい数の装飾品。もはや人間というより宝石の塊と話している感が強かった。
自分が旅に出てすぐ、盗賊に奪われてしまった母の形見のペンダント。その手掛かりを追うにつれ、巡り巡ってこの男の手にあるという情報が入り、こんな辺境までやって来た。現物を確認したところ間違いなく本物だったのだが、提示された額に思わず声が荒らぐ。そんなこちらにも淡々と返し続けるルドガン。
「それに……貴女にとってただのアクセサリーでは無いから、そこまでお求めなのでしょう?」
足元を見る姿勢を隠そうともしない態度に苛立ちが走るが、心証を害して得をする立場でもない。全身から寛容さを総動員し、告げる。
「……いま用意出来るのは2万カナルまでよ。どうかこれで譲ってほしい。わたしは学術院を卒業前の駆け出し操魔士だけど、そこらの傭兵よりは役に立つつもり。何か出来ることがあるなら、する」
ルドガンの両脇に立つ男を見やると、高い魔素を感じる。おそらく金で雇われた操魔士の護衛だろう。富裕層が操魔士を好条件で雇うことはままある、それを見越しての提案だったが。
「ほう? 出来ること、ですか。では……」
口の端を上げながら、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、渡してくる。
「これでどうですかな。今夜私が主催する、会員制のショーなのですが」
目を通す。あまりおおっぴらにばら撒く類のものではないようだ、意匠に広告的な匂いがしない。内輪向けの会報のような。読み進めると、本日の日付と開始時刻、そして内容――。
「ストリップショー……?」
「差額の8万カナル、それに出て貰えれば良しとしましょう」
「出る、って……会場の警護をすればいいの?」
「いえいえ、シェリナ=キャスバル嬢。あなたが、演者として壇上に出るのです」
「わ……わたしが⁉」
思わず声が裏返る。
「ああ、ストリップといっても性欲を掻き立てるようなそれではなく、言わばアートの部類です。ヌードクロッキーのモデルのようなものですな。決められたポーズをいくつか取るだけの簡単な演目で、観客による撮影機や映像記録魔術の類は使用禁止。お客も皆、身元のしっかりした口の固い御仁ばかりですのでご安心を」
紙にも似たような記載があることは確認する。
「服も全部は脱がなくて大丈夫です。髪飾りとソックスは残して結構。まあ……首から太腿までは全て晒して貰いますが」
「……‼」
物心がついてから異性に裸を見られた記憶など、どれほどあっただろうか。思いつきもしない。
「ちなみに、ショー一度の出演で8万カナル程の破格の条件を出すのは、大陸広しといえど私くらいでしょうなあ。ああ、この件は口外無用で願いますぞ? 会員向けの秘密の会、何より飛び入りの素人がそんな額と聞いたら、他の演者にボイコットされてもおかしくないのでね」
「……なんでわたしに、そんな条件で」
「そのお召し物、ウェラグナ第一操魔学術院の制服ですな? その服を好む客も多いのです、模造品を衣装に使うことも多々ありまして。本物の院生、本物の制服は初めてですし、何より貴女は美しい。皆様にはさぞご満足いただけるでしょう。大丈夫、院には知られぬよう配慮しますゆえ」
しかも、この格好で出ろということか。
「出るか否か、30分以内にお決め下さい。小さなショーですが、タイムテーブルの書き換えやら、調整が要りますので。このペンダント、実は他にも買い手の候補がおりましてな……誰かはお教え出来ませんが、きっともう辿ることは出来ぬでしょう」
10万カナルなんて、ふっかけられているだけ。それは明らかだ。引き取るために事前に用意した手元の2万を稼ぐにも、リスクの高い賞金首を狩り続け数ヶ月かかった。自力で貯めるにしろどこからか借りるにしろ、30分ではとても無理だ。
「三ヶ月……いや、二ヶ月待って欲しい。10万カナル、現金で用意する」
賞金首の報酬と借り入れの合算、最短で用意出来る見込みを告げる。だが。
「30分以内、と申しました。恐縮ながら金絡みの話を待つのは職業柄、出来かねまして。……この話は無かったということでよろしいですかな?」
「……っ……!」
ここで乗らなければ、もう一生チャンスは無いかも知れない。力づくで言うことを聞かせるのも浮かぶが、問題は両脇の護衛。その魔素量と佇まいから、おそらくは自分と同等かそれ以上の操魔士だろう。それが二人。勝ち目は薄い。
あれは、とても大切なもの。母の形見であるのと同時に、自分の生涯を掛けても成し遂げると決めたことに、必要なもの。抗い難い引力と、その道を逸れることへの強い抵抗感。
裸を見せるだけ。それだけだ。別に、誰かとセックスをしろって言われてるわけじゃない。それなら……。
「……わかった、やるわ。ただし名前は伏せさせて」
「結構。商談成立ですな」
***
集合時間や開催場所、全体の流れ。一連の説明を受け、再度夜に現地で落ち合う形となった。
「では後ほど。今宵は忘れられぬ、良き夜になりそうだ」
それまでで最も快活な笑みを、ルドガンは別れ際に残した。
それがこの街、アノレアの第一印象だった。
畜産業が盛んという話だが、意外にも街の中心へ向かうメインストリートは様々な業種の店舗がひしめく繁華街となっており、昼前から買い物客やテラス席でくつろぐ者達が散見された。
宿の確保、食料の調達、日用品の買い出し。やることはそれなりにあるが、何よりも優先したい用事があった。目的地へ向かうべく、事前に入手した街の地図を取り出す。まず現在位置と照らし合わせようと目印になる建物を見渡すが。
「よぉ、お嬢ちゃん」
「見かけねぇ顔だな、旅人かぁ?」
三人組のよく言えば粗野な、悪く言えば薄汚れた男達が話し掛けてくる。
三人が三人とも、顔や晒した肌のそこかしこに何かの傷痕が見て取れる。人を見かけで判断してはいけない、とはよく言われるけれども。こんな時間から酒瓶を手にアルコールの臭いを漂わせる人間に、愛想を振りまく寛容さは自分には無かった。
背を向き歩き出すと、一人が足早に回り込み立ち塞がった。残り二人に、取り囲まれるような形になる。
「おいおいおい無視すんなよ。傷付くだろうが」
「探しモンなら手伝うぜぇ? この街なら詳しいからよ」
「可愛い格好だなぁ。どっかの制服かぁ?」
嘆息が漏れる。
「……セックスしたいの?」
「あ?」
「それくらいしか目的が見当たらない。あなた達は、わたしとセックスしたいの?」
男達が浮かべ続けていたにやけ面の、濃度が増す。
「おうおう、そうだよ。話が早ぇじゃねぇか」
「何だぁ、そんな格好してるから分かんなかったぜ。商売女ならそうだと言ってくれりゃあいいのによぉ」
「その澄ましたツラ、ベッドの上じゃどうなるのか見てみてぇなぁ」
男が手を伸ばしてくる。それが肩に置かれる直前。
男がその体勢のまま、10メートルほど上空に浮かび上がった。
遣い慣れた、重力中和の魔術。呪文の詠唱は質問の直後から既に始めていた。
右手の指で組んだ魔術印を操作し、影響範囲から男を外す。
「お、わぁあぁあ⁉」
男は石造りの街路に叩きつけられ、やがて意識を失った。
脚を折ったようだが、命に別状が無いことだけ一瞥して確認する。こんなごろつきでも殺してしまっては寝覚めが悪いので、命を繋ぐ治癒を施す心構えだけはしていた。
「てめぇ、操魔士か!」
「悪いけど――」
術式はまだ発動している。力場の座標と強度を印で操作するだけで、目的は果たせる。
残り二人も、公平さを期して先程と同じ高さに引き上げる。今度は術式ごと解除する。
「下品な猿は嫌いなの」
ぐしゃり、と耳障りな音を立て、男達が仲良く昏倒した。当たりどころも、揃って良かったようだ。気絶以上瀕死未満。治癒の手間が省けた。
人通りはそこまで多くはなかったものの、その場に居たほぼ全ての人間がこちらを見ていた。あまり目立ちたくはなかったが、同様の面倒を避けるなら公然と対処するのが手っ取り早い。それなりに効果はあったのか、こちらの様子を伺っていた気配がいくつか消える。
厄介事は去ったが一つ仕事が増えた。しゃがみ込み、それに取り掛かると。
「何してるの?」
誰かが話し掛けてくる。肩越しに数秒だけ振り向く。
そこには、短い金髪と蒼い瞳の少年が立っていた。小綺麗な服に、細身の身体を包んでいる。色白で、妙に綺麗な顔立ちが目を引く。
「下らない労力の代価を徴収してるところよ。邪魔しないで」
それだけ返し作業に戻る。せめて魔術で消費した魔素の分くらいは代金を払ってもらおうと、倒れた三人組から財布を物色していたところだった。こういった時の常套手段でもあった。
口の悪い友人はこれを「追い剥ぎ」などと呼ぶが、そんな野蛮な行為と一緒にして欲しくない。今言葉にした通り、これは正当な代価の徴収なのだ。
「それこそ無駄な労力になるからやめといた方がいいよ。そいつら、この界隈では金欠で有名なんだ」
それは事実のようだった。財布の中身は三人揃えてもほとんど無かった。
「ああ、でもそこのスキンヘッドは靴の中によく10カナル紙幣を隠してるから、臭いが気にならないなら取ってけば?」
「……」
思わず眉間に力が入ってしまう。無駄を通り越してもはや不快な労働になると踏み、作業を中断する。
立ち上がりその場を離れると、少年が後ろを付いてくる。
「……何か用?」
足を止めず、振り返りもせずに、出来る限り無愛想に話しかける。
「うん、暇潰しっていう大事な用事が。今、時間ある?」
聞こえよがしな溜息で、返事の前置きをする。この街はこんなのばっかりか。
「付いてこないでくれる? 少なく見積もってもあなたよりは大事な用があるの。邪魔しないで」
「その用事って、僕が居たら迷惑?」
「そうね。すっごい迷惑。今すぐ消えて」
少年が速度を上げこちらを追い越し、右斜め前あたりから振り返る形となる。
全身を視線で舐め回される感触に、不快が極まる。少年が尋ねる。
「君、操魔士だよね? 見覚えがあるよ、その制服。ウェラグナ第一操魔学術院のだったかな」
先ほどよりも大きく、もはや咆哮といったレベルの溜息を吐き出し、振り返り返答する。
「だったら何。もうほんと、話しかけないでくれる?」
「いやー、あの実力があってそれだけ可愛いなら、学術院でもさぞかし人気の高位操魔士だろうに。こんな片田舎に何の用かなーっておも」
台詞が中断されたのは、放たれた衝撃波で遥か後方に吹き飛ばされたからだった。錐揉み回転しながら20メートルほど離れた家屋へ激突し、壁面へめり込み放射的な亀裂を描く――数秒後、直下に転がる木箱に頭から突き刺さった。結末まで含めて概ね狙い通りだったが、落下地点はもう10センチほど左を狙ったつもりだった。
突き出した魔術印を下ろす。
「あいにく、言葉が通じない猿は大っっっ嫌いなの」
大っっっ嫌い、の部分に最大級のアクセントを付けて、吐き捨てるように言い放つ。
木箱から逆向きの下半身を生やす謎の物体へと変貌した相手の反応を待たず、踵を返し早足に立ち去った。
***
操魔革命。大陸歴を塗り替えるほどのインパクトを持ったその事象は、たった一人の探検家が執筆した書籍群から始まる。古代遺跡から発掘した旧世界の知識を記したとされる一連の書には、それまでの常識を根底から覆す、この世の真実が記されていた。従来はただの怪奇現象に過ぎなかった《魔術》の法則を解き明かし、その効能を物質に閉じ込める《魔具》の開発に繋げ、それらを包括する《操魔》という概念を生む。
操魔の力はあらゆる産業分野に応用され、文明は飛躍的に進歩し、人類に多大な益をもたらした。その功績により探検家は「大賢者」と崇められ、五百余年が経過した今なお、当人や子孫への礼讃が絶えることは無い。
だが強大な力は容易に人を陶酔させ、抗えぬ程に膨張させ、更にはそれを伝染させる。操魔の力によって肥大化した軍事力と、それを披露する機会を狙う国々。そんな飽和状態で起こったある小国同士の小競り合いが、一瞬にして大陸全土の国々を巻き込む大戦と化し、戦火が地の端々までもを焼いた。最後に生き残った唯一つの帝国が大陸を統治する形となったが、各地に残した傷跡はいまだ癒えてはいない。
その身をも滅ぼしかねない操魔の力、それらを正しく駆る者達。
稀有なる天賦の才と強靭な地力を兼ね備え、更なる探求に挑む者達。
人々は尊敬と畏怖の念を込め、彼等を《操魔士》と呼んだ。
大陸歴547年。大戦が終わり三年が経過したその冬の始まり、辺境の街アノレアにて。
ある操魔士の出会いと別れ、そのひとときの記憶。
***
「10万カナル⁉」
「はい」
「冗談でしょ。希少な宝石も使ってない、ただのアクセサリーよ」
「装飾品は、あしらう宝石だけが価値ではありません。著名技師の一品物というだけで、評価は跳ね上がります。それにむしろ安い部類に入りますぞ。つい先程なぞ、無宝石のネックレスを20万カナルで取引しましたからなぁ」
街の中心部に屋敷を構える初老の男――宝石商ルドガンは、その巨体と肉付きと酷い猫背が相まって、ソファに座りながらでも異様な雰囲気を醸し出していた。何より目を引くのが身につけている夥しい数の装飾品。もはや人間というより宝石の塊と話している感が強かった。
自分が旅に出てすぐ、盗賊に奪われてしまった母の形見のペンダント。その手掛かりを追うにつれ、巡り巡ってこの男の手にあるという情報が入り、こんな辺境までやって来た。現物を確認したところ間違いなく本物だったのだが、提示された額に思わず声が荒らぐ。そんなこちらにも淡々と返し続けるルドガン。
「それに……貴女にとってただのアクセサリーでは無いから、そこまでお求めなのでしょう?」
足元を見る姿勢を隠そうともしない態度に苛立ちが走るが、心証を害して得をする立場でもない。全身から寛容さを総動員し、告げる。
「……いま用意出来るのは2万カナルまでよ。どうかこれで譲ってほしい。わたしは学術院を卒業前の駆け出し操魔士だけど、そこらの傭兵よりは役に立つつもり。何か出来ることがあるなら、する」
ルドガンの両脇に立つ男を見やると、高い魔素を感じる。おそらく金で雇われた操魔士の護衛だろう。富裕層が操魔士を好条件で雇うことはままある、それを見越しての提案だったが。
「ほう? 出来ること、ですか。では……」
口の端を上げながら、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、渡してくる。
「これでどうですかな。今夜私が主催する、会員制のショーなのですが」
目を通す。あまりおおっぴらにばら撒く類のものではないようだ、意匠に広告的な匂いがしない。内輪向けの会報のような。読み進めると、本日の日付と開始時刻、そして内容――。
「ストリップショー……?」
「差額の8万カナル、それに出て貰えれば良しとしましょう」
「出る、って……会場の警護をすればいいの?」
「いえいえ、シェリナ=キャスバル嬢。あなたが、演者として壇上に出るのです」
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「服も全部は脱がなくて大丈夫です。髪飾りとソックスは残して結構。まあ……首から太腿までは全て晒して貰いますが」
「……‼」
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「……なんでわたしに、そんな条件で」
「そのお召し物、ウェラグナ第一操魔学術院の制服ですな? その服を好む客も多いのです、模造品を衣装に使うことも多々ありまして。本物の院生、本物の制服は初めてですし、何より貴女は美しい。皆様にはさぞご満足いただけるでしょう。大丈夫、院には知られぬよう配慮しますゆえ」
しかも、この格好で出ろということか。
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「三ヶ月……いや、二ヶ月待って欲しい。10万カナル、現金で用意する」
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「30分以内、と申しました。恐縮ながら金絡みの話を待つのは職業柄、出来かねまして。……この話は無かったということでよろしいですかな?」
「……っ……!」
ここで乗らなければ、もう一生チャンスは無いかも知れない。力づくで言うことを聞かせるのも浮かぶが、問題は両脇の護衛。その魔素量と佇まいから、おそらくは自分と同等かそれ以上の操魔士だろう。それが二人。勝ち目は薄い。
あれは、とても大切なもの。母の形見であるのと同時に、自分の生涯を掛けても成し遂げると決めたことに、必要なもの。抗い難い引力と、その道を逸れることへの強い抵抗感。
裸を見せるだけ。それだけだ。別に、誰かとセックスをしろって言われてるわけじゃない。それなら……。
「……わかった、やるわ。ただし名前は伏せさせて」
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***
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