追憶のシェリナ

カギナカルイ

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灯火の少女編

手繰り寄せる真実

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 あの自堕落じだらくな日から、二ヶ月と少し経った頃。
 朝食を済まし、片付けを終えたタイミングで、切り出した。
「レニに、渡したいものがある」
「あれ、僕の誕生日はまだだけど。何かな」

 袋から取り出す、100カナル紙幣の束。合計十個。雰囲気的に積み重ねたかったが、使用感のある札が多かったせいか束の形がいびつで、バランスを崩しそうだったので横に並べた。今考えると、銀行で綺麗きれいな紙幣に替えておけばよかった。

「10万カナルあるから確かめて。わたしを買った額と同額のはず」
 レニが深く溜息ためいきをつく。ほんの少し、怒っているような。
「……最近、朝から晩まで出掛けてたのはこれを稼いでたわけか。話だけは入ってきてたよ、制服姿の女賞金稼ぎバウンティハンターがこの辺で荒稼ぎしてるって。商売あがったりだって知り合いがぼやいてた」

 この時世、自分のような立場が手早く金を稼ぐのは賞金稼ぎバウンティハンターが最も効率的だった。国の管理体制は治安の乱れに追いつかず、賞金を餌に民間の傭兵や操魔士ソーサラーをかなりの部分であてにしている。少々危険な依頼もあったので、レニに止められるかも知れないと思い、詳しい話は言わなかった。が、きっと話は大分最初の方から入っていただろう。

 この地域で本格的に賞金稼ぎバウンティハンターとして動く中で、レニがどういった人物であるかの情報も逆に入ってきた。交友は極めて浅く――だが極めて広く。裏社会にも、ある程度通じているふしがあった。振り返ればルドガンとのやり取りも、妙に手慣れていたように思う。

 手にとった束の数枚をぱらぱらと流し見、戻す。それだけで、確認を終えたようだ。
「こんな短期間で、だいぶ無茶したんじゃない?」
「大したことない、あの時に比べれば。今考えれば、この街に来る前にこうしていれば良かった。……馬鹿だった、本当に」
 奇しくも同じ額だったことからルドガンとの取引が過ぎり、思わず口に出してしまう。
 しかしレニは。一介の文筆家にはとても相応しくない、事情通ぶった――事情通であることが既に共通認識となっているかのような――返答を返す。
「どうかな。闇社会の情報網は想像以上に深い。ルドガンは君がこの街に着いた時点で、君のふところ事情を把握はあくしていたはずだ。金を貯めていけば、結局その数倍の額を吹っかけられていたさ」
「……」
 そうかもしれない――それでも後悔は消えない。

 だがそんなもので足を止めている場合ではない。自分には、やるべきことがある。話を戻す。
「これで、わたしは自分を買い戻したい。いい?」
 呆れるように、レニがこたえる。
「僕はこれまで何度も、君はもう自由だと言ったつもりだし、何が変わるわけでも無いけど――これで君の気が済むなら、一旦預かっておくよ」
 レニがどう言おうと、これは自分なりのけじめだった。
「でも、どうしてこんなことを? ああいや……このこと自体は実に君らしく思うけど、こんなに急いだ理由は?」
 自分らしく思う。そんな風に思ってくれていたことが、嬉しかった。
「一刻も早く、元の目的に戻りたいの。でもその前に、あなたからの借りを返しておきたかった」
「……目的?」
 軽くうなずき、こたえる。
「あなたと一緒に行きたいところがある。できたら来て欲しい。往復で、一月ひとつき掛からないくらいの場所」
 こちらの旅支度たびじたくは終えている。すぐ近くに置いてあったリュックを引き寄せ、足元に置く。
「え。今すぐ?」
「無理なら明日にでも。できるだけ早くに」
 内容も告げずの、あまりにも無茶な願い。だが、叶えてくれる気がしていた。これまで、こちらの願いを無下むげにされたことは、一度たりとも無かったから。

「……いいよ、今すぐ行こう。荷物をまとめるから、玄関で待ってて」

 ***

 大陸鉄道を経由する、レニとの旅路は心地良かった。軽薄な会話も、場所が変われば話のたねも増える。これまで続けてきた、一人での旅路とは大分違った。

 自分が一人で旅をしてきたのは、誰かを巻き込みたくなかったからだ。きっと自分の目的は、危険をはらむものになる。そのことは直感的に分かっていた。

 途中、何度か泊まる宿では、どちらともなく誘い、自然と身体を重ねた。もう、お互いにとってこれは、呼吸と同じようなものになっていた。それでも、慣れによる刺激の低下を防ごうとする施策は、互いに創意工夫を凝らし続けていた。それも含めて、呼吸のようだった。

 目的地に着く前夜。いつも通りに振る舞ったつもりだったが、何となくレニの表情が薄まったように見えた。それはきっと、自分のせいだった。明日、答えが出る。出さなければならない。それがたまらなく、怖かったからだ。

 ***

 レニの屋敷を出て12日後。
 日が高いうちに、目的地に到着できた。

 水没した故郷こきょう。思い出の崖。あの時作った形ばかりの墓標に、レニと共に、しばしの黙祷を捧げる。
 父さん。母さん。村の皆。自分だけが生き残り、今ではきっと自分だけが、この村の存在を覚えている。

 目を開き、水面を見据えて。語りだす。
「三年前、村が帝国に襲われた時。ここで、わたしを助けてくれた騎士がいたの。薄暗かったし、兜で顔は見えなかったけど多分、わたしと同じくらいの歳の」
 水の流れは早い。一過性のものと思いきや、あの津波でどこかの大河と接続され、新たな河を生んでいたようだ。
「なんで助けてくれたかは分からない。最初は襲われそうになって……でも、他の騎士が来る前に、魔術の防壁で気付かれないようにしてくれた。おかげで逃げ延びることが出来た」
 振り返り、レニに向き合う。
「わたしが魔術を習ったのは、顔も名前も知らないあの騎士を探すため。この世界でそんなことをするなら、まず力を付けなきゃいけないと思った。孤児院では目に留まるくらいには結果を残して、学術院カレッジでは一人で生きられるくらいには腕を磨いて、この旅を始めた。どうしても、あの人にまた会いたくて」
 レニの反応を見る。少しうっとりとした表情で、羨ましそうに返してくる。
「誰とも知れない、命の恩人を探す旅か。ロマンチックだね」
「レニ」
「ん?」
 少しだけ大きく、息を吸い。

「あの時の騎士――あなたじゃないの?」

 冗談や軽口に思われないよう、真剣さを込めて告げる。だがレニはまさに、冗談や軽口に対するような半笑いの口調で、返してくる。
「いきなりだね。なんでそう思うの?」
「あなたに似てる気がした。声も……唇も」
 それらからあの騎士を連想し、何度となく二人を重ねるような夢さえ見たのは、同じものを覚えていた身体が、呼び起こしたものではないか。今になって、そう思える。
 だが、レニは。
「似た声の人なんて、街中だけでもたくさん居るよ。唇だって、同じ生き物なんだから、みんな同じようなものじゃない? そもそも……」
 両手を広げ、大仰にアピールする。
「見て分かる通り、僕の魔素マナ量は常人並だよ。帝国騎士は操魔士ソーサラーの頂点だ。僕なんかじゃ騎士はおろか、学術院カレッジに通うことすら出来ない」
 一見すれば。たしかにそうだ。でも。
「他の騎士を欺けるほどの防壁を張れるなら、自分の魔素マナを誤魔化すことも出来ておかしくない」
 返答は既に用意してある。どのように詰めていくかも。

「気になってることがいくつかある。あなたが住んでいたあの屋敷。あれだけの財を持ちながら、警備を全く付けないのはどうして? 富裕層は自分の命を守るため、操魔士ソーサラーの警備兵を山程付けるのが定石なのに。普通はそうする、自分自身が操魔士ソーサラーでも無い限り」
 もしくは、自分の命に興味が無い可能性。それはこの際、除外した。

「屋敷の書室だってそう。あれだけ大量の蔵書があるのに、大賢者ミルカグラスの異聞録はおろか、魔術に関する書物が一冊も無かった。今の世の中で、逆に不自然よ。まるで、自分は魔術に関係ないってアピールしてるように見える」
 もっと言えば、一部の書籍群を慌てて廃棄したような形跡があった。空白の本棚。本達の、残響。

「そして……あなたがわたしを買った夜。あの直後、あの場に居た全員が死んだのも知った。死因は全員窒息死、容疑者は不明のまま。警備兵の見解は裏社会の抗争、それも高位の操魔士ソーサラーの仕業だろうってことで落ち着いてる。わたしの映像を記録していた護衛も、わたしをもてあそんだ男達も、ルドガンも、もうこの世には居ない」

 賞金稼ぎバウンティハンターをこなす上で、あの事件のことも自然と深く入ってきた。偶然のつてで、現場検分をした警備兵に話を聞くことも出来た。大量の溺死体できしたいに加え、建物全域を天井まで水が浸していた形跡。明らかに、何らかの魔術の仕業。

 レニは驚きはしない。それはそうだろう。彼の正体がどうあれ、彼の情報網ならば既に知っていたはずだ。そのような、反応。

(でも、あまりにも――)
「あまりにも、わたしに都合が良すぎる――わたしのために動いてくれたとしか考えられない。でも、そんなことが出来る高位の操魔士ソーサラーなんて心当たりが無い。あの場に居た、あなた以外は」
「……」

 少々、まくし立てすぎた。一旦、ひと呼吸置いて反応を待つ。

 レニが風で偏った髪を流しながら、口を開く。
「……根拠は、それだけ? 悪いけど何もかも、こじつけが過ぎるように思うかな」
 その反応は、少し冷ややかになっている。いい加減にしてくれと言わんばかりの、退屈そうな口調。

 でも。もう一つ。
「もう一つだけ、根拠を話す」
 それが、わたしから見て、一番大きなもの。踏み出したきっかけとなった、それを。

 胸元の飾りを、話の中心であるかのように、手に取る。
「このペンダント、母さんの形見なのは確かだけど。それと同時に、あの人を探す手がかりでもあったの。だからどうしても取り戻したかった」
「手掛かり? そのペンダントが?」
 若干の、興味を引けた感触。もし彼に高い魔力知覚があるなら、動作し続けていたこの機能には気付いていただろうが、一応の解説を続ける。
「一見普通のアクセサリに見えるけど、わたしには特別な意味を持つ。これは、事前登録した魔素マナを持つ者にのみ使える魔具なの。機能は――映像の記録と再生」
 ペンダントをでる。彼の視線が、ここに向いているのを感じる。
「旧式で、データを外に写すことは出来ないけど。母さんにこれを貰ってから手放すまで、わたしはこれを肌身放さず付けていた。その間にわたしが見た全ての映像が、ここには詰まってる。再生機能を起動することで、わたしはいつでもそれを見ることが出来る――誰かに見せることも出来る」
 ペンダントの角度をわずかに変え、陽に照らされた光沢の位置をずらしながら。
「まだ母さん達が生きていた頃。家族や、村の皆と過ごした日々。そして――」
 自然と、感極まる。終始冷静に話したかったが、こればかりはどうしようもない。
「あの夜、村が焼かれて水底に沈んだ日。わたしを助けてくれた騎士の姿も」
 表情は変わらないものの、レニからは若干の緊張が感じられた。

「旅に出る前――これを無くす前、何度も見返して手掛かりを探した。暗かったし、兜で顔は見えなかったけど、よく見ると一つ特徴があった。唇に届きそうな、あごの傷」
 唇の右端から、あご先まで。自分の同じ箇所、その軌道をなぞるように指をわせ、続ける。

「レニ。あなたが毎日化粧で隠してるその傷と、同じ形のね」

「――」

 しばし、時が止まった気がした。響くのは、激流が生む轟音。それ以外の全てが。

 息を、不自然に深く吸う音。不自然に長く吐く音。それらを経て、ようやくレニが返す。
「――もし仮に、君の言う通りだったとして」
 立っているのが疲れたのか、近くに転がっていた腰ほどの高さの岩まで歩き、半分腰掛けてレニが続ける。
「その騎士をどうしようっていうんだ? 君には関係のない人間じゃないか」
 どうしよう? もうわたしの性格を、分かっているくせに。
「わたしはあの人に命を救われた。その恩を返さないといけない」

 ははっ、と乾いた笑いを浮かべるレニ。予想通りと思ったのか。はたまた違ったのか。
「君は真面目なんだね。借りたとか貸したとか。恩とか。代価だいかとか。費やしたものが確実に返ってくる、秩序のある世界がそんなに好き?」
 好きか、ですって? こんなもの、即答する。
「世界がこんなに無秩序で理不尽だから――せめて目に映るところにだけは秩序が欲しいの。わたしがほんの少しでも力を持てたのは、それを為すためだとも思ってる」
 強すぎる言葉を、やはり強い口調で言ったつもりだったが、レニは悲しそうな目で見つめ返してくる。無駄な努力を繰り返す赤子に向けるような、視線。

 風向きが変わる。反対側の頬に、冷たさが増す。
「……その騎士達は命の恩人の前に、君の家族や友人を皆殺しにした奴らじゃないか。憎くはないの?」
(――)
 痛いところを突いてくる。まさに、痛みをえぐり返すような、痛みを。
「憎い。憎いわよ。そんなの当たり前じゃない」
 意識的に忘れていたものを呼び起こす。握った拳の中、爪が肌に食い込む。
「帝国領だったはずのこの村が何で突然襲われたか、後になって知った。裏で、敵対する隣国の拠点になっていたせいだって」
 痛みがどんどん強くなる。だが気にならない。自分が、皆が、受けた痛みは、こんなものではない。
「でもそんなの間違いよ。わたしはここで毎日過ごしていた。魔力知覚の鋭かったわたしは、こんな小さな村に誰が入ってきて、誰が出ていくか、全部知ってた。そんな隣国兵なんて影も形も無かった。あの話は、村の女の子に邪険にされた酔っぱらいの旅人が、腹いせに隣町で言い触らした、ただのガセネタ」
 下らない――本当に下らない! 
「それなのに、そんなガセネタが帝国のお偉いさんの耳に入っただけで、殺されたのよ。父さんも母さんも。友達も、村の皆も。こんな理不尽なことってない。許せない。――でも」
 声のトーンを意識的に下げる。落ち着かせる。ここで熱を込めても仕方がない。これは本題ではない。
「今のわたしには、出来ることと、出来ないことがある。復讐ふくしゅうのために、あの時村を襲った騎士たちを皆殺しにするなんて出来ない。死んだ村の皆を生き返らせることなんて出来ない。時間を巻き戻して、その酔っぱらいの機嫌を取ることなんて、出来ない」
 この世界。出来ないことの、何と多いことか。
 それでも。
「でも、わたしを助けてくれたあの人を探して、恩を返すことなら出来る。出来るはず」

 その先を、学術院カレッジの教授のような口調で続ける。
「夢想に逃げず、現実に向き合い、己に為せることを――為すべきことを為す。操魔士ソーサラーって、そういうものだから。……違う?」
 あえて、同意を求める。これはもう、わたしたちの、共通の言語であるはずなのだから。

 レニが、大きく嘆息たんそくする。もう勘弁してくれ。とっとと宿に戻って食事にしよう。そんな声色こわいろ
「残念ながら、帝国の騎士が普通あんな辺境には居ないよ。きっと栄えた街で、特権を生かして順風満帆じゅんぷうまんぱんに過ごしてるさ。戦役に参加した英雄なら、なおさらね」
「……」
 話が戻り、否定される。問答はもうここまでだと腹をくくった。

 ――だがこれは。
 ある意味、計算通りでもあった。

 もし自分に、勝機があるとすれば。
 彼がここで、きびすを返さないことだ。
 彼は自分を、見捨てたりはしない。
 彼は自分の望みを、叶えてくれる。
 納得するまで、付き合ってくれる。

 そこに自分の、付け入る隙がある。

「そうね。だから、わたしの言ったことが本当なら、よっぽどの事情があるんだと思ってる。ちょっとやそっと問い詰めたくらいでは話してくれない程の、大きな何かが」

 一歩、前に出る。
 対象との、適切な距離を探る。

「そんな人を相手に、口を割らせるのは無理だろうなって思ってる――だからもう、質問はしない」

 腕の可動域を広げるべく、フードマントを脱ぎ去る。
 心臓を撃ち抜かれないよう、身体を斜めに構える。
 何度となく、繰り返してきた所作しょさ
 決められた、型。

「だから――言葉じゃなく、力で語ってもらう」

 声帯に全霊を込め、限界ぎりぎりの速度で呪文をつむぐ。
 物理攻撃と精神攻撃を同時に防御する双次元障壁。
 運動神経と反射神経を向上させる身体強化。
 敏捷性を向上させる重力中和。
 それらを並列発動する。

 同時に、ベルト後ろのポケットから、宝石と幾何学模様が細かくあしらわれた薄地の手袋を取り出し、右手に装着する。《裂天の手套ブラストブルー》――大気制御系の術式を数倍に増幅する魔具。

「あなたがあの時の騎士なら、わたしごときに負けるはずがない。そうでしょ?」

 吹き荒ぶ風が、強まる。
 レニの癖のある金髪が、流麗りゅうれいな軌道を描く。
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