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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

7.追放令嬢と癒しの聖女

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 アネスはシスティーナにこの場を任せると自分の用意があるからとさっさと出て行ってしまった。
残されたシスティーナが式の打ち合わせをしたいから話をしたいと部屋にとどまったのだが…
ただ、その前にシスティーナから確認があった。

「エルシャルフィール様が敬虔な女神の信徒であることを理解したうえで確認しますが、式は女神の御前で誓いを立てます。
この意味はご理解いただけますね?」
「…はい」

システィーナはそれを確認した後エルシャの結婚に至るまでの経緯について尋ねた。

「それではケヴィン様と結婚に至った経緯を話せる範囲でお聞かせしてもらえますでしょうか?」

 これはアネスから頼まれた配慮のようなものだ。
直接ケヴィン達に話しづらい事もあるようなので、司教であるシスティーナにまず聞いてもらえという事だ。
システィーナにとっても必要な事でもあった。
普通の縁談であれば典型的な前向きな言葉をかけてあげればそれでいいのだろうが、今回の場合何やら複雑な事情がありそうなので、何が地雷になるか分かったものではない。

「産まれた時から結ばれていた王太子殿下との婚約を、先日、学園の卒業パーティの真っ最中に破棄されたのです。
私の犯したという罪を理由に」

そしてエルシャは罪を認め婚約は破棄。
父である侯爵が取り付けたこの辺境の地であるフレポジェルヌ家に嫁ぐことで罪を償う事になるという。

(ケヴィン様…ついに結婚することが刑罰になってしまったのですね?)

一瞬フキそうになってしまったシスティーナであったが真剣な話の途中なので我慢し、少し意地悪な質問をする。

「その罪というのは女神に誓って真実であると言えますか?」

エルシャは少し考えてから困ったようにゆっくり首を振る。

 女神に仕える者の使命は救われない心を助けることにある。
政治的な口出しをする事も必要な場合もあるが、それはシスティーナの本来の仕事ではないと考えていた。
なので、エルシャがどうしてそのような選択を選んだかという事は関係なく、目の前のエルシャという少女の心が癒されるにはどうすればいいかを考えるのだ。
明日の一歩を踏み出すため、今日の気休めを…

 そして、システィーナの取った対応は、ただ聞くのみだった。
それが信徒の言葉を女神に誓って秘匿する聖職者たちの重要な仕事なのだ。
人が救われるには自分が口を開き救いを求める必要がある。
口を開く事ができない者たちのために武器を掲げることがあっても、それは必ず言葉を聞くための行為なのだ。

『貴方は不幸なので私が救ってあげます』

 この邪悪な考えによってどれほどの不幸な人間を産みだしたことか…
なのでエルシャにまず言葉にしてもらい、自分が何かする必要があるかを考えるのだ。
そしてシスティーナのだした結論は自分は何もしない…だ。
なにせこれから結婚しようとする相手が彼なのだから。

システィーナはそれ以上の事は聞かず、二人は式の進行についての打ち合わせを始めた。

 エルシャが予備知識がちゃんとあったため打ち合わせはスムーズに進んだ。
とは言っても婚約者が王太子という特殊な相手だったため、一般的な結婚式とは異なっている。
流石に子爵家の結婚式で大司教を呼び1時間以上にのぼる祝詞を唱え祈りを捧げるなんてことしないだろう。

「ご要望があれば極力かなえますよ?
お二人にとっての大事な儀式でありますからね?」

だからって外国形式でって言われても困るだろうに。

「近隣の国であれば大体はご用意できますよ?教義が違ってもある程度なら許容できますし…。
女神は他の神に祈ることを禁じてはおりませんからね?」
「できるんだ…いやいや、ケヴィン様もいきなり他国形式でと言われても対応できないでしょう」
「ケヴィン様も準備と式の先っちょだけは大体経験ありますし…?」
「経験あるんだ…先っちょ?」

出来てしまうという回答にうろたえるが、だからと言ってそれを頼むことなど毛頭ない。

「オーソドックスな王国形式でお願いします…」

 自分の用意があるからと言って、王位継承者形式で一時間程の祝詞を唱えろとか無茶ぶりが過ぎる。
当たり前のことながら、王国で広く行われている結婚式スタイルをお願いした。
これなら、他家の結婚式に招待され参列したことがあるので問題はないだろう。

 そんなわけで二人の打ち合わせは進んだ。
エルシャも敬虔な女神の信徒であり、王都で結婚の準備を行っていた経験もあった事から特に問題はなさそうであった。

「完璧ですね。これなら、式の進行も任せられそうです。
結婚がお嫌なら、教国で司祭になってみますか?
今なら人手不足ですので歓迎されますよ?」

 何故この人たちはこうまで自分を誘惑してこようとするのか…
先ほどのアネスの突然の問いに困惑したが今はもう腹をくくった。
貴族の結婚は家と家の約束であって、個人の思惑のみで勝手に破棄していいものではない。
自分が嫌だからという理由で逃げ出すことなどできないし、今現在フレポジェルヌ家から不快な扱いを受けているとも思っていない。
この婚約を破棄する理由などはないのだ。
エルシャが首を振るとシスティーナも僅かな微笑みを浮かべた。

「エルシャルフィール様に女神の祝福がありますように…」

司教からの祝福を「エルシャで構いません」とありがたく受け取り祈りを捧げる。

 ところで、人手不足で歓迎されるというのはブラックジョークという奴だろうか。
数年前のセイルーンでの騒動でかなりの数の司祭が処分されて一時期かなりの混乱があったのだ。
システィーナに聞いてみると返ってきた答えは愚痴であった。

「忙しいですよ?若輩者でもありますしね。
早い所寿退職したいのですがお相手の都合がありまして…
もうすぐなのですけどね?」
「まあ…ご婚約されていたんですね。おめでとうございます」

 その言葉にシスティーナもパァと笑顔を浮かべ「ありがとうございます」と感謝を伝える。
本当に結婚したい相手なんだろうなと羨ましく思うエルシャだった。

 しかしシスティーナの相手というのも気になる。
エルシャが相手の男性がどんな人間かを尋ねようとした時に部屋の扉がノックされた。

 どうやら馬車の準備ができたらしく、礼拝堂まで移動してくれとの事。
着替えなどはそちらで行うことになっているらしい。
アネスは後から、ケヴィンは既に向かって準備を進めているらしい。
エルシャ達もケイトの操る箱馬車で礼拝堂へ向かうことにした。


馬車の中でシスティーナに気になっていた質問を投げかける。

「ケヴィン様とはどのような方なのでしょうか…」

 別に酷い人間だからと言ってこの婚約を無しにし要などと考えているわけではない…
だが、これから夫となる人間がどんな人間なのか気になるのは当たり前の話だろう。

「そうですね…あの方は言ってみれば鏡のような方…でしょうか?」
「鏡…?」
「例えば貴方が愛を囁けば必ず全力で愛を囁き返してくれるでしょう…
つまりチョロい人なので気を付けてくださいね?」

これから結婚するという相手がチョロいと言われたとき、自分はどうすればいいのだろうか?

「あなたの気持ちが離れたら簡単に他の女性に目移りしてしまうほどチョロいですよ?」
「そもそも、あの方に気持ちが向いていなかったら意味がないのでは?」
「でも鏡に心は映しませんので、あなたが騙し続けている間は貴方の物ですからね?」

(それは…どうなんだ?)

「アドバイスをするのであれば胸を強調した方がいいというくらいでしょうか?」

(胸…?)

まじまじと自分の胸を見てみる…
足りるだろうか?
思案しているとシスティーナが親指を立てて大丈夫と言ってきているのできっと大丈夫なのだろうが…
うーん…


 礼拝堂にはほどなくして着いた。
領主の館から馬車で10分のフレポジェルヌ領本村であるオラガ村。
そこにある領で唯一の礼拝堂だという。
なるほど確かにこの領は景気がいいらしい、村も奇麗に整っており教会も最近建てれたような真新しさがあった。
ただ、村に入ってから人がだれ一人いないもぬけの殻…不安になる光景だ。

 馬車が礼拝堂に着くと流石に人の気配がしてホッとする。
何やらドタバタしているようだが、大急ぎで準備を進めているという事なので仕方がない事だろう。
エルシャはそのまま待機室の方へ通され準備を行う事となった。

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