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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

11.追放令嬢とフレポジ男の結婚

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 ケヴィンの行動の理由が全く分からなかった。
なぜこのタイミング?

 エルシャとて様々な美辞麗句を受けてきたのでその言葉自体に何かを感じることなどあり得ない。
なぜなら、その言葉は王太子の婚約者に対してであり常にその言葉を投げかけられる際は王太子が横にいたから。
その言葉は王太子に向けられたものであり、決してエルシャのために贈られたものではなかったのだ。
そして、エルシャが一人の時にそのような言葉を投げかける事があれば物理的に首が飛ぶこともあるだろう。
常に政治的に意味がある言葉しか受けてこなかった。

 だから混乱する、この行動にどのような政治的意味があるのか?…と。
まさか本当に一目惚れをして衝動的に…というわけでもないだろうし。
だがエルシャには他にケヴィンの行動に明確な理由を思い付くことが出来なかった。

 助けを求めるようにアネスに視線を送るとそこには頭を抱えた彼女の姉の姿。
待ってほしい、なぜ頭を抱えている?
それではまるで何かの作戦でやっているわけではないみたいじゃないか…?
縋るように次はシスティーナの方へと視線を移してみる。
そこには呆れた顔があるだけだった、だがその顔には冷静さがある。

(良かった、システィーナ様は冷静だ。きっと何かの計画の下での行動なんだ)

 式の会場でこの状況の中冷静だったのはこの人一人だけだった。
だがその冷静さはエルシャの思い描いていたものでは決してなく…

「あの…ケヴィン様。愛の誓いをたてるのは新婦へだけでなく女神に対してもお願いしますね?」

…愛の誓い…?

それはまるで、妹がよく読んでいた物語の中の出来事のようではないか…?

 バクバクと心臓が音を立て、顔が沸騰するように熱くなるのを感じる。
自分にはまず縁のなかった話を目の前に突きつけられて、体が硬直し頭がうまく回らず気が遠くなりそうになる。
自分の手がケヴィンに握られている事を思い出す。
振り払いそうになるがそれは絶対ダメだといいきかせ、そっとケヴィンの方に視線を移してみると…
自分を真剣な顔で見つめるケヴィンの瞳と目が合った。

 獅子のような濃い茶色の髪と瞳、背はエルシャより高くスラっとしておりよく鍛えられている安定感がある。
そして真っ先に思い浮かんだ感想は"妹が好きそう"であった。
好みの男性のタイプなどエルシャには考える立場になかった。
仮に聞かれたとしても"王太子殿下です"以外に答えはない。
だが妹が以前話していた理想の男性として聞いたのが確かこんな感じだった気がするのだ。
…もしや?
一瞬一つの疑問が浮かび尋ねようとする。

"結婚する相手を間違えておりませんか?"

 この言葉を発すしようとした瞬間、ケヴィンによって手を取っている右手と腰に当てられた左手によって体が引き寄せられ言葉を飲み込んでしまった。
ケヴィンはそのまま左手でエルシャの頬をそっと撫でる。
家族以外の男に触れられる経験などほとんどないエルシャは反射的に体を強張らせ、手を取られている左手をキュッと握った。
そのままケヴィンは顎をクイッと軽く上げエルシャの視線が自分と合うように調整した。
ケヴィンと見つめあうことになったエルシャは思わず目が泳いでしまう。

「目を閉じてくれるか?」

言われた通りに目を閉じる。
呼吸などできるわけがなく、自分の体が震えているのが分かる。

そして…

 王太子の婚約者としてのエルシャは今日この時を持って完全に死んだ。
固く閉じられたエルシャの唇に感じるケヴィンの唇の感触。
大衆の面前、そして何より女神の御前での誓い。
敬虔な女神の信徒であるエルシャにこの誓いを破るなど絶対にありえない事であり、破られることがあるならその命を持って償わなければならない。
それが自身の意思を伴わないものであったとしてもだ。
そしてそれはエルシャにとっては過去の自分の全否定にも等しいものであった。

朦朧とする意識の中システィーナのありがたい言葉も耳に入らないまま式は終わりを迎えた。


 新郎新婦が退場するという時になり、ケヴィンに促され客席を振り返った。
エルシャもしまったと意識を取り戻し客席を一瞥する…

…おや?

なぜだろうか、皆一様に口をポカンと開けて呆然としているではないか。
その様子にエルシャも首を傾げてしまう。


……
………

「「「「はぁ~~~~~~っ!?」」」」

 参列した村人たちが一斉にパニックに陥る。
これに気圧され思わず後ろに倒れそうになるエルシャはケヴィンに支えられるが、一体全体何が起こったというのだ?
結婚に不満があるという事だろうか?
エルフの音楽隊などは取り乱して楽譜を選んでいる始末。

「え?えっ??予定と違うじゃない!どの曲弾けばいいの?絶望ソングしか用意してないわよ?」
「知るか!入場と同じでいいんじゃないか!?」
「せっかくの新曲が!あの恩知らず!!」

この通り普段すまし顔のエルフたちまでもがパニックであった。

(そっ…そうだ、アネス様であれば!)

このカオスな状況をどうしたらよいのか分からないが、冷静沈着なアネスであればこの状況を静められるのでは?
そう思いアネスの方を見ると…

「う”ぅえ”~ん!!ケヴィンが!あのケヴィンがやっと結婚できたよぉ~!!!」

………ガン泣きである。
一体どうすれば…そうだ!
思い付き先ほど夫となったケヴィンの方を向く。
初めて会った際に会話した限りだとしっかりされている方のはず。
きっとこの場を収めるなど容易に……………………無理…かな?

 そこにあったのは目をキラッキラさせながらエルシャに見惚れているだらしない男の姿であった。
数時間前に会った紳士はどこに行ったのだろうか…

 結局この場を収めたのは司祭であるシスティーナであった。
システィーナが拍手を始めると参列者達もシブシブ立ち上がり拍手をし始め音楽も流れてくる。
皆、思い思い持っていたゴミをサッと隠したのはエルシャには見えないことにした。

 エルシャはこの結婚式を見て自分は歓迎されているのだと感じていたのだが、今のこの状況を見ると果たしてそれは本当なのかと疑わずにはいられなかった。
むしろ今からでも走って逃げた方が皆喜ぶのではないだろうかと思案してると、ふいに体が持ち上がった。

!!

なにかと思ったらエルシャはケヴィンに抱えられていたのだ…お姫様抱っこというやつである。

「いや、歩けますから!」

 幼い頃の朧げな記憶で父や兄にやってもらったことはあっても、それなりに大きくなった時分にはそんな経験は勿論皆無であった。
エルシャは必死に抗議をするが、ケヴィンはそれに対してキラキラした目でハッキリと答えるのだ。

「夢だったんだ!!」

………あ、はい。

 力一杯の言葉で訴えてくるケヴィンにエルシャが反論することなどできなかった。
これから夫となる男性が夢見た事だというならば妻として叶えてあげないわけにもいかないだろう。
そう言い聞かせ、顔から火が出る気持ちを必死に我慢するのみ。
退場する際に拍手に紛れ「坊ちゃん必死すぎて遂にヤバい事に手を出したんじゃ…」などという声が聞こえてくる…

………
………
………

もうどうにでもなーれ
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