追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

10.追放令嬢とフレポジ男の求婚

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 聖堂の中を一瞥し、エルシャは驚愕した。
短時間で準備をしたはずであったのに、聖堂の座席は参列者で埋まっていた。
きっと、村人たちなのだろう。
先ほどまで畑仕事をしていたと思われる土で汚れた者も多いがよくこれだけ集まったものだと感心する。

 そしてさらに驚いたのが音楽だ。
王国で結婚式に流す定番の音楽ではあるのだが、その音色が幼少より最高の物に触れてきたエルシャですら聞きほれるほど美しい音色だったのだ。
どんな演奏家たちなのだとそちらの方に目を送ると…一瞬硬直してしまうほどの驚きだった。

 演奏家たちは皆、見目麗しい、そして耳の長い事が特徴を持った森の貴族達…エルフだった。
エルフの音楽はエルシャも昔一度だけ聞いたことがあるそれはそれは素晴らしいものだ。
そしてその気性は貴族と呼ばれるにふさわしいほど偏屈だ。
人間ごときの結婚式で音楽を奏でるなどまず無いと言っていい。
それが10人程の数で演奏をしている…あり得ない。

朝に突然言われ、これほどの準備をやってのけた…驚きしかない。


 笑顔で元気よく花びらをばら撒きながら進むエル。
緊張の顔で、それでもしっかりと歩みを進めるエメ。
二人の天使に導かれ一歩ずつゆっくりと聖堂の中に足を進める。

 聖堂の一番奥にはこの式を司るシスティーナが先ほどと変わらぬ優し気な微笑みを浮かべている。
そして、その手前には新郎…これから自分の夫となる男性、ケヴィン・フィレポジェルヌがいた。
ケヴィンが場数が違うと言わんばかりにリラックスした雰囲気なのとは対照的にエルシャはガチガチだった。

 その緊張は、失敗しないようにしなければ、という気持ちから来るものではなく…
多分、これからこの見知らぬ男性の妻になるという事から来る恐怖からの物であろう。

 ケヴィンの傍に立つとここまで連れてきてくれた二人に目線でお礼を言い、形式通りケヴィンの腕を取る。
システィーナは二人の準備が整うのを待つと、音楽が終わるのに合わせて式を始めた。

「それではこれより神の御前にてケヴィン・フィレポジェルヌと
エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホールの婚姻の儀を執り行います」

教会に式の進行を務めるシスティーナの声が響く。

「祈りましょう…この式が無事に終わることが出来るように。
女神ロアリスよ…どうかこの者たちの婚姻が平穏のうちに終わるよう見守りください…」

しばしの祈りの時間が過ぎる。

「それではこれより式を始めますが…
もし、このふたりの結婚に異議のある者は今この場で申し出なさい。
そうでないのであれば永遠の沈黙を守りなさい」

その言葉で会場に緊張が走った。


……
………

 勿論何も起こらないのが正常だ…だが、思わず首を傾げるシスティーナ。
参列者もキョロキョロと扉の辺り等を見回すが待てど暮らせど何も起こらない。
新郎であるはずのケヴィンすら何かに身構えてチラチラと辺りを窺っている様子。

 システィーナがどうしたものかと思っていると会場から咳払いをする音が…
チラッと視線を向けるとアネスがさっさと進めろと眼鏡を光らせながら睨んでいる。
その視線に答える形で式を再開した。

「異議なしとみなし続けます。
それではこれよりお二人に誓いの言葉を捧げて頂きます」

 一瞬、会場とケヴィンに動揺が走る。
先ほどまでドシッと構えていたケヴィンが動揺している事に不安を感じるエルシャ。
だがシスティーナが構わず続けるとケヴィンも少し体勢を直し気持ちを切り替えたのが分かった。

「汝、ケヴィン・フレポジェルヌはエルシャルフィールを妻とし、病める時も健やかなるときもその身を共にし生涯、愛することを誓いますか?」
「はい、誓います。」

 迷いなく答えるケヴィンにこの男らしいなとクスリと笑いそうになるシスティーナ。
それを押しとどめながら次は新婦に向かい尋ねる。

「汝、エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホールはケヴィンを夫とし、病める時も健やかなるときもその身を共にし生涯、愛することを誓いますか?」
「………………はい」

返事までの沈黙が長かったがエルシャの置かれた状況を聞いていたので仕方のない事であるため構わず続けた。

「それでは、女神の御前でお二人が夫婦となる証として誓いの口づけを…」

エルシャはギュッと手に持ったブーケを握りしめる。

遂にこの時が来てしまった。

どうか、時よ止まってくれと願った…

 今この場で唇を許すという行為が、今日まで生きてきた自分が完全に死ぬ事を意味するのだから。
しかし、その願いが叶うはずは無かった。

 エルシャとケヴィンはお互いに向き直る。
完全に硬直しているエルシャにかかっているベールをゆっくりめくりあげるケヴィン。
立っているのが精一杯のエルシャはまともにケヴィンの顔を見ることもできずジッと待っていた。



 しかしいつまでたってもこの先に進む様子がない。
何事かと恐る恐るケヴィンの方を覗くと…
ケヴィンが驚いたようにエルシャの顔を見つめながら硬直していた…

「…?」

 何事だろうかと思案する。
もしや、生理的に受け付けないとかだろうか?
それについては貴族同士の結婚なのだから諦めてもらうほかないのだが。
口づけが嫌ならばせめてフリでもしてもらわなくては示しがつかない。
ケヴィンが硬直している理由について考えを巡らせていると…

突然ケヴィンが視界から消えた。

は?と思った瞬間左手がそっとひかれたのに気が付く。
エルシャが視線を下げると、手を引いたケヴィンがエルシャの前で跪いているではないか。

そして真っ直ぐエルシャを見つめ言葉を紡ぐ。

「今なら女神ロアリスの兄神カリウスが人の娘に恋をし、人として生きる道を選んだ気持ちがよくわかります。
エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホール様、
わたくしケヴィン・フィレポジェルヌは貴方様に一目惚れ致しました。
どうか私と結婚してください!!」
「え?…あ、はい…はい?」

いや…だからその式の真っ最中なのだが??
エルシャにはこの男性の行動が全く理解できなかった。

うっかりハイと答えてしまいしまったと思ったのだが、よくよく考えると今その結婚式の真っ最中である。
一体この男性は何をやっているのだろうか?

「エルシャルフィール…いいえ、エルシャ。
あなたの事を我が生涯をかけて幸せにするとお誓いします。
わが愛は永遠にあなたと共に…」

そう言って、混乱するエルシャの手にキスをしながらケヴィンは誓い立てた。
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