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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

9.追放令嬢と式準備

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「完☆璧!!」

 ケイトが宣言した目の前には古めかしいウェディングドレスを着たエルシャが鏡台の前に座っている。
鏡の中の自分の姿をまじまじ見たエルシャは無慈悲に言い放つ。

「まだ髪留めがズレていますね、やり直してください」
「………はい」

 生花で作られた髪留めがズレている事を指摘されたケイト。
かれこれ五回目のやり直し宣告を受けたケイトは肩を落としながら調整する。
エルシャとしては全く悪気はないのだ、王太子の婚約者としては身だしなみに関して完璧でなくてはいけない。
そしてそれは生まれてから今までずっと続いてきたこと、それが当たり前であったためそのようにしているだけなのだ。

ただ、おおらかなケイトにとってはキツイものがあった。

 エルシャは自分が着ている結婚式用のドレスを眺める。
ケヴィンの母親が結婚の際に着たのだという随分と古い若干王国東部を思わせる意匠でシンプルなものであった。

 ついこの前までは自分が着る衣装の打ち合わせもして、次期王妃として恥ずかしくない豪華な物を用意していたのだ。
自分がこれを着ることに誇りと緊張を持っており、体型、肌の手入れ、儀礼などを完璧にこなすために日夜努力をしていたはずだったのだが…

 もう一度自分の姿をマジマジと見つめる。
かなり古いものと聞いているが、状態は非常にいいもので突然の話で用意された物としてはこれ以上にないものであろう。
しいてあげれば胸が少し苦しく、システィーナに胸を強調しろというアドバイスをどうにもならなかったことだろうか。

 自分に似合っているか気になってケイトに聞いてみたが「何着たって似合います」という適当な言葉が返ってきた。
まあ、平民であるケイトが侯爵令嬢に向かってこれから着なければならない結婚式の衣装に似合ってないなど言えるはずもないだろうと、自分の質問を恥じた。


「用意おわったか~?…おぉ、ほんと…なんで捨てられたんだろうねぇ?」

 家に鍵をかけるので後から行くと言っていたアネスが自分の準備を終わらせ部屋に訪れた。
そしてエルシャの花嫁姿を見て思わず感嘆する。
しかし、当のエルシャはそれどころでなくアネスをみて目を見張った。

「ウィザードローブ…」

 賢者の称号を得た人間しか身に着けることが許されないと言われる美しいローブを羽織っていたのだ。
現存するものは10着しか確認されていないと言われシュナール王国には一着しか存在していないはず…

「まぁね~」

しかしアネスは鼻を広げまんざらでもない表情であっけらかんと言い放ってしまったのである。

 普通なら偽造を疑うであろうが、エルシャは王国に在籍する賢者と会ったことがあるため本物を知っている。
一度見ればわかる強力で特殊な呪符が施してあり、王の許しが無ければそれを身に着けることが出来ないと言われている。
一説には女神の加護が宿っており、各国の国王に伝わる王冠と同様の仕様になっているらしい。

「知ってるってことは気になるだろうけど、これは11着目だからね」

つまり自力で探し出した?
一体どこから…そしてどうやって身に着けたのか?

「アネス様は一体…」

 言いかけて、扉をノックする音に話を遮られた。
どうやら式場の準備ができたようだ…
既にケヴィンが用意を終えて待っているとの事。
アネスに何かを質問したい気持ちもあるが、今は自分の事を考えなければならない。
ズレている花飾りを自分で直し「参ります」と一言告げて立ち上がった。

――――――――――――――

 聖堂のに続く扉の前で何やら騒がしく喧嘩をしている声が聞こえる…どうやら子供のようだ。
白い服を着て花冠を被っている二人の少女。

「お姉ちゃんいっつもいっつもズルい!」
「ズルくない!あんた昨日おやつ譲ってあげたでしょ!」
「そんなの関係ないよ!私もお花あげたい!」
「どうせケヴィン様またフラれて違う人と結婚式するんだから大丈夫だって」

オイ…

 姉が言い放った言葉に思わず顔が引きつるエルシャと頭を抱えるアネス。
アネスは近づいて行って"ペシッペシッ"と容赦なく頭をはたいて二人を止めた。

「痛ーい!」「ひどいよアネスお姉ちゃん!」

抗議をあげてくるがそれを聞き届けるアネスではなかった。

「うっさい、そっちは準備できてるの?」

 姉妹の姉はシブシブ手に持ったブーケをアネスに見せた。
それをみて「よし」と言って、エルシャを呼び寄せた。
エルシャに気が付いてそちらの方に視線を移した姉妹。
二人の目の前に佇む白いドレスを着たエルシャを見つめ二人は同時に同じ感想を持った。

「「………お姫様だ」」

 二人はぽかーんと口を開けながら呟いた。
ただ、広大な領地を持つ大貴族の娘であるエルシャは正真正銘のお姫様であったので特になんということはなく。
(どうやら私が侯爵家の娘だったってことくらいは知っていたようね)

 これがエルシャであった。
ケイトが容姿を褒めてもそれは平民が貴族に対してお世辞を言うのは普通の事であるし、"お姫様"と呼ばれても実際に姫であるためそう呼ばれることは当たり前の事であった。
なので、そういった誉め言葉に対してそれを誉め言葉として受け取れない性格になってしまっていたのだ…。

エルシャはアネスを向き尋ねた。

「この子たちは?」
「この村の子だよ、花を用意してもらったついでに付添人をやってもらおうかと思ってね」

 なるほど…本来ならばエルシャの父親がやるはずだったのが、この混沌とした状況で式を挙げる羽目になってしまったのだ。
形だけでも見えるようにするために子供に手を引いてもらおうというのだ。

「二人ともお願いしますね」
「は、はい!…あの…お花…」

 エルシャはその花を「ありがとう」と言いながらそのブーケを受け取り営業スマイルを浮かべた。
それを見た姉妹は二人でキャッキャと騒ぎ始めてしまった。
…先ほどまでの喧嘩はどこへ行ったのだろうか?

 姉妹の楽しそうな顔をみてそういえば、とエルシャは思い出す。
それはエルシャが公務として頼まれ孤児院へ慰問に行った時の事。
寄付金集めの宣伝が必要なのは理解していたので快く受けた。
そしていざ向かった先で待っていたのはこの姉妹のような笑顔ではなく、
やせ細った子供たちからの王太子の婚約者に向けた射殺すような目であった。
王都の子供たちにとってはお姫様というのは憧れの存在ではなかったのだ。

 エルシャは孤児院の現状の原因を探らせると、残念なことに寄付金は役員報酬、広告費、寄付金集めのパーティー費用、使途不明の諸経費などに使われ、1ジェニスたりとも子供たちのためには使われていない事が分かった。
しかし、この事はあくまで王都での出来事。
まだ婚約段階でしかないエルシャには何の権限もなく、侯爵家がしゃしゃり出る内容でもなかった。
できるのは王家を通じで是正をしてもらう事だったが、結局是正勧告で終わり関係者は御咎めなし。
そればかりか、金儲けに使えなくなった寄付金事業は打ち切りとなる始末。
しかも孤児院を不快に思った血も涙もないエルシャが寄付金事業を潰した、という噂付きで。
エルシャは子供たちにとって"わるもの"となっていた。

 だからだろう…
この姉妹の反応は新鮮だった。
きっとこの領の子供たちは貴族という者に対して悪感情を抱いていないのだろうと感じ、それと同時に、辺境と聞いて王都より貧しいというイメージしか思い浮かべなかった自分を恥じた。


 アネスは親族席につかなければならないため先に式場へ向かって行った。
残されたのはエルシャと姉妹二人、それとケイト。
ケイトはエルシャにヴェールを被せた後扉の前で合図を待って行った。
手慣れているな…という感想は考えないようにしようと、子供たちと少し話をしてみた。

 子供たちも緊張していたようだし、もちろんエルシャ自身もだ。
緊張を解すためにもいいだろうと思ったのだが…後悔した。
キラキラした目で「どんな王子様が助けに来てくれるんですか!?」と聞いてくるのだ…。
頬を引きつらせながら助けなどないと説明するのだが、きっと大丈夫と励ましてくる子供達の好意がとても痛かった。

 もちろんエルシャはこんな事は初めてである。
つい先日までは結婚式の準備は進めていたがその相手は王太子であり、このような辺境の地での結婚式など想定しているわけがない。
刻々とその時が来るのを受け入れようとしている自分が取り返しのつかない状況となろうとしている恐怖に襲われる。
あの時「逃がそうか?」と尋ねてきたアネスの言葉をなぜ受けようとしなかったのか?
しかし、侯爵家の娘である誇りを捨てることはそれこそエルシャのこれまでの人生全てを否定する事である。

 聖堂での式が進んでケイトが合図をしてくる。
どうやら入場の時が来てしまったようだ。
姉妹の姉に手を取ってもらい、妹の方は道に花びらを撒きながら先導してくれるのだそうだ。
いい加減なれてきたが、やはり準備が良すぎるというか手慣れているというか…

 しかし、エルシャにとってはこれは感謝をしなければならないのだろう。
この二人の無邪気な笑顔に先導されれば、この向かう先が地獄のような日々が待ち受けているなどとは思えないのだ。

「そういえばあなたたちの名前聞いていなかったわね…」

 貴族が名を訪ねる…それは無名の平民が名を上げるための第一歩。
感謝を形で表すためにエルシャは名を訪ねた。

「私はエメ!妹はエルだよ!」

 知ってか知らずか、多分知らないのだろうが元気よくエメが答えた。
その名をエルシャは忘れないように心に刻む。
相手が何を思おうが名を聞いたからには絶対に忘れないのがエルシャであった。

「そう…お願いね、エメ、エル」

ヴェールで顔を覆いエメの手を取ったのを確認したケイトは準備が整った判断しゆっくりと聖堂への扉を開いた。


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