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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

14.追放令嬢とフレポジ男の経歴

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 ケヴィンはケイトに指示を出すとエルシャを部屋に連れて行った。
今日からこの部屋を使うことになり、扉を挟んだ隣には寝室があるのだそうだ。
エルシャをソファーに座らせると、少し準備があるからと部屋を出ていくケヴィン。

 結婚式の衣装のまま着替えもしていない状態でどうしたものかと思案するがほどなくしてケヴィンが帰ってくる。
ワインとグラス、つまみのようなものなどをお盆に乗せて持ってきていた。

「少し話をしたいんだがいいか?」

 二人きりで話したいと言うケヴィンにそれもそうかと同意するエルシャ。
何から話すべきかと考えを巡らせているとケヴィンの方から口を開いた。
唐突にワインの瓶を見せてきて嬉しそうに言うのだ。

「結婚したら嫁さんと二人で飲むつもりで買った秘蔵品だ!」

ケヴィンにのせられてワインのラベルを見るエルシャ。
するとあることに気が付く。

「ハーケーン皇国産の…18年もの…あら私と同い年、偶然ですね。」
「お?そうだったのか!なんだなんだ、お前、7年も蔵に眠りこけてたのはそんな理由だったのか!」

ういやつめとワインボトルをすりすりするケヴィンは既に酔っているようにしか見えない。

(7年…長い戦いだったんですね…)

 この人の、この所々残念な所はどうにかならないのだろうか…
無論、18年続いた婚約を破棄された自分が言うと盛大なブーメランになるので言わないが。
そんなことを思いながらチラリとケヴィンの方と見る。

…おや?

 今まで自分の事で一杯で普段は絶対に見逃さない事なのだが、エルシャはケヴィンの胸に飾られている勲章に気が付いた。
ケヴィンの若さであれば槍働きでの授与だろう…
だが、エルシャは毎年王国で開かれる勲章授与式には参加していたがケヴィンの顔を見たことが無い。
そもそも着けている勲章を資料でも見たことが無かった…国外で授与されたのだろうか?
エルシャが勲章について質問するとケヴィンは答えてくれた。

「これか?昔ハーケーンに留学してた頃にバイトで冒険者やってたんだが、たまたま皇族の人間を助ける機会があってな。
それで感謝の印ってことでうちらのパーティ皆で貰ったもんだ。」

 ハーケーン皇国に留学?冒険者をやっていた?皇族を助けた?それで勲章授与?
一文に中々の情報量で呆気に取られてしまった…
ただ、聞きたいことは多いが今はケヴィンという人物について知ることを優先することにした。

「ハーケーンに留学というと、セントランシュ学園でしょうか。
もしやそこを卒業されたのですか?」

 その問いに「座学ギリギリだったけどな」とバツが悪そうにケヴィンは頷く。
学園都市…ハーケーン皇国あるセントランシュ学園を中心として成り立っている都市で、各国から有力な若者を集め切磋琢磨する特異な場所だ。
一説には皇国の増長した貴族たちの鼻っ柱を折るために時の皇王が作ったとされるため、都市内は完全実力主義で入学も卒業も難しいと聞く。
そこの卒業生というだけで箔が付く…そんな学園だ。

 エルシャも留学を検討したことはあったが、王太子の婚約者という立場と自国の学校を将来王妃の通った学校とし学生を集め有能な若者を自国で育てるための礎にしなければならないため断念したのだ。
まあ、それも卒業パーティーの際に全てパーになり目も当てられない結果となったのだが…

 ともあれ、冒険者としてもやっていたのであれば文武両道、容姿も良いし女性の扱いも紳士的。
重ねて景気が良い領地持ち子爵家の跡取り。
かなりの優良物件であることは疑う余地はないだろう。

………んー?

 いや、なんでそんな人がこんな田舎でポヤポヤしてるんだ???
普通であれば結婚相手もこんな厄介者ではなく、もっとちゃんとした相手が引く手あまたのはずだが…
ああ、縁談はたくさんあったのか、破棄され続けただけで。

………この条件で破棄され続けた???

 もしかして経歴詐称?
それはあり得ない、もし侯爵令嬢への詐称がばれたら賠償額は家が無くなるレベルだ。
いやいやいや、もしかしてきっと自分が気づいてない問題があるんじゃないか?
もしや…でも…と、特殊な環境で育った自分が世間知らずであることを自覚しているエルシャはこの謎の海に飲まれていった。

ポンッ!

唐突な音で現実に引き戻されたエルシャ。
そこには楽しそうにワインの栓を抜いているケヴィンがいた。

 ケヴィンがエルシャのグラスにワインを注いでくるので慌ててエルシャもボトルを受け取りケヴィンのグラスに注ぐ。
二人がグラスを手に取り、さて何に乾杯しようかと一瞬の沈黙。
エルシャが思い浮かんだ言葉は"両家の繁栄"だったのだが、先に言葉にしたのはケヴィンだった。

「二人の将来に!」

思わずクスリと笑いエルシャも続けた。

「はい…二人の将来に。」

 もしかしたら考えすぎていたのかもしれない…と、グラスを軽く重ねチンと鳴り響く音を聞きながら思う。
エルシャが色合いや風味を楽しみ口をつける頃にはケヴィンはつまみを食べながら二杯目を注いでいた。
酌をする間もないなとは思うがこれが彼の飲み方なのだろう。
邪魔をするだけ野暮というやつだ。

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