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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)
1.フレポジ夫人と乗馬
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「はぁ…はぁ…」
馬乗りで身体を上下に揺らしながら慣れない運動にエルシャの口から自然と吐息が漏れる。
エルシャの辛そうな表情を見て取ったケヴィンは下からエルシャに声をかける。
「辛いなら止めるか?」
「いえ、まだいけます」
ケヴィンの声に崩れかかった体勢を立て直し背筋を張り直した。
先日まで幼い頃より運動と言ったら庭園の散歩という世界で生きて来た御令嬢だったのだ。
ケヴィンもそれを知っているからこそ無理はさせるつもりはなかったのだが…
エルシャという人物はそれを良しとする性格ではなかった。
「馬も生き物だ、中途半端な命令をすると困惑する。いつもエルシャが人にしている様にハッキリとな」
「はい」
乗馬の訓練を始めてまだ間もないというのに、エルシャはみるみる内に上達していった。
勿論、身体能力が高いわけではない…というより運動能力に関しては本当にお嬢様なので全くと言っていいほどない。
だがしかし、彼女の教育を受けるという能力に関しては驚くべきものがある。
単純に頭がいいというだけではない。
幼い頃より王国中から用意した最高レベルの教育を施されてきたエルシャ。
そんなエルシャは教育を受ける事に物凄く素直なのだ。
ケヴィンといういい加減な男からも何かを吸収する努力を怠らない…
そしてその態度は領に住む村人たちに対しても同じであった。
明らかに高貴な雰囲気を纏ったお姫様が上位者としての立場は崩さずさず、田舎者の自分達を教師として学ぼうとする姿勢を見せる…
人気が出ないわけが無かった。
ケヴィンはエルシャを連れて挨拶回りという名の自慢をするために各村々を回ったのだが、その全ての村人達から歓迎を受けたのだった。
ただ、そんな彼女にも欠点という物は存在する。
「そろそろ終わりにしようか」
「いえ、私はまだ平気です」
「エルシャの為じゃないよ、エルシャの集中力に馬がついていけなくなってるみたいだ」
「馬が…ですか?」
身震いを始めた馬をなだめながらキョトンとするエルシャに対して苦笑いを浮かべてしまうケヴィン。
エルシャにとっては自分より遥かに体力があるように見える馬の方が先にへばるというのが考えられなかったのだろう…
「馬鹿を馬鹿として扱えないのはエルシャの美徳であり欠点だな」
「なんだかわからない物言いですね?」
馬の話をしていたと思っていたらいきなり他の事を指摘されて思わずムッとしてしまうエルシャ。
だが、それを軽くいなしてケヴィンは答えた。
「過大評価が辛い人間てのはいるんだよ」
「それではどうすればいいのですか?」
ケヴィンはその問いには答えずにエルシャの乗る馬に割り込むように乗り込んだ。
突然ケヴィンが前に座り驚くも、エルシャはケヴィンが座るスペースを空け落ちないように咄嗟に腰を掴んだ。
「掴まってろよ」
「はい」
言うと、ケヴィンは「ハッ!」と馬に指示を出す。
すると、エルシャの初めて乗馬に付き合わされてストレスがたまっていた馬は水を得た魚の様に走り出したのだ。
突然の加速にビックリとして振り落とされまいと必死にケヴィンの背中に抱き着く。
そして、ゆっくりと周りに視線を向けると、今まで経験した事のないスピードで田舎道を駆け抜けていた。
ケヴィンが操る馬は田んぼの間の道を駆け抜ける。
フレポジェルヌ領の誇る米はケヴィンが子供の頃に友人の提案に乗ったアネスと共に作り上げた事業なのだそうだ。
誇ると言っても自領以外では売れ行きは悪く近隣領に食料不足分を補うために売れるくらいだ。
年々収穫効率が高くなっていくにつれ在庫が積み上がり、今では古い米が家畜の飼料に使われてしまう程…
エルシャとしても米の味というのには今だ慣れてはいないがマズいというわけではない。
単純に食文化を変えるというのは簡単ではないし簡単に行っていいものでもない。
王国民にとってはやはり小麦というのはかけがえのないものなのだから。
それは、この領の人間が米を誇りとして稲を育てるのと何ら変わらない。
サレツィホールの麦畑もエルシャの中に確かに思い出す事の出来る誇りなのだ…
新鮮なはずのスピードと景色にふと何故か懐かしいものを感じ…
そして、ずっと昔にコッソリ兄の背に乗せられ馬に乗せてもらった記憶が蘇ってきた。
それは王妃教育の合間に兄に連れ出された時の事。
今やっと思い出したくらい昔の話だ…
あの後兄は大層怒られたが、何故か後悔しているように見えなかったのがとても不思議だった。
あの時、自分は不安を感じていた…
そしてそれは今も変わらないらしい。
この人は自分を一体どこへ連れて行くつもりなんだろう…と。
「ケヴィン様、どちらに向かっているのですか!?」
「ハハハッ、エルシャの欠点もう一つ見つけたよ!」
エルシャの欠点を見つけた事を楽しそうに話すケヴィン。
完全であろうとしていたエルシャにとって欠点など汚点でしかなく、それを補う努力を欠かさなかった自分。
それをヒョイと取り上げその欠点をいとも簡単に受け入れられてしまう…
そして、それが受け入れられるのであれば…
この終わりのない旅路も決して苦難の道にはならないだろう。
………
……
…
そしてしばらく走らせ、馬を休ませるために木陰に入った時である。
「おーい、ケヴィン!!」
ケヴィンを呼ぶ声に二人は馬に乗って自分達に近寄ってくる人物へ視線を向けた。
そこにあったのは隣領であるトリ―ナー男爵領の領主の姿であった。
馬乗りで身体を上下に揺らしながら慣れない運動にエルシャの口から自然と吐息が漏れる。
エルシャの辛そうな表情を見て取ったケヴィンは下からエルシャに声をかける。
「辛いなら止めるか?」
「いえ、まだいけます」
ケヴィンの声に崩れかかった体勢を立て直し背筋を張り直した。
先日まで幼い頃より運動と言ったら庭園の散歩という世界で生きて来た御令嬢だったのだ。
ケヴィンもそれを知っているからこそ無理はさせるつもりはなかったのだが…
エルシャという人物はそれを良しとする性格ではなかった。
「馬も生き物だ、中途半端な命令をすると困惑する。いつもエルシャが人にしている様にハッキリとな」
「はい」
乗馬の訓練を始めてまだ間もないというのに、エルシャはみるみる内に上達していった。
勿論、身体能力が高いわけではない…というより運動能力に関しては本当にお嬢様なので全くと言っていいほどない。
だがしかし、彼女の教育を受けるという能力に関しては驚くべきものがある。
単純に頭がいいというだけではない。
幼い頃より王国中から用意した最高レベルの教育を施されてきたエルシャ。
そんなエルシャは教育を受ける事に物凄く素直なのだ。
ケヴィンといういい加減な男からも何かを吸収する努力を怠らない…
そしてその態度は領に住む村人たちに対しても同じであった。
明らかに高貴な雰囲気を纏ったお姫様が上位者としての立場は崩さずさず、田舎者の自分達を教師として学ぼうとする姿勢を見せる…
人気が出ないわけが無かった。
ケヴィンはエルシャを連れて挨拶回りという名の自慢をするために各村々を回ったのだが、その全ての村人達から歓迎を受けたのだった。
ただ、そんな彼女にも欠点という物は存在する。
「そろそろ終わりにしようか」
「いえ、私はまだ平気です」
「エルシャの為じゃないよ、エルシャの集中力に馬がついていけなくなってるみたいだ」
「馬が…ですか?」
身震いを始めた馬をなだめながらキョトンとするエルシャに対して苦笑いを浮かべてしまうケヴィン。
エルシャにとっては自分より遥かに体力があるように見える馬の方が先にへばるというのが考えられなかったのだろう…
「馬鹿を馬鹿として扱えないのはエルシャの美徳であり欠点だな」
「なんだかわからない物言いですね?」
馬の話をしていたと思っていたらいきなり他の事を指摘されて思わずムッとしてしまうエルシャ。
だが、それを軽くいなしてケヴィンは答えた。
「過大評価が辛い人間てのはいるんだよ」
「それではどうすればいいのですか?」
ケヴィンはその問いには答えずにエルシャの乗る馬に割り込むように乗り込んだ。
突然ケヴィンが前に座り驚くも、エルシャはケヴィンが座るスペースを空け落ちないように咄嗟に腰を掴んだ。
「掴まってろよ」
「はい」
言うと、ケヴィンは「ハッ!」と馬に指示を出す。
すると、エルシャの初めて乗馬に付き合わされてストレスがたまっていた馬は水を得た魚の様に走り出したのだ。
突然の加速にビックリとして振り落とされまいと必死にケヴィンの背中に抱き着く。
そして、ゆっくりと周りに視線を向けると、今まで経験した事のないスピードで田舎道を駆け抜けていた。
ケヴィンが操る馬は田んぼの間の道を駆け抜ける。
フレポジェルヌ領の誇る米はケヴィンが子供の頃に友人の提案に乗ったアネスと共に作り上げた事業なのだそうだ。
誇ると言っても自領以外では売れ行きは悪く近隣領に食料不足分を補うために売れるくらいだ。
年々収穫効率が高くなっていくにつれ在庫が積み上がり、今では古い米が家畜の飼料に使われてしまう程…
エルシャとしても米の味というのには今だ慣れてはいないがマズいというわけではない。
単純に食文化を変えるというのは簡単ではないし簡単に行っていいものでもない。
王国民にとってはやはり小麦というのはかけがえのないものなのだから。
それは、この領の人間が米を誇りとして稲を育てるのと何ら変わらない。
サレツィホールの麦畑もエルシャの中に確かに思い出す事の出来る誇りなのだ…
新鮮なはずのスピードと景色にふと何故か懐かしいものを感じ…
そして、ずっと昔にコッソリ兄の背に乗せられ馬に乗せてもらった記憶が蘇ってきた。
それは王妃教育の合間に兄に連れ出された時の事。
今やっと思い出したくらい昔の話だ…
あの後兄は大層怒られたが、何故か後悔しているように見えなかったのがとても不思議だった。
あの時、自分は不安を感じていた…
そしてそれは今も変わらないらしい。
この人は自分を一体どこへ連れて行くつもりなんだろう…と。
「ケヴィン様、どちらに向かっているのですか!?」
「ハハハッ、エルシャの欠点もう一つ見つけたよ!」
エルシャの欠点を見つけた事を楽しそうに話すケヴィン。
完全であろうとしていたエルシャにとって欠点など汚点でしかなく、それを補う努力を欠かさなかった自分。
それをヒョイと取り上げその欠点をいとも簡単に受け入れられてしまう…
そして、それが受け入れられるのであれば…
この終わりのない旅路も決して苦難の道にはならないだろう。
………
……
…
そしてしばらく走らせ、馬を休ませるために木陰に入った時である。
「おーい、ケヴィン!!」
ケヴィンを呼ぶ声に二人は馬に乗って自分達に近寄ってくる人物へ視線を向けた。
そこにあったのは隣領であるトリ―ナー男爵領の領主の姿であった。
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