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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

9.フレポジ夫人と洞窟

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 洞窟の入り口には格子の門があり横には立ち入り禁止の立て札と小さな女神像。
エルシャは胸に手を当て簡単に祈りを捧げているとケヴィンが何やら壁に埋め込まれた魔道具を操作していた。

 その魔道具が作動すると洞窟内に明りが灯り、僅かな風が吹いて来た。
灯りの魔道具は決して安くはないのだが、きっとアネスが用意したのだろう。
だが、その灯りが続いている奥を覗いてみるも…
それにしてもこれだけの数をよくもまあと感心してしまう。
そして、洞窟の中に入りまず気づいたこと。

「風が吹いたのはなぜでしょうか?」
「これは魔道具で人工的に起こしてる風だ。循環しないと空気が汚れるらしいんだ」
「空気が汚れるというのは書物で読んだことがあります。鉱山事故で多いとか…」

「そうゆう事だ」と頷きながらもケヴィンが馬車を走らせた。

 かなりの時間馬車に揺られる事になるらしい。
洞窟の壁には時折番号の書いてある看板が張り付けてあった。
聞けば長い単調な道を馬車で揺られてると気分が滅入るために今が程度進んでいるかが分かるようになっているらしい。
108から進むごとに段々と数が減っていた。

「そう言えば、鉱山関連の本を読むなんて変わってるんだな。
てっきり女ってのは恋物語が好きなんだと思ってたんだが」
「私が読んでいたのは実用書が主ですね、必要でしたので」
「そりゃ頼もしい」

何の嫌味もなく素直にエルシャの事を買ってくれる事にクスリと笑ってしまう。

「恋物語のような本が好きなのは妹の方です。
私もお勧めの本をたまに読ませてもらっておりましたよ?」
「へー、妹とは趣味が合いそうだ」
「そうですね…ケヴィン様でしたら妹ともすぐに仲良くなれる気がします」
「なら侯爵様に手紙で妹を寄こすように言えばよかったな」
「あら、妹と交換するおつもりで…?」
「まさか、両方うちに来てくれって書けばいいだろ?」
「まあ…!」

 クツクツと笑いながら言ってのける軽薄男に呆れてしまうエルシャ。
手紙は出発前に侯爵家宛てに出した。
子爵とケヴィンから侯爵であるエルシャの父に、そしてエルシャも家族全員へ向けての手紙を出させてもらった。
距離が大分あるからケヴィンもいつ届くかわからないとは言っていたが出せるだけましだろう。

「それにしてもエルシャは頭がいいよな、学園卒業したばかりって言ってたけどやっぱ成績良かったのか?」
「トップでしたね」
「お、おう…」

 淀みの無いトップ宣言に他生徒達にとっての心情的トップは二位だった事は想像に難くない。
ケヴィンとしては自分が学生だった頃も似たような人物が友人にいて、トップを狙って噛みついていた他の生徒達が段々と遠い目で二位狙いになって行く様を見ていたのでエルシャの同級生には何となく同情してしまう。
だが、エルシャの話には続きがあった…

「ですが、記録上のトップではなくなったらしいですけれどね…」
「それは…」
「一応卒業扱いにはなっているというのが救いでしょうか」
「………」

 ポンっと唐突にエルシャの頭の上にケヴィンの手のひらがのせられた。
そして、「嫌なこと聞いたな…」と優しく撫でられる…
しばらくされるがままになっていたが、次第に吸い寄せられるように夫の腕の中へと体を預けて行った。

 別にエルシャとしては主席を狙っていたわけではない。
自らがやるべき事をやり続けた結果がトップという位置であっただけだ。
だが、だからといってその努力が否定された事が辛くないわけもなかった。

ただ、こうして夫の腕の中で慰められ…『報われた』…と感じてしまう事が嬉しかった。
魔導灯に照らされた薄暗い洞窟の中…
馬車の音だけが響く静かな空間で、しばらくの間夫に包まれるのを役得として楽しむのだった。

………
……


 段々と先程までの洞窟の雰囲気が変わってくる。
それに気がついたエルシャがキョロキョロしだすとケヴィンが説明してくれた。

「ここから先はドワーフの廃坑だ。
元々はこの廃坑からちっとばかし希少鉱石を取ろうとして出来ちゃったものなんだ…」
「出来ちゃった?」

なんだかとんでもないワードが飛び出してきた。
いや、そもそもこんなトンネル自体がとんでもないものなんだが…

「あの…もしやこの洞窟って元々あったものを発見したのではなく、ケヴィン様達が作ったという事ですか?」
「いや、だから作ったというよりはうっかり穴開けちゃったが正しいな。
ち、ちなみに、やったの俺じゃなくてヒイロと姉貴だからな!?」

 責任の所在は今のところは聞いておりません…
ただ、きちんと話さないと罪が重くなりますよ??

「この先に名残が…ああ、あったあれだ」
「…ゴーレム?」

 ケヴィンが指差した先にはズラリと並んだ今にも動き出しそうな石の像…
エルシャが知識を引っ張り出して答えるとケヴィンは頷いた。

「そうだ、ヒイロと姉貴がゴーレムに掘削を指示して…うっかりそのまま放置したらこれだ」
「随分壮大なうっかりですね…」

(またヒイロさんですか…本当にうっかりかは怪しいですね)

 そもそも、ゴーレムなど一体動かすだけでも高等技術の部類に入るはず。
それを複数、しかも長期間の自動運用など一体どれほど途方もない事なのか分かっているのだろうか?
聞いていて一つ一つのワードがいちいち信じられない規模だ。

 とゆうか、アネスもケヴィンに対して散々に言っているがアネス自身も大概な気がしてならない。
エルシャの中のアネスの評価が"良心は残っているが探求心のまま行動をする問題児"へと更新された。

「もうそろそろ終点だぞ」

その言葉通りに目の前に格子の門が現れた。
ケヴィンが手をかざし何かを呟くと門が勝手に開いて行った。
格子の先に更に強固な鉄の門が現れ、それも同様に開くと外の光が差し込んできた。


 エルシャは外へ出て馬車から降り久々の外の空気を吸い…
そして、目の前に広がるその光景に息をのんだ。

(………)

 目の前に広がったのはエルシャが見た事のある景色…
勿論それは現実で見たのではない、とある旅行記の挿絵として描かれた風景である。
それを初めて読んだのはまだサレツィホールにいた頃の事…
空想が広がり胸が高鳴りよく眠れなかったのを覚えている。

 自分の立場では決して手の届かない光景…そのはずだった。
だがその光景は今目の前に広がっていた…

 今朝は確かにフレポジェルヌ領の邸宅のベッドで目を覚ましたはず。
もしかしたら自分はまだ目覚めていないのかもしれない。
そう疑うのも許してほしい…

だってエルシャは今、幼い頃に見た叶わぬ夢を想い出しているのだから…

目の前に広がった光景…
あの挿絵に描かれたのと同様の光景…

皇都メルシュトゥーム…

自分は今確かにハーケーン皇国の地に立っているのだ…
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