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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)
27.フレポジ夫人とフレポジ男の夜
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ベッドの上で一人寝っ転がるエルシャ…
先程屋敷の図書室から借りて来た本の中から皇都の聖堂に関する本を読み終えた所だ。
<記憶術>のスキルがあるので本を読むこと自体はあっという間に終わってしまうのだが…
次の本に取り掛かる気になれず今日の事を思い返していた…
皇女との買い物、ギルドでの事、そして先ほどの夕食での騒動。
そして、分かり易く落ち込んでいた。
初めて訪れた憧れの都市に、もう会う事は無いと思っていた友人との久々の語らい…
楽しくないはずがない…今まで生きてきた中で一番浮かれていたのではないかと思うほどに楽しんだ。
そして、ギルドでの出来事と夕食での騒動だ…
フレポジェルヌがハーケーンとトンネルを通じて行き来できる。
この事が今後大きな苦労をもたらすであろうことは容易に想像できる。
しかし、本当の意味では分かっていなかった。
皇都の素晴らしさに浮かれ、エルシャの胸の中には期待ばかりが膨らんでいたのだ。
しかし、実際はそんな素晴らしい未来だけを運ぶというわけではない。
今なら夫がこれまであのトンネルの存在を隠していた真意が理解できる。
もしこのままフレポジェルヌとの交易を始めてしまったのならば、あの小さな村など一瞬のうちにならず者に支配されてしまうだろう。
そしてそれを御しきれなければフレポジェルヌは王国の領地であるという体を為さなくなる。
王国としてそんなものは容認できるわけがない。
………そんな面倒ごとを抱えるくらいならいっそ埋めてしまうか?
そうすれば夫を…
夫を………
エルシャは頭を振る。
現状維持だって立派な判断なのだ…
今ここでトンネルを埋めるなどという事がどうしてできようか。
それが…"夫を盗まれたくない"という私的な理由だけで…
だが、ハーケーンが魅力的であればある程、光が強ければ強い程…
それにケヴィンという男が引き寄せられない様に遠ざけたい…
いっそ埋めてしまいたいという思いだけが強くなっていく…
………
……
…
エルシャはノックの音で思考を止められ我に返った。
多分夫だろう、先程これから夜間に冒険者としての仕事をする事になっていると聞いた。
その準備が出来たので出発前に声をかけに来たのだ。
エルシャは返事をしてケヴィンを出迎えた。
部屋に入ってきたケヴィンを見ると帯剣している事に気が付く。
ケヴィンは普段貴族には珍しく帯剣をしていないのだ。
そんな夫が帯剣をしているという事は目的は一つだろう。
「戦闘があるのですか?」
「…多分な」
「お帰りは?」
「………悪いが明後日はパーティ会場で待つことになると思う」
「………」
エルシャにとってパーティ会場でパートナーと合流する事など普通の事であった。
だから、ソレについては正直どうでも良かったのだが…
しかし、これから夫が戦場へ向かうというのにかける言葉が見つからない。
いや、かけたい言葉なら沢山あるのだが…
なぜ他国で命を賭けねばならないの?新婚旅行中ですよ?行かないで欲しい、せめて今夜だけは…
そんな言葉だけが浮かんではその都度自らの理性でそれを抑えつける。
そしてエルシャは口をつぐんだのだ。
「ジェジルに後を頼んである」
「かしこまりました」
「じゃあ行ってくる…」
「ご武運を…お祈りしております…」
………眠気もなく、されど本を読む気にもなれず…
エルシャは昼間の買い物の際に手に入れたリボンと糸を取り出し祈りを込めながら刺繍を始めたのだった…
―――――――――――――――――――――――
夜の街が魔力灯の光が照らされ、昼間とは打って変わってガラの悪い連中が外を歩いている。
ケヴィンの姉と友人たちが開発した安価な魔力灯は瞬く間に皇都中に広まり、人々に夜の仕事を与えた。
人々を豊かにするための恩恵…だがそこに隠れた影の部分というのは確かに存在する。
夕食の際に一人で夜の街へ出て行こうとしたエルシャには肝が冷えた。
あんな美しい女性が一人で歩いていたらどうなっていたのか…
もし、ケヴィンがあんな女性を夜の街で見かけたなら一目で声をかけ家に送って行く事を提案するだろう。
そしてあわよくばお酒でも一杯…それがだめでも連絡先をあの手このてでしつこく教えてもらい次の日から口説きまくっていた。
自分のためにウェディングドレスを着て練り歩いているようなものだ。
…夜の街とはそんな危険な場所なのだ。
そんな夜の街をローブを深く被り歩いて行く。
暗い場所でも目立ってしまう有名人の辛い所だろう。
目的の場所はとある酒場の路地裏。
一件の建物に一人の男が酒瓶片手に立っていた。
酒瓶を持っていても酒気が無い男にケヴィンが声をかけた。
「テキーラを一杯くれるか?」
「そんな酒ねーよ」
「なら美女を紹介してくれ」
「…入んな」
道を空けてくれる男に礼を言い扉を開けるとすぐに地下へ続く階段があった。
その階段を下ってさらにもう一つの扉を開けるとそこには既に他のメンバーがそろっているようだった。
「遅れてすまない、俺が最後か?」
「ケ、ケヴィンどにょ!!!?」
「ありゃ、メルキスがこのグループのリーダーだったのか?…なら俺いらなくないか?」
「そ、そんな事ありません!」
ぐるりと室内を一瞥すると、そこには冒険者のグループと騎士団のグループが集っていた。
そして、ケヴィンに声をかけて来た女騎士はメルキス・コルノディエ。
<剣聖>のEXスキルを持つ近衛騎士団の部隊長であり、学園に通っていた時にはケヴィンの同級生でもあった。
性格は剣一筋…剣の事となると周りが見えなくなるところがある。
入学試験の際の受験生同士の試合でまぐれで一本取れた事はあったが、それ以後剣で勝てた事は一度もない。
そして、メルキスはその時の事が屈辱だったらしく顔を真っ赤にして何度もケヴィンに剣の勝負を挑みに来たのだ。
何度も何度も…ケヴィンのプライドを入念にへし折るかのように…
勿論メルキスとて女であり美人でもある。
そんな女をケヴィンという男が口説こうとしないわけが無いのだが…
メルキスはそれを察してか「自分より弱い男とは結婚しない」と断言しており、それが意味する所が何なのかケヴィンにだってわかっていた。
メルキスより強い男などケヴィンは一人しか知らない…つまりそう言う事なのだ。
ケヴィンも自分の嫁探しをしていた立場なので、人の相手にあれこれしてあげる余裕はなかった。
だが、未だにまともなアピールすらしていないのは少々心配ではある。
ちなみに「その剣で私を好きにしなさい!」と言ってきたから本気で襲い掛かった事もあるが見事徹底的に返り討ちに合った。
あの時のケヴィンを何度も叩きのめすメルキスの幸せそうな表情といったら…
剣に関しては一切の妥協を許さない女ではあるが、普通に話す分には指揮官を任せられる知的な人間だ。
そんな人間が指揮している場所に突発とはいえケヴィンが送られる必要があったのかは疑問だった。
「敵の拠点の一つが皇都の地下迷宮に作られているらしく…我々の割り当てはそこなのです」
それを聞いて思わず舌打ちをしてしまうケヴィン。
皇都の地下迷宮とは古代にはダンジョンだったと言われている場所でその名の通り迷宮となっている。
騎士団や冒険者がちょくちょく狩りをしているため、魔物自体は少ないのだが…
こうして犯罪者たちが紛れ込んでい場合が多いのだ。
そして、その迷宮というのも慣れていないと簡単に迷うため、今回冒険者が動員されたのも納得である。
ちなみに、下水ともつながっているその場所の匂いは強烈で洗い落とすのに時間がかかる事は確実だ。
「おいおい勘弁してくれよ…明後日のパーティで結婚したばっかの嫁さんのパートナーするんだぞ?」
「ケヴィン殿もパーティーに?それは申し訳な………けっこん???」
ケヴィンが結婚したという衝撃の情報で室内の人間がざわめき始める。
「おう、この間な!いやぁ俺の方が早かったな!
メスキスも自分より強い男が良いとか言ってないで早いとこ結婚相手みつけろよ?」
「え?…あの…え?え?え?…私は?」
このケヴィンのメルキスの関係性を何となく察していた周りの人間達は、早くもこの部隊に暗雲が立ち込めたように感じたのだった。
先程屋敷の図書室から借りて来た本の中から皇都の聖堂に関する本を読み終えた所だ。
<記憶術>のスキルがあるので本を読むこと自体はあっという間に終わってしまうのだが…
次の本に取り掛かる気になれず今日の事を思い返していた…
皇女との買い物、ギルドでの事、そして先ほどの夕食での騒動。
そして、分かり易く落ち込んでいた。
初めて訪れた憧れの都市に、もう会う事は無いと思っていた友人との久々の語らい…
楽しくないはずがない…今まで生きてきた中で一番浮かれていたのではないかと思うほどに楽しんだ。
そして、ギルドでの出来事と夕食での騒動だ…
フレポジェルヌがハーケーンとトンネルを通じて行き来できる。
この事が今後大きな苦労をもたらすであろうことは容易に想像できる。
しかし、本当の意味では分かっていなかった。
皇都の素晴らしさに浮かれ、エルシャの胸の中には期待ばかりが膨らんでいたのだ。
しかし、実際はそんな素晴らしい未来だけを運ぶというわけではない。
今なら夫がこれまであのトンネルの存在を隠していた真意が理解できる。
もしこのままフレポジェルヌとの交易を始めてしまったのならば、あの小さな村など一瞬のうちにならず者に支配されてしまうだろう。
そしてそれを御しきれなければフレポジェルヌは王国の領地であるという体を為さなくなる。
王国としてそんなものは容認できるわけがない。
………そんな面倒ごとを抱えるくらいならいっそ埋めてしまうか?
そうすれば夫を…
夫を………
エルシャは頭を振る。
現状維持だって立派な判断なのだ…
今ここでトンネルを埋めるなどという事がどうしてできようか。
それが…"夫を盗まれたくない"という私的な理由だけで…
だが、ハーケーンが魅力的であればある程、光が強ければ強い程…
それにケヴィンという男が引き寄せられない様に遠ざけたい…
いっそ埋めてしまいたいという思いだけが強くなっていく…
………
……
…
エルシャはノックの音で思考を止められ我に返った。
多分夫だろう、先程これから夜間に冒険者としての仕事をする事になっていると聞いた。
その準備が出来たので出発前に声をかけに来たのだ。
エルシャは返事をしてケヴィンを出迎えた。
部屋に入ってきたケヴィンを見ると帯剣している事に気が付く。
ケヴィンは普段貴族には珍しく帯剣をしていないのだ。
そんな夫が帯剣をしているという事は目的は一つだろう。
「戦闘があるのですか?」
「…多分な」
「お帰りは?」
「………悪いが明後日はパーティ会場で待つことになると思う」
「………」
エルシャにとってパーティ会場でパートナーと合流する事など普通の事であった。
だから、ソレについては正直どうでも良かったのだが…
しかし、これから夫が戦場へ向かうというのにかける言葉が見つからない。
いや、かけたい言葉なら沢山あるのだが…
なぜ他国で命を賭けねばならないの?新婚旅行中ですよ?行かないで欲しい、せめて今夜だけは…
そんな言葉だけが浮かんではその都度自らの理性でそれを抑えつける。
そしてエルシャは口をつぐんだのだ。
「ジェジルに後を頼んである」
「かしこまりました」
「じゃあ行ってくる…」
「ご武運を…お祈りしております…」
………眠気もなく、されど本を読む気にもなれず…
エルシャは昼間の買い物の際に手に入れたリボンと糸を取り出し祈りを込めながら刺繍を始めたのだった…
―――――――――――――――――――――――
夜の街が魔力灯の光が照らされ、昼間とは打って変わってガラの悪い連中が外を歩いている。
ケヴィンの姉と友人たちが開発した安価な魔力灯は瞬く間に皇都中に広まり、人々に夜の仕事を与えた。
人々を豊かにするための恩恵…だがそこに隠れた影の部分というのは確かに存在する。
夕食の際に一人で夜の街へ出て行こうとしたエルシャには肝が冷えた。
あんな美しい女性が一人で歩いていたらどうなっていたのか…
もし、ケヴィンがあんな女性を夜の街で見かけたなら一目で声をかけ家に送って行く事を提案するだろう。
そしてあわよくばお酒でも一杯…それがだめでも連絡先をあの手このてでしつこく教えてもらい次の日から口説きまくっていた。
自分のためにウェディングドレスを着て練り歩いているようなものだ。
…夜の街とはそんな危険な場所なのだ。
そんな夜の街をローブを深く被り歩いて行く。
暗い場所でも目立ってしまう有名人の辛い所だろう。
目的の場所はとある酒場の路地裏。
一件の建物に一人の男が酒瓶片手に立っていた。
酒瓶を持っていても酒気が無い男にケヴィンが声をかけた。
「テキーラを一杯くれるか?」
「そんな酒ねーよ」
「なら美女を紹介してくれ」
「…入んな」
道を空けてくれる男に礼を言い扉を開けるとすぐに地下へ続く階段があった。
その階段を下ってさらにもう一つの扉を開けるとそこには既に他のメンバーがそろっているようだった。
「遅れてすまない、俺が最後か?」
「ケ、ケヴィンどにょ!!!?」
「ありゃ、メルキスがこのグループのリーダーだったのか?…なら俺いらなくないか?」
「そ、そんな事ありません!」
ぐるりと室内を一瞥すると、そこには冒険者のグループと騎士団のグループが集っていた。
そして、ケヴィンに声をかけて来た女騎士はメルキス・コルノディエ。
<剣聖>のEXスキルを持つ近衛騎士団の部隊長であり、学園に通っていた時にはケヴィンの同級生でもあった。
性格は剣一筋…剣の事となると周りが見えなくなるところがある。
入学試験の際の受験生同士の試合でまぐれで一本取れた事はあったが、それ以後剣で勝てた事は一度もない。
そして、メルキスはその時の事が屈辱だったらしく顔を真っ赤にして何度もケヴィンに剣の勝負を挑みに来たのだ。
何度も何度も…ケヴィンのプライドを入念にへし折るかのように…
勿論メルキスとて女であり美人でもある。
そんな女をケヴィンという男が口説こうとしないわけが無いのだが…
メルキスはそれを察してか「自分より弱い男とは結婚しない」と断言しており、それが意味する所が何なのかケヴィンにだってわかっていた。
メルキスより強い男などケヴィンは一人しか知らない…つまりそう言う事なのだ。
ケヴィンも自分の嫁探しをしていた立場なので、人の相手にあれこれしてあげる余裕はなかった。
だが、未だにまともなアピールすらしていないのは少々心配ではある。
ちなみに「その剣で私を好きにしなさい!」と言ってきたから本気で襲い掛かった事もあるが見事徹底的に返り討ちに合った。
あの時のケヴィンを何度も叩きのめすメルキスの幸せそうな表情といったら…
剣に関しては一切の妥協を許さない女ではあるが、普通に話す分には指揮官を任せられる知的な人間だ。
そんな人間が指揮している場所に突発とはいえケヴィンが送られる必要があったのかは疑問だった。
「敵の拠点の一つが皇都の地下迷宮に作られているらしく…我々の割り当てはそこなのです」
それを聞いて思わず舌打ちをしてしまうケヴィン。
皇都の地下迷宮とは古代にはダンジョンだったと言われている場所でその名の通り迷宮となっている。
騎士団や冒険者がちょくちょく狩りをしているため、魔物自体は少ないのだが…
こうして犯罪者たちが紛れ込んでい場合が多いのだ。
そして、その迷宮というのも慣れていないと簡単に迷うため、今回冒険者が動員されたのも納得である。
ちなみに、下水ともつながっているその場所の匂いは強烈で洗い落とすのに時間がかかる事は確実だ。
「おいおい勘弁してくれよ…明後日のパーティで結婚したばっかの嫁さんのパートナーするんだぞ?」
「ケヴィン殿もパーティーに?それは申し訳な………けっこん???」
ケヴィンが結婚したという衝撃の情報で室内の人間がざわめき始める。
「おう、この間な!いやぁ俺の方が早かったな!
メスキスも自分より強い男が良いとか言ってないで早いとこ結婚相手みつけろよ?」
「え?…あの…え?え?え?…私は?」
このケヴィンのメルキスの関係性を何となく察していた周りの人間達は、早くもこの部隊に暗雲が立ち込めたように感じたのだった。
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