追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ

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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

31.フレポジ夫人と大聖堂

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 皇都メルシュトゥームには三つの巨大な建造物がある。
それが王都民に刻を知らせる時計塔、皇帝が居を構える純白の皇城。
そしてそれらよりも巨大で皇都のどこからでも目を引く建築物がこのサフィア大聖堂。

 エルシャもハーケーンの地に着き皇都を見下ろした時に真っ先に目についた建物であり、当然の事ながら絶対来ようと思っていた場所でもある。
ケヴィンは何度も来たことがあると言っていたのでわざわざ一緒に来る必要もないかと思っていたのだが…
どうやら恋人たちのデートスポットとしても人気なようだ…"何度も来た"の概要について少しつついてみようか?

 夫の女性遍歴など今更感が強いので置いておくことにして、今は大聖堂である。
見上げると首が痛くなりそうなほどの巨大な建造物。
当たり前だが、これ以上に大きな建物をエルシャは見た事が無かった。
エルシャの知識としてはこれ以上の建造物はセイルーンにあるという女神の塔くらいなものか。

 以前女神の塔の最上部に設置している女神像の清掃補修を担当した方の話を聞いたことがある。
遥か下の人間が豆粒の様にしか見えない程の高所なのに命綱なしで強い風が吹く中作業をするという恐ろしい話だった…
当の本人は「落ちたら絶対死ぬとわかっている場所だと不思議と事故が無くなる」と笑い飛ばしていたのが印象的だ。


 大聖堂の中へと進んで行くとカゴを持ったシスターが立っていた。
エルシャがバッグの財布から銀貨を取り出しそのカゴへ入れ祈りを捧げる、するとシスターからも「女神の祝福を…」と返答が返ってきた。
ロアリス教の教会において定型のやり取りであり、これは国によらず共通である。
ただ、いつもは付き人を付けていたため自分でカゴに入れるのは初めてだったりする。

 原因を考えると頭が痛くなってくるが…そのジェジルは馬車で待たせている。
正直、今の彼は連れて歩けるような状態とは思えなかった。
そしてそんな新人のような扱いをしているのに、その事に関して何でもないような顔をしているのも変だ。
だがだからと言って何の権限もないエルシャにできる事は夫に相談する事くらい…
考えても仕方のないと諦めるほかなかった。


 喧騒にあふれる世界有数の大都市から一歩聖堂の中へと入っていくと、途端に静寂と解放感を持ったひんやりとした神聖な空気に包まれる。
礼拝に来た信者だけでなく観光や明らかに他国民である旅行者などの姿も見受けられた。
聖堂の中には決して少なくない人数の人々が祈りを捧げている。
だが、これでも少ないと感じてしまうのはこの聖堂の広さにあるだろう。
この聖堂は皇族の結婚式や戴冠式でも使われるように設計されているため、可能な限り広く設計されているのだ。

 聞くところによるとコーデリアの結婚も近いらしく、きっとこの場所で結婚式を挙げるのだろう。
エルシャもまだ正式にではないが招待をされている。
この場所で式を挙げる事が出来るなどどれほど素晴らしい事か…

 しかし、だからと言ってエルシャは自身の結婚式がそれに劣っているとは思えなかった。
エルシャの無茶な要求に見事応え、ごく短時間で執り行われた式は準備時間を考えると世界屈指と呼んでも良い程の者だっただろう…
まあ、これは若干強がりを言っているのではあるが。
しかし、不思議な事に式の間は辛いと感じていたはずだというのに、今思い返すと笑いがこみあげて来るような素敵な想い出になっているのだ。

 あの結婚式、女神さまからはどのように見えたのだろうか?
そんな疑問が湧きふと聖堂の中央に鎮座している女神像に目を向ける。
そこには大聖堂の名に相応しい凛々しい女神さまの姿…

 そしてその後ろからは光がさすようにステンドグラスの装飾が施されていた。
ステンドグラスに描かれているのは女神ロアリスの兄神カリウスとその妻であるファルチアナの仲睦まじい姿。
二人の間に描かれている幼子たちは二人の子供であり各国王家の祖先とも言われている。
それは王国や皇国も同様で、アズマール共和国は以前は王国として栄えていたのだがエルシャの生まれる前の戦で王家の血筋が途絶えたと言われている。
そしてこの二人の仲睦まじい姿がこの大聖堂がデートスポットになっている理由の一つであり、男女の仲にとってとても縁起のいい物となっている。

『今なら女神ロアリスの兄神カリウスが人の娘に恋をし、人として生きる道を選んだ気持ちがよくわかります』

 唐突に結婚式の際、ケヴィンがエルシャに突然求婚してきた時の事を想い出してしまい頬を染めてしまう。
夫はこのステンドグラスを見てあの言葉を思い付いたのだろうなと納得する。
そして、あの時まともに返事が出来なかったことを今になって悔しく思うのだ…
きっと、もう一度同じセリフを言われたのなら今度はハッキリと応える事が出来るだろう。

 目を瞑りロアリスとカリウス、そしてファルチアナに祈りを捧げる。
カリウスとファルチアナに結婚した事のご報告とロアリスには結婚式を見守って下さったこと、そして、素晴らしい夫と引きわせてくれた事への感謝を…

 ふと、湖で女神さまがイタズラ好きの少女に見えてしまった事を思いだした。
なので、薄目を空けるように女神さまの方を窺ってしまったのだが…
その姿が兄たちに見守られた妹のロアリスが仕方なく真面目に女神さまをやっている様子…などと不敬な事を考えてクスリと笑ってしまった。
あの時から何故だか女神さまが身近に感じられるようになってしまってしょうがないのだ。

エルシャはその後も壁や柱に掘られた神話をモチーフとした彫刻達を堪能し、神話に見守られ心安らかに祈りを捧げる時間を満喫するのだった。

………
……


「奥様、そろそろ次の場所へ向かうお時間です」

そして、そんないい気分をぶち壊しにする人間がどうしていると思うだろうか…

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