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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

32.フレポジ夫人と腕輪

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「奥様、そろそろ次の場所へ向かうお時間です」
「もう少しここを観ていたいので今日はこの大聖堂を見て終わりにします」
「しかし予定が…」
「予定を決めるのは私です。あなたも待つのでしたらそこで祈りを捧げていなさい」
「………馬車でお待ちしております」

 ため息が出そう…と言うには少々度が過ぎていてむしろ若干の恐怖すら感じる。
一体あれは誰だ?そんな疑問がエルシャの頭の中で駆け巡る。
ただ、ここから一人で帰れと言われても街を一人で歩くなどした事が無い。
さっさと屋敷に戻りあの侍女を傍に付ける事にしようと決めたのだった。

………
……


 諦めて帰りの馬車に乗り込み帰宅を指示、しばらく馬車に乗っていたのだがふと違和感を感じた。

「屋敷に戻れと言ったはずですが…方向が違うのでは?」
「この時間帯は混み合うためルートを変えているのですよ、ご心配なく…」
「そ…うですか」

そんなわけあるか。
その言葉が出かかって言葉を止めたエルシャ。
明らかにおかしい…
本来ならばこのまま馬車を下りて一人で帰ってしまいたい所ではある。
だが、老いているとはいえ訓練を受けているだろうジェジルとエルシャの体力を比較しエルシャが勝てる見込みが全くない。
馬車を離れて騒ぎを起こす事はむしろ相手の思うつぼになりえるのだ。

 警備隊でもすれ違ったのなら声をかけ保護を求めるのだが…
明日のパーティーのため皇城の周辺に動員されているのだろう。
未だすれ違う事はない。

 そうこうしている内に相手の目的の場所に着いてしまったようだ…
馬車は当初予定していた観光ルートであった教会へと到着していた。

「少々お待ちください」

 そう言って馬車を離れて行ったジェジルはフードを被った人間と会話をしていた。
エルシャはハーケーンに来るときにケヴィンから貰い腰に身に着けている短剣をチェックする。
そしてどう逃げるかを思案している所にジェジルが扉をノックした。

 一瞬開けるかどうかを迷ったが仕方なくジェジルに顔を見せる。
するとジェジルはフードの男から受け取ったとみられる箱を見せ、そしてそれを開いてエルシャに言った。

「ケヴィン様からの贈り物です。どうぞ身に着けてください」
「聞いておりませんが…」
「実はサプライズなのですよ、隠していて申し訳ありません」

 そう言って深々と頭を下げるジェジル、そしてそれを聞いてエルシャは深く納得した…


( 気 持 ち が 悪 い ・・・ )


 もし仮に夫が何かをプレゼントするのであればソレは女性を口説くための口実でしかない。
そしてそれは愛の言葉で過剰包装をしてもなお下心が見えてしまう物、それがケヴィンという男だ…
あの軽薄男がそのチャンスを他人に委ねるだろうか…?
否、これは夫の手口ではない。

 そして、その腕輪とやら…ジェジル自らが付けているブローチと同じ材質。
しかも何が材料になっているか不明な装飾品を着けさせるとは…
この趣味の悪い腕輪が夫を騙った何かからの贈り物だという。


 夫の名を騙った…その事に自分でも驚くほど怒りと嫌悪感を感じていた。
だがしかし、今ここで目の前のナニモノかを怒鳴りつける事は得策ではない。
身体能力が高くないエルシャにとって何か行動を起こすのであれば他人を動かすか不意打ちしかあり得ない。
刺激して相手の行動を促してはいけないのだ。

「お着けいたしま…」

その言葉を言いきる前にエルシャはジェジルからその腕輪の入った箱をひったくる。

「女の身だしなみを男性の前で出来るわけがないでしょう、離れていなさい」

ピシャリと言い放ち、エルシャは馬車の扉を閉めた。

―――――――――――――――――――――――

馬車の窓のカーテンまで閉められたジェジル…
扉を見てため息をつきながらその場を離れた。

「全く…これだから貴族というやつは…」

そうぼやきつつもジェジルはフードの男の下へと歩いていき今後の打ち合わせをした。

「それでこれからどうする予定なんだ?」
「ああ、皇女の誕生パーティーで"薔薇"を使う予定だ」
「"薔薇"…発動の為の魔力は?」
「問題ない、手配済みだ…これで貴族どもを皇族もろとも一網打尽にできる」

長い時間をかけて立てた計画、念願かなってようやく漕ぎつけたチャンス、フードの男の語気も思わず高くなる。
ジェジルの方はそれに共感しつつももう一つの仕事の方を気に掛けた。

「まさかエルシャルフィールが皇都にいるとはな…」
「全くだ、だがエルシャルフィールを乗っ取る事に成功すればあのケヴィンの方も何とでもなる」
「何度も邪魔されたからな…あの男は生かしておいては危険だ」

行動が予測できないケヴィンという男、『常闇の鐘』は度々あの男の不可解な行動に自分達の計画がかき乱されるのだ。
『黄金の稲穂』のメンバーは全員警戒対象であるが、あのクランの団長とケヴィンは特に要注意人物であった。

「王都の奴等の失敗を我らが対処する事になるとは…」
「…例の女に相当手を焼いているようだな。なんでもケヴィンが二人に増えたようだと…」
「悪夢じゃないか、やめてくれ…そもそもなんでエルシャルフィールがケヴィンの妻になっているんだ。
報告では心身衰弱状態とあったがまるでその様子もなかったぞ?」
「それこそケヴィンの仕業だろう…エルシャルフィールも女だという事だ」
「本当に厄介な…」

………
……


―――――――――――――――――――――――

(皇女の誕生パーティーで"薔薇"を使う?)
(私を乗っ取り…狙いはケヴィン様!?)

 カーテンの隙間から二人の会話を覗き見ていたエルシャ。
この程度の読唇術、教育を受けた貴族令嬢ならば誰でもできる。
あの男達は少々貴族令嬢を甘く見すぎだ。(※個人の感想です)

だがこれで確定だ…
ジェジルは既に正気ではなく、この腕輪は何か邪悪な物…
"薔薇"が何を指すものもかは分からない。
だが、彼らはパーティー会場で何かとんでもない事を決行するつもりなのだ。
そして"薔薇"を使う…つまり会場である城にも既に彼らの手の者が紛れ込んでいるという事。

 ずっと覗いているわけにもいかない。
エルシャはジェジルたちから見えているのとは逆の扉からそっと外に出た。
自分の足だけでは彼らを振り切る事は出来ないだろう。
であれば、可能になるための足を用意する必要がある。

 腕輪の箱はバッグの中に入れ、腰から短剣を引き抜くと馬車に繋いでいる馬へと近寄った。
そして急いで馬車と馬を繋ぐハーネスを切り裂く。
驚いた事にこの短剣の切れ味は物凄く、時間がかかるかもしれなかったその作業があっという間に終わってしまった。
静かに進めたその作業にジェジルたちが気が付いたのはエルシャが馬に飛び乗った後だった。

「何を!!」「止めろ!!」

 彼らの言葉など当然聞く耳は持たない。
エルシャは馬から振り落とされないようしがみつきつつ勇気をもって馬走らせ、そしてムチを入れた。

 突然エルシャを乗せて走り出す馬。
フードの男は焦りながらも逃げるのを阻止するためにエルシャに対して術をかけようとした。

『テラーカーズ!!』

 その言葉を発した瞬間、男の体から黒い霧のようなものが現れエルシャに向かって放たれる。
近づいてくるその霧に何か邪悪なゾッとする物を感じたエルシャ。

 咄嗟にムチを手放し腰の短剣を引き抜きその霧を斬りつけた。
別に何か考えがあっての行動ではなかった。
ただそうしなければならない…そんな気がしただけの行動。
だが、短剣は黒い霧を切り裂いたのだ。

「ロアリスの短剣だと!?」

 男達はそれに驚愕する…しかし、エルシャの危機はそこでは終わらなかった。
自らの身は守れたとしても馬の方は守れなかったのだ。
黒い霧は馬を包み込み、そして黒い霧に蝕まれた馬は恐怖のあまり嘶き声をあげ制御を失ってしまった。

「なに、どうしたの!?」

ここで止めるわけにも降りるわけにもいかない…
そんなエルシャを乗せたまま馬は暴走状態で街中を駆け巡る事になったのだった。

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