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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(前編)

33.フレポジ夫人と暴走

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「馬が暴走しています!道を空けてっ!!」

 エルシャが今まで生きて来た中でこれ以上にないくらいの声を張り上げつつ、その暴走する馬の上に放り出されまいとしがみついていた。
振り落とされれば命はない…仮にあったとしても大怪我は必至だろう。

 この体はフレポジェルヌの跡継ぎを産まなければならない体であり、大怪我で子を産めなくなるなどもってのほか。
しかしだからと言って目の前の罪のない人々に怪我を負わせていい事にはならない。
制御が効かない馬の上から何度も何度も目の前の人々に警告し続ける。

「馬が暴走しています!道を空けてっ!!」

 そうしながらもエルシャは考えていた。
この危機をどうすればいいのか…どうすれば周りの被害を最小限にとどめることが出来るのか。
警備隊であれば馬を止めることが出来るかもしれないが詰所の多くは人通りの多い場所に設置されており危険。
そして導き出した結論は、日中人通りの多い街中を避け、冒険者達が多い旧市街へと誘導する事であった。
あの屈強な者たちであればこの馬をどうにかする方法があるかもしれない。
その可能性に賭けたのだ。

―――――――――――――――――――――――

「兄さん、その砂糖菓子二つ頂戴」
「お?アイリーンじゃねーか…ほら一つオマケだ」
「あら、ありがとう。たまにはうちにも顔出しなよ?」
「ああ、こないだカミさんにどやされてな…ほとぼり冷めたら飲みに行くさ」
「ハハハッ、大事にしてやんな」

 アイリーンが屋台で菓子の包みを受け取っていると、何やら人々の悲鳴が聞こえて来た。
何だ?とそちらの方へ振り向くとそこにはこちらに近づいて来る一頭の馬。

「馬が暴走しています!道を空けてっ!!」

そんな声が聞こえて来るではないか。
そしてその馬がアイリーンの目の前を横切ったのだが、その馬に乗って怒鳴っているその姿に何やら見覚えが…
事態が全く把握できないがとりあえずマズい状況なのは理解できたためすぐに行動を起こすアイリーン。
近くに繋がれていた馬に飛びつきソレに跨った。

「緊急事態だ!!おじさん馬借りるよ!返却は冒険者ギルドへ!ハッ!!」
「お、おい!!」

アイリーンはエルシャの乗る馬を追いかけた。
馬を盗られたと思った男が後ろで怒鳴っているが今はそれどころではない。
全速力で馬を走らせエルシャを追った。

………

 声も枯れそうだが今ここで叫ぶのを止めるわけにはいかない。
冒険者ギルド周辺へを走らせてはいるが大通りよりも人は少ないとはいえ、この辺りも数多くの人々が生活しているのだ。
しがみついているのがやっとなエルシャ、その腕も限界を迎えようとしていた。
どうにかしてこの馬を止めなくてはならないのだが、その方法が思いつかない。
するとすぐ近くから声が聞こえて来た。

「馬を止めな!!」
「ぐぅ…暴走して…!!」
「その先を右に!大きな池がある!!」

振り向くことも出来ずに声に応え、その指示に従い必死に方向を変えた。
すると今度はエルシャの馬に女の馬が横付けされ、その馬上から手を差し出される。

「こっちへ!!」

手を伸ばして来る女…
手を放す事に恐怖があるものの、既に力が限界だ。
震える手に喝を入れ必死に伸ばす。
女がその手掴むと驚くほど強い力で思いっきり引き寄せた。

エルシャの体が一瞬空中を舞ったかと思ったら今度は馬の背で腹を思いっきり打ち、「ケハッ!」と肺の空気が抜けていく。
そして、乗っている女の馬は徐々にスピードを落としていった。
その速度が停止するとエルシャも次第に冷静になり…そして恐怖が再び湧き上がってくるのだ。
馬が池に飛び込む音を聴きつつ女が声をかけてくる。

「あんたどうしたってこんな?」
「ありがとう…ございま…」

その言葉の途中で助かった安心から意識が遠のくのだった。

………
……


―――――――――――――――――――――――

「………っ!!」

 目が覚めたエルシャはキョロキョロと辺りを窺う。
どうやら小さな部屋の中でエルシャはそこのソファーの上に寝かされていた。
動物の小屋にしては奇麗すぎる、なのできっと平民の家のような場所なのかもしれない。
小さな鏡台が何個かあるのでもしかしたら何処かの休憩室のような場所だろうか?
壁には風景画、海の絵であるが勿論エルシャの故郷の海ではなくハーケーンの海岸だ。

 エルシャが思案しているとノックもなしに部屋に入ってくる者が現れた。
反射的に身構えるも現れた人間は驚くべき人であった。

「おや、目が覚めたかい?」
「…アイリーン…様?」
「様はよしとくれよ、ケヴィンには手切れ金も貰ってたのに昨日のは完全に私の落ち度だ…悪かったね」
「いえ…こちらも突然怒鳴ってしまって」

 ケヴィンの元契約愛人という曰くつきではあるが、ケヴィンの知り合いに会えたことで少しホッとするエルシャであった。
だが、そうすると今度は今の状況が心配になるわけで…
今の時間が気になり窓を探すが生憎ここには窓が無い。

「あれからそんなに時間はたってないよ。今は昼飯どきだね」
「そうでしたか…ではこうしてはいられません」
「ちょっと待ちなよ、一体どうしたっていうんだい?」
「………」

 エルシャは考える…ここで彼女の力を借りるべきか?
本来ならば借りるべきなのだろう、だがエルシャの心に一瞬迷いが生じた。

「それってこいつと何か関係あるのかい?」

 そう言って見せてきたのは例の腕輪。
エルシャは血の気が引くような気分で叫んだ。

「ソレに触れてはなりません!」
「おやどうしてだい?もしかしてコレあんたの大事なものだったりする?」
「違います!誰がそのような物…いいから箱に戻しなさい」
「だったらサッサと何があったか話しちゃいなよ…これでも私アンタの命の恩人だと思ってるんだけど?」

アイリーンのその行為にエルシャはため息をつき…そして今までの経緯を話したのだが。

「つまりそのパーティーでそいつ等が何かをするつもりでハーケーンの一大事って事…」
「はい、内部にも協力者がいるような口ぶりでしたからかなり危険かと…
そしてターゲットにはケヴィン様も含まれているようでした」
「それでこの腕輪は?」
「人の思考…もしくは身体を乗っ取る類の物と認識しています。
実際ケヴィン様に紹介された使用人が全くの別人のようになっていましたから…」

アイリーンはその腕輪を眺めながらふーんと聞いていた。
一体何を考えているのか…エルシャにはその腕輪を持っている事すら恐ろしいというのにアイリーンにその様子が無い。
信じていないのか?それならそれで別に…
そう思っているとアイリーンが口を開いた。

「じゃあさ…」

ニヤリと笑うアイリーンにゾッとするような悪寒を感じ一歩下がるエルシャ。

「これをあんたに着けてそいつ等に引き渡せばケヴィンは私の物って事ね…?」
「…何を!」

そう言ってアイリーンはいきなりエルシャの腕を掴み耳元で囁いた。

「舞台から退場してもらいますよ、お姫様…」
「!!!」

そこでエルシャの意識は途絶えたのだった…

―――――――――――――――――――――――

「全く何てことだ、折角エルシャルフィールを手に入れるチャンスだったのに逃がすなんて」
「私のせいだけにするな同胞よ…アレが中々に曲者だという事は知っていただろ?」
「そうだが…まあいい、今はその事だけにかまけているわけにはいかないんだ」
「ああ、我々の本来の目的は明日のパーティーなのだからな。薔薇の準備は?」
「当初の見込みよりは少ないが問題はない。後はアレを受け取るだけだ」

 先ほどエルシャを逃がした二人は屋敷に戻っていた。
あの娘がノコノコ戻ってくるとは考えにくいが他に行く当てがあるとも思えない。
どうにかこの館の人間とコンタクトをとる方法を考えているだろう。
もしチャンスがあればそこを狙うつもりであった。

 こちらが攻撃を受けてもどうせこの肉体も使い捨てで構わないのだ。
パーティーの方の計画が変わらなければ何の問題もない。

「だが、ケヴィンはどうする?
エルシャルフィールがパーティー会場に来なかったら流石に不信に思うだろう」
「探すために会場から離れてくれるのならそれこそ願ったりかなったりだろう。
まあ、ケヴィン自身を手に入れられないのは残念ではあるが…」

 庭でそんな話をしていると、突然その話を遮る者が現れた。

「諦めるのはまだ早いんじゃない?」

「誰だ!?」と振り返った二人の前に現れた人物…
そこに立っていたのはエルシャその人…
そして、その腕には禍々しい光を放つ腕輪が身に着けられていたのだった。

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