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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)

19.助っ人メイドと敗走

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 ケヴィンの隣に立っているエルシャルフィールの姿に、エメルの足は完全に止まってしまっていた。
しかし、夜会は既に始まっている。
自分がエメルとしてここにいられるのはパーティーの助っ人としての役目があればこそ。
今その仕事を放棄する事は許されない…
そんなエメルに対してミケーネが声をかける。

「それじゃあ、エメルさんはココで指示を出してください。動くのは私たちでやりますので!」

エメルを気遣うミケーネの心遣い…それにふと荷が下りたように感じるエメル。
顔を振り自分は大丈夫だと言い聞かせ、今やるべき事の為に心を奮い立たせた。

「いえ、大丈夫です…皆さんだけに働かせるわけにはいきません」
「あ、いや、そういうのいいんで、エメルさんはココで指示をお願いいたします」
「………???」
「エメルさんはココで指示をお願いいたします」
「わかり…ました…」

…なんだろうこの釈然としない感じは。


―――――――――――――――――――――――

「あちらの会話をしているお客様にブルム産のワインを分かるようにお持ちして」
「ブルム産ですか?」
「ええ、出身地のワインなら会話のネタになります」
「…お知り合いなんですか?」
「会話を見ればわかるでしょう…ほら早く」
「は、はい…(ほんと何者なんだ???)」

「あちらの壁の花にどなたか紳士を派遣して」
「え…紳士ですか?調理場にあったかな…?」
「冗談を言っている場合ですか、皇女殿下のパーティーで楽しまずに帰してはなりません。
多分このような場に慣れていらっしゃらないのでしょう。
彼女が自信を持てるように会話を誘導出来ればそれで構いません」
「は、はい…知り合いの騎士様にでも頼んでみます」

「左テーブル、料理が足りていません。何をやっていますか!」
「は、はい!只今お持ちします!」
「パーティーは女の戦場ですよ?気を抜いてはなりません」
「は、はい…生き延びて見せます!(???)」

 会場全体の状況を把握し問題がある場合はその都度、他のメイドに指示を出し対処をしてもらう。
メイド長が未だ帰って来ないので、引き続きエメルがこの場を任されているのだが…

(((ところでメイド長いつ帰ってくるんだ???)))

当然の疑問を持ちつつも、使用人は皆逆らったらマズい人間認定をしたエメルの命令に忠実に従っていた。


 そして、エメルは命令を出しつつもエルシャルフィールに注視していた。
コーデリアが会場に訪れた際にエメルには気づいた事がある。
確かにアレはドワーフ織のドレスであり色も赤と予定通り…だが、それは店で見せられた物とは似ても似つかぬ物。

 お揃いのドレスを着ようというコーデリアの誘いに乗った上でそのコーデリアが別のドレスを着て来る。
こんな屈辱的な裏切り行為をされた状況で、冗談で笑顔を浮かべるわけもない。
例えコーデリアが皇族であろうともこちらは王国貴族であり忠誠の先はハーケーンではない。
それならば、王国貴族への侮辱と受け取りそのままパーティー会場を後にした所で何の不思議もないだろう。

 コレで反応が無いのであれば、あのエルシャルフィールは少なくとも中身は別人という証明だろう。
そして、確かに今のエルシャルフィールはケヴィンの横で微笑を浮かべたままでいる…
エメルは確信した、アレは確実に自分ではないと…

エメルが伝えたエルシャルフィールの言葉。
エメルであれば絶対に相手にしないような言葉を汲み取り、エルシャルフィールに揺さぶりをかけてくれる友人。
なんと心強い事か…

 そして、あのエルシャルフィールは外見がどうあれ中身は確実に自分ではないのだ。
であれば、刺し違えてでも自分の身体を好き勝手させるわけにはいかない。

レッグホルダーの短剣を使うか…?

だが、今は横にケヴィンがいる。
周りにも自分ではとてもではないが敵わないであろう男性が数多くいる。
こんな状況ではエルシャルフィールに手出しなど出来ようはずもない。
やはり、夫と一度会話をして何とか話でも聞いてもらわねばならないのだが…

そうこうしている内に、ライムがエメルに声をかけて来た。

「エメルさんエメルさん、見てください。
ケヴィンさんと『紅薔薇』のメンバーがダンスを披露するみたいですよ!」
「『紅薔薇』…?」
「知りませんか?『紅薔薇』はケヴィンさんが最初に所属していた冒険者クランなんですよ」
「ああ…」

 『紅薔薇』はケヴィンが加入するまでは女性だけのパーティーとして既に皇都で有名な冒険者であった。
そして『紅薔薇』が引退する際にその仕事の引継ぎ先の多くがケヴィン達が立ち上げた『黄金の稲穂』であった。
つまり、『紅薔薇』は『黄金の稲穂』の前身という一面もあったのだ。
それ故に、皇国での知名度人気共に高く、当然の様にパーティー会場中の注目を集めたのだった。

「きっと『紅薔薇』がケヴィンさんの結婚を祝福しているんだわ…エモい!」

 横でライムが楽しそうに話しかけて来るが…
エメルはそれどころではなかった、先程から体が震えてしまって動けないのだ。

自分のパートナーであるべき男性が自分を誘わずに他の女性とダンスを踊る。
そんなのは慣れ切っていたはずだった。
それなのに、夫が自分の姿の別人をエスコートする姿に胸が締め付けられる…

やめて!夫を返して!!

そう言って飛び出したかった…
だが、その勇気すら持てない。
もしそれで夫から拒絶されたらエメルはきっと立ち直れない。

だから…

ケヴィンがエルシャルフィールの耳元で何かを囁こうとする瞬間…

エメルは咄嗟に目を逸らしパーティー会場に背を向けていた…
また…逃げたのだ。
女としての勝負の場から…
貴族としてのエメルは誰よりも気高く在れる。
しかし、女としては夫という存在の後ろに隠れていただけの誰よりも弱い存在であったのだ…

「ハァ…ハァ…」

城の中を走り、庭園へと逃げ込むエメル。
外は既に夜…
パーティーの音楽が聞こえて来る。
きっと、あの音楽に合わせてケヴィンは偽物の自分とダンスを踊っているのだろう。
結局自分は夫に危険を知らせる事すらできなかったのだ。
夫が自分を見つけてくれると信じる事も、自分が偽物から夫を取り戻せると信じることも出来ず。
なんと惨めな敗走か…

………スッと空を見上げる。
そこにあるのは暗い闇夜のみ。

ああ…

このまま夜の闇に溶けてしまおうか…

そうして闇に手を伸ばす…

………
……


「かあさま?」
「っ…!」

ハッと正気に戻り声の方へと振り返ると…
そこにいたのは一人の小さな少年。

「皇子殿下…」


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