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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)
27.フレポジ夫人と黒の卵
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「邪神の聖域?」
思わず吐き気を催しそうな気配に包まれ、不安そうに尋ねるエルシャ。
「ああ、俺たちが邪神と呼ぶ女神ヴェルイード…それを信仰する信者を生贄とし造られた領域。
邪神の呪い…奴らの言う所の加護だな。中からの脱出が難しい代物だ…」
ふと視線を動かすと招待客の一部がこの会場から逃げようとするも影のような壁に行く手を阻まれていた。
「パーティー会場にいる全ての人間を捕まえたと…脱出方法は?」
「………術者を始末すること、なんだが」
言って、その術者の方へ視線を向ける…
「ジェジル、コレは一体どうゆう事だ?」
視線の先の老執事に向かって尋ねるケヴィン。
それに対して突き刺した剣を引き抜きながら答えるジェジル。
「見て分からんか?女神に供物を捧げただけだ」
「お前は…誰だ?」
「見ての通りジェジル…と言いたい所だが、まあ今更信じる事もないだろう」
そして剣をケヴィンへと向け名乗った。
「私の名はフィフティフ、女神ヴェルイード様に魂を捧げし者…」
女神ヴェルイード様に魂を捧げた…
その言葉を聞いた瞬間エルシャから殺気が漏れる、それを感じたケヴィンは手で制す。
エルシャ達ロアリス教徒にとっては邪神ヴェルイードは明確な敵である。
それは神話の時代ヴェルイードが人間達を滅ぼす寸前まで殺戮を繰り返したという伝承によるものだ。
ロアリスが人間に与えた<スキル>の力、それを持って邪神の軍団に立ち向かった祖先たち。
そして、その<スキル>を貰い受けた子孫たちが現代の貴族と呼ばれる者達と言われている。
貴族の存在意義の原典は邪神に対抗する力の維持と戦う義務の継承にある。
だからこそ貴族にとって、ロアリス教徒である事と事は邪神との対抗する事と等しいのだ。
それは軽薄男が目を逸らしながらも「敬虔なロアリス教徒ですよ?」と答え、邪教徒に露骨に警戒するくらいに…
そして、真に敬虔な信徒であるエルシャにとって邪神に魂を捧げた者は即斬である。
そんな、貴族であるエルシャの目の前で堂々と「邪神に魂を捧げた」と言えば、エルシャの目の色が攻撃色に変わったとしてもおかしくはないのだ。
そして周りのパーティ―客の中の武闘派連中すら身構えている。
ケヴィンはそれらの人間達が血の気が昇って飛び出さないよう自らがフィフティフに語り掛ける。
「ジェジル…ではなくフィフティフとか言ったか、それでお前の目的は…聞くまでもの無く皇家か」
「残念ながら皇帝はいないが、邪魔な兄妹が始末できれば十分だからな…」
「…いや、兄の方はココにはいないぞ?」
「………?」
ケヴィンのツッコミにキョロキョロと見渡し、皇子を探すが…確かに見当たらない。
「逃げたか!」
「いや、お前の計画なんて知らんし…まあ、あいつの事だから荒事は任せると逃げた可能性は大いにあるが(ゴニョゴニョ」
「ふん…まあ、コーデリア皇女さえ始末できればあんな無能皇子などどうでもよい」
「なあ…あんま人を無能無能言わない方が良いぞ?別にそれでお前が優秀になれるわけでもないんだから…」
そんなくだらない会話で注意を引きつつ周りの気配を伺うと、コーデリアの傍にラビーニャと護衛の騎士が集り、フィフティフを囲むように警備にあたっていた騎士も剣を抜き集まっていた。
「言っておけ…既に『薔薇』の配布は他の私が済ませているのだからな。
そしてこの『黒薔薇』を以てそれは花開く…」
言うとフィフティフは懐から黒い宝石で作られた『薔薇』を取り出した。
「『薔薇』…?」
フィフティフは不敵な笑みを浮かべながら『薔薇』という単語を言葉にする。
そしてその視線がケヴィンの胸元へと向いた時、エルシャはハッと気が付いた。
「ケヴィン様、いけません!」
ケヴィンの胸元に着けられていたのは赤いブローチ。
咄嗟に夫の胸元へと手を伸ばそうとするのだが、一足遅かった。
「無駄だ!ヴェルイード様の奇跡、とくと思い知れ!!」
叫び『黒薔薇』を天空へと掲げると、その『黒薔薇』からどす黒い邪気が溢れ出て来る。
「あれは『黒の卵』!マズいっ!」
フィフティフの手に収まっている黒い宝石がその正体を現した瞬間、反射的に自分に伸ばしていたエルシャの手を引き寄せ抱きしめ庇う。
エルシャは一瞬自分が疑われ拘束されたのかと思ったのだがそうではなく、単に夫は近くにいた自分を守ろうとしただけなのだと知る。
掲げられた『黒薔薇』が本来の姿を露にすると会場中に"憎悪"のような波動に包まれたのだ。
恐怖で凍える体が夫の温もりに縋りつく…
そんなエルシャを抱きしめつつも更にエルシャルフィールにも手を差し伸べるケヴィン。
「エルシャ、こっちへ!」
しかし、エルシャルフィールはその場から動く気配はなく、この邪悪な気配の中においてもひょうひょうと佇んでいた。
「…エルシャ?」
エルシャルフィールの不可解な反応に戸惑うケヴィン。
あの『黒の卵』を初めてみる人間であればあのように冷静な対応など出来るわけがない。
今腕の中にいる美女の様に怯えるのが当たり前の反応なのだ。
『黒の卵』
それは多くの人間達を生贄に捧げその魔力を練り上げた結晶…
邪教徒たちの切り札とも言えるソレは、当然皇国側も最大限警戒しているはずで、その内包魔力の高さから城への持ち込みは厳重にチェックされているはず。
それがココにあるという事は何者かが手配したのか…しかし、それを今ここで論じても仕方がない。
すぐにでもアレを止めなければならないのだが…
皇室のパーティ―に武器持参で参加するわけもなく、生憎今のケヴィンは素手である。
そして腕の中にいる自称エルシャも見捨てるわけにはいかない。
そんな風に手をこまねいている内に事態は進んで行ってしまう。
「会場中の人間達に撒いた『黒薔薇の種』が赤き薔薇を喰い破り花開くのをとくと見よ!」
「ダメ!」
エルシャは凍り付く心を奮い立たせ自分を庇ってくれている夫の胸元のブローチに手を伸ばし引きちぎった。
「やめろっ!」
その行動の意味を感じたケヴィンは叫んだが、エルシャがブローチを握りしめたまま『黒の卵』はその力を解き放った。
そして…
………
………
………
「「「で???」」」
特に何も起こる事は無く、静寂がその場を支配しただけであった。
思わず吐き気を催しそうな気配に包まれ、不安そうに尋ねるエルシャ。
「ああ、俺たちが邪神と呼ぶ女神ヴェルイード…それを信仰する信者を生贄とし造られた領域。
邪神の呪い…奴らの言う所の加護だな。中からの脱出が難しい代物だ…」
ふと視線を動かすと招待客の一部がこの会場から逃げようとするも影のような壁に行く手を阻まれていた。
「パーティー会場にいる全ての人間を捕まえたと…脱出方法は?」
「………術者を始末すること、なんだが」
言って、その術者の方へ視線を向ける…
「ジェジル、コレは一体どうゆう事だ?」
視線の先の老執事に向かって尋ねるケヴィン。
それに対して突き刺した剣を引き抜きながら答えるジェジル。
「見て分からんか?女神に供物を捧げただけだ」
「お前は…誰だ?」
「見ての通りジェジル…と言いたい所だが、まあ今更信じる事もないだろう」
そして剣をケヴィンへと向け名乗った。
「私の名はフィフティフ、女神ヴェルイード様に魂を捧げし者…」
女神ヴェルイード様に魂を捧げた…
その言葉を聞いた瞬間エルシャから殺気が漏れる、それを感じたケヴィンは手で制す。
エルシャ達ロアリス教徒にとっては邪神ヴェルイードは明確な敵である。
それは神話の時代ヴェルイードが人間達を滅ぼす寸前まで殺戮を繰り返したという伝承によるものだ。
ロアリスが人間に与えた<スキル>の力、それを持って邪神の軍団に立ち向かった祖先たち。
そして、その<スキル>を貰い受けた子孫たちが現代の貴族と呼ばれる者達と言われている。
貴族の存在意義の原典は邪神に対抗する力の維持と戦う義務の継承にある。
だからこそ貴族にとって、ロアリス教徒である事と事は邪神との対抗する事と等しいのだ。
それは軽薄男が目を逸らしながらも「敬虔なロアリス教徒ですよ?」と答え、邪教徒に露骨に警戒するくらいに…
そして、真に敬虔な信徒であるエルシャにとって邪神に魂を捧げた者は即斬である。
そんな、貴族であるエルシャの目の前で堂々と「邪神に魂を捧げた」と言えば、エルシャの目の色が攻撃色に変わったとしてもおかしくはないのだ。
そして周りのパーティ―客の中の武闘派連中すら身構えている。
ケヴィンはそれらの人間達が血の気が昇って飛び出さないよう自らがフィフティフに語り掛ける。
「ジェジル…ではなくフィフティフとか言ったか、それでお前の目的は…聞くまでもの無く皇家か」
「残念ながら皇帝はいないが、邪魔な兄妹が始末できれば十分だからな…」
「…いや、兄の方はココにはいないぞ?」
「………?」
ケヴィンのツッコミにキョロキョロと見渡し、皇子を探すが…確かに見当たらない。
「逃げたか!」
「いや、お前の計画なんて知らんし…まあ、あいつの事だから荒事は任せると逃げた可能性は大いにあるが(ゴニョゴニョ」
「ふん…まあ、コーデリア皇女さえ始末できればあんな無能皇子などどうでもよい」
「なあ…あんま人を無能無能言わない方が良いぞ?別にそれでお前が優秀になれるわけでもないんだから…」
そんなくだらない会話で注意を引きつつ周りの気配を伺うと、コーデリアの傍にラビーニャと護衛の騎士が集り、フィフティフを囲むように警備にあたっていた騎士も剣を抜き集まっていた。
「言っておけ…既に『薔薇』の配布は他の私が済ませているのだからな。
そしてこの『黒薔薇』を以てそれは花開く…」
言うとフィフティフは懐から黒い宝石で作られた『薔薇』を取り出した。
「『薔薇』…?」
フィフティフは不敵な笑みを浮かべながら『薔薇』という単語を言葉にする。
そしてその視線がケヴィンの胸元へと向いた時、エルシャはハッと気が付いた。
「ケヴィン様、いけません!」
ケヴィンの胸元に着けられていたのは赤いブローチ。
咄嗟に夫の胸元へと手を伸ばそうとするのだが、一足遅かった。
「無駄だ!ヴェルイード様の奇跡、とくと思い知れ!!」
叫び『黒薔薇』を天空へと掲げると、その『黒薔薇』からどす黒い邪気が溢れ出て来る。
「あれは『黒の卵』!マズいっ!」
フィフティフの手に収まっている黒い宝石がその正体を現した瞬間、反射的に自分に伸ばしていたエルシャの手を引き寄せ抱きしめ庇う。
エルシャは一瞬自分が疑われ拘束されたのかと思ったのだがそうではなく、単に夫は近くにいた自分を守ろうとしただけなのだと知る。
掲げられた『黒薔薇』が本来の姿を露にすると会場中に"憎悪"のような波動に包まれたのだ。
恐怖で凍える体が夫の温もりに縋りつく…
そんなエルシャを抱きしめつつも更にエルシャルフィールにも手を差し伸べるケヴィン。
「エルシャ、こっちへ!」
しかし、エルシャルフィールはその場から動く気配はなく、この邪悪な気配の中においてもひょうひょうと佇んでいた。
「…エルシャ?」
エルシャルフィールの不可解な反応に戸惑うケヴィン。
あの『黒の卵』を初めてみる人間であればあのように冷静な対応など出来るわけがない。
今腕の中にいる美女の様に怯えるのが当たり前の反応なのだ。
『黒の卵』
それは多くの人間達を生贄に捧げその魔力を練り上げた結晶…
邪教徒たちの切り札とも言えるソレは、当然皇国側も最大限警戒しているはずで、その内包魔力の高さから城への持ち込みは厳重にチェックされているはず。
それがココにあるという事は何者かが手配したのか…しかし、それを今ここで論じても仕方がない。
すぐにでもアレを止めなければならないのだが…
皇室のパーティ―に武器持参で参加するわけもなく、生憎今のケヴィンは素手である。
そして腕の中にいる自称エルシャも見捨てるわけにはいかない。
そんな風に手をこまねいている内に事態は進んで行ってしまう。
「会場中の人間達に撒いた『黒薔薇の種』が赤き薔薇を喰い破り花開くのをとくと見よ!」
「ダメ!」
エルシャは凍り付く心を奮い立たせ自分を庇ってくれている夫の胸元のブローチに手を伸ばし引きちぎった。
「やめろっ!」
その行動の意味を感じたケヴィンは叫んだが、エルシャがブローチを握りしめたまま『黒の卵』はその力を解き放った。
そして…
………
………
………
「「「で???」」」
特に何も起こる事は無く、静寂がその場を支配しただけであった。
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