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2章:新婚旅行は幻惑の都で…(後編)
47.新婚夫婦と海(エピローグ)
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「帰る前に寄りたい所はあるか?」
夫のその問いにエルシャはならばと答えた。
いつもの荷馬車に揺られて着いたのは皇都メルシュトゥームの最西端。
目的地に着く前に寄る所があると言ってケヴィンが向かったのは小さなパン屋であった。
そこに着くと香ってくるのがパンの香と共に何やら甘い香り…
夫は店の中へと入ると店員と軽く会話をした後に商品を抱えて出て来た。
「コレが美味いんだ…!」
そう言って渡されたのはタダのパンの様なのだが…
一つをエルシャに押し付けると荷馬車を走らせながら頬張り始める。
はしたない…などという言葉が浮かんだが、夫のその幸せそうな顔を見れば何も言うまい。
夫に倣ってエルシャもパンを口に運ぶと中からチョコレートが現れた。
チョコレートは以前エルシャも食べた事はあるが王国では高価なので頻繁にというわけでもなかった。
久々に食べたチョコレート、温かいパンにそのチョコレートが絡まり背徳的な味を引き出していた。
パクパクと食べてしまう夫の横でエルシャは噛み締めるようにそのチョコパンを食べていた。
食べ終わる頃に、エルシャの耳に遥か昔に聞いた事のあるような音。
そしてチョコレートに遮られていた匂いも漂って来る。
馬車から降り、白い砂浜へと足を踏み入れる…
最後に見たかった光景…
それは幼い頃、元婚約者の立太子の為に訪れた日以来戻る事の無かった故郷。
別れを告げる事も出来ず離れ離れになった思い出。
あの海はもう見ることが無いのだと覚悟していた。
景色は確かに昔みた物とは違うが海の青さも潮の匂いも波の音も…
それは確かに記憶にある想い出と同じもの。
この海はきっと故郷と繋がっているのだろう。
………
「エルシャ…すまなかったな」
「何がですか?」
「いや…エルシャの事を侮っていたのかもしれないって思ってな。
もっとちゃんと説明するべきだった、それでエルシャを危険な目に合わせてしまって…」
「お気になさらずに…貴族とはその全てを他者に相談できるものではありません、それを知ってるつもりです」
「ほんと…エルシャは俺の知らない世界で生きて来たんだな」
そっと引き寄せられる肩、それを拒む理由などどこにもない。
「私もケヴィン様の事を侮っていたという意味では一緒です」
S級冒険者・聖剣の勇者・ハーケーンの英雄…
ただの女好きの軽薄男だけではない意外な姿に驚かされ続けている。
「エルシャがあんな行動的だとは思わなかった」
「私もビックリです…」
暴走した馬にしがみつき、荒くれ冒険者と交渉し、パーティ―に忍び込み、メイドの仕事をし、夫の戦いの場で短剣を振りかざす…
今までの人生では想像もしなかった事の連続である。
「…きっと私はケヴィン様の事を理解するの事は出来ないのだと思っております」
「酷い言いようだな」
「なら…ケヴィン様は私の事を理解できますか?」
「努力はしてるつもりだ…」
「ありがとうございます…ですが、私はそれが重要なものだとは思わなくなってきました」
理解できなくても…
お互いが寄り添える関係…
寄せては返す波と戯れるエルシャ
最初は波のタイミングを計り避けていたが、一度足を捕られてみると、次第に波に足に取られる事も悪くわないかなと思えるようになってくる。
そして、ひんやりとする足の感触…
幼い頃の想い出が甦る…
家族と過ごした日々、海で出会った少年…
もう会えないかもしれない、そんな覚悟で日々を過ごしてきたエルシャ。
だが、夫と出会ってからそんな覚悟などとうに崩壊してしまっている。
また会いたい…と。
ふと振り返ると夫がエルシャを眺めていた。
何かと理解が出来ない夫ではあるが何故だか何を考えているのかは分かる。
何故それを考えているのか…
何が嬉しいのか…
きっとあれは今晩どのようにエルシャを口説くのかを考えている顔だろう。
あの手この手で口説こうとする軽薄男…
何故だか今になってわかる事がある。
それは元婚約者が男爵令嬢に多くのプレゼントをしようとした事。
きっと夫の軽薄さの一割ほどでもあの元婚約者が持ち合わせていたのであればそうはならなかったのかもしれない…
…いや、それは違うか。
それが自分の本心なのかは分からない。
その気持ちに確証など何も無い。
口から出まかせ、夫の心を繋ぎ止めるための嘘…
もしかしたらそんな物なのかもしれない。
それでも構わない…
きっとこの夫は自分の嘘を全力で信じてくれる…
自分の気持ちに確証が無くとも、何故だかそれだけは確信していた。
「愛しております…ケヴィン様」
そう言ってその唇を奪う。
慣れないエルシャからのキス…
波の音が心臓の音をかき消してくれる。
この後が大変そうだな…
そんな想いを感じながらそっと唇を離しそっと目を開ける。
するとそこには意外な顔があった。
「あ、え…あの、えと…エル…シャ…それは…」
顔を真っ赤にして慌てふためき、言葉を失っている夫の姿。
これに「へ?」と声に出しそうなくらい驚いてしまう。
軽薄男であるはずの夫が見せる、今日初めてキスをしたかのような純情少年の顔。
驚くなという方が無理という物だ。
「もしかしケヴィン様…女性を散々口説いてきたわりには女性からの言葉には免疫が無い…とか?」
「ち…違う!これは…だな…そうエルシャみたいな美人にその…あれだ!」
「いつもと違ってキレがありませんね…?」
「ぐぬぬ…」
突然降って湧いた夫の姿にクスクスと笑ってしまうエルシャ。
「ケヴィン様、たまに女性に対して臆病になる事ありますでしょう…?」
「何を根拠にそんな事…」
「例えば…私の話を聞いてから花を贈らなくなったり?」
「それはエルシャに気を使って…」
「というの建前で、実は元婚約者を思い出して愛する妻が逃げ出してしまう事を恐れた…とか?」
「………………」
ジッと見つめられるエルシャの眼差し…
その蒼い海に溺れまいと目を泳がせるケヴィン。
「…今日のケヴィン様は随分と可愛くていらっしゃる」
エルシャの言葉に口をつぐみ真っ赤な顔でプルプル震えてきてしまうケヴィン。
笑いがこみあげて来て思わず声をあげて笑ってしまう。
そんなエルシャをケヴィンが抱き上げて「うりゃ!」と振り回す。
「きゃあ!」と叫びつつも、その腕に抱かれる事に…
そして、夫が自分の言葉にここまでの反応を見せてくれたことに喜びを感じるのであった。
………
……
…
夫の報復を堪能した後はその腕に抱かれしばし海を眺めていた。
その腕から離れ、海の水に触れまたしばしの別れを告げる。
今度はきっとすぐに会えるだろう…
明日からは頭の悪い花束攻撃が待っているだろうなと思いつつ…
気持ちしかこもっていないその贈り物には、きっと花言葉や縁起なんてものまでは気が回っていないだろう。
そこは目をつぶろうと心に決めた。
そしてこのハーケーンでの想い出を…
今日この日の想いを…
昔訪れたあの日に発現したスキルにそっとしまい込む。
………
「ケヴィン様…」
そして振り返り手を差し出すと軽薄男はいとも簡単にその手を取ってくれる。
「帰りましょう…オラガ村へ」
「ああ…帰ろう」
~ 新婚旅行は幻惑の都で…(完) ~
夫のその問いにエルシャはならばと答えた。
いつもの荷馬車に揺られて着いたのは皇都メルシュトゥームの最西端。
目的地に着く前に寄る所があると言ってケヴィンが向かったのは小さなパン屋であった。
そこに着くと香ってくるのがパンの香と共に何やら甘い香り…
夫は店の中へと入ると店員と軽く会話をした後に商品を抱えて出て来た。
「コレが美味いんだ…!」
そう言って渡されたのはタダのパンの様なのだが…
一つをエルシャに押し付けると荷馬車を走らせながら頬張り始める。
はしたない…などという言葉が浮かんだが、夫のその幸せそうな顔を見れば何も言うまい。
夫に倣ってエルシャもパンを口に運ぶと中からチョコレートが現れた。
チョコレートは以前エルシャも食べた事はあるが王国では高価なので頻繁にというわけでもなかった。
久々に食べたチョコレート、温かいパンにそのチョコレートが絡まり背徳的な味を引き出していた。
パクパクと食べてしまう夫の横でエルシャは噛み締めるようにそのチョコパンを食べていた。
食べ終わる頃に、エルシャの耳に遥か昔に聞いた事のあるような音。
そしてチョコレートに遮られていた匂いも漂って来る。
馬車から降り、白い砂浜へと足を踏み入れる…
最後に見たかった光景…
それは幼い頃、元婚約者の立太子の為に訪れた日以来戻る事の無かった故郷。
別れを告げる事も出来ず離れ離れになった思い出。
あの海はもう見ることが無いのだと覚悟していた。
景色は確かに昔みた物とは違うが海の青さも潮の匂いも波の音も…
それは確かに記憶にある想い出と同じもの。
この海はきっと故郷と繋がっているのだろう。
………
「エルシャ…すまなかったな」
「何がですか?」
「いや…エルシャの事を侮っていたのかもしれないって思ってな。
もっとちゃんと説明するべきだった、それでエルシャを危険な目に合わせてしまって…」
「お気になさらずに…貴族とはその全てを他者に相談できるものではありません、それを知ってるつもりです」
「ほんと…エルシャは俺の知らない世界で生きて来たんだな」
そっと引き寄せられる肩、それを拒む理由などどこにもない。
「私もケヴィン様の事を侮っていたという意味では一緒です」
S級冒険者・聖剣の勇者・ハーケーンの英雄…
ただの女好きの軽薄男だけではない意外な姿に驚かされ続けている。
「エルシャがあんな行動的だとは思わなかった」
「私もビックリです…」
暴走した馬にしがみつき、荒くれ冒険者と交渉し、パーティ―に忍び込み、メイドの仕事をし、夫の戦いの場で短剣を振りかざす…
今までの人生では想像もしなかった事の連続である。
「…きっと私はケヴィン様の事を理解するの事は出来ないのだと思っております」
「酷い言いようだな」
「なら…ケヴィン様は私の事を理解できますか?」
「努力はしてるつもりだ…」
「ありがとうございます…ですが、私はそれが重要なものだとは思わなくなってきました」
理解できなくても…
お互いが寄り添える関係…
寄せては返す波と戯れるエルシャ
最初は波のタイミングを計り避けていたが、一度足を捕られてみると、次第に波に足に取られる事も悪くわないかなと思えるようになってくる。
そして、ひんやりとする足の感触…
幼い頃の想い出が甦る…
家族と過ごした日々、海で出会った少年…
もう会えないかもしれない、そんな覚悟で日々を過ごしてきたエルシャ。
だが、夫と出会ってからそんな覚悟などとうに崩壊してしまっている。
また会いたい…と。
ふと振り返ると夫がエルシャを眺めていた。
何かと理解が出来ない夫ではあるが何故だか何を考えているのかは分かる。
何故それを考えているのか…
何が嬉しいのか…
きっとあれは今晩どのようにエルシャを口説くのかを考えている顔だろう。
あの手この手で口説こうとする軽薄男…
何故だか今になってわかる事がある。
それは元婚約者が男爵令嬢に多くのプレゼントをしようとした事。
きっと夫の軽薄さの一割ほどでもあの元婚約者が持ち合わせていたのであればそうはならなかったのかもしれない…
…いや、それは違うか。
それが自分の本心なのかは分からない。
その気持ちに確証など何も無い。
口から出まかせ、夫の心を繋ぎ止めるための嘘…
もしかしたらそんな物なのかもしれない。
それでも構わない…
きっとこの夫は自分の嘘を全力で信じてくれる…
自分の気持ちに確証が無くとも、何故だかそれだけは確信していた。
「愛しております…ケヴィン様」
そう言ってその唇を奪う。
慣れないエルシャからのキス…
波の音が心臓の音をかき消してくれる。
この後が大変そうだな…
そんな想いを感じながらそっと唇を離しそっと目を開ける。
するとそこには意外な顔があった。
「あ、え…あの、えと…エル…シャ…それは…」
顔を真っ赤にして慌てふためき、言葉を失っている夫の姿。
これに「へ?」と声に出しそうなくらい驚いてしまう。
軽薄男であるはずの夫が見せる、今日初めてキスをしたかのような純情少年の顔。
驚くなという方が無理という物だ。
「もしかしケヴィン様…女性を散々口説いてきたわりには女性からの言葉には免疫が無い…とか?」
「ち…違う!これは…だな…そうエルシャみたいな美人にその…あれだ!」
「いつもと違ってキレがありませんね…?」
「ぐぬぬ…」
突然降って湧いた夫の姿にクスクスと笑ってしまうエルシャ。
「ケヴィン様、たまに女性に対して臆病になる事ありますでしょう…?」
「何を根拠にそんな事…」
「例えば…私の話を聞いてから花を贈らなくなったり?」
「それはエルシャに気を使って…」
「というの建前で、実は元婚約者を思い出して愛する妻が逃げ出してしまう事を恐れた…とか?」
「………………」
ジッと見つめられるエルシャの眼差し…
その蒼い海に溺れまいと目を泳がせるケヴィン。
「…今日のケヴィン様は随分と可愛くていらっしゃる」
エルシャの言葉に口をつぐみ真っ赤な顔でプルプル震えてきてしまうケヴィン。
笑いがこみあげて来て思わず声をあげて笑ってしまう。
そんなエルシャをケヴィンが抱き上げて「うりゃ!」と振り回す。
「きゃあ!」と叫びつつも、その腕に抱かれる事に…
そして、夫が自分の言葉にここまでの反応を見せてくれたことに喜びを感じるのであった。
………
……
…
夫の報復を堪能した後はその腕に抱かれしばし海を眺めていた。
その腕から離れ、海の水に触れまたしばしの別れを告げる。
今度はきっとすぐに会えるだろう…
明日からは頭の悪い花束攻撃が待っているだろうなと思いつつ…
気持ちしかこもっていないその贈り物には、きっと花言葉や縁起なんてものまでは気が回っていないだろう。
そこは目をつぶろうと心に決めた。
そしてこのハーケーンでの想い出を…
今日この日の想いを…
昔訪れたあの日に発現したスキルにそっとしまい込む。
………
「ケヴィン様…」
そして振り返り手を差し出すと軽薄男はいとも簡単にその手を取ってくれる。
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