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王立魔術学園編

2話 入学式エアーガン

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 前世の記憶持ちであるケイは己の中に宿る熱意に従い、戒驕戒躁かつ大胆不敵に研鑽を積み、晴れて明日魔術師高等教導学園へ入学となる。この国の最高峰の魔術の教育研究機関だ。ケイは明日の入学式を控え、幼馴染のイブとそわそわと準備にいそしんでいる。
 
 「イブ、明日はゲート入場用の紋章プレートと筆記具の他に何か必要なものってあるかな?」

 「ケイ君は全くだめだなー、全く。ハンカチもちり紙も持ってね、あ、ミズーリさんに水筒も用意してもらわないと。それと、オリエンテーション用の案内本もだし、学費免除関係の事務手続き書類も用意しておかないとだよ、全く。」


~*~*~*~

 ここから馬車で2週間ほどかかる田舎の街が僕と両親、そして居候のイブの故郷だ。両親は僕の高等教導学園入学を機に、この首都へ商売の活動拠点を移してくれた。新しい我が家に着いたのはもう1週間前で、引っ越しの荷物もだいぶ片付き、今は新生活への不安と期待で胸がいっぱいだ。
 幼馴染で魔術好きのイブは学費の仕送りを受けながら、僕ら家族とともに暮らし、学園へ通う。思えば小さい頃から多くの時間を一緒に過ごし、こうして細かなことでも、大きなことでもたくさん助けられている。イブには頭が上がらないと思ってしまう。そんなイブはテキパキと手を動かしながら口を尖らせた。

 「ケイ君は主席入学なんだから、挨拶もしなきゃなんだよ! 来る馬車の中で考えるっていってたけど、ちゃんと考えた? 私も楽しみなんだよ?」

 「ああ、もももちろん考えてあるさ……それより、制服とてもお似合いですね! なんか貴族のお嬢様みたいなオーラがでてるよ! よっ、ワゴクNO.1かわいいよ!」
 
 「もう! そうやって茶化してうやむやにするの得意なんだから、もう」

 イブはそう言って、頬を上気させながら試着している制服のスカートの裾をテレテレとしている。前世で言えば花も恥じらうほどの女子高生姿だった。

 この世界はどうやら体の成長速度が前世より早い。10歳とはいえ、前世の高校1年生くらいの体格になっている。僕は中肉中世を体現したような背丈で、クラスで背比べすればちょうど真ん中に位置するだろう。イブはそんな僕より15センチくらい小さい、クラスでもきっと小さい方から数えるだろう。顔はかわいい方だと思う、色白で、小顔で、控えめな各パーツが綺麗にまとまっている。切れ長で少し垂れ気味の目尻が優しい印象を万物に与えている。肩口まで伸びた茶色のサラサラした髪からは、耳がちょこっと出ている。街にいた時も、近寄ってくる男は定期的にいたくらいなので人気もそれなりのはずだ。僕的には、線が細く、儚くて、庇護心をくすぐるタイプと分析している。
 イブと僕に与えられた紺の制服は、魔術師見習いと言った感じで伝統的、かつ洗練されたデザインをしていた。きっと貴族向けなんだろう、高いし。前世日本のブレザータイプの制服の各関節部分に、革製のサポーターを散りばめたような造形だ。あと女生徒は、儀礼用のスカートと教導用のズボンと2パターン用意されており、痒いとこに手がとどく仕様だ。
 
 そんな可愛い制服姿の幼馴染と二人きりの状況で、お前の恋心は暴発してまわないのかといえば、それがない。なぜかといえば、僕の心がちぐはぐしているせいだ。というのも、僕の人格形成に大きく影響を与えている前世の記憶では10歳といえば結構子供だからだ。小さい頃から、前世の知識を拠り所にしていたため、こうして成長してみると体と心の成長がちぐはぐになってしまったのだ。日々、自分の中にある違和感を消すので精一杯で、それどころじゃないのである。
 そうこうする内に準備が済んだので、イブにお休みを告げる。

 「明日は早いから、早く寝ようか。お休みイブ」

 「そうだね、……じゃあ、また明日。おやすみばいばい!」

 イブが自室を出て行った後、電灯を消し、深い眠りに落ちた。



 翌朝、この世界の暦で“桜の月の1日”、全国から集められた優秀な魔術師の卵たちの新たな門出を祝う式典が、魔術師高等教導学園にて朝早くから絢爛に執り行わなれていた。

 僕とイブも両親に付き添われて、学園に特設された会場の入り口に来た。

 「俺はなんて幸せな父なんだろう。ケイ、イブちゃん!この幸せ父野郎を許してくれ」

 「あなた、ケイはともかく、イブちゃんにまで失礼なこといっちゃダメでしょ!」

 そんな両親を見て、イブが急いで口をはさんだ。

 「こんな居候の私によくしてくださる上、ケイ君と同じように褒めてくださって本当に嬉しいです。」

 「幸せ父野郎ってなんだよ、褒め言葉かよ!」


 雑談を交わしながら、門をくぐれば中はまさに魔術の園だった!
 巨大な炎、氷、雷、光の柱が様々に聳え立ち、空中には大きな水球が幾つも浮いていた。水球の中には、見たこともない魚が群れをなしてうねり、回遊している。
 
 視線を下ろすと、会場である大講堂への入場整理中の列が目に入る。生徒と親を分けてどんどん巨大な講堂の中に入れているようだ。講堂は外観から見てもかなりでかく、それこそ東京ドームほどある。
 手短に両親と別れ中へと踏み入れると、荘厳で、広く、高い綺麗な石造りで囲われた空間が広がっていた。

 2階の観客席から見下ろすようになる1階の長方形の会場には、すでにたくさんの入学生と在学生がひしめいていた。隣に立つイブが不安そうにちょっとこちらへ肩を寄せてくる。僕は平然を勤めて小声でイブへとしゃべる。
 
 「イブ大丈夫だよ、特に目立たなければ。そんなに挙動不審だと、逆に目をつけられるかもよ??」

 「そんな意地悪言わないでぇ、私はケイ君と違って小心者なんだよぉ。」

 怯えるイブを引き連れて、空いている後方の席に座った。

 
 式はそれから程無くして始まり、順調に進んでいる。遠くからでわからないが、メガネで、およそ魔術師らしくないマッチョな体躯の人物がずーっと喋っている。多分ここの一番偉い人なんだろうけど、そんなマッチョで大丈夫かと不安になる。僕も途中で入学生代表挨拶に呼ばれ、テキトウに挨拶をした。学園側からサンプルで貰った文をそのまま読んだけど、間違ってないはずだ。



 入学式の後には、今後の学園生活を決めると言っても過言ではないクラスわけが待っていた。教導と育成の効率化のために、入学生の行使できる魔術クラスにより分類されるらしい。
 入学生100人を上からA,B,C,Dのクラスに分類し、そのクラス単位で今後の学園生活は進むことになる。僕もイブも特待生の扱いなので、Aクラスに分類されるのは間違いないのだが、真の問題はそこから先になるのだ。


~*~*~*~

 この魔術学園の式典が絢爛豪華な理由、無駄に金のかかる制服なんかがある理由、学園の建物の規模が現代建築並みに高度な理由、それは単に魔術師になるのは主に潤沢に金を持て余した貴族の子弟ばかりだからである。実務や実戦で十分に有用に魔術を行使するには、かなりの訓練が必要になるとされているが、そのかなりの訓練を行うのがこの学園なのだ。大自然の猛威の中で、一瞬で街壁や畑を興したり、大型のモンスターを駆除することができれば大変有効であり、騎士や領主の子弟がこうやって集う流れになっていた。
 それの何が問題かといえば、ただの街の商人の息子と、薄汚い狩人の娘が特待生として紛れ込めば、間違いなく異物として扱われるのは目に見えていた。


 入学式後は、名前を呼ばれクラスの担当教導官の前に集められクラスルームへと向かった。移動中から好奇や軽蔑の眼差しを一身に受けた、だからやりたくなかったんだよ入学生代表挨拶。
 クラスルームは、大講堂の横にある上から見ると十の字のような建物の一階にある。四方に突き出た棟に各学年が集約されている。Aクラスは東に突き出る棟の一階の中心に近い部屋だ。この建物は石材と木材を金具でつなぎ形成する割と現代に近いような作りだった。

 もっさりした髪に丸メガネをかけて優男風の担任から挨拶が席について僕らへとされる。

 「えー、まずは入学おめでとう。これから皆さんAクラスの教導の取りまとめを担当しますウェンジョーだ。厳しく、時には厳しくいくのでよろしく。まずは自己紹介をしてもらおうかな。」

 そして、獲物を探すように首を左右に振り始めた。僕は視線を捉えてしまい、緊張が走る。

 「じゃあそうだなあ、せっかくだから主席からこう時計周りにやろうか。じゃあ、最初よろしく」

 僕はこの先生に何かしただろうか、苦手かもしれない。イブも後ろの席でガタガタ震えている。よーし、ここはいっちょ下々の民の力と威厳を見せてやろう。


 「はじめまして、ケイ・トーマスオです。皆様のような高貴な方々と机を並べて教導を受けられることに喜びと誇りを感じております。私とこちらのイブ・ロータンは恐れ多くも平民のため、常識と気品が足りず粗相をしてしまうことがあるかと思いますが、寛大な心でお許しいただけたらと思います。どうそ、よろしくお願いたします。」

 それにイブも続き、「よろしくお願いします」と言った。 

 ――シーン

 ――僕らに対する周りの視線は、なんとも見定めづらい曇った視線だった。

 「おいおい、お前ら身分で相手を見定めるなんてはずかしいぞ、仲良くな! じゃあ次。」



 そのあとは特に問題もなく自己紹介が済み、諸説明が始まった。自己紹介が終わって驚いたのは、本当に僕ら以外は貴族か、貴族以上の金を持つ豪商の子弟だったのだ。

 事件が起きたのは本日の予定が済み、皆散り散りに帰る段になってからだった。
 結局誰からも声をかけてもらえなかった事を二人ごちながら校門へと向かっていると、後ろから声がかかった。振り向くとお供を4人引き連れた180センチほどの金髪の男だった。そういえばクラスで見た気がしないでもない。彼は、きつめの顔をさらにきつくしかめて苦々しそうに口を開いた。

 「おい汚い平民共。まだ間に合うから、学園から大人しく消えないか?学園や国の品位に関わるというか、正直にいえば畜生以下の平民が俺と空間を同じくし、席を並べ、果ては食事まで一緒とるなんて耐えられない屈辱なんだよ。掃き溜めで縮こまってろよ。」

 イブは色白な顔を一層白くさせながら怯え、ガタガタ振動している。あと袖を掴むのは、やめてくれ伸びる。

 「これは、ゴラン・トリノ様!私共と口をきいてくださりありがとうございます。一見すれば脅迫ですが、あまねく教育を司るトリノ家の次期当主様にはきっと深い意味が隠されているのでしょう! あ、周りの貴族に目をつけられていじめられるから早急に帰った方がよいとお教えくださっているのですね! 慧眼だけでなく深い慈悲までお持ちのゴラン様のお言葉に従い、失礼させていただきます!それでは」

 言うが早いが、ゴランを背にして恐怖で振動するだけとなったイブ・ロータンを無理やり押しながら、この場を去るべく歩み出そうとする。瞬間、

 ――ッっシュ

 僕の顔の横を何か熱くたぎるものが豪速球で過ぎていった。肩口を見れば少し焦げた痕がある。おいおい危ねえじゃないか、これは“ファイヤーボール”を撃たれたということでいいのか。イブを前方に離れるように押し出し、僕はゴランへとを振り返った。

 「おいおい、なんで平民がそんな不遜な顔をしているんだあ? 我ら貴族をコケにした態度は不敬に当たり、この国のために罰を与えるのが当然の流れじゃないか、なあ平民。」

 くそ、だから気位の高い貴族は嫌いなんだよ。前の街の領主もこんな感じで平民をまるでペットか資源のように扱ってたし、まともな奴はいないんだろか。この社会の仕組みに脳内で愚痴ってると、こちらがビビっていると勘違いしたのかゴランはさらに声音を高くしてまくしたてる。

 「さっさと退学するか、死ぬかしろよ。正直お前が首席というのも怪しいものだ。薄汚く何か不正をしてここに紛れ込んだじゃないか。後ろの女も貧相で、下品な顔立ちで見ていて気持ちが悪くなる。さっさと消えろよ。」


 幼馴染の友達をバカにされた瞬間、悔しい気持ちが心の中にどうしようのなくあふれてきた。
 どうして何も知らないこいつに、イブがおとしめられないといけないんだ。イブは身分違いなのはわかった上で、大好きな魔術を学びたくてこうして首都まで一人で頑張ってきたんだ、貴族のくせにどうして気遣ってやることさえできないんだ。悔しさは次第に熱を帯びて頭と体をあつくたぎらせ、腰ポケットに忍ばせていた武器をいつのまにか抜いていた。
 
 「おい、いますぐ訂正して謝罪しろ。さもなければ、二度と僕らに近づかないように教導を行う。あくまで教導の一環だ、くそプライドがくそ高いくそ貴族が嫌とは言わないだろう。」

 挑発は思ったより効いたようで、ゴランの額の青筋がやばいことになっていた。顔色の赤くなったり青くなったりして、周りのお供も若干引いてる。

 ゴランは先ほどから手にしていた触媒としての短い杖と、紋章としての魔術抄本を更に強くに握りしめた。そして何がしかの魔術を発動させるべく魔術抄本の内側を短杖ですくうように触れ、そのままこちらへと短杖を振りかぶった。
 速度を増す短杖の先端には、10センチほどの火の玉が急速に発現し、こちらへとものすごい勢いで放たれた。さっきとは違い殺気を撒き散らしている、脳天直球コースだ。

 ーーだが慌ててはいけない。落ち着いて、早る心臓を押さえつけ、右手に持つ短筒の先端を火球の射線と合わせる。炎が瞬き一つの距離に来るまでじっと待つ。
イブじゃないが、体が恐怖で振動した。だが待った。

 ――今だ! 狙いの間合いに炎がきた瞬間に短筒についている小さなとってを引き、撃鉄を下ろす。

 撃鉄には触媒が、短筒内部には紋章が刻まれており、その瞬間に短筒の内部で爆発が起きる。爆発はおよそ知覚できない速度で筒内部の空気を、これでもかと圧縮して、撃ち出す。開口部から放たれた圧縮空気の弾丸は、眼前に迫った火の玉にぶつかり、共に霧散した。


~・~・~・~

 ゴランはなにが起こったのかわからなかった。
 調子に乗る不遜で薄汚い平民に焼きを入れてやろうと、自慢のファイヤーボールをお見舞してやったのに、それは平民の頭を焼くことなく、直前で消えた。

 平民は怪しげな金属の筒を片手に、こちらへと悠然と歩いてくる。

 「くそなぜ死んでないんだ。それをこっちに向けて来るなああ!」
 
 続けてファイヤーボールを奴の体と足に放つ、だが今度は体を反らしてかわされた。しかも、ずいっとこちらへ近づいた。もう奴の顔もシャツの皺もはっきりとわかる距離だ。奴は恐ろしいほど冷たい視線をこちらへ向けたあと、右手の筒をこちらへと向けてきた。

 「さあ訓練だ、かわせ」
 
 一言言い放つが早いか、筒側面から出ている出っ張りを引いた。一瞬なにが起こったのかわからなかったが、俺様は宙を吹き飛ばされていた。あと腹部が殴られたように痛い。くそくそくそ、なんだなんだ、どうなっているんだ?!

 「かわせ」

 地に倒れた俺様を上から見下し、また筒の魔術を発動させる。瞬間べこおんと腹が、物理的に凹まされたのが分かった。あああああ、いたああああああい、平民の分際で俺様に、

 ――ッっずン

 また魔術を撃ちやがった。・・・こいつ絶対に殺す、ぜった

 ――ッっずン、ッっずン 

 「かわせよ」

 い゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ええ、くそがっあああ、腹ばかり狙いやがって。

~・~・~・~

 いつの間にかケイとゴラン・トリノの喧嘩の周りには人だかりが出来ていた。ご覧が倒れた後からは本当に凄惨なものだった。ケイが「かわせ」といいながら、眼に見えない弾丸をゴランの腹部に撃ち続けたのだ。ただ周りからはあの場でなにが起きているのか全くわからなかった。ゴランがケイに筒を向けられて、うめいているようにしかみえない。

 一方渦中では、再三に渡るケイの攻撃によってゴランの腹部はもう限界に達していた。冷や汗を顔面いっぱいに浮かべながら、ゴランは謝罪を始めた。だがケイは聞き入れることなくまた、「かわせ」とだけ言って攻撃を腹部へとひたすら撃ち込み続けた。

 ――ブり、ブりりりりり

 そしてその時は、悲惨な音と共に訪れた。ボロボロになったゴランの腹部はこらえきれず、ゴランの下に茶色の水溜りが広がったのだ。当のゴランはこの世の終わりの様な顔をして、悔しそうに涙をながしながら、気をうしなった。

 
 周囲の人だかりはあまりに凄惨な結末と現場に目を逸らした。当事者であるケイはゴランをそのままに離れると、先生を連れて戻って来た。

 眉間をつまみながらやれやれといった調子で、ケイの担任であるウェンジョーは迅速に処理を始めた。経緯は聞いたので、また後日にゴランも交えて話しをすることにして、ケイ達も開放された。

~・~・~・~

 自宅へ戻り自室でイブと二人、学園での出来事を振り返る。
 
 「今日は大変だったな、きっと悪い奴らばかりでもないだろうし、大丈夫だよ。今日のアレをみて無闇に突っかかってくる奴もいないだろうしな」

 「ケイ君の心臓はまるで鋼だよ、スチールだよ、全く! 私はとうとう首を切られるかと思ったよ。学園での悪質な魔術の行使はペナルティだし、初日から悪童まっしぐらだよ。」

 イブはケイの左胸をツンツンしながら珍しくケイをからかう。街の教導所でも同じようなものだったと思っていたケイは、ハッとする。

 「あ、ごめんイブ!友達作りたかったよな。昔から僕がいたせいで女友達できなかったから、魔術が正当に評価されるこの学園で今度こそ友達欲しかったよな。ごめん!!」

 「え? 違うよ。友達については、周りは貴族様ばかりだから最初から諦めているし、というかケイ君がいればいいし。あ、安心とか安全という意味でね! 言いたかったのはケイ君は変わらないなあってこと。私がバカにされたから怒ってくれたんだよね、ありがとう! 結末は、まあなんとも言えなかったけど、きっと大丈夫だよ。切り替えてがんばろ! ね!!」

 「イブ、おまえって奴はいい子だな。だがあれくらい心を折っておかないと後から怖いしな。僕もいつもイブと居られるわけではないから、報復の芽を摘み切ってしまわないとおちおちトイレにもいけないよ。それに、今日のは護身用に持っていた、ただのエアーガンで、殺傷力はかなり低いし優しいと思うんだけどなあ。」

 「ケイ君は前世の記憶があるから、ちょっとずれてるんだよねえ。この世界の一般人たる私がいうんだから間違いありません。ケイ君が使っているような精密に耐圧設計されて、紋章を内側に精密加工されたエアーガンなんてこの世界にはないの。」


 今回使用したのはエアーガン、小さな樹脂製の弾を発射する方ではなく、工場等で使用される工業用エアーガンの奇形と言える。ケイが製造したものは、30センチくらいの片手で握りきれない位の太さの金属筒で、魔術発動用の紋章が内部にびっしりと刻まれている。両端は空気の弾丸が飛ぶように抜き穴と、触媒を取り付けた撃鉄を筒内部の紋章に接触させる為の小さな貫通穴が開けてある。空気を爆縮させた瞬間に撃鉄は、小さな貫通穴から空気とともに戻され、自動で発射状態になるから連射にも向いている品だ。ただし有効射程は短く1~2メートルが限界の、近接武器だった。
 一見簡素な構造のこれが、なぜこちらの世界で発明されていないのか。単に製造用の設備、工作機械、製造プロセスのレベルが圧倒的に低いからだ。ではなぜケイは、エアーガンを製造することができたのか。
 
 答えは、ケイの前世が技術大国日本の生産技術コンサルタントだったからである。前世で仕事に明け暮れ得た知識は膨大で、ケイ自身いまだ全貌を視るに至っていないほどだ。有機無機問わず材料に精通し、それらを加工するための切削加工、溶接、表面処理もお手のものだったのだ。
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