異世界で生産技術コンサルタント始めました!~魔術と現代技術で目指す勝ち組人生~

輝き続けるんだ定時まで

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王立魔術学園編

5話 トラワレコイル(前編)

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 ケイが魔術に関する最高峰の教育研究機関、魔術師高等教導学園に入学して4週間が経った。入学初日にくそ貴族に襲われたり、初めての魔術教導でイケメン貴族と死闘をしたり、幼馴染とクラスメイトに雷を落としたりしたけど、無事に今日まで過ごせている。あとは、この4週の間に、新しい部活を設立したり、上級生と乱闘したり、くそ貴族から再度命を狙われたりと色々あったけど、元気だ。

 新緑が活き活きと美しく映える“蓬の月の1日”、僕は珍しくイブとは別行動をとっていた。隠れてコソコソ悪いことをしようというわけではない。ただ、行きがけの道です巻にされ、馬車の中にぶちこまれて、人里離れた森の中に拉致されただけなのだ。
 

“僕は何もわるくねぇ。そうだろ馬さん?”

 馬車の中で拘束されているケイの周りには、動物の頭部の皮を被った見るからに怪しげな集団がいた。馬に羊に豚に魚にゴブリンにローバーだ。
 ケイはこの危険な状況に勝機を見出すべく、冷静に状況を分析していた。

 "いやいやいや、魚はないだろ!あれ生だもの、ヌルヌルビチビチしてるもの。てかゴブリンきついなぁ、ゴブリンの頭部を剥いで被るとかキチガイじゃん、奥に見える瞳がなんか死んでるよ。その点ローバーさんは大丈夫、顔をすっぽりと包むタイプで隙を見せない安心設計。ん?というかあのローバー生きてね?!食われてるだけじゃね、ヘルプユー、ぃへえええええるぷゆうう!ロォバァ"

 ケイは靴裏に取りつけてあった、単発式の非致死性散弾を両足の踵を強く打ち付けることで起動した。散弾は見事ローバーを捉え、うねうねする触手をほぼ吹き飛ばし、ローバー君(仮)を助けた。その衝撃で気を失ったのか、床にドスンと倒れたローバー君にヒヤッとしたが、すぐにもぞもぞしだしたのでケイは一安心した。
 
 すぐにケイに豚野郎が近寄ってきて、くぐもった声で恫喝しはじめた。

 「おいてめえ、なんて危ないものをしこんでやがるんだ!! 武器を全部だせ、殺すぞ」

 「今見へたでしょ、ローバー君を助へたんでふよ、情状酌量はないんすか? 助へてくださいよ、ああんコラ?」

 「なにいってんだよ、お前はこれからゴブリンの巣にぶち込まれて、生きたまま臓物を食い散らかさられるんだよ。残念だったなあ、助かる術はないよ」

 「(あとで殺す、絶対に社会的に殺す)」

 ケイがブツブツつぶやきながら被り物の瞳の奥を見透かすように睨むと、動物の瞳に少しだけ恐怖の色が浮かんだ。そうは言っても、腕も足も手も指も口も縄でしばられたケイにできることはなく、それから間もなく薄暗い洞窟へゴミの様に放り込まれた。




 ゴミ袋の様に二転三転して、洞窟の入り口に横たわったケイはいまだ静かな周囲を見渡した。ゴブリンは夜行性であり、昼間は洞窟の暗闇で過ごす習性がある。だが、目の前に楽して餌が転がりこめばどうだろう、寝起きのおやつとなるのは自然な流れだ。

 その内、洞窟の奥の闇にうっすらとイボイボの鷲鼻と、目やにで黄色くなったギラギラした目が“ぬっ”と浮かんだ。そして、入り口の様子を伺う目の数はポツポツと増え始め、いつの間にか洞窟の闇を埋め尽くす程のゴブリンの波ができあがった。

 未だ縛られた状態のケイは焦った。
 
 「(ヒィィィ、キモいキモいキモい、ゴブリンウェーブ無理無理)」

 ケイは声にならない悲鳴をあげながら、モゾモゾと首を動かした。その間もギチギチ、ハァハァと臭い息をはきながらゴブリンウェーブはケイへと近寄る。あと10m、ケイの精神も発狂限界に迫ったとき、ケイの体の下から炎が巻起こった。炎は勢いを増し、竜巻きながらケイの体を焼いていく。その光景にゴブリン達は皆狂った様にワアワアと叫び声をこれでもかとぶつける。洞窟の入り口は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。数分経ち、炎の渦と、ゴブリンの狂声が静まると、そこには跡形一つ残っていなかった。




 街へと急ぎ帰る馬車の中では、興奮した男達が己が犯した罪を正当化していた。

 「俺たちは貴族の、ひいては国の秩序と威信を守ったんだ。そもそも、ゴラン様をあのようなおいたわしい姿へと変えたアイツの存在が悪いんだ。」
 
 「そうだ、華々しく学園生活を送るはずが、いまや屋敷に籠もりきりなんて、悲劇でしかない。」

 これはゴランが決死のリベンジの際に、心臓を直接にぎられながら人恐怖症になるまでケイに脅された結果だ。まったくのいいがかりではないが、正当性はぎりぎりケイにあるので非は彼らにある。

 「(でもわれの、こと助けてくれた)」
 
 ローバー君の小さくつぶやいた言葉に、誰も気づかないまま馬車は突然に進行方向を90度曲げ、車部分を横滑りさせ、そのまま勢い余って横転した。



 自ら畜生の仮面を被った男達は何が起こったのかわからずに、壁や床へ体をしこたまぶつけた。

 何とか横転した馬車の外にぞろぞろと出てきた男達を待っていたのは、デフォルメされたネズミの被りものをした一人の男だった。
白と黒のモノトーン調で作られたネズミは、顔面くらい大きな丸い二つの耳と大きな鼻、何よりクリッとした目が印象的だった。
ネズミー男はフラフラと出てきた男どもに向かって、うわずった高い声で言い放つ。

 「これは、あくまで、ただの”ネズミ”だ。既得権益に抵触するものではない」

 男達はなんのことやらわからないが、このネズミーマンが馬車を横転させた張本人であることは百も承知と武器を各々構えた。剣や斧を構えたのが半分、短杖と魔術抄本を構えたのが半分だ。
 不気味な男に対し油断せず、それぞれ役割を果たして一斉に詰め寄る。まずは魔術による大きな雷の柱が3本交差するようにネズミーマンを襲う。さらに、あと詰めとしてギラギラとした凶悪な刃物を持った豚と馬が全力で走りだしていた。
 対するネズミーマウスマンはうち胸ポケットから長方形の板のような金属の塊を取り出し、その4分の1を持ち手として引き起こした。まるで前世の世界のハンドガンのような形状をしていた。四角い造型をした銃身の下に、サーチライトでも取り付いていればこんな形をしているだろう。

 ネズミーマンはあやしげな武器を片手に、迫る稲妻を避けようとはせず、ブーツのつま先同士を打ち付ける。
 すると土壁がネズミーマンの前方120度を覆うように一瞬でせりあがり、3本の雷柱を受けとめた。熱量により土壁表面が一瞬でをくずれさり、そのままネズミーマンごと飲み込もうとさらに勢いを増す。
 だが土壁の後ろには既にネズミーマン姿はなく、彼の靴しか残っていない。3本の雷の奔流が止み、土煙が晴れた時には全員が靴だけ残る不可思議な状況に動きを止めてしまった。

 ――ッバシュ、ッバシュ、ッバシュ

 突然林の中から鈍い発砲音がしたかと思うと、魔術を発動していた男達が急に意識を失い倒れた。よく見れば3人のケツにはそれぞれぶっとい針が刺さっていた。近接武器を持っていた男達に緊張と恐怖が駆け巡る。毒物劇物が塗られた飛針はこの世界でも凶悪な暗器だったからだ。
 だがネズミーマンは彼ら畜生どもに息つく暇さえ与えない。続けざまにぶっとい針を3連射し、残る3人を同様に地に沈めた。こちらの方は余裕がなかったのか、ケツに刺さっていたのは1本だけだった。

 林の中からネズミの被りものを脱ぎながらケイが出てくる。
顔の汗を拭きながら靴や針などの装備と彼らの持ち物を回収し、置き手紙を気絶した男たちの口にそれぞれ突っ込む。
 因みに気を失った男達の顔は暴かれた上に、デコに消えないインクで負け犬とデカく書かれた。



 今回ケイが使用した武器は携帯用折りたたみの銃だ。それも高電圧を帯びた針を飛ばす“スタンガン”だ。このスタンガンは制作期間も長く、ケイのお気に入りの一品でとなっている。
 射出機構は入学式で使用したエアーガンをベースとしたネイルガンといった方がわかりやすいが、肝心になるのは高電圧を帯びた飛針の方だった。


 人を一撃で気絶まで持っていくほどの高電圧を生じさせるために必要なものはなにか。それはトランスコイルである。
 簡単に言えば、心材に被覆銅線を幾重にも巻きつけた構造の電気部品だ。少量の電流を加速させて、高電圧を作ることができるあまねく電気製品の電源部には必須の部品だ。

 じゃあそれには何が必要か、これがケイを苦労させた。
 1つめの磁性心材はこちらの世界で入手出来るものをいくつも加工しては試し、加工しては試しを繰り返しなんとか見つけた。

 苦労したのは2つめの被覆銅線だった。銅は比較的安価に入手できるし、炉は隣町の鍛冶屋の親爺さんのを使わせてもらえば十分なのだが、加工工程が難しかった。
 ケイはまず焼きなまされ、硬度が増した太めの銅線を大量に作成した。地獄の釜の中の様な親爺さんの鍛冶工房に籠り、溶かした銅を流しそうめんの如く、ひたすら冷ましながら流し続けた。

 銅の太線ができたら、今度はそれを極細の銅線に加工していく。これに必要になったのが、高温圧延機だ。上下左右から迫る高温で回転するローラーが、その中心に巻き込まれた太銅線を細くしていくのだ。4つの均質なローラー、ローラーを受けるがっちりとした軸機構、それを高温にした上で等速回転させる仕組みにはかなりの時間、試行錯誤をついやすこととなった。旋盤等の工作機械と魔術という超常的に便利な条件が揃っていたからこそ、完成させることができたといえよう。
 だがまだ終わりではない、剥き出しの銅線を陶磁器等で使用するうわぐすりで絶縁コーティングしないといけなかった。これにも同じく前世の膨大な生産技術を活用した。半径0.1mmにまで圧延された銅線に、熱したうわやくをムラにならないように吹きかけ、水を通して固着させる機械を作成した。これは圧延機のときに作成した線巻き取り機の流用だったので、そこまで時間も費用もかからなかったが、1週間くらい薬品臭いと周りから白い目でみられた。



 着工から3年かけてようやく求めていた被覆銅線を手にした時にはケイは一時間くらい泣いていたという。それからトランスコイルの構成を試行錯誤して、今回スタンガンに使用した飛針が完成した。もちろん飛針の内部には雷の魔術紋章が刻まれており、撃鉄を銃身内部の紋章に打ち下ろす際に、同時発動するようになっているファンタジー仕様だ。

 
~*~*~*~

 魔術師高等教導学園の第一学年Aクラスの部屋では、あたふたするイブ・ロータンを落ちつかせる人影が二つあった。片方は綺麗な黒髪でモデルみたいなエーコ・アクエリウス。もう片方は、緑がかった金髪イケメンのローム・サリンダーだ。

 「エーコちゃんどうしよう、どうしよう!ケイ君が通学中に誘拐されちゃって、私じゃどうしても追いつけなくて、どこいったかもわからなくて、誰に助けを求めたらいいかわかなくて、…

 「イブちゃん落ち着いて! そのセリフさっきから10回は聞いてるよ!というかケイなら大丈夫でしょ、あの凄惨な悪魔を誘拐して無事な誘拐犯なんて、そういないと思うけど?」

 「おい、エーコそれはケイに対してあまりに失礼だ。奴は最強だ、軍で包囲しても無事に殲滅して帰ってくるだろう。“そういない”とかじゃなくて、もはやいないんだよ。」

 「ローム君、最近ますますきもいな。頭冷やしたほうがいいよ?まじで?」

 熱く拳を握るロームにエーコは冷たい目線をくれて、胸中のイブをやさしく抱きしめ続けた。



 そこに噂をしていたケイが片手を上げながらひょいと現れた。時刻はもう昼で午前の教導は終わってしまっており、ボイコットした形になる。ちょっと寝坊しましたみたいな雰囲気のケイを見つけると三者三様の表情を浮かべた。

 まず真っ先に喜びと安堵の涙を浮かべたイブがケイの胸に所構わず飛び込んだ。それを見るエーコは、忌々しそうにケイを睨見つけた。ロームは“さあ今回はどうやって賊を始末したのか聞かせろ”とそわそわしていた。あまり心配されていなかったケイは、イブと二人に無事を取り急ぎ告げると、追いすがるイブをエーコへと戻しロームと連れ立って一路部活棟へと足早にむかっていってしまった。

 部活棟は上からみると十字に見えるこの学園の南にある。ケイの所属する部活その部活等の端っこに居城を与えられている。そのドアの前には“異世界生産技術部”と書かれた木製の縦型の看板が吊るしてあった。
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