rosey-rosey

沙華やや子

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rosey-rosey ♡第1話 気になるおひと♡

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(あたしは神無月梨々かんなづきりり。42才よ。レストランHAMAMIに勤めだして1年経った。ドジばっか)

「おーい姉ちゃん、おしぼりまだ?」
「梨々ちゃん違う違う、そっちのテーブルじゃないよぉ!」
「あ~、テーブルはやく片付けてぇー。梨々ちゃんさっさと動く!」

 ……叱られるたびに「す、すみません」
 (あたしなりに頑張ってるんだけどなー、フー)

 家に居たら居たで、求職中の夫・敏夫としおに怒鳴られ、時に殴られるし。生活苦もあるが、夫の暴力から逃げるように梨々は働きに出ている。
 夫の暴力は息子が幼いころから始まった。皿が飛んで来たこともあれば、髪の毛を引っぱられ床を引きずられた夜もあった。

 梨々はどうして良いか分からない。ただただ脅え、自身を情けなく感じている。息子の心情を想うと胸が張り裂けそうだ。自分の体の痛みよりも。

 大学進学を目指している息子の竜郁たつふみは父親を嫌い、部屋でゲームに夢中だ。勉強はできるので受験は問題ないだろう。そのため奨学金を得る保証もあるのだ。

 引っ込み思案な梨々ではあるが実は……気になるお人が居る。
 胸の奥には罪悪感。確かに夫はDVを行う畜生だ。だからといって人妻でありながら恋はしちゃいけないよね、と……悩んでいる、迷っている。

 梨々をときめかせているのはHAMAMIで厨房のリーダーとして腕を振るっている武海水面たけみみなもだ。
 ここで10年以上勤めている彼は、40才のシングルファーザーで息子が居るらしい。
 迷いつつも……あわよくばアタックしたいなどとも思いつく、悪女な面をも併せ持つ梨々だが……彼には彼女が居る。

 毎日のように水面の上がり時刻に合わせ食事に来る。彼女、杉乃真希すぎのまきは大会社である靴製造会社マルネオの社長令嬢だ。

「こんにちは! ネェ~あたしの彼、頑張ってる?」
「ああ、真希さんいらっしゃいませ! もっちろん。僕も水面さんから料理のこと教わってるんですよ」
 ホールの男の子が答える。
「そう。水面はあたしの料理が一番おいしいというのよ? アッハハハ、料理長なのにね~ウフフ」
 またお惚気が始まった……。
 
 この真希という女性は、梨々が水面を気に入っていることを知ってか知らぬか、梨々にだけは辛く当たるのだ。

 たまたま梨々が真希へ料理を持って行った時「おっそいわねー。作るほうじゃないわよ! あたしの水面はてきぱきしてるのに、あんたがトロトロ運んでるからせっかくのあつあつハンバーグもだいなしじゃない!」
「す、すみません」

 梨々は内気で気の弱い性格。
 人に怒られると、慌てふためき失敗を連発してしまう。
 真希から理不尽な叱責を受けた直後の事だった。

「あ! 梨々ちゃんっ、だいじょうぶ?!」
 すぐに先輩であるホール係の女性、武田たけださんが駆け寄ってきた。

 フルーツパフェを持ったままお客様の前で転んでしまったのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 一生懸命な梨々を普段から見ているお客様も梨々にすぐさま声を掛けた。

 厨房の奥から水面が心配げにこの様子を見詰めていた。
「いったぃ。イテテ……ご、御免なさい! すぐに新しいものをお持ちします。あ、わたしは大丈夫です!」
 制服のミニスカートのお尻をさすっていると水面と目が合った。とても優しい目だった。
 すぐに立ち上がった。

「クスクスクス、バカな人ね」
 トイレに行く途中の真希が梨々の耳元で囁いて去った。泣き出しそうだ。悔しい!
 でも、梨々には何も言えない。
(あたし、ミスばっかりしているの事実だもんな……)

「ただいま~」
「おかえり、ママ」
 息子はそれだけ言って部屋に入ってしまった。
 すぐさま夫が現れる。

「『ただいまー』じゃねぇよ! てっめぇ何処ほっつき歩いてた!? あ? 男か? 男が居るんだろ? ほら、言えよ!」

 また始まった……。
 夫は妄想を作り上げ、嫉妬しては梨々を罵る。
 竜郁が高校3年生と言えども、あまりにも可哀相だ。こんなのを見聞きさせるなんて!
 せめて暴言が酷くならないようにと考えると、強くは言い返せない梨々。

「敏夫、心配しなくてもあたしにはそんな……」
「っるせえ! アバズレがぁッ!」
 夫のキックが腹に跳んできて倒れる梨々。
「痛い! 辞めてよ、敏夫!」

 ガチャッ。
 竜郁の部屋のドアが即座にあいた。

「ママ! 大丈夫!?」
「来ちゃダメよ、竜郁、ママは大丈夫だから、ね!」
 夫は「お前も同じようにされたいか?」と息子を睨み付ける。
「竜郁、部屋へ行きなさい!」
 叫ぶように梨々が言う。
 竜郁は母親の言うことを聞いた。
 情けなく涙をこぼす梨々。

 その時、胸に浮かんだのは、パフェを持ったまま転び、お客様に謝ったあと立ち上がる時、こちらを見ていた……水面の情に溢れた瞳だ。

(あたし、やっぱり水面さんのことを好きなんだわ。ドキドキが止まらなくなってきた。いけないわ、あたしは結婚している身。それに水面さんには真希さんが居る……)


「おはようございまーす!」
「おはよ」
(え……)
 普段あいさつしない無口な水面さんが梨々に「おはよ」と。
(嬉しい! きゃ、どうしよう。あたしときめいたりなんかして)
 梨々の頬がサッとピンクに染まった。

「こないだ、怪我なかった? だいじょうぶ?」
 水面さんと具体的な仕事について以外の事柄は初めて話す。1年も経つのに。
 そう、水面は凄~く無口でだいたいに仏頂面なのだ。けれど従業員は皆彼を頼りにしている。
「あ……。あ、ありがとうございます。ていうか、ご迷惑おかけしすみません。あたしってほんとドジ」

(スキなのに、まるで今のあたしピエロみたいじゃん。だってなんて返せばいいの?)

「自分のペースで良いんだよ。梨々ちゃんのペースで、ね!」
(え……チャン付け。それにこんなにラフにおしゃべりしてる水面さん、みたことないわ。誰に対してもよ?)

 周りの従業員もチョイとあっけに取られている。

 そして、今日も夕方になると真希さんが食事にやって来た。
 いつも厨房が見える席に座る。いつでもハイブランドの服を着ている。
(お金持ちのお嬢様だもんな~。羨ましいこと!)

 その日もたまたま梨々が真希のテーブルを接客した。今日はおしぼりとお冷やを持って行った。

「あ! 梨々さんすみませんっ!」
 真希のテーブルにお冷やを置きかけた時、急いでいるホールの男の子がうっかり梨々の腕にぶつかってしまった。
 そんなに強くはなかったが反動があり、水の雫がほんの少し真希の洋服にかかってしまった。

「ちょっとぉー! あんた何やってんの!? またあんたね! クリーニング代もらうわよ。1万円ね! この服一点モノなのよ?」
(え、水はシミになんかならないよね、乾けば)

 でも梨々は、底意地が悪かろうとお客様はお客様だ、と頭を下げ謝った。
「申し訳ございません」
「いやいやいや、言葉は要らないから、1万円ね!? わかった?」と右掌を上に向け差し出す真希。

 そこへ飛んできた男性店長。
「真希さん、申し訳ございません。私が責任を取ります。本当にすみません」
 頭を深々と下げる。
 真希は鼻を上に上げ、フンッ! と言わんばかりに「店長が言うならしょうがないわね、あたしの水面がお世話になってるんだし。1000円でいいわよ」
「かしこまりました」
 店長はこっそりシッシという手を梨々に向け、梨々を追いやった。

 梨々は他のお客様のテーブルを片付けにすぐ去った。トレーを持ちお皿を中に持って入った。

 水面が「ごめんね」と小さな声で言ってきた。
(そんな……嬉しいような、嬉しくないような。だって、「かっこ、俺の真希が」って付きそうじゃん? その言葉)

 でも、可愛く梨々は「いいえ。真希さんをご不快にし申し訳有りませんでした」と頭を下げた。
 頭を上げると水面の穏やかな瞳がまばゆかった。
 その直後ホールに戻ると、真希が刃物のような視線でこちらを睨んだ。

(今日も水面さんは真希さんと帰って行くんだな……。ハ~、ため息。って、あたしも早くスーパー寄って帰んないと。遅くなると余計に夫から誤解されるわ。ヤダヤダ)

 梨々は大急ぎで着替え、自転車でスーパーへ寄り帰宅した。スーパーは売り出しでいつもより混んでいた。

「ただいま」

 今日は息子の竜郁が部屋から出て来ない。だいたい「おかえり~」と言いに部屋から出てくるのだ。
 DVに遭っている母親を不憫に思っているのだろう。梨々はずっと、このままではいけない、と考え続けている。
 しかし友達が一人もいない梨々はDVのことを誰にも相談出来ていない。息子が余りにも可哀相で胸が痛む。

 ガタガタッと、まるで地震のように乱暴な音が近づいてきた。人が歩いてこんな音がするものだろうか?
 夫だ。
「敏夫、今日はスーパーが混ん」と言いかけたところで思いきり顔を引っぱたかれた。耳の奥がジンジンして聞こえにくい。
「辞めて! 痛いわ!」
「うるせぇ! 言い訳ばっかしやがって。この木偶の坊が! おまけにセックスばっかり外でしやがって」
「敏夫辞めて! 竜郁が聞いてるわ!」
「かまわねえよ! アイツだって誰の子かわかったもんじゃねーぞ?! あ? 今日は何処でアソんでた? イ・エ・ヨ! ほら~!」

 蹴倒され、梨々は頭を踏まれている。
 竜郁が走って廊下に出てきた。

「パパ、辞めてよっ!」
「ああ!?」
 父親は振り返った。
 竜郁は今までに見せたことのない鋭い目つきで父を圧倒した。
 ……「チッ。おい、梨々! 早くメシ作れ!」

 母である梨々は、泣きながら竜郁を抱きしめた。そして、敏夫から再び攻撃されることを避けるため、直ぐに料理に取り掛かった。

 顔が腫れる・骨折する・目立ったケガをする、といったことが無いように巧妙なDVを受け続ける梨々が苦しんでいるのを、周りの人間は誰一人として気付かなかった。

 梨々は店で失敗も多いが、必死で明るく振る舞う健気さが買われ、周りの人間は良くフォローしてくれた。

 今日のレストランHAMAMIは少し暇。ゆったりペースだ。ホールにバイトの20代男子・よし君と並んで立っていた。

「梨々さん」
「なぁに?」
「聞いたんすけど、梨々さんってお子さんが居らっしゃるんすか」
「そうだよ」微笑む梨々。
 よし君は「へ~、意外!」と目を丸くした。
「何が意外なの? 息子のほうが君に年齢近いわよ、あたしより!」
「え」
「高3なの」
「マジっすか!」
「……しっ、声大きい」少し梨々は笑った。
「だって梨々さん、30ぐらいでしょ、まだ」
「ぶー、ハズレ~。あたしは42才だよー」


 のどが渇き梨々は中に入って従業員用のドリンクを注いでいた。
 店が暇なので水面にしては珍しく、なんにもせずに厨房からこちらのほうをボーっと見ている。

 ドリンクコーナーは厨房のすぐそばだ。
 梨々は思い切って水面に声を掛けた。

「水面さん」
「ン」
「今日はお店、のんびりペースですね」
「そうだね。まぁこんな日もあるよね」
「あ、水面さんもオレンジジュース飲みます?」
「ン、ああ、戴きます」

 サーバーはバックヤードのホール側にあるので、さっそくグラスを取り出し、水面のためにオレンジジュースを入れた。
 厨房まで持って入った。

「はい、どーぞ!」
「ありがと」
(あ……ジュースを渡す時、指が触れ合った。くすぐったい感じがしちゃう)

 ぐびぐびと目の前でジュースを飲み干すと水面ののどぼとけが動いた。

(スゴク……エッチな感じがしちゃった)
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