14 / 72
第1章:漂流の始まり――宮廷という伏魔殿
第14話:飾りじゃないのよ、理念も愛も
しおりを挟む
「うわー、ランスロットったら! 今月分だけ弾んでくれたのかしら。結婚祝いかな?」
「……他国の王太子を呼び捨てにするのは、感心しない」
「ランスロットだって私のこと、ヘレナって呼ぶもの」
「過去の話だろう」
「ううん? 帝国に来る直前にも会ったけど――」
「他の男の名を、軽々しく口にするな」
「どうして?」
「……気分が悪い」
「えっ、馬車酔い? それなら! ヘレナ特製、“酔―い、ぶっ飛び茶”、飲んでみる?」
「……ひと口だけ。それよりランスロット殿下のことだが――皇太子妃の威厳に関わる。下の名で呼ぶのは控えろ」
「えーっ。こんな時だけ“皇太子妃”扱い?」
「隙を与えるな」
「はいはい」
「『はい』は一度でいい」
「ほんと、細かいんだから」
ま、気分が悪いって言ってたけど――ダメ出しの切れ味はいつも通りだし。
よかった。本調子みたい。
途中、小腹が空いたと言えば、殿下が串焼きのお店に寄ってくれた。
戻って来るなり、殿下がつぶやく。
「……高いな」
「いくらだったんですか?」
「50マルクルだ」
「はぁぁ!? 定価の5倍じゃない! ちょっと私、文句言って来る!」
私が苦情を言うと、店主が串をひっくり返しながら鼻で笑った。
「あぁん? お貴族様は黙って払えばいいんだ。庶民の嬢ちゃんが口を出すんじゃないよ」
くっ……!
殿下ってば、変装してるくせに、”偉い人”オーラ駄々洩れだから、こういう輩に狙われちゃうのよ!
私は一歩前に出て、腰に手を当てて店主を睨みつけた。
「帝都の大通りにある店がぼったくりしてるなんて噂が立ったら、帝国の品位を落としかねないでしょう? 摘発してもいいのよ」
「て、摘発!? ……品位……」
「“礼節・伝統・博愛”は、帝国の3大理念でしょうが」
「そ、そうでしたっけ?」
宮殿のあっちこちに、金の額縁に入った「礼節・伝統・博愛」が掲げられているのを思い出す。
まったく。
全っ然、国民に浸透してないじゃない。
理念は美術品じゃないんだから。額縁に閉じ込めて飾ってどうするの。
まずは民がぼったくられてる現状を知りなさい。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕があって、はじめて“博愛”の国でしょう?
額縁に飾るだけじゃ、ただの絵にかいた餅……じゃなくて、串焼き!
「――とにかく。彼は5倍払ったんだから、5本渡しなさい!」
店主は目を白黒させ、「て、摘発だけはお許しを……」と頭を下げた。
「礼節」「伝統」「博愛」と唱えながら、串焼きを一本ずつ追加で手渡してくる。
胸を張ってそれらを受け取り、護衛たちに差し出す。
「ほら、みんなで食べて。殿下がぼったくられた分だから」
「……妃様、4本でよかったのでは? 5本は貰い過ぎです」
「授業料だと思えば安いものよ」
「……交渉が上手いな」
「だてに慰謝料をもぎ取ってませんからね! 殿下も、値引き交渉くらいはできるようにならなくちゃ」
「……値引きは不得手だが、戦なら負けない」
「それ、逆だから! “腹が減っては戦はできぬ”って言うじゃない。っていうか、“戦”だなんてやめてよ。何のための婚姻だと思ってるの!?」
殿下は表情一つ変えないまま、視線を逸らす。
代わりに護衛たちが一瞬顔を見合わせ、小声で囁いた。
「……恐れ入りました」と。
香ばしい匂いがまだ鼻に残る中、石畳の街並みは人々の活気で賑わっていた。
浮き立った気分で歩いている私を横目に、殿下が不意に足を止める。
「……少し付き合ってほしい所がある」
連れて行かれたのは、煌めきやかな宝石店だった。
「好きなものを選んでくれ」
「え?」
「婚約の品、何も贈っていなかったから」
「私も同じですから、お気遣いなく」
「……欲しいものはないのか?」
「自分で買えるもの」
そう言って、スカートのポケットをポン! と叩いた。
中には金貨が一枚。
ランスロットからの慰謝料だ。
「元婚約者の金で買うのか?」
「今は私のお金です! 私の心を削って得た、正当な……対価なの」
殿下の眉がわずかに動いた。
「……だが、自分で買っても、贈り物にはならないだろう?」
「あのね、殿下!」
思わず声が大きくなる。
「贈り物っていうのは、相手のことを考えて選ぶから意味があるの。お金だけ渡されても――嬉しくもなんともない!」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう」
胸の奥が熱くなって、思わず言葉がこぼれる。
「カタチじゃないのよ、愛は。どれだけ想いを込めるか、なの。それが――王国流」
殿下の喉が小さく鳴った。
何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込む。
「……だが――」
それでもなお何かを買おうとする殿下の腕を、私はやや強引に引っ張って店を出た。
はぁ――っ。
ほんの些細なことなのに、心の奥がずしんと重くなる。
誰のせいでもない。文化も価値観も違うのだから、仕方ない。
でも――ぶつける相手が殿下しかいないから。
だからつい、「どうして分かってくれないの!」って声を荒げてしまう。
王国だったら、こんなこと言葉にしなくても通じ合えたのに。
慣れなきゃって思うのに、「ん?」と胸に引っ掛かる違和感を、黙ってやり過ごせない。
そのもどかしさを、うまく殿下に伝えられない。
……まだまだだなぁ、私。
理念も愛も。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕、私たちの間にもあればいいのに。
「……他国の王太子を呼び捨てにするのは、感心しない」
「ランスロットだって私のこと、ヘレナって呼ぶもの」
「過去の話だろう」
「ううん? 帝国に来る直前にも会ったけど――」
「他の男の名を、軽々しく口にするな」
「どうして?」
「……気分が悪い」
「えっ、馬車酔い? それなら! ヘレナ特製、“酔―い、ぶっ飛び茶”、飲んでみる?」
「……ひと口だけ。それよりランスロット殿下のことだが――皇太子妃の威厳に関わる。下の名で呼ぶのは控えろ」
「えーっ。こんな時だけ“皇太子妃”扱い?」
「隙を与えるな」
「はいはい」
「『はい』は一度でいい」
「ほんと、細かいんだから」
ま、気分が悪いって言ってたけど――ダメ出しの切れ味はいつも通りだし。
よかった。本調子みたい。
途中、小腹が空いたと言えば、殿下が串焼きのお店に寄ってくれた。
戻って来るなり、殿下がつぶやく。
「……高いな」
「いくらだったんですか?」
「50マルクルだ」
「はぁぁ!? 定価の5倍じゃない! ちょっと私、文句言って来る!」
私が苦情を言うと、店主が串をひっくり返しながら鼻で笑った。
「あぁん? お貴族様は黙って払えばいいんだ。庶民の嬢ちゃんが口を出すんじゃないよ」
くっ……!
殿下ってば、変装してるくせに、”偉い人”オーラ駄々洩れだから、こういう輩に狙われちゃうのよ!
私は一歩前に出て、腰に手を当てて店主を睨みつけた。
「帝都の大通りにある店がぼったくりしてるなんて噂が立ったら、帝国の品位を落としかねないでしょう? 摘発してもいいのよ」
「て、摘発!? ……品位……」
「“礼節・伝統・博愛”は、帝国の3大理念でしょうが」
「そ、そうでしたっけ?」
宮殿のあっちこちに、金の額縁に入った「礼節・伝統・博愛」が掲げられているのを思い出す。
まったく。
全っ然、国民に浸透してないじゃない。
理念は美術品じゃないんだから。額縁に閉じ込めて飾ってどうするの。
まずは民がぼったくられてる現状を知りなさい。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕があって、はじめて“博愛”の国でしょう?
額縁に飾るだけじゃ、ただの絵にかいた餅……じゃなくて、串焼き!
「――とにかく。彼は5倍払ったんだから、5本渡しなさい!」
店主は目を白黒させ、「て、摘発だけはお許しを……」と頭を下げた。
「礼節」「伝統」「博愛」と唱えながら、串焼きを一本ずつ追加で手渡してくる。
胸を張ってそれらを受け取り、護衛たちに差し出す。
「ほら、みんなで食べて。殿下がぼったくられた分だから」
「……妃様、4本でよかったのでは? 5本は貰い過ぎです」
「授業料だと思えば安いものよ」
「……交渉が上手いな」
「だてに慰謝料をもぎ取ってませんからね! 殿下も、値引き交渉くらいはできるようにならなくちゃ」
「……値引きは不得手だが、戦なら負けない」
「それ、逆だから! “腹が減っては戦はできぬ”って言うじゃない。っていうか、“戦”だなんてやめてよ。何のための婚姻だと思ってるの!?」
殿下は表情一つ変えないまま、視線を逸らす。
代わりに護衛たちが一瞬顔を見合わせ、小声で囁いた。
「……恐れ入りました」と。
香ばしい匂いがまだ鼻に残る中、石畳の街並みは人々の活気で賑わっていた。
浮き立った気分で歩いている私を横目に、殿下が不意に足を止める。
「……少し付き合ってほしい所がある」
連れて行かれたのは、煌めきやかな宝石店だった。
「好きなものを選んでくれ」
「え?」
「婚約の品、何も贈っていなかったから」
「私も同じですから、お気遣いなく」
「……欲しいものはないのか?」
「自分で買えるもの」
そう言って、スカートのポケットをポン! と叩いた。
中には金貨が一枚。
ランスロットからの慰謝料だ。
「元婚約者の金で買うのか?」
「今は私のお金です! 私の心を削って得た、正当な……対価なの」
殿下の眉がわずかに動いた。
「……だが、自分で買っても、贈り物にはならないだろう?」
「あのね、殿下!」
思わず声が大きくなる。
「贈り物っていうのは、相手のことを考えて選ぶから意味があるの。お金だけ渡されても――嬉しくもなんともない!」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう」
胸の奥が熱くなって、思わず言葉がこぼれる。
「カタチじゃないのよ、愛は。どれだけ想いを込めるか、なの。それが――王国流」
殿下の喉が小さく鳴った。
何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込む。
「……だが――」
それでもなお何かを買おうとする殿下の腕を、私はやや強引に引っ張って店を出た。
はぁ――っ。
ほんの些細なことなのに、心の奥がずしんと重くなる。
誰のせいでもない。文化も価値観も違うのだから、仕方ない。
でも――ぶつける相手が殿下しかいないから。
だからつい、「どうして分かってくれないの!」って声を荒げてしまう。
王国だったら、こんなこと言葉にしなくても通じ合えたのに。
慣れなきゃって思うのに、「ん?」と胸に引っ掛かる違和感を、黙ってやり過ごせない。
そのもどかしさを、うまく殿下に伝えられない。
……まだまだだなぁ、私。
理念も愛も。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕、私たちの間にもあればいいのに。
35
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
王の影姫は真実を言えない
柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。
けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。
一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる