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第1章:漂流の始まり――宮廷という伏魔殿
第14話:飾りじゃないのよ、理念も愛も
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「うわー、ランスロットったら! 今月分だけ弾んでくれたのかしら。結婚祝いかな?」
「……他国の王太子を呼び捨てにするのは、感心しない」
「ランスロットだって私のこと、ヘレナって呼ぶもの」
「過去の話だろう」
「ううん? 帝国に来る直前にも会ったけど――」
「他の男の名を、軽々しく口にするな」
「どうして?」
「……気分が悪い」
「えっ、馬車酔い? それなら! ヘレナ特製、“酔―い、ぶっ飛び茶”、飲んでみる?」
「……ひと口だけ。それよりランスロット殿下のことだが――皇太子妃の威厳に関わる。下の名で呼ぶのは控えろ」
「えーっ。こんな時だけ“皇太子妃”扱い?」
「隙を与えるな」
「はいはい」
「『はい』は一度でいい」
「ほんと、細かいんだから」
ま、気分が悪いって言ってたけど――ダメ出しの切れ味はいつも通りだし。
よかった。本調子みたい。
途中、小腹が空いたと言えば、殿下が串焼きのお店に寄ってくれた。
戻って来るなり、殿下がつぶやく。
「……高いな」
「いくらだったんですか?」
「50マルクルだ」
「はぁぁ!? 定価の5倍じゃない! ちょっと私、文句言って来る!」
私が苦情を言うと、店主が串をひっくり返しながら鼻で笑った。
「あぁん? お貴族様は黙って払えばいいんだ。庶民の嬢ちゃんが口を出すんじゃないよ」
くっ……!
殿下ってば、変装してるくせに、”偉い人”オーラ駄々洩れだから、こういう輩に狙われちゃうのよ!
私は一歩前に出て、腰に手を当てて店主を睨みつけた。
「帝都の大通りにある店がぼったくりしてるなんて噂が立ったら、帝国の品位を落としかねないでしょう? 摘発してもいいのよ」
「て、摘発!? ……品位……」
「“礼節・伝統・博愛”は、帝国の3大理念でしょうが」
「そ、そうでしたっけ?」
宮殿のあっちこちに、金の額縁に入った「礼節・伝統・博愛」が掲げられているのを思い出す。
まったく。
全っ然、国民に浸透してないじゃない。
理念は美術品じゃないんだから。額縁に閉じ込めて飾ってどうするの。
まずは民がぼったくられてる現状を知りなさい。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕があって、はじめて“博愛”の国でしょう?
額縁に飾るだけじゃ、ただの絵にかいた餅……じゃなくて、串焼き!
「――とにかく。彼は5倍払ったんだから、5本渡しなさい!」
店主は目を白黒させ、「て、摘発だけはお許しを……」と頭を下げた。
「礼節」「伝統」「博愛」と唱えながら、串焼きを一本ずつ追加で手渡してくる。
胸を張ってそれらを受け取り、護衛たちに差し出す。
「ほら、みんなで食べて。殿下がぼったくられた分だから」
「……妃様、4本でよかったのでは? 5本は貰い過ぎです」
「授業料だと思えば安いものよ」
「……交渉が上手いな」
「だてに慰謝料をもぎ取ってませんからね! 殿下も、値引き交渉くらいはできるようにならなくちゃ」
「……値引きは不得手だが、戦なら負けない」
「それ、逆だから! “腹が減っては戦はできぬ”って言うじゃない。っていうか、“戦”だなんてやめてよ。何のための婚姻だと思ってるの!?」
殿下は表情一つ変えないまま、視線を逸らす。
代わりに護衛たちが一瞬顔を見合わせ、小声で囁いた。
「……恐れ入りました」と。
香ばしい匂いがまだ鼻に残る中、石畳の街並みは人々の活気で賑わっていた。
浮き立った気分で歩いている私を横目に、殿下が不意に足を止める。
「……少し付き合ってほしい所がある」
連れて行かれたのは、煌めきやかな宝石店だった。
「好きなものを選んでくれ」
「え?」
「婚約の品、何も贈っていなかったから」
「私も同じですから、お気遣いなく」
「……欲しいものはないのか?」
「自分で買えるもの」
そう言って、スカートのポケットをポン! と叩いた。
中には金貨が一枚。
ランスロットからの慰謝料だ。
「元婚約者の金で買うのか?」
「今は私のお金です! 私の心を削って得た、正当な……対価なの」
殿下の眉がわずかに動いた。
「……だが、自分で買っても、贈り物にはならないだろう?」
「あのね、殿下!」
思わず声が大きくなる。
「贈り物っていうのは、相手のことを考えて選ぶから意味があるの。お金だけ渡されても――嬉しくもなんともない!」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう」
胸の奥が熱くなって、思わず言葉がこぼれる。
「カタチじゃないのよ、愛は。どれだけ想いを込めるか、なの。それが――王国流」
殿下の喉が小さく鳴った。
何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込む。
「……だが――」
それでもなお何かを買おうとする殿下の腕を、私はやや強引に引っ張って店を出た。
はぁ――っ。
ほんの些細なことなのに、心の奥がずしんと重くなる。
誰のせいでもない。文化も価値観も違うのだから、仕方ない。
でも――ぶつける相手が殿下しかいないから。
だからつい、「どうして分かってくれないの!」って声を荒げてしまう。
王国だったら、こんなこと言葉にしなくても通じ合えたのに。
慣れなきゃって思うのに、「ん?」と胸に引っ掛かる違和感を、黙ってやり過ごせない。
そのもどかしさを、うまく殿下に伝えられない。
……まだまだだなぁ、私。
理念も愛も。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕、私たちの間にもあればいいのに。
「……他国の王太子を呼び捨てにするのは、感心しない」
「ランスロットだって私のこと、ヘレナって呼ぶもの」
「過去の話だろう」
「ううん? 帝国に来る直前にも会ったけど――」
「他の男の名を、軽々しく口にするな」
「どうして?」
「……気分が悪い」
「えっ、馬車酔い? それなら! ヘレナ特製、“酔―い、ぶっ飛び茶”、飲んでみる?」
「……ひと口だけ。それよりランスロット殿下のことだが――皇太子妃の威厳に関わる。下の名で呼ぶのは控えろ」
「えーっ。こんな時だけ“皇太子妃”扱い?」
「隙を与えるな」
「はいはい」
「『はい』は一度でいい」
「ほんと、細かいんだから」
ま、気分が悪いって言ってたけど――ダメ出しの切れ味はいつも通りだし。
よかった。本調子みたい。
途中、小腹が空いたと言えば、殿下が串焼きのお店に寄ってくれた。
戻って来るなり、殿下がつぶやく。
「……高いな」
「いくらだったんですか?」
「50マルクルだ」
「はぁぁ!? 定価の5倍じゃない! ちょっと私、文句言って来る!」
私が苦情を言うと、店主が串をひっくり返しながら鼻で笑った。
「あぁん? お貴族様は黙って払えばいいんだ。庶民の嬢ちゃんが口を出すんじゃないよ」
くっ……!
殿下ってば、変装してるくせに、”偉い人”オーラ駄々洩れだから、こういう輩に狙われちゃうのよ!
私は一歩前に出て、腰に手を当てて店主を睨みつけた。
「帝都の大通りにある店がぼったくりしてるなんて噂が立ったら、帝国の品位を落としかねないでしょう? 摘発してもいいのよ」
「て、摘発!? ……品位……」
「“礼節・伝統・博愛”は、帝国の3大理念でしょうが」
「そ、そうでしたっけ?」
宮殿のあっちこちに、金の額縁に入った「礼節・伝統・博愛」が掲げられているのを思い出す。
まったく。
全っ然、国民に浸透してないじゃない。
理念は美術品じゃないんだから。額縁に閉じ込めて飾ってどうするの。
まずは民がぼったくられてる現状を知りなさい。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕があって、はじめて“博愛”の国でしょう?
額縁に飾るだけじゃ、ただの絵にかいた餅……じゃなくて、串焼き!
「――とにかく。彼は5倍払ったんだから、5本渡しなさい!」
店主は目を白黒させ、「て、摘発だけはお許しを……」と頭を下げた。
「礼節」「伝統」「博愛」と唱えながら、串焼きを一本ずつ追加で手渡してくる。
胸を張ってそれらを受け取り、護衛たちに差し出す。
「ほら、みんなで食べて。殿下がぼったくられた分だから」
「……妃様、4本でよかったのでは? 5本は貰い過ぎです」
「授業料だと思えば安いものよ」
「……交渉が上手いな」
「だてに慰謝料をもぎ取ってませんからね! 殿下も、値引き交渉くらいはできるようにならなくちゃ」
「……値引きは不得手だが、戦なら負けない」
「それ、逆だから! “腹が減っては戦はできぬ”って言うじゃない。っていうか、“戦”だなんてやめてよ。何のための婚姻だと思ってるの!?」
殿下は表情一つ変えないまま、視線を逸らす。
代わりに護衛たちが一瞬顔を見合わせ、小声で囁いた。
「……恐れ入りました」と。
香ばしい匂いがまだ鼻に残る中、石畳の街並みは人々の活気で賑わっていた。
浮き立った気分で歩いている私を横目に、殿下が不意に足を止める。
「……少し付き合ってほしい所がある」
連れて行かれたのは、煌めきやかな宝石店だった。
「好きなものを選んでくれ」
「え?」
「婚約の品、何も贈っていなかったから」
「私も同じですから、お気遣いなく」
「……欲しいものはないのか?」
「自分で買えるもの」
そう言って、スカートのポケットをポン! と叩いた。
中には金貨が一枚。
ランスロットからの慰謝料だ。
「元婚約者の金で買うのか?」
「今は私のお金です! 私の心を削って得た、正当な……対価なの」
殿下の眉がわずかに動いた。
「……だが、自分で買っても、贈り物にはならないだろう?」
「あのね、殿下!」
思わず声が大きくなる。
「贈り物っていうのは、相手のことを考えて選ぶから意味があるの。お金だけ渡されても――嬉しくもなんともない!」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう」
胸の奥が熱くなって、思わず言葉がこぼれる。
「カタチじゃないのよ、愛は。どれだけ想いを込めるか、なの。それが――王国流」
殿下の喉が小さく鳴った。
何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込む。
「……だが――」
それでもなお何かを買おうとする殿下の腕を、私はやや強引に引っ張って店を出た。
はぁ――っ。
ほんの些細なことなのに、心の奥がずしんと重くなる。
誰のせいでもない。文化も価値観も違うのだから、仕方ない。
でも――ぶつける相手が殿下しかいないから。
だからつい、「どうして分かってくれないの!」って声を荒げてしまう。
王国だったら、こんなこと言葉にしなくても通じ合えたのに。
慣れなきゃって思うのに、「ん?」と胸に引っ掛かる違和感を、黙ってやり過ごせない。
そのもどかしさを、うまく殿下に伝えられない。
……まだまだだなぁ、私。
理念も愛も。
串焼き一本おまけできるくらいの余裕、私たちの間にもあればいいのに。
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