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第3章:漂流の寄港地ー学園編
第45話:鏡に映る新しい私
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人の思惑とは無関係に、季節は移ろっていく。
まだ見ぬライバルへの競争心を胸に、演劇部で化粧や舞踏の稽古を受けるうちに、自然と垢抜けていった。
そして――春の兆しが空気に混じる頃、私は17回目の誕生日を迎えた。
鏡に映る自分は、昨日までの少女ではなかった。
宮殿で“田舎娘”と笑われた面影は、もうそこにはない。
都会的に洗練された私が、鏡の中に立っていた。
ふと、初めて殿下と外出した日にかけてくれた言葉を想い出す。
――着飾ったら、誰よりも目を引きそうだ。
今の私なら、殿下に私を手放したことを後悔させることができるかな……。
そんなことを考えていたら、脳裏にクリステル様の姿が浮かんだ。
伏せられた長い睫毛。
艶やかなロングの髪。
首筋の小さな黒子に漂う愁い。
どれほど着飾っても、彼女のような艶やかさは出てこない。
耳の下で切り揃えた髪を振ってみて、思わず苦笑する。
……色気なんて、どこにもない。
後悔させるどころか、勝てるところが見つからないや。
それでも――私は王国の女。不戦敗だけはいただけない。
……あれ。
また私、殿下のことを考えてる。
だから、私の敵は――30代前半のお色気夫人なんだってば!
……負けてたまるもんですか。
◆◆◆
編入初日、教師が紹介してくれたのは――生徒会長のガブリエルだった。
学園の改革に燃える、文官志望の男子生徒。
王国から来た留学生(と皆が信じている私)にとっては、少し面倒な相手だけれど、悪い人ではない。
彼が何かと私の意見を求めるのは、交換留学制度の導入が私の提案だったからだ。
和平条約が結ばれても、国民感情はすぐには変わらない。
だからこそ、若者の文化交流から始めるべきだと思った。
草の根的に、未来を担う私たちから相互理解を深められたら、きっと――。
誰かに命じられたわけでも、頼まれたわけでもない。
ただ、私にできることがあるならやってみたかった。
「新しい学園長がさ、話の分かる方なんだ」
ガブリエル会長はそう言って、決裁が驚くほどサクサク進むことを教えてくれた。
「銀縁眼鏡の、“これぞザ・帝国官僚”って印象なのに、柔軟なんだよな」
「玉虫色にぼかすのがお家芸だもん。柔軟性? 責任回避の準備体操よ」
「おお、出たなエレナ語録!」
「だいたい、出世欲の権化みたいな事務次官様が、教育省の出先機関に飛ばされるなんて。どんな不祥事を起こした――」
「と断言するには、根拠がやや不足しているのでは? 本件発言は、校則第11条第4項“根拠なき誹謗中傷の禁止”に抵触しないと断ずるには――合理的な疑いを差し挟む余地が残っている」
「ひぃっ! ジュ――じゃなかった、学園長!?」
「なぁ。今の解釈、帝国人の僕にも理解できないよ。誹謗中傷の可能性、あるの、ないの、どっちだよ?」
「ちょ、会長っ! 言葉遣い! この人、ちょー細かいんだから!」
「“この人”? “ちょー”?」
銀縁眼鏡の奥が冷たく光った。
……まずい。
学園に入ってから、敬語がめきめき上達する一方、演劇部の仲間の影響で、言葉遣いがどんどん崩れている。
一瞬の沈黙の後――
「……誹謗中傷の可能性あり、です」
律儀に答えてはくれたけど……。
殿下とおんなじ。
怒ってない顔で、怒ってる。
無言の圧力。私がこの世で一番苦手なやつ。
また口が滑っちゃった。ほんと、私の悪い癖。
次は絶対黙ってよう……。
話しは戻り、私の提案した留学生事業。
留学意欲が高い両国の生徒に対し、返済義務のない給付型の奨学金を提供することにした。
資金源は、アルフォンス殿下から出される給金とランスロットからの慰謝料だ。
「フォンスロット奨学基金」たるものを創立し、名前は2人から勝手に拝借した。
和平に尽力しているのは彼らだから、あながち嘘じゃない。
……まあ、バレたら説教だろうけれど。
怒ってない顔で。
とまあそんな縁もあって、私は生徒会の”お手伝い”をしている。
その日も事務作業をしていたら、ガブリエル会長が駆け込んできた。
「大変だ!! 皇太子殿下が抜き打ちで学園視察に来るらしい!」
生徒会室が一気にざわつく。
皆の顔に走る緊張を見て、改めて彼が“帝国の皇太子”なのだと実感する。
私はというと――
「え? どうして? 説教!? 待って、何かやらかしたっけ!?」
頭の中がぐるぐる回る。
ううん、やらかしていない。
たぶん。きっと。
……していないよね?
説教――世界で2番目に苦手なもの。
だから私は、お茶の準備を終えると、そそくさと生徒会室を抜け出した。
鉢合わせなんて、ご免被りたい。
……でも大丈夫。
学園都市には、伏魔殿より裏道が多い。
殿下を撒くくらい、簡単なんだから!
というわけで、“市場調査“という名のウィンドウショッピングに出かけることにした。
といっても、名目ならちゃんとある。
私の提案で、秋の学園祭でバザーを開催することにしたのだ。
裕福な子女から不用品や領地の特産物を寄付してもらい、生徒会で市場価格の一割程度の値をつけて販売する。領地の触れ込みにもなるし、平民の学生にとっては格安で品が手に入る。
一石二鳥でしょ?
でも、本音を言えば。
またオーギュスト様に会いたくて仕掛けたイベントでもあったりして。
辺境伯領のPRを口実に、お屋敷に遊びに行っちゃおうかな、と。
もちろん、領地の評判づくりも目的だ。
……半分くらいは。
それなのに。
ふとした瞬間に浮かぶのは、殿下の横顔ばかりだった。
まだ見ぬライバルへの競争心を胸に、演劇部で化粧や舞踏の稽古を受けるうちに、自然と垢抜けていった。
そして――春の兆しが空気に混じる頃、私は17回目の誕生日を迎えた。
鏡に映る自分は、昨日までの少女ではなかった。
宮殿で“田舎娘”と笑われた面影は、もうそこにはない。
都会的に洗練された私が、鏡の中に立っていた。
ふと、初めて殿下と外出した日にかけてくれた言葉を想い出す。
――着飾ったら、誰よりも目を引きそうだ。
今の私なら、殿下に私を手放したことを後悔させることができるかな……。
そんなことを考えていたら、脳裏にクリステル様の姿が浮かんだ。
伏せられた長い睫毛。
艶やかなロングの髪。
首筋の小さな黒子に漂う愁い。
どれほど着飾っても、彼女のような艶やかさは出てこない。
耳の下で切り揃えた髪を振ってみて、思わず苦笑する。
……色気なんて、どこにもない。
後悔させるどころか、勝てるところが見つからないや。
それでも――私は王国の女。不戦敗だけはいただけない。
……あれ。
また私、殿下のことを考えてる。
だから、私の敵は――30代前半のお色気夫人なんだってば!
……負けてたまるもんですか。
◆◆◆
編入初日、教師が紹介してくれたのは――生徒会長のガブリエルだった。
学園の改革に燃える、文官志望の男子生徒。
王国から来た留学生(と皆が信じている私)にとっては、少し面倒な相手だけれど、悪い人ではない。
彼が何かと私の意見を求めるのは、交換留学制度の導入が私の提案だったからだ。
和平条約が結ばれても、国民感情はすぐには変わらない。
だからこそ、若者の文化交流から始めるべきだと思った。
草の根的に、未来を担う私たちから相互理解を深められたら、きっと――。
誰かに命じられたわけでも、頼まれたわけでもない。
ただ、私にできることがあるならやってみたかった。
「新しい学園長がさ、話の分かる方なんだ」
ガブリエル会長はそう言って、決裁が驚くほどサクサク進むことを教えてくれた。
「銀縁眼鏡の、“これぞザ・帝国官僚”って印象なのに、柔軟なんだよな」
「玉虫色にぼかすのがお家芸だもん。柔軟性? 責任回避の準備体操よ」
「おお、出たなエレナ語録!」
「だいたい、出世欲の権化みたいな事務次官様が、教育省の出先機関に飛ばされるなんて。どんな不祥事を起こした――」
「と断言するには、根拠がやや不足しているのでは? 本件発言は、校則第11条第4項“根拠なき誹謗中傷の禁止”に抵触しないと断ずるには――合理的な疑いを差し挟む余地が残っている」
「ひぃっ! ジュ――じゃなかった、学園長!?」
「なぁ。今の解釈、帝国人の僕にも理解できないよ。誹謗中傷の可能性、あるの、ないの、どっちだよ?」
「ちょ、会長っ! 言葉遣い! この人、ちょー細かいんだから!」
「“この人”? “ちょー”?」
銀縁眼鏡の奥が冷たく光った。
……まずい。
学園に入ってから、敬語がめきめき上達する一方、演劇部の仲間の影響で、言葉遣いがどんどん崩れている。
一瞬の沈黙の後――
「……誹謗中傷の可能性あり、です」
律儀に答えてはくれたけど……。
殿下とおんなじ。
怒ってない顔で、怒ってる。
無言の圧力。私がこの世で一番苦手なやつ。
また口が滑っちゃった。ほんと、私の悪い癖。
次は絶対黙ってよう……。
話しは戻り、私の提案した留学生事業。
留学意欲が高い両国の生徒に対し、返済義務のない給付型の奨学金を提供することにした。
資金源は、アルフォンス殿下から出される給金とランスロットからの慰謝料だ。
「フォンスロット奨学基金」たるものを創立し、名前は2人から勝手に拝借した。
和平に尽力しているのは彼らだから、あながち嘘じゃない。
……まあ、バレたら説教だろうけれど。
怒ってない顔で。
とまあそんな縁もあって、私は生徒会の”お手伝い”をしている。
その日も事務作業をしていたら、ガブリエル会長が駆け込んできた。
「大変だ!! 皇太子殿下が抜き打ちで学園視察に来るらしい!」
生徒会室が一気にざわつく。
皆の顔に走る緊張を見て、改めて彼が“帝国の皇太子”なのだと実感する。
私はというと――
「え? どうして? 説教!? 待って、何かやらかしたっけ!?」
頭の中がぐるぐる回る。
ううん、やらかしていない。
たぶん。きっと。
……していないよね?
説教――世界で2番目に苦手なもの。
だから私は、お茶の準備を終えると、そそくさと生徒会室を抜け出した。
鉢合わせなんて、ご免被りたい。
……でも大丈夫。
学園都市には、伏魔殿より裏道が多い。
殿下を撒くくらい、簡単なんだから!
というわけで、“市場調査“という名のウィンドウショッピングに出かけることにした。
といっても、名目ならちゃんとある。
私の提案で、秋の学園祭でバザーを開催することにしたのだ。
裕福な子女から不用品や領地の特産物を寄付してもらい、生徒会で市場価格の一割程度の値をつけて販売する。領地の触れ込みにもなるし、平民の学生にとっては格安で品が手に入る。
一石二鳥でしょ?
でも、本音を言えば。
またオーギュスト様に会いたくて仕掛けたイベントでもあったりして。
辺境伯領のPRを口実に、お屋敷に遊びに行っちゃおうかな、と。
もちろん、領地の評判づくりも目的だ。
……半分くらいは。
それなのに。
ふとした瞬間に浮かぶのは、殿下の横顔ばかりだった。
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