異国妃の宮廷漂流記

花雨 宮琵 ー Kau Miyabi ー

文字の大きさ
44 / 75
第3章:漂流の寄港地ー学園編

第44話:無口な彼のことばかり

しおりを挟む
 寮生活は快適で、女官に囲まれていた頃よりも、ずっと気楽で、ずっと楽しい。
 部活動には、演劇部を選んだ。
 敬語の練習と文化の勉強になると思ったから。
 そして――次にオーギュスト様に会うときまでに、少しでも綺麗になっていたかったから。

 ある日、舞台化粧の稽古をしているときに、演劇部の仲間に訊かれた。
「エレナは、誰のために綺麗になりたいの?」
 私は少し考えてから、照れ隠しの笑みを浮かべて答えた。

「……20歳くらい年上の、すっごくカッコいい人のため!」
「え、それって……大人すぎない?」
「素敵な人なの。余裕があって、逞しくて。なのに、笑うときの目元がずるいくらい優しくて……」
「ふーん。でも、最近よく話してる人って、もっと年が近い感じの人じゃない?」
「……そんなはず……ない、と思うけど……」

 その日の放課後、アメリに愚痴をこぼした。
「ほんとに意味不明。やたら訪ねてくるくせに、相づちだけは完璧なの。話す気がないなら、来なければいいのに」
「でも、ついつい話しちゃうんですよね?」
「……だから、アタマにきちゃうの。私が勝手に期待してるみたいで、なんだか悔しいじゃない?」
 アメリは紅茶を一口飲んでから、穏やかに微笑んだ。
「その方のこと、好きなんですね」
「違うってば!」
 ……違う、はずなのに。

「私が好きなのは、もっと大人の――」
「でも、今話してたのって、全部、無口な彼のことですよね?」

 アメリのその言葉に、胸の奥がざわざわと騒ぎ始めた。
 私、いつから殿下のことばかり話していたんだろう……。
 否定すればするほど、殿下の影が濃くなっていく気がした。

 数日後。
 レオポルドとの会話でも、同じようなことがあった。

「エレナ様のお眼鏡にかなうような男性はいましたか?」
「うーん。今のところ、オーギュスト様以上の方には出会っていないわね」
「辺境伯は別格ですよ。もっと現実的にいきませんか? 実は、騎士科の練習試合に殿下が――」
「……ちょっと待って。どうして私が振られるのが前提なの?」
「それは――」

 レオポルドは言い淀んだあと、観念してこう言った。
「実は、オーギュスト様には意中の方がいらっしゃるようで」
「……うそ。年末に滞在したときには、そんな女性、いなかったわよ?」
「ご令嬢の留学先に同行されているそうです。前妻を亡くされてから、ずっとそばで支えてきた方だとか」
「……いくつなの、その方」
「30代前半と聞きました」
「……年齢的には私の方が勝ってるわよね?」
「色気や包容力という意味では、単に若いから有利とは限らないのでは」
「レオポルド、はっきり言うわね!」
「こういうのは、客観的な意見が大事ですから」
「……まあいいわ。私だって一応、人妻だし。勝負はこれからよ!」

 レオポルドは少し間を置いて、言葉を継いだ。
「……殿下の話をしているときのエレナ様、いきいきとされています」
「な、なにを……」
「表情が豊かで、声も少し弾んでいる。……まるで、楽しい話をしているように」
「そんなこと、ないわよ……」
 そんなはずがない。そう、思いたかった。

「そうですか。では、私の気のせいなのでしょう」
 レオポルドは少し間を置いてから、封筒の束を差し出した。

「これって……」
 見覚えのある筆跡に、息を呑む。

「殿下がエレナ様に書いたものです。……止められていました」
「うそ……」
 あの時、何一つ届かなかったと思っていたのに――。

 ――きちんと食べているか。
 ――贈ってくれた万年筆のインクは、よく走る。
 ――西の森で採れるセップ茸は格別だ。森育ちのヘレナも気に入るだろう。

 短い文なのに、心を打つ言葉ばかりが並んでいる。
 私が欲しかった想いが、そこには綴られていた。
 届かないと思っていた想いが、ちゃんと。
  
 ……どうしよう。
 辺境伯領で会った時、酷い態度ばかり取っちゃった。

 でも、どうして手紙が止められていたんだろう。
 レオナルドに問いただしても、ただ「申し訳ありません」を繰り返すばかり。
 その謝罪の裏に、ロレーヌ派の影が糸を引いていることは分かっていた。
 
 殿下の沈黙も。
 レオポルドの謝罪も。
 私を傷つけないためだと、頭では理解している。
 それでも――”庇護すべき存在”として扱われるたびに、私はまた”知らされぬ存在”へと戻されてしまう。
  
 私がまだ、闘えるだけの力を持てていないから。
 でも本当は――隣に立てるような存在でありたい。
 今まで敢えて見ないようにしてきた本心が、そっと顔を出す。
 殿下の優しさに感謝すべきなのに、棘のような痛みが胸に居座り続けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...