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第3章:漂流の寄港地ー学園編
第43話:新しい舞台へ
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パチン――。
鋏の音が響いた。
ぱさり――。
床に落ちた髪が、根を持たない草のように散らばった。
それを見下ろしていたら、過去の自分を脱ぎ捨てたような気がした。
重さのとれた頭を振ってみる。
まるで新しい自分をまとったような、不思議な軽さを感じた。
帝国に嫁いで2日目の夜、自分のことを“根のない花嫁”だといって枕を濡らした。
でも――根無し草だからこそ。
根っこがない私は、どこへだって行ける。
遠くまで飛んでいく、そういう自由がある。
今はそんなふうに感じられる。
――大丈夫。あの時だって、立ち直れた。
迎えに来てくれなかった母を、いつまでも待ち続けた日々からも。
だから今回も、きっと前に進める。
切り落とした髪を、鬘にして取っておいた自分は、たぶん、どこかでまだ期待しているんだと思う。
殿下が、私を必要としてくれる日が来るかもしれない、と。
……私も、まだまだ甘いわね。
それでも。
弱さごと抱えて、飛び立つんだ。
今なら、新しい舞台へ踏み出せる気がする。たとえその翼が、まだ完全じゃなくても。
◆◆◆
新しい年の始まりとともに、私は貴族学園へ編入した。
帝都から馬車で一時間ほどの距離にある、学園都市の名門校。
閉鎖した森の離宮は、厨房を任せていた老夫婦に管理をお願いし、寮生活を始めることにした。
本当は、もっと遠くの分校に行くつもりだった。
でも、セヴラン先生が言ってくれたのだ。
「灯台下暗し、という言葉があります」と。
その一言が、なぜか胸に残った。
逃げるように遠くへ行かなくても、ここで新しい自分を始められるかもしれない、と。
皇太子妃といっても、まだ誰にもお披露目されていない。
だから、“王国からの留学生”ということにして、身分を隠すことにした。
髪も耳の下でばっさり切って、帝国でよく見かける栗色のウィッグをつけて。
レオポルドとは個人的に雇用契約を結び、学園にも同行してもらえることになった。
本来なら、宮廷を離れるなどあり得ない立場の騎士なのに。
銀縁眼鏡の事務次官――ジュストが、警護が解かれると告げに離宮へ来たその日。
彼は何も言わず、ただレオポルドに目を向けた。その一瞬で、すべてが決まったらしい。
「ちょうど良い機会でした」
妹のアメリが同じ学園に通っているから都合が良い――レオポルドはそう言ってくれたけれど、後でアメリがこっそり教えてくれた。
ジュストは、彼ら弟妹の長兄なのだと。
――お前が妃様を守れ。
そう、命じたらしい。
その翌朝、寮の廊下にアメリの甲高い声が響いた。
「どうして兄様たちまで、一緒に住むのよ!?」
「俺はエレナ様の護衛だ。続き部屋に住んでお守りするのが当然だろう?」
レオポルドが真面目な顔で答える。
「レオ兄さんの言い分はもっともだけど……じゃあ、なんで長兄まで一緒なの? ここ! 女子寮!!」
アメリは腰に手を当て、じろりと銀縁眼鏡の事務次官――ジュストを睨んだ。
アメリってば、ジュストのこと、”長兄“って呼んでるの? 名前じゃなくて?
「留学生の生活実態を監督するのは、学園の公共的使命に照らして当然の措置だ。 校則第25条第3項ただし書き――すなわち『女子寮への男子訪問を禁ずる』規定については、学園長に許された裁量権に基づき、例外規定を設けた。 この措置は監督目的に限定され、かつ必要最小限度の滞在にとどまることを条件としている。 したがって、規則上も運用上も、何ら問題は認められない。以上」
ジュストは淡々と、まるで帝国議会で答弁を読み上げる政治家のごとく言い放った。
「はぁぁぁ? それ、公私混同でしょうが!」
アメリは両手を広げて声を荒げ、壁をバンッ! と叩いた。
「案ずることはない。本件は学園長に付与された裁量権の合理的行使であり、適正手続きおよび制度運用の両面から検証しても、法理上・実務上の瑕疵は一切認められない」
アメリが額に手を当てて、ふらりと壁に寄り掛かった。
「いちいち長いのよっ! ここ、学園! 法廷じゃないんだから。息継ぎしながら話しなさいよ! ……聞いてるだけで疲れるって、何なの。こっちは授業前から酸欠よ!」
「では要約しよう。適法・適正・問題なし」
そのやり取りに呆れていたところへ私が姿を見せると、2人の兄は同時に振り返り、同じ角度で敬礼した。
以前から、レオポルドが誰かに似ていると思っていたけれど……ジュストだったのね。
こうして並ぶと、本当に雰囲気がそっくり。
「エレナ様! おはようございます」
「妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「ちょっとやめてよ! ここでは王国からの留学生・エレナなの。妃殿下とか敬礼とか、そういう“護衛してます感”は全部禁止!」
「ほらー、だから言ったじゃない。兄様たち、“仕事感”出しすぎなのよ」
アメリは兄たちを軽く追い払うと、私の腕を取ってにっこり笑った。
「さ、エレナ様。一緒に行きましょう?」
「うん!」
この兄妹の掛け合いに、心が温かくなる。
竹を割ったような性格のアメリは、一緒にいて心地よい。
この3人と寮の1フロアで学園生活を送れるんだもの。
――ここでなら、大丈夫かもしれない。
鋏の音が響いた。
ぱさり――。
床に落ちた髪が、根を持たない草のように散らばった。
それを見下ろしていたら、過去の自分を脱ぎ捨てたような気がした。
重さのとれた頭を振ってみる。
まるで新しい自分をまとったような、不思議な軽さを感じた。
帝国に嫁いで2日目の夜、自分のことを“根のない花嫁”だといって枕を濡らした。
でも――根無し草だからこそ。
根っこがない私は、どこへだって行ける。
遠くまで飛んでいく、そういう自由がある。
今はそんなふうに感じられる。
――大丈夫。あの時だって、立ち直れた。
迎えに来てくれなかった母を、いつまでも待ち続けた日々からも。
だから今回も、きっと前に進める。
切り落とした髪を、鬘にして取っておいた自分は、たぶん、どこかでまだ期待しているんだと思う。
殿下が、私を必要としてくれる日が来るかもしれない、と。
……私も、まだまだ甘いわね。
それでも。
弱さごと抱えて、飛び立つんだ。
今なら、新しい舞台へ踏み出せる気がする。たとえその翼が、まだ完全じゃなくても。
◆◆◆
新しい年の始まりとともに、私は貴族学園へ編入した。
帝都から馬車で一時間ほどの距離にある、学園都市の名門校。
閉鎖した森の離宮は、厨房を任せていた老夫婦に管理をお願いし、寮生活を始めることにした。
本当は、もっと遠くの分校に行くつもりだった。
でも、セヴラン先生が言ってくれたのだ。
「灯台下暗し、という言葉があります」と。
その一言が、なぜか胸に残った。
逃げるように遠くへ行かなくても、ここで新しい自分を始められるかもしれない、と。
皇太子妃といっても、まだ誰にもお披露目されていない。
だから、“王国からの留学生”ということにして、身分を隠すことにした。
髪も耳の下でばっさり切って、帝国でよく見かける栗色のウィッグをつけて。
レオポルドとは個人的に雇用契約を結び、学園にも同行してもらえることになった。
本来なら、宮廷を離れるなどあり得ない立場の騎士なのに。
銀縁眼鏡の事務次官――ジュストが、警護が解かれると告げに離宮へ来たその日。
彼は何も言わず、ただレオポルドに目を向けた。その一瞬で、すべてが決まったらしい。
「ちょうど良い機会でした」
妹のアメリが同じ学園に通っているから都合が良い――レオポルドはそう言ってくれたけれど、後でアメリがこっそり教えてくれた。
ジュストは、彼ら弟妹の長兄なのだと。
――お前が妃様を守れ。
そう、命じたらしい。
その翌朝、寮の廊下にアメリの甲高い声が響いた。
「どうして兄様たちまで、一緒に住むのよ!?」
「俺はエレナ様の護衛だ。続き部屋に住んでお守りするのが当然だろう?」
レオポルドが真面目な顔で答える。
「レオ兄さんの言い分はもっともだけど……じゃあ、なんで長兄まで一緒なの? ここ! 女子寮!!」
アメリは腰に手を当て、じろりと銀縁眼鏡の事務次官――ジュストを睨んだ。
アメリってば、ジュストのこと、”長兄“って呼んでるの? 名前じゃなくて?
「留学生の生活実態を監督するのは、学園の公共的使命に照らして当然の措置だ。 校則第25条第3項ただし書き――すなわち『女子寮への男子訪問を禁ずる』規定については、学園長に許された裁量権に基づき、例外規定を設けた。 この措置は監督目的に限定され、かつ必要最小限度の滞在にとどまることを条件としている。 したがって、規則上も運用上も、何ら問題は認められない。以上」
ジュストは淡々と、まるで帝国議会で答弁を読み上げる政治家のごとく言い放った。
「はぁぁぁ? それ、公私混同でしょうが!」
アメリは両手を広げて声を荒げ、壁をバンッ! と叩いた。
「案ずることはない。本件は学園長に付与された裁量権の合理的行使であり、適正手続きおよび制度運用の両面から検証しても、法理上・実務上の瑕疵は一切認められない」
アメリが額に手を当てて、ふらりと壁に寄り掛かった。
「いちいち長いのよっ! ここ、学園! 法廷じゃないんだから。息継ぎしながら話しなさいよ! ……聞いてるだけで疲れるって、何なの。こっちは授業前から酸欠よ!」
「では要約しよう。適法・適正・問題なし」
そのやり取りに呆れていたところへ私が姿を見せると、2人の兄は同時に振り返り、同じ角度で敬礼した。
以前から、レオポルドが誰かに似ていると思っていたけれど……ジュストだったのね。
こうして並ぶと、本当に雰囲気がそっくり。
「エレナ様! おはようございます」
「妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「ちょっとやめてよ! ここでは王国からの留学生・エレナなの。妃殿下とか敬礼とか、そういう“護衛してます感”は全部禁止!」
「ほらー、だから言ったじゃない。兄様たち、“仕事感”出しすぎなのよ」
アメリは兄たちを軽く追い払うと、私の腕を取ってにっこり笑った。
「さ、エレナ様。一緒に行きましょう?」
「うん!」
この兄妹の掛け合いに、心が温かくなる。
竹を割ったような性格のアメリは、一緒にいて心地よい。
この3人と寮の1フロアで学園生活を送れるんだもの。
――ここでなら、大丈夫かもしれない。
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