異国妃の宮廷漂流記

花雨 宮琵 ー Kau Miyabi ー

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第2章:新たな漂流先――森の離宮

第42話:あの時の少女

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 石造りの礼拝堂に、朝の光が差し込んでいた。
 6年前、国境の村で出会った少女が、今日、花嫁としてここに立つ。
 懐から取り出した銀の懐中時計を握りしめる。
 ――もう誰にも置いていかせない。
 彼女の祖母と交わした約束を胸に、誓いの口付けを三度重ねた。

 初夜。
 眠る彼女の額に触れ、あの夜の記憶が甦る。
 帝国の幼子を、王国の少女がためらいなく庇い、刃を受けた。
 その姿に言葉を失った。
 帝国人が忘れかけていた博愛の精神を、彼女は誰に命じられるでもなく、自然に体現していた。
 それだけで、血と暴力にまみれたこの世界が――ほんの少し、優しく変わっていく気がした。

 だが――。
 宮殿で彼女を守りきるには、まだ盤石ではなかった。
 異文化ゆえの誤解、女官たちの嫉妬、政敵の思惑。
 その美貌と聡明さが、かえって反感を招いたのだと感じた。

 万一のことを考えて、森の離宮で彼女を守れるように準備を進めることにした。
 最小限の人数で。
 周辺の領主に協力を仰ぎ、警備体制も整えた。
 ……それが、“捨てられた”と映ったのなら、酷なことをした。

 護衛打ち切りの報せに、机上の万年筆が床に落ちた。
 守るために講じた策が、覆された。
 ……ならば、別の手を打つまでだ。
 年末には、辺境伯領で保護を。
 そして、年明けからは――
 ……それが、彼女にとって“また追いやられた”と映らないことを祈るしかない。

 胸元の懐中時計に触れる。
 彼女の祖父の形見。
 どうして自分が持っているのか――その理由を、彼女はまだ知らない。

 あの夜のことを、彼女はもう、覚えていないかもしれない。
 今はまだ、それでもいい。
 笑ってくれていれば、それで十分だ。

 
 ***
 第2章・離宮編は、ここでいったん幕を閉じます。
 次章からは、ヘレナが新たな世界へ踏み出す物語が始まります。

 ***
  (ここからは、作者のあとがきです)

 12月、この物語を書きながら、宮殿のモデルとなった場所を訪ねました。
 温室(オランジェリー)から逃げ出したヘレナが腰掛けたベンチに座り、灰色の冬空を眺めていると、かつて自分が見ていた景色が重なるような気がしました。
 分かり合えない痛み。
 言葉にできない孤独。
 それらを抱えながら、それでも前へ進もうとする気持ち。
 そんな想いが、この物語のどこかに流れているかもしれません。
 ヘレナの旅路も、ここから後半へ入ります。
 彼女がどんな出会いをし、どんなふうに居場所を築いていくのか――これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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