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第3章:漂流の寄港地ー学園編
第65話:誰が為の祝宴
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年末の立太子三周年祝宴で、私は初めて皇太子妃として高位貴族へお披露目されることになった。
――当日。
「冠は? 制作するよう指示していたはずだ」
「未成年の私にはまだ早いと思い、断りました。だって、私には重すぎちゃって。ほら、今日なんてウィッグもかぶってますし!」
「……」
「きちんと成人皇族としての役割を果たせるようになったら、お願いしようと思ってます」
「ヘレナはもう――」
「殿下。今日の正装姿、素敵ですよ」
殿下が言いかけた言葉を遮るようにそう言うと、殿下はわずかに眉をひそめた。
「濃紺のドレスはどうした」
「それは……クリステル様のもとへ届いたようですね。よくお似合いです」
殿下がわずかに目を細めて、会場の奥へと視線を流す。
その先には、瑠璃色のドレスを纏ったクリステル様がいた。
シャンデリアの光を受けてビジューがきらめき、彼女の周りにご婦人や令嬢が花のように群れ集う。
笑い声とグラスの重なる音が、彼女を中心に円を描いて広がっていく。
その光景を見つめていたら、心の空洞に影が差すのを感じた。
……うん、完敗。
あれには、勝てないや。
――自然と守りたくなる女性。
クリステル様は、そういう存在なのだろう。
それが、殿下の庇護を一身に受ける彼女に対する嫉妬からなのか。
それとも、その儚げな雰囲気が、私を捨てた母の面影を呼び起こすからなのか。
いずれにしても、これは、私自身の問題だ。
思わず視線を落とすと、自分の衣装が目に映った。
精巧にビーズが縫い込まれた繊細なレースの身ごろ。
グラデーションのチュールスカート。
瞳と同じグリーン系で揃えられた衣装と宝石。
宮殿で用意されたそれは、私には勿体ないほど美しい。
けれど、あの瑠璃色は、殿下の瞳そのもの。
誰の目にも、彼女こそ皇太子妃然として映るだろう。
……まあ、いい。
あと半年。
その間、ちゃんと皇太子妃としての役割を果たせたら、自分で自分を褒めてあげよう。
揺れる心ごと抱えて、前を向くと決めたのだから。
視界の端に、王国側の招待客の姿が入った。
「……役目は、ちゃんと果たさなきゃ」
息を整えてすっと背筋を伸ばしたその時、背後から落ち着いた声が届いた。
「ヘレナ妃殿下。良かったら一曲、踊ってくれませんか?」
オーギュスト様だった。
「ヘレナのスピーチ、素晴らしかったよ。帝国語の敬語遣いは、もう完璧だね」
「ありがとうございます」
「みなが賞賛していたよ。ほら、今だって会場中の殿方がダンスに誘いたがっている」
「……気のせいですよ。だって、誰からも声なんてかけられてませんし」
誘われても、何を話せばいいか分からないし。
何気なく視線を会場へ走らせた。
煌めくシャンデリアの下、殿下がクリステル様の手を取り、優雅に舞っていた。
音楽に合わせてドレスの裾が波のように広がり、会場の視線は一斉にその二人へと吸い寄せられていく。
――惨め、ではない。
ただ、胸の奥が痛む。
どれほど国民感情に配慮しても、陰で節約しても、和平のために地道に動いても。
結局は、美しく着飾った女性が喝采をさらっていく。
そんな、屈折した思いが込み上げてきて、“皇太子妃”としての顔を保てなくなる。
オーギュスト様とのダンスを終えると、そっと背を向け、庭園へ出た。
煌めく会場の光が届かない場所まで歩き、ようやくふぅーっと息を吐く。
――その時。
「ヘレナ、久しいな」
柔らかな声に振り返ると、私の心なんて全てお見通しという感じの幼馴染が立っていた。
「……ランスロット」
「ヘレナ様。ご無沙汰しております」
「ヴィクトリア様……」
3カ月前に第一子となる王女を出産したヴィクトリア様は、以前よりも少しだけふっくらとして、幸せそうに輝いていた。
「ヘレナ様。本日の衣装、とても素敵です。でも、少々、手を加えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ヴィクトリア様はそう言うと、持っていた白百合の生花を私のウィッグに添えてくれた。
甘い香りがふわりと漂い、冷たい影が差していた心に、ふっと光が差し込む。
「やっぱり。ナチュラルな雰囲気のヘレナ様には、凝ったジュエリーより生花が似合います」
「ほんとだな。一気に華やかさが増したぞ」
「……ありがとう」
涙が滲みそうになったところで、ランスロットに茶化された。
「泣くと化粧が崩れるぞ?」
「だったら、ランスロットが代わりに泣いてよ」
「俺じゃなくて、アルフォンス殿下に頼め」
「殿下はそういうの、できないもん」
「でも、涙を止めてはくれるんだろう?」
「え?」
――その直後。
「ヘレナ!」
鋭い声に振り返ると、会場の光を背にした殿下が立っていた。逆光だから表情まではよく見えないけれど、声に息の乱れが混じっている。
……怒っている、そう思った。
「主役が会場にいないでどうする?」
「私がいなくても、主役級のクリステル様がいらっしゃいますから」
「どういう意味だ? 今夜はヘレナのお披露目のための祝宴だぞ?」
今夜は、殿下の立太子3周年の祝宴でしょう?
「御礼の言葉も、殿下とのファーストダンスも、必要な方への挨拶周りも済ませました」
だからもう、私がこれ以上あの場にいる意味なんて、ないじゃない。
「……何があった?」
「何も」
「そんな顔をして、何もないわけがないだろう?」
「何かあったとして――殿下には関係ありません。正妻のお披露目会で他の女性と踊る殿下に、心配される筋合いなどありません」
「ヘレナ!?」
あーぁ、ついに言っちゃった。
「どうして、わざわざお披露目なんてしたんですか。あと半年で役目を終える妻に、期待なんてしないでください。それとも……良い想い出でも作ってくださるつもりでした?」
再び背を向けて歩き出そうとした腕を、殿下に掴まれ引き戻される。
私は反射的に瞳を閉じた。
――当日。
「冠は? 制作するよう指示していたはずだ」
「未成年の私にはまだ早いと思い、断りました。だって、私には重すぎちゃって。ほら、今日なんてウィッグもかぶってますし!」
「……」
「きちんと成人皇族としての役割を果たせるようになったら、お願いしようと思ってます」
「ヘレナはもう――」
「殿下。今日の正装姿、素敵ですよ」
殿下が言いかけた言葉を遮るようにそう言うと、殿下はわずかに眉をひそめた。
「濃紺のドレスはどうした」
「それは……クリステル様のもとへ届いたようですね。よくお似合いです」
殿下がわずかに目を細めて、会場の奥へと視線を流す。
その先には、瑠璃色のドレスを纏ったクリステル様がいた。
シャンデリアの光を受けてビジューがきらめき、彼女の周りにご婦人や令嬢が花のように群れ集う。
笑い声とグラスの重なる音が、彼女を中心に円を描いて広がっていく。
その光景を見つめていたら、心の空洞に影が差すのを感じた。
……うん、完敗。
あれには、勝てないや。
――自然と守りたくなる女性。
クリステル様は、そういう存在なのだろう。
それが、殿下の庇護を一身に受ける彼女に対する嫉妬からなのか。
それとも、その儚げな雰囲気が、私を捨てた母の面影を呼び起こすからなのか。
いずれにしても、これは、私自身の問題だ。
思わず視線を落とすと、自分の衣装が目に映った。
精巧にビーズが縫い込まれた繊細なレースの身ごろ。
グラデーションのチュールスカート。
瞳と同じグリーン系で揃えられた衣装と宝石。
宮殿で用意されたそれは、私には勿体ないほど美しい。
けれど、あの瑠璃色は、殿下の瞳そのもの。
誰の目にも、彼女こそ皇太子妃然として映るだろう。
……まあ、いい。
あと半年。
その間、ちゃんと皇太子妃としての役割を果たせたら、自分で自分を褒めてあげよう。
揺れる心ごと抱えて、前を向くと決めたのだから。
視界の端に、王国側の招待客の姿が入った。
「……役目は、ちゃんと果たさなきゃ」
息を整えてすっと背筋を伸ばしたその時、背後から落ち着いた声が届いた。
「ヘレナ妃殿下。良かったら一曲、踊ってくれませんか?」
オーギュスト様だった。
「ヘレナのスピーチ、素晴らしかったよ。帝国語の敬語遣いは、もう完璧だね」
「ありがとうございます」
「みなが賞賛していたよ。ほら、今だって会場中の殿方がダンスに誘いたがっている」
「……気のせいですよ。だって、誰からも声なんてかけられてませんし」
誘われても、何を話せばいいか分からないし。
何気なく視線を会場へ走らせた。
煌めくシャンデリアの下、殿下がクリステル様の手を取り、優雅に舞っていた。
音楽に合わせてドレスの裾が波のように広がり、会場の視線は一斉にその二人へと吸い寄せられていく。
――惨め、ではない。
ただ、胸の奥が痛む。
どれほど国民感情に配慮しても、陰で節約しても、和平のために地道に動いても。
結局は、美しく着飾った女性が喝采をさらっていく。
そんな、屈折した思いが込み上げてきて、“皇太子妃”としての顔を保てなくなる。
オーギュスト様とのダンスを終えると、そっと背を向け、庭園へ出た。
煌めく会場の光が届かない場所まで歩き、ようやくふぅーっと息を吐く。
――その時。
「ヘレナ、久しいな」
柔らかな声に振り返ると、私の心なんて全てお見通しという感じの幼馴染が立っていた。
「……ランスロット」
「ヘレナ様。ご無沙汰しております」
「ヴィクトリア様……」
3カ月前に第一子となる王女を出産したヴィクトリア様は、以前よりも少しだけふっくらとして、幸せそうに輝いていた。
「ヘレナ様。本日の衣装、とても素敵です。でも、少々、手を加えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ヴィクトリア様はそう言うと、持っていた白百合の生花を私のウィッグに添えてくれた。
甘い香りがふわりと漂い、冷たい影が差していた心に、ふっと光が差し込む。
「やっぱり。ナチュラルな雰囲気のヘレナ様には、凝ったジュエリーより生花が似合います」
「ほんとだな。一気に華やかさが増したぞ」
「……ありがとう」
涙が滲みそうになったところで、ランスロットに茶化された。
「泣くと化粧が崩れるぞ?」
「だったら、ランスロットが代わりに泣いてよ」
「俺じゃなくて、アルフォンス殿下に頼め」
「殿下はそういうの、できないもん」
「でも、涙を止めてはくれるんだろう?」
「え?」
――その直後。
「ヘレナ!」
鋭い声に振り返ると、会場の光を背にした殿下が立っていた。逆光だから表情まではよく見えないけれど、声に息の乱れが混じっている。
……怒っている、そう思った。
「主役が会場にいないでどうする?」
「私がいなくても、主役級のクリステル様がいらっしゃいますから」
「どういう意味だ? 今夜はヘレナのお披露目のための祝宴だぞ?」
今夜は、殿下の立太子3周年の祝宴でしょう?
「御礼の言葉も、殿下とのファーストダンスも、必要な方への挨拶周りも済ませました」
だからもう、私がこれ以上あの場にいる意味なんて、ないじゃない。
「……何があった?」
「何も」
「そんな顔をして、何もないわけがないだろう?」
「何かあったとして――殿下には関係ありません。正妻のお披露目会で他の女性と踊る殿下に、心配される筋合いなどありません」
「ヘレナ!?」
あーぁ、ついに言っちゃった。
「どうして、わざわざお披露目なんてしたんですか。あと半年で役目を終える妻に、期待なんてしないでください。それとも……良い想い出でも作ってくださるつもりでした?」
再び背を向けて歩き出そうとした腕を、殿下に掴まれ引き戻される。
私は反射的に瞳を閉じた。
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