異国妃の宮廷漂流記

花雨 宮琵 ー Kau Miyabi ー

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第4章:漂流の終わり――私の選んだ場所

最終話:灯りの届く場所で

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 帝国への帰り道。
 殿下は婚姻式のときと同じように、遠回りにはなるけれど、整備された街道を選んでくれた。

「――殿下。帝国の交通網なんですが、ルネアンから帝都までの街道を整備したら、人や物資、情報の流通が大幅に改善されると思うんです」
「以前にも言っていたな。オルレアから辺境伯領へのルートだったか」
「はい。どうでしょう? 一度、検証してみては」
「……だったら、ヘレナも議論に入ってくれないか?」
「いいんですか?」
「綺麗に着飾って夫の隣で微笑んでいるだけが、女の幸せではないのだろう?」
「ふふっ。覚えてくれてたんですね?」
「夫だからな。ヘレナの願いは、できるだけ叶えたいと思っている」
「ありがとうございます」
「それで、今後のことなんだが――」

「シャルル様に?」
「ああ。15歳になったら立太子させて、補佐役に回る。――だから、8年間のうちに、できるだけのことはやっておきたい。シャルルへ、バトンを渡すまでに」
「でしたら――私にも、微力ながら、お手伝いさせてください」
「もちろんだ。……頼りにしている」
「初めてですね」
「ん?」
「殿下が私に何かを期待してくれたの。そういうの、嬉しいです」
「そうか?」
「はい!」

 誰かに必要とされている。
 頼られている。
 そう感じることが、生きていく糧になることもある。

 ――2年後。

「じゃあ、ヘレナ。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。カミーユ様とヴィルヘルム殿下に、宜しくお伝えください」
「何かあったらすぐ連絡してくれ。オルレア街道を通って直ぐに帰ってくるから」
「大丈夫ですよ! こんなに元気なんだもの。ほら、この子も『そうだ』って言ってます」

 そう言って、大きくなってきたお腹に手を添える。
 最近は、殿下の声を聴くとポンポンと蹴って反応するのだ。

「アルフォンス。ヘレナ様の側には、経験者の私もいるから大丈夫よ」

 クリステル様が、半分呆れながらも私を援護してくれる。

 あれから、オルレアから辺境伯領までの街道が整備され、移動時間は大幅に短縮された。
 莫大な予算が必要だったけれど、森の離宮を一般公開し、訪問客からの入場料を整備費に充てることにした。

「クリステルとシャルルを宮殿に?」
「はい。だって、殿下が前におっしゃったでしょう? 私たちは『家族』だと」
「……」
「家族なのに、離れて暮らしているなんて変じゃありませんか」
「――そうだな」
 そういうわけで、私たちは今、宮殿内の同じ棟で暮らしている。
 初めての妊娠に戸惑う私に、出産経験者のクリステル様が的確なアドバイスをくれるので、とても助かっている。

 学友たちとも交流は続いていて、文官になったガブリエル会長は教育省で留学生の受入・派遣事業を推進中だ。
 卒業後に出版社を立ち上げた生徒会の仲間たちは、留学生たちと協力して“帝国旅行ガイド”を編纂し、見事ベストセラーにした。

 その編集長を務めているのが、イヴェットだ。
 かつて宮廷で重責を担いながら、理不尽な派閥争いに巻き込まれて辺境へ追いやられた彼女は、私が訪ねたあの日から、再び筆を取るようになった。
 丁寧な文章と鋭い観察眼は健在で、ガイドブックは発売から数か月で国内外に広まった。

 ガイドブックの人気もあって、かつて私が住んでいた森の離宮の訪問客は右肩上がりに増えている。
 帝国内の他の街道が整備される日も、そう遠くないだろう。

 その離宮の経理を司っているのがジョンだ。
 ジュストのもとで学園の出納係を務めていた彼は、持ち前の商才を発揮し、今では離宮の収支を一手に管理するほど頼もしい存在になった。

 ジャックは見事、文官試験に合格した。平民出身ながら努力で道を切り開いた彼は、若手官僚の中でも一目置かれる存在になっている。

 そしてジャンは、新人騎士の教育係を務めた後、その誠実さと面倒見の良さが評価され、今では近衛騎士団長を務めるレオポルドのもとで、一部隊を率いている。
 私が外遊するたびに必ず同行し、市井の流行から宮廷の噂話まで、面白おかしく聞かせてくれる。
 気づけば、私の世界は彼のおかげでずいぶん広がっていた。

 それぞれが、それぞれの場所で花を咲かせている。
 あの日々が無駄ではなかったのだと、ようやく思えるようになった。
 居場所がないと思っていたあの頃が、確かに今へと繋がっているのだと思うと、歩んできた道のりのすべてが、未来を照らす小さな灯りへと変わっていった。

 そして明日。
 辺境伯オーギュスト様の娘・カミーユ様と、西国のヴィルヘルム皇太子との結婚式が挙げられる。
 2人は元々恋仲で、婚約前に互いの国を知るために留学していたらしい。

 東の国境は、私の輿入れによって穏やかに保たれている。
 それが真の“平和”と呼ばれる日が来るまで、私は静かに支えていきたいと思っている。

 南は海に面しているから、残る懸念は北の国境線なのだけれど。

「シャルルったら、10歳のお誕生日会にご招待した北国のオルガ王女と、すっかり仲良くなっちゃって。今回、カミーユ様の結婚式にオルガ王女も招待されていると聞いて、自分も連れて行ってほしいって駄々をこねたのよ」
「うふふっ。可愛いですね」

 ――願わくば、彼らの未来が、誰かの都合ではなく、心のままに結ばれていきますように。
 私は、そんな灯りが世界に増えていくことを願っている。


 お祖母様――
 愛は人類を救うというけれど、そんな未来が訪れる日も、そう遠くないのかもしれません。
「元敵国からやってきたお飾りの皇太子妃」なんて揶揄されたこともあったけれど、私は今、愛する家族に囲まれて、幸せに暮らしています。
 
 あなたの教えは、今でも私の中で息づいています。
 こうして自分の手で築いた場所に立てるようになったこと――それが、私の誇りです。

 ……そして、お祖母様。
 もし今、“ここにいてもいい理由”を探している人がいるのなら――私は、そっと伝えたいです。
 居場所って、誰かに与えられるものじゃなくて、
 自分の内側で“心地いいな”と思える瞬間が積み重なって、いつの間にか形になっていくものなのかもしれません。
 そんな小さな灯りがひとつでも見つかれば――
 その人の世界は、きっと静かに優しく照らされていく気がするのです。
 どうか、その光の中で、生きていけますように。


 おしまい。
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