前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵

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67 返品は受付けないからな

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 フェルディナン様が、遠慮がちに「入ってもいいか?」と聞いてくる。

「え?」
「俺に手当されるのは、嫌?」
「……嫌とかじゃないけど、醜いし。それに、同情とかされると、辛い」
「そうか。じゃあ悪いけど、入るぞ」

 彼にしては珍しく強引にドアを開けると、部屋の中へ入って来た。
 おもむろにフェルディナン様が上着を脱ぎ始め、躊躇なくその逞しい上半身を曝け出す。

「ちょっと、何してるの!?」
「18の時に負った傷だ。……醜い? 同情する?」

 思いっきり首を横に振って否定する。

「ローズのだって同じだろ? お前が頑張って、生きてきた証だ。醜いだなんて思わないし、同情だってしない。強い女だなって、守ってやりたいなって、そう思うだけだ」
「っ……」

 これまで、幾度となく周りの大人たちから『ローズは強い子だ』って言われて、励まされてきた。
 でも。同世代の男性からこんなふうに言われたら、『守ってやりたい』なんて言われたら、もうダメだった。鼻の奥がツンとして、泪が次々に溢れては落ちていった。

 フェルディナン様は遠慮がちに私を抱きしめると、ベッドに腰掛けさせて泣き止むまで背中を撫でてくれた。いつもよりずっと砕けた口調の彼を前に、今まで理性で抑えていた感情が溢れてくる。

 わたし、フェルディナン様のこと、好きなんだ。

「……大丈夫か?」
「うん。……ありがとう」
「落ち着いた?」

 うん、と頷くと、上半身だけ服を脱いで背中を上にしてベッドに横になるように言われた。

「少しヒヤっとするぞ」
「んっ!」

 患部に氷水で冷やした布を当ててくれる。

「さっきの話だけど。ローズ、屋敷から出て行こうと思ってたのか?」
「だって。愛情や信頼を築ける相手か確認するための同居だったから、女性として愛せないとフェルディナン様から言われた以上、出て行かなきゃって。でもその後、スパイの監視目的って話が出てきたでしょう? だから、出て行くと却って迷惑なのかもって。どうしたらいいか、考えてた」

「8つも下の女の子を、安心させてやれない自分が情けないよ……」
「フェルディナン様や公爵家の皆さんに大切にされていることは、ちゃんと分かってるから。本当に、感謝してる」
「感謝とか、そんなもん、要らないんだけどな」

「ねぇ、フェルディナン様って、何歳まで背が伸びた?」
「あ? ん……そうだな、20歳くらいまでかな」
「じゃあ、私もまだ期待できるかな?」
「何が?」
「お胸、まだ大きくなる可能性あるよね? だとしたら、これからフェルディナン様が私のことを女性として意識するようになる可能性も、あったりする?」
「なっ、お前、何言ってんだ!?」
「だって、好きなんでしょう? そういう女性。……想い人も、そうだった?」
「は!? 俺がいつ、そんなこと言った?」
「え、違うの? だったら……あんまり勝算ないんだけど」

「あのなぁ。……ほんとに全然、伝わってないんだな」
「え?」
「ローズのことは、ちゃんと、ずっと前から、女として可愛いと思ってる。そういう対象として、見てる」
「そ、そうなの!? いつから?」

 思わず上半身を起こしてフェルディナン様の顔を見上げる。

「おいっ!! こっち向くなよ、見えるだろ?」
「何が?」
「いいからっ、早く横になれ」
 
 肩を押されて再びベッドへ横たわった。

 いつも大人の余裕を漂わせている彼の酷く焦った表情が可笑しくて、こんなふうに若い学生同士のような会話ができることが嬉しかった。

 さっきからずっと、『俺』とか、『お前』とかって言ってる。18歳のフェルディナン様って、少しやんちゃな男子だったんだろうな。

 一方、フェルディナンは――。
 ローズの女性らしい曲線美にも目を奪われたが、それ以上に、彼女が婚約指輪をチェーンネックレスに通して首から下げていることに衝撃を受けた。

 指じゃなくて、チェーンに通して付けていたのか? これまで、ずっと?

「無理に答えなくても良いんだけどさ、彼とは、一緒になれないのか?」
「え?」
「結婚を夢見た男がいたようなことを、前に言ってただろ?」
「……うん。それは、無理なの」
「そうか」

 暫くそんな会話をしているうちに、背中の痒みも取れてきたので服を着て、そのまま同じベッドで眠りにつくことにした。

 向かい合って横になると、彼は私の胸元に光る婚約指輪を手に取って、愛おしそうにそれを眺めた。

「これ、こうやって身につけてたのか?」
「うん。仕事柄、立て爪タイプの指輪はできないから」
「婚約式の日から、ずっと?」
「うん」

「……てっきり、気に入らなかったんだと思ってた」
「え?」
「何世代も前の古いデザインだし、好きな男から貰った指輪でもないだろうし」

「そんなふうに思ってたの? 私、あの日すごく感動したんだから。初めて男の人からもらった贈り物だったし、とても素敵な指輪だと思ったから、心の一番近くに身につけることにしたの。でもこれ、気に入ってるから……返したくないなぁ」

「……返すなよ?」
「え?」
「ずっと持っててくれ」
「そうしたいのは、やまやまだけど」

「返品は受け付けないからな」
「……だったら、私のことも返品しないでよ?」
「ああ」
「『ああ』って。今の、冗談だからね?」

「なんでだよ。幸せな花嫁に憧れてるんじゃなかったのか?」
「!! それ、どうして知ってるの!?」
「さあな」
「盗み聞きしたのね?」

「クレマンスとしゃべってるのが聞こえてきたんだよ」
「嘘ばっかり! もういいっ。もう寝る!」
「怒るなよ。可愛い夢じゃないか」
「ふんっ。もう知らない」

 そんなのまるで、あなたのお嫁さんにしてくださいって言ってるようなものじゃない。もぉう、恥ずかしい……。

 彼の高い体温を身近に感じながら、瞳を閉じた。
 2人の間には、拳3個分くらいの隙間がある。

「――考えてみれば、こういうの、ローズとが初めてだ」
「へぇ――。ソウデスカ」
「ほんとだぞ? 朝まで一緒に過ごしたのは、ローズだけだ」
「ふーん。それは、貴重な初めてを、どうも」
「信じてないな?」
「信じるわけないでしょう!?」
「なっ!!」
「もう寝るから。おやすみ」

「ローズはこういうの、俺が初めてか?」
「……初めてじゃない」

 帝国で軍隊に配属されてた時、やむを得ず他の隊員たちと雑魚寝すること、何度かあったもん。

「なっ!? 相手は誰だ!!」
「フェルディナン様の知らない人たち」
「例の、結婚を夢見た男か? って、ちょっと待て! 『たち』って何だ、『たち』って!! いったい、何人いるんだよ?」
「しつこい。言わない。おやすみ」

 素気なくそう言うと、寝返りを打って彼に背を向けた。

「マジかよ?」
 
 フェルディナン様は苛立ちと落胆が混じったような声でそう言うと、「だったら遠慮はいらないな」と言って、私のお腹に腕を回し、背中を覆うように後ろから抱きしめてきた。
 拳1つ分どころか、隙間がないほどぴったりと身体を密着させて。
 これまで何度もしてきた添い寝とは明らかに異なる、特別な熱を心に灯しながら。
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