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推しの誘惑【完全版】

俺のマリア様

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 深呼吸して、自分なりにアイドルになりきってみる。真琴のイメージする〈マコ〉は、嘘と本音を使い分け、ファンに夢を見せるプロのアイドルだ。だけど本当のマコは、シャイで心根の優しい、等身大の女の子。そういう人間がどんなことを言い、どんな行動を取るのか、自分なりに考えてみる。シナリオはあるが、アドリブで演じてよい、と演者兼監督――もちろん鷹城のことだ――と指示されていた。

「そんな、大げさですよ。鷹城せ……いや、ゴローさん。でも、アリガト。マコ、うれしいな」

 こんな感じかな、と思いながら笑ってみた。

「推しに…に、認知された…。マコ、神。俺だけに笑ってくれるなんて、もう死んでもいい。マコ……俺を踏んでくれる?」

 鷹城が目を潤ませて、急に変なことを言い出した。真琴は驚いた。

「えっ?」
「きみを見ていたら、こう……胸がいっぱいになって、苦しくて……。その綺麗な脚で踏まれたいって思ってしまったんだ。とても対等に顔を見ることなんてできないよ……。ねえ、俺を踏みつけにして。椅子にして?」
「ええっ、頭大丈夫!?」
「うん、正気だよ。マコ……俺のマリア様」

 鷹城は自らひざまづき、真琴のブーツの甲に口づけた。

(ちょっと、こんなのシナリオにないじゃない)

 と真琴は焦ったが、もう演技は始まっている。鷹城の暴走はいつものことなので、放っておくことにした。それよりも、さっさと役目を終えて、このおかしな芝居を終了させたい。

(ううう……なんなのこの変なプレイは。早く終われー)

 真琴は羞恥を耐えて、マコならこんな時どう行動するか真剣に考える。

(彼女は天才と呼ばれるアイドルなんだから、ファンにひざまずかれることくらい、日常茶飯事? だよね、きっと。そういうとき、いちいち焦ったりしないよな。空気を読んで、堂々と振る舞い、ファンを楽しませるはず)

 真琴は鷹城と同じように膝を折り、歓喜の涙を浮かべる彼をぎゅっと抱きしめた。

「! マコ……」

 鷹城は切れ長の瞳を見開いた。

「ゴローさん。マコのこと愛してくれてありがとう。マコも貴方が大好きだよ。アイシテル」

 不思議とすらすらと嘘が出た。いや、恋人相手に嘘と言い切るのはまた違うかもしれないが、しかし今の自分は影内真琴ではなくアイドル・マコなので、これはちゃんとした嘘なのだ。

「マ、マママ、マコォ~……。こんなに長くハグしてもらうの初めて……」 

 鷹城がぶわっと涙を流す。

(泣いてる! もうこの人小説家を辞めて俳優になった方がいいんじゃない?)

 真琴はまたちょっと退いた。ツッコミが追いつかない。
 しかし彼がここまで役に入り込んでいなければ、真琴だってなりきることは不可能だったに違いない。もともと演技なんてやったことがないのだ。
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