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13. 初めての発情〜病院へ…
しおりを挟む〈 渚視点 〉
「…ママ…あついの……」
そう呟いた後、紡は更に涙を流した。
「…ママ、ぼく…。ひっく…。きずが…っ…」
「紡…」
ベッドに横たわる紡に覆い被さるようにして、俺は静かに嗚咽を洩らす紡を抱き締めた。
再び二階に上がった俺は、紡の部屋に入る前に、大和の指示通りに陸に電話をした。大和には「駿兄に電話して」と言われたのだけれど、何故陸に電話をしたのかといえば、駿兄こと都倉駿祐さんは陸の夫であり番だからである。事情を話せば「15分程で着く」とのこと。「お願いします」と言って電話を切ってから部屋に入ると、紡が両手で顔を覆って泣いていた。
「…!」
袖がずり下がって剥き出しになっていた紡の手首を見て、俺は息を飲む。ゆっくり近付いてベッド脇の床に座り、手を伸ばして紡の手首を撫でる。
紡の細い手首には、余程強く握られたのか、指の痕が付いていた。恐らく絆の…。
けれど俺はそれには気付かないフリをして、「熱い」と訴えながら泣きじゃくる紡を抱きしめていたのだけれど…。
紡の息遣いが徐々に荒くなっていく。
自分もΩだから解る。本格的な発情が始まりかけている事が。そして、初めての発情が…初めて自分では制御出来ない熱に侵される事がどれほど怖いか、俺は身を以って知っている。俺が初めての発情期を迎えたのは14歳の時。既に学校での性教育である程度のΩの性質については習っていたから、確かに初めては怖かったけれど、ある程度の覚悟は備わっていたように思う。でも紡はまだ12歳。小学生。性教育もまだそこまでは進んでいない。中学生になって習う事のほうが多い。知識が乏しい上に予兆もなく始まった発情は、恐怖でしかないだろう。しかも、絆に…。
絆も紡も、どれだけ衝撃を受けたか…。
「苦しいねぇ…。大丈夫…大丈夫だよ…。ママ、ずっと傍にいるからね…」
「…ママぁ……」
「いいこ、いいこ」
幼子をあやすように背中をトントンしていると、インターホンの音が二階まで響いた。
駿祐さんが来てくれたようだ。
「紡、傍にいるって言ったばかりだけれど、少しだけ階下に行って来てもいい? 駿祐おじさんが紡のお薬持ってきてくれたみたいだから」
「…ん……」
小さく頷く紡の頭を撫でてから、急いで玄関に向かう。駿祐さんと陸、2人で来てくれていた。
すぐに二階に案内する。躊躇わずに紡の部屋に入る駿祐さんはαだけれど、陸とは『運命の番』だから、陸以外のΩフェロモンには反応しない。通常、番を1人しか持てないΩと違い、αは番がいても番以外のΩフェロモンを感知出来るし、番を何人でも持てる。けれど、俺と大和もそうだけれど、『運命の番』に一度出逢ってしまうと、αもΩも互いのフェロモンしか感じられなくなる。番っていてもいなくても。かつて大和がそうだった。俺がいなくなっても他のΩのフェロモンを感じなくなったと言っていたから。俺は近くにαがいなかったから確かめた事はないけれど。
だから陸がいる駿祐さんは、Ωフェロモンを気にする事なくΩの患者の診察が出来るんだ。
「紡」
駿祐さんがベッド横の床に膝を着き、覗き込むようにして紡に声を掛けるけれど、荒い呼吸を繰り返すばかりの紡。そんな紡に優しく声を掛けながら、駿祐さんが全身を診ていく。
「発情期で間違いないだろう。
陸、薬を。渚くんは水を用意して飲ませてあげて」
俺はキッチンに行ってコップに水を注いで持って来ると、起こした紡の体を駿祐さんに支えてもらいながら、紡に薬を飲ませた。意識は朦朧としていたけれど、喉が渇いていたらしく、反射的に水と一緒に薬も嚥下してくれた。
「渚くん、この痕は?」
再びベッドに横たえた紡の細い腕を取って、駿祐さんが俺に訊く。診察の時には気付いていた筈だけれど、薬を飲ませるのを優先してくれたんだと思う。
「…多分、絆の…」
自ずと声が小さくなる。絆だって、わざとじゃないくらい解ってるんだ。それでも、いずれは消える痕だとしても、紡を傷付けた事を絆はきっと後悔し続けると思うと…。
「絆は何処に?」
「…あ…。大和が、下の子達も連れて実家に…」
「そうか。電話でざっくり話してくれたが、絆は紡のΩフェロモンに充てられて発情に?」
「…分かりません。2人は二階にいて俺達は一階にいたんです。二階から大きな物音がして大和が駆け付けた時には絆が廊下で蹲っていたらしくて…。2人はそれぞれの部屋で勉強していた筈なんですけど…」
「……………」
駿祐はゆっくりと立ち上がった。
「それでも、2人を引き離したのは正解だろう」
「え…?」
「渚くん、紡を病院に連れて行く。
初めての発情期の場合、13歳以上なら様子を見つつ発情期が明けてから病院を受診するのが一般的だが、13歳未満で発情期を迎えた場合、早熟なΩとしてより慎重に様子を観察する必要がある為、早期の受診が推奨されている。もちろん強制ではないが、予兆もなく理由も判らないのなら、受診したほうがいい」
「すっ…すぐ準備します!」
俺が返事をすると、駿祐さんが毛布で紡を包んで抱き上げた。
「俺の車で行こう」
俺では紡を抱いて階段を下りるのは無理なので、紡は駿祐さんにお任せし、保険証や診察券、お薬手帳など必要なものを準備しながら、病院にも電話をする。
「渚先生、手伝う事ない?」
陸が訊いてくる。
「ん、大丈夫。…でも、一緒に病院に行ってくれると…心強い…かな…」
「それはもちろん! 子供達はお義父さんにお願いしてきたから大丈夫。大和さん、いないし、僕で良ければ…」
「ありがと…」
お礼を言いながら、泣きそうになった。どうやら俺は、大和がいなくて1人で心細かったらしい。
今、気付いたよ…。
今は、俺よりもずっと年下の陸の存在が心強い。
ありがとな、陸。
心の中でもう一度、お礼を言う。
さあ、行くか!
必要な物を詰め込んだ鞄を持ってリビングを出る。紡を抱っこして玄関で待っていてくれた駿祐さんと合流して、家を出た。
駿祐さんの車で病院へー。
そして俺は…俺達家族は、これより先、予想だにしなかった『現実』に直面するーーー。
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