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If… 《運命の番》エンドルート 番外編①
EX. 彼らのその後… ②
〈彰宏side〉
「おじちゃんはだあれ? パパのおともだち?」
宏斗の無邪気過ぎる発言に驚き、肯定も否定も出来ずに戸惑う俺と父さん。けれど、おじちゃん呼ばわりされた当の瑠偉さんは、声を上げて笑った。
「ああ、そうだよ。おじちゃんはパパの友達だ。
君は宏斗だね。大きくなったな。何歳だ?」
「5さい。あっ…! ごあいさつ! こんにちは!
たかつきひろと、5さいです。
でもおじちゃん、ひろのこと、しってるの?」
元気な挨拶の後に首を傾げる宏斗。
「ああ。君は赤ちゃんだったから憶えてないだろうが、一度だけ会ったからね」
「…ひろ、おぼえてない…」
しゅんとする宏斗を、立ち上がった瑠偉さんが抱き上げた。
「わあ! おじちゃん、パパよりおおきいね! パパのだっこよりたかい!」
「そうか。パパより大きいか」
宏斗が嬉しそうに笑う。我が子ながら、宏斗は人懐っこく、そして宏斗自身、誰からも可愛がられる。
「彰宏、宏斗は良い子に育ったな」
「父のお陰です」
父さんには感謝しかない。祐斗がいなくなり、俺1人だったらどうなっていたか分からない。衣食住は与える事が出来ても、仕事でいつもは傍に居てやれない俺は、宏斗に1人寂しい思いをさせていただろう。また、父さんは孫だからとただ可愛がるだけでなく、叱る時は叱り、褒める時は褒める。こうして宏斗は、明るく優しく人懐っこい子に育った。
「さて。用は済んだ。帰るよ」
言いながら、宏斗を床に下ろして頭を撫でる瑠偉さん。
「ありがとうございました」
「ありがとー。おじちゃん、バイバイ」
俺の真似をしてお礼を言う宏斗が手を振る。瑠偉さんは軽く手を上げて応えてくれて、父さんは俺の横に立って頭を下げた。
玄関まで見送った俺は、
「今日は本当にありがとうございました」
もう一度、お礼を言う。
「元気でな」
そう言い残して、瑠偉さんは帰って行った。
彼とはもう二度と会う事はないかもしれない。
今まで彼が俺達を気に掛けてくれていたのは、彼の器の大きさゆえのこと。本当なら、琳を傷付けた時点で…離婚して琳と他人となった時点で、見限られても仕方なかった。寧ろ、見限られていた筈だったんだ。
彼の真意は解らない。俺が琳の番だったからかも知れないけれど、それでも彼には感謝しかなかったー。
夜、宏斗を寝かし付けながら、俺は瑠偉さんの言葉を思い返していた。
どうすればいいのか…。どうする事が正解なのか…。
考える。宏斗の可愛い寝顔を見つめながら考える。
そして、俺は…。
何が正解かなんて分からない。それでも、行動を起こさなければ何も変わらない。
翌日の夜、父さんに、瑠偉さんから齎された情報と、俺の気持ちを話した。
父さんはただ一言…、
「後悔だけはしないように、足掻いてみなさい」
と、俺が子供の頃から何かに悩んだり迷ったりする度に言ってくれたのと同じ言葉をくれた。
2日後、仕事の休日を利用して俺は、祐斗が入所している『Ω療養施設』にアポを取ったー。
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈祐斗side〉
「え…?」
院長先生の言葉に、僕は自分の耳を疑った。聞き間違いかと思った。だから、小さく声を上げたー。
此処は僕が入所している『Ω療養施設』。
入所して、3年が過ぎた。
入所理由は精神疾患。つまり、心の病気。
僕は、僕が浅はかな考えから招いた罪で番にしてしまった…させてしまった人の家庭を壊した。なのに、どうして番に愛されると…寄り添えると思えるのだろうか…。案の定、彼が僕を欠片でも愛してくれる事はない。子供がいても家族として歩み寄ってくれる事はない。その報いなんだろう。もしかしたら、彼も精神を病んでいたのかも知れない。僕の所為で。彼は発情期の僕を前にしても、身勝手な僕が自分が楽になりたくて誘っても、彼のαの本能は微塵も反応しなかった。3ヶ月毎の発情期を繰り返す度に、少しずつ…少しずつ僕は心身共に疲弊していった。そして気付いた。彼を僕が独占する事で発情期を1人で過ごす事を余儀なくされた彼の奥様がそうだったのだと。僕よりもずっと長い間…。自分が同じ立場になって、ようやく正しく理解した。自分が犯したもう一つの罪をー。
僕は精神的に不安定になった。大声を上げたり暴れたりはしなかったけれど、泣きたい訳でもないのに突然涙が溢れたり、無気力感から何もする気が起きず、ぼんやりと過ごす事が増えた。育児さえも放棄して。そして、僕が施設に入る決意に至る決定的な事が起きた。2歳になったばかりの息子の宏斗。日に日に出来る事が増えて目が離せないのに、無気力感に襲われた僕が座り込んでいる間に、玄関の鍵を開けて外に出てしまったんだ。宏斗の不在に気付いて探しに出た僕。宏斗はアパートの目の前の公園の滑り台の所にいた。慌てて駆け寄り、宏斗を抱きしめて安堵しながら、僕は恐怖を感じた。この時は公園で見つかったから良かったものの、もしもっと遠くに行っていたら? 事故に遭っていたら? 誘拐されていたら?
宏斗の傍にはいられないと思った。そして彼に…彰宏さんに全てを打ち明け、彼のお父様も交えて話をして、自らの意思で施設に入る事にした。宏斗と離れるのは身を引き裂かれるほど辛かったけれど、宏斗が安全に…健やかに育つのには僕の存在は邪魔にしかならないと思った。彰宏さんなら大切に育ててくれるだろう。僕の事は生涯赦せないほど憎くても、初めは望んでいなかった子供であっても、現在は宏斗を愛してくれている。お父様も。
愛する我が子との別れの前日。彰宏さんが僕と宏斗の写真を撮ってくれた。最初で最後の母子写真。きっともう二度と会う事のない僕の愛しい子。最後の夜は、僕との別れなど解らない宏斗を抱きしめて、声を上げずに泣いた。
支払い能力のない僕の代わりに、彰宏さんが施設の入院費を払ってくれる。僕が死ぬまで。何度も何度も彰宏さんに頭を下げ、母子で写るたった1枚の写真と、自分の手に持てるだけの身の回りのものを手に、僕は施設に向かった。彰宏さんが「送る」と言ってくれたけれど、固辞した。此処でお別れ、此処に全て置いていく。宏斗を抱いて僕を見送ってくれる彰宏さん。2人に背を向けて歩き出してからは一度も振り返らなかった。溢れる涙を拭おうともせずに泣きながら歩く僕を、すれ違う人達は驚いた顔をして見るけれど、声を掛けてくる人はいない。それが今という時代なんだと思う。
僕は駅に着いてようやく、服の袖で涙を拭ったー。
施設の職員は1人で訪れた僕を、優しく出迎えてくれた。施設内での生活の説明を受けた時、「貴方はまだ若いのだから、いつか此処を出られると良いですね」と言われた。Ωの終の住処だと信じていた僕だけれど、此処で心の健康を取り戻して自らの意思で退所していくΩもいるという。でも、僕には関係ない。自ら死を選ぶような愚かな真似はしないけれど、僕が此処から出る日は来ない。此処で人生を終える。
そう…思ってたのに……。
あの日から3年ー。
いつものように職員さんの手伝いで掃除をしていた僕は、院長先生に「話があります」と呼ばれて指定された面談室に入った。
そして、僕が着席するなり、
「貴方の番の高槻彰宏さんが、貴方の引き取りを希望しています」
そう告げられた。
聞き間違いかと思って声を上げた僕だけれど、直ぐに聞き間違いでも冗談でもないと解る。解るけれど、どういうこと? 今度は首を傾げた。
「先日、高槻さんから連絡をいただいて、高槻さんはαなので、昨日、外で会って来ました。そこで、貴方が此処に入所するに至った大まかな事情を聞きました。そして、貴方を引き取りたいと仰りました」
「……………」
「祐斗さん、決めるのは貴方です。此処ではΩ性の方の意思が何よりも優先されます。強要はしません。此処でこのまま生活する事も出来ます。追い出したりはしません。ただ、高槻さんは貴方と向き合いたいと言っておられました。お子さんの為にも家族として添いたい、と」
「…僕…は……」
「今此処で結論を出す必要はありません。高槻さんは待つとも言ってみえました。今一度、自分の気持ちと向き合って考えてみませんか?」
「…解りました。考えてみます。ご心配をお掛けして、ごめんなさい…」
「いいのですよ。覚えておいて下さい。職員一同と此処で共に生活する人達はみんな、貴方の味方である事を」
「…はい。ありがとう…ございます…」
その日から毎日、昼間は施設内で自主的に働き、夜になって部屋に戻ると、写真立てに入れて机の上に置いてある宏斗と一緒に写る写真を見つめながら、考える日が続いた。
写真の中の宏斗は2歳のまま。僕の頭の中の宏斗も2歳のまま。けれど、現実の宏斗は5歳になっている。僕のことなんか憶えていないだろう。
会いたい…。宏斗に会いたい…。もし赦されるのなら。宏斗の傍であの子の成長を見守りたい。
彰宏さん、僕は……。
貴方と宏斗の傍にいる事が許されますか…?
決意した思いを僕が院長先生に告げたのは、話をされた10日後のことだったー。
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